上 下
10 / 12
始まりの鐘。

始まりの鐘②。

しおりを挟む
 刺されたことで熱を帯びている腹に痛みが生じていることより、裏切られないと頭の片隅で思い込んでいた俺の精神的なダメージの方が大きかった。つまり、腹を貫かれたことは大したことではない。剣が抜かれて血が多少出ているが、あまり気にするくらいのものではない。

 すぐにスキルの≪超速再生Lv.10≫を使おうと思ったが、カンナが何故こんなことをしたのかが気になった。運が良ければ黒幕が嬉しそうに出てくるかもしれないから、治さずにそのままの状態で苦しそうな顔をしながら傷口を抑えてひざまずく。そしてカンナの方を見るが、カンナは俺の目を見て怯えたような悲しそうな顔をしながら俺を貫いた剣を持ったまま、どこかへと走り去っていった。

「待ちな、カンナ!」

 逃げ出したカンナを追うために、モモネは一人で走り出した。正直、カンナを泳がせておきたい気分ではあるが、モモネに追わせるのは避けたいところではある。だが、今の俺の状況は刺されて動けなくなっている闇の帝王であるから、俺が何か言うのは相手の警戒心を上げてしまう恐れがある。だからここはモモネに任せて俺はけが人を演じることにした。

「大丈夫ですか!?」
「ちょ、しっかりしてよ!」

 ようやく呆気から戻ったミユキとリアが俺の元に駆け寄ってきて傷の具合を見てくる。しかし、ここで傷の具合を見てくるのはありがたい。これは俺がどれだけ危険な状況かと言うことを周りに教えてくれる。俺が死にかけているのならあちらにとっては好都合だろう。

「・・・血がいっぱい出ているけど、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないですよ。血が出過ぎたら出血死なんてことになるかもしれません」

 二人は素直だから、俺が何か言って指示するよりか見たまんまのことを言ってくるだけで、それは効力を増す。現に、周りの一般人は俺の姿を見て、そう感じているようだ。

「おい、あれ闇の勇者だよな。腹を刺されていたぞ」
「本当だ。血が結構出てる。もしかして死んじゃうの?」
「ふん、いいざまだ。女を女と思わないからこんなことになっているんだよ」

 俺がそんな女たらしだと思われていることが心外だが、周りの声を聴く限り俺の症状が重症だと思わざるを得ないだろう。これでカンナをたぶらかした相手が出てくれれば良いんだが。まぁ、正体は絶対にあの組織の一員だろう。

 そんなことを考えながらも、すぐ出てこないから怪しんで姿を現さないかもしれないと思っていたその時、こちらに下衆なほどの負の感情を放っているのを感じ取った。そちらに顔を向けると、紫色の上質なコートを着ている男がこちらに民衆の間を縫うように歩いてきていた。そして男はひざまずいている俺の近くで止まった。

「ふっ・・・ふふふっ・・・くはははははっ!」

 男は笑いを抑えられない感じで笑い始めた。男の様相から察するに、『聖光教団』の偉い奴だろうな。『聖光教団』のお馴染みのローブではないが、つけられている基本付与効果はローブと同じであり、実物を見たことがなかったが二つの光が重なり合っているように見える紋章は『聖光教団』のものだ。なら確実にこいつは『聖光教団』に属しているもので間違いない。ただ、こいつがカンナをたぶらかしたのか? カンナがたぶらかされる動機と言えば、元の世界に帰れる方法だけだろうが。

「無様だな、穢れた勇者がっ!」

 男は俺の頭を思いっきり蹴り上げてきた。だが、俺の耐久力の前では意味のないことだが、こいつを調子に乗らせるためにわざと飛ばされる。ミユキとリアも一緒に飛ばされないように配慮して後ろに倒れこむ。

「何をするんですか!」

 ミユキが背負っている剣と盾を装備して男と対峙する。リアの方はと言えば、明らかに動揺している顔色をしている。これは間違いなく、リアの上司で、俺の監視を命令してきた奴だ。たぶん俺のことがばれたんじゃないかと動揺しているのだろう。

「おおっと、物騒な真似はよしてくれ」
「物騒な真似をしているのはあなたの方でしょう。斬られても文句はありませんよね?」
「別に私は悪いことをしていないさ。ただ、害悪である人の姿をした悪魔に神に代わり裁きを下しているだけだ」
「それはあなたの押しつけですよ。私から見ればオリヴァーさんは悪魔よりも天使に見えますから」
「悪魔を天使と言うとは、あなたは悪魔に毒されているようだ。これは一刻も早く解放してあげないといけないようだ」

 ミユキは剣、男は魔法杖を取り出して戦い始めた。俺たちの様子を見ていた野次馬たちは戦いの余波に巻き込まれないために叫び逃げ惑っている。街中で暴れるのはあまり良くないことだが、これは仕方がない。男がミユキに夢中になっている間に、動揺しているリアに起き上がろうとしている動作をしながらも顔を下に向けて喋ってることを隠しながら確認する。

「おい、リア。あれが言っていた上司か?」
「えっ!? バトラーさん!? 大丈夫なの!?」
「なるべく声を抑えて喋れ。感づかれる」

 今は野次馬が叫んでいるから多少大きな声でも大丈夫だが。ただ、この状況も長くはもたない。ミユキがあの男を倒したとしても根本的な解決にはならない。次の手を打たなければならない。とは言え、俺ではどうしようもないところがある。

「え、あ、うん・・・」
「良いから質問に答えろ」
「う、うん! あの人で間違いないよ。・・・ばれるかと思ったけど、私に全く話しかけてこなかった」
「それはミユキが相手をしてくれていたからな。それにまず最初に言われていないからばれていないだろう。それよりも、リアはあの上司と二人できたのか?」

 おそらく、俺を殺しに来るのに二人で来るなんてことはない。俺の強さは良くも悪くも・・・良くもは入っていないか。悪くも目立っているから二人で、なんてことはない。俺に対抗することができる強さがあれば別だが、あれの力で俺に勝とうなんざ笑いものにもできない。

「ううん、二人じゃない。確か・・・68人で来たよ」
「・・・それはまずいな」

 何がまずいかと言えば、この状況で集団で来られることがだ。おそらくほとんどの奴が上位級と定められるレベル70越えで来るだろうから守りながら戦わないといけない。モンスターとはわけが違う。対人戦もしていないミユキにそれができるかという問題もある。それに俺という闇の帝王がいる側が不利になるのはいつものこととしても、相手が大きな組織である『聖光教団』という点もあまり良くない。俺たちが悪と認識され、最悪この国にいられなくなることを覚悟しないといけない。

 俺は集団が来る前に腹の傷を治そうとしたが、腹の穴の治りがかなり遅いことに気が付いた。・・・これは、≪不治の呪い≫がかかっているのか。おまけにスキルを封じる効果もご丁寧につけてくれているとは。カンナが持っていた剣に付与されていたのか。神の加護である≪闇ノ神の情愛≫がある俺にとっては、スキルの効果が凄まじくても治らないことはない。ただ、時間が欲しい。

「・・・くそっ」

 行動に移そうとした瞬間、俺たちの周りに次々と紫色のローブを着た奴らが現れた。その手にはすでに武器を装備しており、俺たちへの殺意は万全だ。俺は穴が開いている腹を気にせずに立ち上がり、戦闘態勢に入る。血が流れているのは≪魔力武装≫を使い鎧を作る要領で塞き止める。そんなことをしなくても、≪闇ノ神の情愛≫がある以上俺が死ぬことはない。

 ミユキは俺たちの状況を察してくれて、男との戦闘を中断して俺たちのところに戻ってきてくれた。俺たちはそれぞれが背中合わせになるように陣形を取る・・・が、リアは何故違和感がないように俺たちの輪に入ってきているのだろうか。

「リア、お前はこちらに来なくても良いだろうが」

 リアがここで俺に取り入っていたと言えば、何ら問題なく『聖光教団』に戻れるはずであった。しかし、こいつはあろうことか、俺たち側に何の疑いもなく来ている。楽観的に考えているのか、何も考えていないのか、それとも快楽者なのかは分からないが、普通ではない。

「えっ・・・あっ、そうだった」
「ふぅ、まさかただの馬鹿だったとは思わなかった。今なら俺に一撃を食らわせれば戻れると思うぞ? やるなら早くやれ」
「・・・・・・ううん、大丈夫。私はここで良い、いやここが良い。どうせあそこに戻ったとしても私には合わないから。私の居場所は私が決めたいし。それに、今も私の身を案じて私に優しくしてくれているあなたを排他する組織に身を置くなんて考えたくないから」
「そうか、自分で考えたなら構わない・・・だが、お前の両親はどうするつもりだ?」
「・・・あっ! それは、考えてなかった。どうしよう・・・」
「俺にも間接的にとは言え、責任がある。ここまで来たのなら、お前のその重そうな尻もお前の重荷も背負ってやるよ」
「重そうは余計だよ! ・・・でも、ありがとう」
「あぁ、それはここから切り抜けて考えることにしよう」

 俺たちの会話がひと段落したところで、『聖光教団』の連中は襲い掛かってきた。俺は≪魔力武装≫で両腕に鋭い爪の籠手を作り出して、接近戦で襲い掛かってくる奴らを切り裂き、殴り倒していく。リアも俺と同様に接近戦の相手と戦い、ミユキはレベルも戦闘経験も少ないリアの不足している部分を補う形で敵と戦っている。このままだと先に余計な気を遣っているミユキがダウンしてしまう。こいつらは俺からしてみれば弱い部類に入るやつらだが、ミユキは初めての対人戦で多対一、何より守りながら戦っているから辛そうだ。

「リアは魔法を使え。ミユキは魔法を使うリアを守れ」
「でも! 私の魔法の範囲はそれほど広くないの!」
「それでも構わない。今はミユキの不安を少しでも減らすための行動をしろ。分かるな?」
「ッ! 分かった」
「それでいいな、ミユキ」
「はい! 私が中衛ということで良いんですよね?」
「あぁ、俺が前衛を担う」

 リアは俺の言葉通りに剣から杖に変え、ミユキの近くで魔法詠唱を始めた。ミユキはリアに襲い掛かってくる奴らを薙ぎ払っていく。レベル差などを気にしていたが、ミユキが戦う分には何ら問題がない。むしろミユキが優勢に立ち回っている。ここでミユキの対人戦の経験値を少しでも多く得られればいいが、今はそれを考えている場合ではないか。

 それにしても嫌な戦い方をしてくる。相手は俺が殺す気ではないものの、それなりの力で攻撃しているが上手く前後の配置換えを行っていることで俺の決定打にならない。一撃で殺せればこの戦術は瓦解していくんだが、それだと後々不利になってくる。

 それに、今の俺は手加減ができなくなっている。自身にかかった呪いを見ると、≪不治の呪い≫と≪スキル封印≫、それと≪弱体化≫が入っている。≪弱体化≫で俺が弱くなってやられはしないが、弱くなっている分だけ力を出さないといけないから力のコントロールを考えられなくなっている。くそ、何も考えなくて良いのなら、こんな状況すべて壊しているのに。・・・俺たちが危険になりそうなら、殺すことに躊躇しないが今はまだ何とかなっているなら殺す必要はない。

 ・・・これが俺一人なら何のためらいもなく殺していたんだが、この国にはまだ用事がある。主に俺ではなくミユキたちが。他にも、この国のほとんどの奴らが俺に対して排他的でも、俺の力を認めている、もしくは俺の力を利用しようと良くしてくれている輩がいる。だからまだこの国を捨てるのは惜しい。

「どうだ? ミユキ。人と対峙してみて」
「うぅん・・・大型じゃないから少し違和感を覚えますけど、何とかなりそうです」
「それは結構。リア、魔力はどれくらい残っている?」
「もうあまり残っていないよ。少し連発しちゃったから」

 リアが戦えないとなると、ここは退いた方が良いか。ここは無駄に俺への攻撃材料を残すよりかは、退いて策を練った方が良いだろう。そうと決めれば、俺は二人の元へと近づいていき、耳元で告げる。

「ここは退くぞ。俺が視界妨害の魔法を放って二人を担いで逃げる。二人は追撃があればそれを頼む」
「うん、分かった」
「はい、分かりました」

 俺は武装籠手を大気へと還元し、その腕で二人を抱き寄せる。俺が今使えるスキルは、≪闇ノ神の情愛≫・≪降臨の印≫・≪闇落ち≫・≪帝王従属≫・≪体術Lv.10≫・≪武装術Lv.10≫・≪魔力武装≫・≪気配察知≫の8つのみだ。幸い≪魔力武装≫と≪気配察知≫が残っていてくれていたのはありがたいが、≪魔力往来・弐≫がないせいで作った魔剣を魔力を戻すことができない。それに≪気配察知≫も何気に重要だ。≪闇ノ神の情愛≫があっても、これは憎悪などの負の感情にしか反応しない。だから気配をつかめない場合がある。そこはスキル≪気配察知≫で十全だ。

 ただ、この程度のスキル縛りをされたとしてもこの『闇の帝王』を止めることはできない。それにスキルだけではなく、魔法も封じるべきだった。スキルも何もなく、一人で生きていた弱かった時は、魔法を駆使して生き残っていたんだぞ?

「『大気よ、風よ、加えて闇よ。気配断ち切り、視界映りし我らが姿を覆い隠せ、天が示す姿をも闇黒に鎖せ』」
「二重詠唱!?」

 敵の誰かが言った通り、闇ノ神の加護を受けている俺がスキルなしでできる技の二重詠唱。今の詠唱は風の魔法と闇の魔法が合わさった複合魔法。この魔法は誰でもできるわけではなく、高位の職業の者しか使うことができない魔法だ。その威力は、ただ単に二つの魔法を足し合わせているわけではなく、かけ合わせている高威力の高等技術。

「『暗風拡散』」

 俺が魔法を発動すると、黒い風が現れ俺たちや奴らを含む辺り一帯を覆い隠す。むやみに攻撃しようとする奴がいるが、ここは感知すらも届かない暗闇の中。仲間打ちしている奴もいるからその間に俺は二人を担いでこの場から離れる。屋根や壁を使って俊敏に動く。

 ・・・うん? 追ってこないのか? 数名くらいは俺の姿をしっかりと目視していたから来ると思っていたが、ここは俺たちを逃がすと言ったところか。俺と単騎で挑むのがつらいと踏んだか、それともこのこと自体が奴らの目的だったのか、分からないが今は態勢を整えるのが先だ。

「これからどこに行くの?」
「目立つところは避けたい。だから裏に行くぞ」
「裏って、アルヌーさんがいたところですか?」
「そうだ。あそこは何か所も出入り口が存在する。近くにある出入り口で裏に入るぞ」

 表の世界にある裏路地に入る。今回は行き止まりではなく道が続いている裏路地だ。その場所の建物の壁に宝石を持って、誰にも見つからないように一般人なら目にもとまらぬ速さで壁に激突しようとする。

「ちょっと!? そこは壁だよ!?」
「大丈夫だ、すぐに終わる」
「それは壊すってこと!?」

 リアの悲鳴と共に俺たちは壁をすり抜けて裏の世界に入ることができた。この出入り口の先は、あまり裏の世界の住人でも立ち入ることがない何もない裏の住宅街だ。住宅街と言っても人が住んでいるわけではない。だからかしばしば密会に使われることが多い。今はこの住宅街に誰もいないため空いている家へと入り、一息つく。

「ふぅ、とりあえずこの家に隠れて回復しながら先のことを考えるぞ」
「そうですね、少し疲れました」
「ハァ、ハァ・・・・・・はぁぁ。少し落ち着いた。先のことって言っても何を考えるの?」
「そうだな。正直、大きな組織な上に他国の組織と来れば自分本位のザイカの王が黙っていないだろうから手詰まり感がある。すべてを壊せば何も考えずに済むが、それだとあまりにも被害が大きくなるのと準備が足らなすぎる。すげ替えもなしに国を壊すという手は今後のことを考えても悪手としか言いようがない。・・・どこか大きな組織が手伝ってくれると言うのなら話は大きく違ってくるがな」

 リアとミユキは家に設置してあるベッドに二人並んで座り装備品を脱いで身体を休め、俺は椅子に座り受けた呪いを解呪しながら二人に今後について考えていることを話す。

「・・・本当に、バトラーさんは色々と考えているよね」
「リアが考えていないだけだ。少しくらい考えないと頭が腐っていくぞ」
「そうは言っても、色々と複雑すぎて腐る前に爆発しそう」
「大丈夫ですよ! 私も爆発しそうですから」
「そ、そうだよね! 私だけじゃないよね、ちゃんと仲間がいるもんね!」
「そうやって馬鹿同士で俺を仲間外れにするのはやめろ」

 しかし、このまま俺たちが何もしないという手はない。何もしなければ悪化する一方だ。・・・やっぱり、どこか大きな組織に手を借りるしかなさそうだな。俺が少しは信用しても良いと思う大きな組織は『漆黒の女帝』アルヌー、『冒険者ギルド・ギルドマスター』デーニッツ、『百将の強者・ギルドマスター』カマラ、『救済ギルド・ギルドマスター』フェラーラくらいか。・・・まず、カマラはなしだ。あいつは絶対に俺を仲間にするのを条件に助けると言ってくる。デーニッツは良い女だけど、あまり好戦的なギルドではないから助けを求めるのは気が引ける。同じ理由でフェラーラは良い奴だけど、巻き込むわけにはいかない。残りはアルヌーか。・・・あいつも見返りが重そうかつ裏の人間だからな。

「・・・カンナは、どうしてあんなことをしたんでしょうか」

 各々が色々なことを考えている沈黙している時に、ミユキが沈んだ顔をしながら独り言のようにつぶやく。俺はその独り言に明確な答えを持っているわけではないから黙っていると、リアが沈黙に耐えきれなかったのかその話を広げてきた。

「その、カンナさんという人は、どんな人なの? バトラーさんを憎むようなことでもあったの?」
「ううん、それはないですよ。カンナは私たち三人の中で一番冷静で一番人のことを考えてくれている人なんです。そして、三人の中で誰よりもオリヴァーさんを信頼していて、それこそ言われたことは何でも信用してしまうくらいに。だからこそ、何であんなことをしたのか分からないです・・・」
「そんな人がそんなことをするということは、誰かに脅されていたとか、操られていたとかかな?」
「うん、私もそう思っているんですけど・・・脅されていたとしても、たぶん自分を犠牲にしてまでしようとしない思います」
「おそらく、取引でも持ち掛けられたんだろう」

 俺が会話に混ざってきたことにより、二人は俺の方を向く。俺は自分で至った結論を話し出す。

「カンナは聡明で仲間思いで強さも申し分ないと言える。そんなカンナが俺を刺してまで達成したかったことと言えば、俺は一つしか思いつかない」
「・・・何ですか?」
「お前らの最大の目的である、元の世界に帰る手段を提示されたんだろうな」
「ッ!? カンナは・・・帰る方法を知るために、オリヴァーさんを?」
「さぁ、どうだろうな。これは俺の憶測でしかないから間違っているかもしれないが、本人に聞くのが一番良いだろう」

 そう言いながら、俺は呪いの魔力を身体から取り除くことに成功して腹の穴がすぐに塞がりスキルが全開放された。呪いの魔力は俺の手の中にあり、上手く≪魔力往来・弐≫と≪魔力性質模倣・改≫を使い力を自身に取り込むことも成功した。これは意趣返しとして、魔力を最大級に込めて返してやらないといけないな。

「オリヴァーさんは・・・こんなことをしたカンナを恨んでいますよね?」
「何を言い出すのかと思えばそんなことか。それはもちろん怒っている。恩を仇で返されるとはまさにこのことで、少なくとも信頼はしていたからな」
「そう、ですよね。刺されて怒らない人なんていないですよね」
「それはそうだ。一歩間違えていれば死んでいたんだから」
「はい・・・・・・すみません」
「普通ならカンナは殺されてもおかしくないことをしているんだからな」
「・・・ごめんなさい」

 少しイジメすぎたようだ。関係のないミユキに対して責め立てるような言葉で話していたから、涙目になっている。俺は溜息を吐きながらミユキの横に立つ。

「すまない、少し意地悪をし過ぎた。俺は別にカンナを恨んでもいないし怒ってもいない」
「・・・・・・え? で、でも、カンナはオリヴァーさんを刺したんですよ?」
「刺されても生きているから良いだろ」
「え? ・・・で、でも、下手したら死んでいたかもしれないんですよ?」
「それは仮定の話だろ、今俺は生きているんだから良いじゃないか。それとも、ミユキはカンナを許さないでほしいとか言うつもりなのか?」
「い、いえ! そんなつもりじゃないですよ! ・・・本当に良いんですか?」
「何回も言わせるな、俺が許していると言っているんだから良いだろう。それこそ本人でもないんだからミユキが気にするところではない」
「・・・いや、そういうわけにはいかないですよ。カンナは少なくとも私のためにオリヴァーさんを刺したと言うのなら私にも責任はありますから」
「まぁ、特別に罰が欲しいと言うのなら考えておこう。お嫁にいけないくらいの屈辱的なものをな。今は『聖光教団』を何とかすることを考えるぞ」
「はい! 分かりました! 早く終わらせましょう!」
「うん、そうだね」

 暗い顔だったミユキはいつもの緩そうな顔へとなり、リアもつられていつもの顔に戻る。俺たちは身支度を済ませて、『聖光教団』の元へと向かうことにした。

「・・・そこにいるのは分かっているぞ、アルヌー」
「あら、もう回復したのね。お早いことで」

 家を出たところで、家と家の間に隠れていたアルヌーがいることに気が付いていたから声をかけるとアルヌーは素直に出てきた。

「よく俺たちがいると分かったな」
「ここは私の術中なのだからどこに誰がいるのは詳細に分かるけれど、私に関して言えば普通は見つからないようになっているのだけれど・・・」
「俺が普通だと思っているのか?」
「まさか、思っていないわ。あなたが人類で一番異常だとも認識しているくらいだもの。それで? これからどうする気なの?」
「『聖光教団』の連中を締め上げる、まずはそこから始める」
「それならもう無駄よ。真実とは乖離している捻じ曲げられたひどい悪評が、一般市民までに広まっているわ。今更元を締め上げてもどんどん拡散していくだけ」
「やらないよりかはましだ。いざとなれば俺が暴れるのもアリだな。城を重点的に狙って、国が回る程度に壊しつくしてやる。どうせならお前が邪魔だと思っている組織も一緒に壊しておくが?」
「それはありがたいけど、もっといい手があるわよ?」

 実際、穏便に最小限に被害を収めたいのならアルヌーに頼んだ方が確実なところはある。最初から評判も評価も最悪な俺ではどうしても穏便と最小限の言葉からほど遠いものがある。そこに関して地道に積んできたものがあるアルヌーなら、どうにかできるだろう。

「分かっているんでしょう? あなただけの力ではどうしようもないことを。昔のあなたなら何も守るものがなかった分、気軽でいられたから強かったんでしょうけど、今のあなたは守りたいものがある」
「誰も守りたいと一言も言っていないんだが? それにその言い方だと弱くなったと言いたげだが?」
「言っていなくても分かるわよ。だって、あなたがしていることは、守るという行為そのものなのだから。それに守りたいから、どうすれば守り抜けるかと考えることこそが、人と人との縁を守ることにもつながる。縁とは支え支えられる強いもの。守るから弱くなるんじゃなく、守りたいもののために戦うことこそ強さへの糧となる」

 分かっている、そんなこと。俺が一番求めているものがそこにはある。

「支えられると言うことは、弱さを露呈することにつながるかもしれないけれど、支えるものの弱さを補おうとする。縁とはそうやって巡り巡って屈強のものへと至る。仲間を得るということの本質は光の本質。逆にあなたの生きていた道は闇そのもの。あなた自身からすれば間違っていないかもしれないけれど、あなたが闇のごとき圧倒的な強さを得ながらも、光のごとき支えあう強さを持てば、最強だとは思わない?」

 分かっている。だが、誰かから言われないと願いの本質が浮かび上がってこないものがある。俺が闇である限りその光は手に入ることはできないが、もがくことはできる。

「つまり、私が説教じみたことで言いたいことは――」

 いつもの妖艶な笑みを浮かべることもなく、真剣なまなざしでこちらを見ているアルヌーは俺に手を差し出してきた。

「私があなたを支えてあげる。その代り、あなたも私を支えてね」
「ふっ、結局、お前は俺を手ごまにしたいだけだろ?」
「どう捉えるかはお任せするわ。ただ、私は時と場合を選んで今後につながる行動をするだけよ?」

 アルヌーの真剣なまなざしは消え、いつもの何かを企んでいる顔へと変わった。全く、こういう何かを企んでいる女は怖いものがるな、と思いながら俺はアルヌーの手を取る。確かに人とのつながりで強くなるかもしれないが、俺の根底的な本質は闇。そして闇と光は相反する存在であるから、無理難題な話である。俺のスキルの本質がある時点で、二つの性質の合成は無理であるが、怖がらずにやるだけのことはやってみても良いだろう。もう、子供じゃないのだから。

「俺は闇の帝王であるが、闇に縛られるつもりはない。今は藁にも縋る思いでいるからな」
「そう、それは良かったわ。これから、いえ、この件が終わった暁には全重荷で寄りかからせてもらうわ」
「望むところだ。よろしく頼む」
「えぇ、よろしく。さて、早いところ始めましょうか。もう出てきていいわよ」

 アルヌーがそう言うと、物陰から長い銀髪に白を基調としている鎧がよく似合っている白い剣を携えている女性が出てきた。俺は驚愕した。俺が≪気配察知≫を張り巡らせていたのにも関わらず、その女性はそこにいた。≪闇ノ神の情愛≫でスキル効果が上がっていたのにも関わらずだ。・・・と言うことは、相手も俺と同等の≪気配遮断≫を持っていることになる。

「初めまして、『闇の帝王』オリヴァー・バトラー殿。私は『十二神教』枢機卿にして『風の勇者』であるエマ・リチャードソン。此度は『聖光教団』の行き過ぎた行いを罰するべく手を貸していただきたい」
しおりを挟む

処理中です...