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本編・現在(アーダム・エヴァ)

突入。

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 魔物が襲来してから一週間が経ち、学園の修理が終わり学園には平穏が戻った。平穏が戻ったと言っても、侵入者は未だに捕まっておらず生徒の心に傷を残した状態である。侵入者が捕まっていないためか、学園の雰囲気は暗いものとなっており、生徒たちの不安を除ききれていない。また侵入者が侵入してきて、魔物をけしかけてくるかもしれないという不安があるのだろう。

 王国騎士団や学園側には一刻も早く侵入者を特定して捕まえてほしいところだけど、今のところそんな動きはない。彼らは一体何をしているのだろうか。単に能力が足りていないのか、それともやる気がないのか、はたまた捕まえられないのか。どれでもいいけど、僕は見つけているからもしもの時は捕まえる気でいる。

「何か考え事か!? 余裕だな!」
「余裕だから仕方がないよ」

 僕に蹴りを入れてくるザイカくんだけど、僕は腕で受け止めてザイカくんの足を払いのける。ザイカくんは払いのけられたエネルギーで遠くへと離れる。僕とザイカくんが離れたことを確認したタマルくんは、僕に複数の魔力弾を放ってきた。よくよく見ると、ただの魔力弾ではない。

「爆裂魔力弾か。凝ったものを作るね、タマルくん」
「おほめに預かり光栄です。これも先生を倒すための策ですよ」
「それは嬉しいね。もっと策を練るといい。僕を倒すその日まで」

 僕は魔力障壁を作り出して、爆裂魔力弾を防ぐ。爆裂魔力弾は魔力障壁に触れると爆裂し、他の魔力弾も連鎖して爆発を引き起こして大爆発を起こした。しかし、大爆発だけでは収まらず、爆発を起こした魔力弾の中から、炎や水や木や土などの性質魔法弾が出現し、弾が自ら曲がり直接僕を狙って来た。

 僕は豆粒程度であるけれど高密度ですべてを吸収する性質を持っている魔法弾を、タマルくんの魔法弾の数だけ出現させてぶつけた。僕の魔法弾はタマルくんの魔法弾に当たると、彼の魔法弾を呑み込むくらいに大きくなり吸収して消失していった。

「魔力の中に魔法を仕込んでおくとは、考えたね」
「えぇ、考えましたよ。でも先生には効きませんでしたけどね」
「効かなかったけれど、その工夫は称賛に値する」
「俺を忘れないでもらおうか!」
「忘れていないよ。隙だと判断すれば次々に仕掛けておいで」

 タマルくんの攻撃が終わると、またしてもザイカくんが僕に肉体戦を仕掛けてきた。ザイカくんは戦闘で能力を向上させるから、こうしている方がよほどの修行になる。タマルくんの方も戦闘をすればするほど、場数をこなせるから、これが一番いい方法だ。

 僕は今、見ての通り二人に修行をつけている最中だ。どこからか、僕がフロケさんとビュスコーさんに個別に修行を教えていることを知られて、彼らも僕に教えを乞いに来た。どこから、と言うのは間違いなくベツィーであることは間違いない。

 さて、彼らには悪いけど次のフロケさんとビュスコーさんの時間が迫っているからここで終わらせてもらおうか。絶え間ない攻撃をしているザイカくんの背後に一瞬で立つ。

「後ろだ、エミリアン!」

 タマルくんが僕を認識できていないザイカくんに注意してこちらに攻撃して来ようとするけれど、もう遅い。僕はザイカくんがギリギリ耐えることができる威力の打撃を背中に与える。受け身が取れずにザイカくんは前に吹き飛んで行った。

 残りのタマルくんには、彼の周りにただの魔力弾であるけれど彼を囲むように多くの魔力弾を瞬時に出現させた。そして一斉に彼に襲い掛かった。彼は魔力障壁を作り出したようだけれど、それを想定しての威力を彼の近くの魔力弾に設定して、魔力障壁を軽々と壊し、残りの魔力弾は彼がギリギリ耐えれる威力で襲い掛からせた。

 魔力弾がさく裂したことにより砂ぼこりがまい、砂ぼこりから出てきたタマルくんはその場に倒れこんだ。二人とも現状ではまともに動けそうにはないようである。

「これくらいでへたるとは、まだまだだね、二人とも」
「ぐっ・・・・・・、急に実力を上げ過ぎだろうが」

 ギリギリ耐えれると言っても、少しはひれ伏しておかないといけないくらいには攻撃したんだけど、どうやらザイカくんはタフなようだ。タマルくんもフラフラしながらも立ち上がってきた。

「敵は君たちを待ってくれないよ。でも、急に実力を上げたことは謝るよ」
「あれが、先生の本気なんですか?」
「まさか、あれで収まるのなら君たちに教えていないよ」

 タマルくんは自己回復をしながら僕に質問してきて、ザイカくんの傷も治しだす。それを見て僕は二人の傷を一瞬で治す。

「あれをやったのは、まずはすぐ近くに明確な目標を立てた方が良いと思ったからね。あの移動速度や攻撃展開速度が君たちが追い付くべき眼前の目標だよ。捉えられない、次元が違うと思わないくらいだと認識しているはずだよ」

 僕がそう言うと、二人は頷いて肯定する。

「これから、僕はあれくらいの実力で君たちの相手になるよ。それでいいね?」
「あぁ、問題ない。分かりやすい目標で何よりだ」
「はい、問題ありません。すぐに追いつきますので、次の目標でも考えていてください」

 この二人は本当に強くなることや戦いが好きなんだね。僕にしてみれば、強くなってどうしたいのか聞きたいところだけど、今じゃなくて他の機会にする。

「じゃあ、僕はフロケさんとビュスコーさんの元へと向かうことにするよ。後は各々で鍛錬しておくように」

 そう言って僕はフロケさんとビュスコーさんといつも待ち合わせているグラウンドへと向かった。グラウンドへと到着すると、二人の他にベツィーとレナもいた。ベツィーとレナがいることに、フロケさんたちが何も言わないのだから僕がとやかく言うつもりはない。

「お待たせ、フロケさんとビュスコーさん」
「前から言おうとしていたのですけど、そのビュスコーさんというのはやめてくれませんか? 長いですし他人行儀で嫌です。マエリスと呼んでください」

 僕がいつも通りに二人に挨拶すると、ビュスコーさんが開口一番に文句を言って来た。呼び捨てで呼べと言われても、それは不適切だと思うな。

「僕と君は先生と生徒の関係なのだから、きちんと距離感を明確にさせておかないといけないと思うんだ。だから、僕は君をビュスコーさんと呼ぶんだけど・・・」
「私が良いと言っているのですから、良いんですよ。それにベツィーやレナは名前で呼んでいますよね? 先生の言い分だと、先生と生徒なら不適切な呼び方だと思いますよ?」
「ねぇ、私たちに飛び火してきたよ、レナ」
「あぁ、飛び火してきたが、これは師匠が名前で呼べばいい話だ」

 ベツィーとレナは、僕がビュスコーさんを名前で呼ぶことに賛成なようで、目で名前で呼べと訴えかけている。・・・・・・別に彼女を名前で呼ぶこと自体、何ら問題ないだろう。当たり障りのない呼び方をしていただけだからね。このままじゃ話が進まないから名前で呼ぶか。

「ふぅ、分かったよ、マエリス。これで良いかな?」
「はい、問題ないです。アーダム先生」
「あっ! じゃあ私も名前で呼んでください!」

 この流れに乗じてフロケさんも名前で呼ぶように促してきた。ここで一人だけ違う呼び方だと、三人の反感は免れないだろう。

「エメの方も分かったよ。これで満足かい?」
「すっごく満足です! 私はアーダムさんって呼んでも良いですか?」
「僕の呼び方は好きにするといい。呼び捨てでも何も文句は言わないよ」
「じゃあアーダムさんって呼びますね!」

 どういう心境の変化なのだろうか。急に名前で呼べとは。僕が認められてきている証なのか、それともただ単にその呼び方が鬱陶しかっただけなのか。この際どちらでも良いか。

「さて、今日も地道にやって――」
「先生、その前にこれを見てください」

 ビュスコーさん改め、マエリスが僕の言葉を遮って声をかけてきた。マエリスは僕があげた炎の人形を収納している小さい赤玉を取り出して、炎の人形を呼び出した。

「『太陽司る精霊よ、大地を照らす炎を我が手に纏わせ。炎よ、我が敵を灰へと還す力を与えたまえ』」

 そして炎の人形に向けて炎の魔法『アッシュ・フレイム』を放った。炎は人形に直撃し、人形の中へと消えていった。すると人形の中央に空いている穴が次第に埋まりだし、埋まる頃には人形が消滅し、小さい赤玉へと戻って行った。

「どうですか?」

 赤玉を拾ったマエリスは得意げにこちらを見てきた。人形の具合を見るに、一人で相当練習したのだろう。それは得意げにこちらを見たくもなる。だから僕は、マエリスに近づいて頭を優しくなでる。

「うん、よく頑張ったね、マエリス」

 僕が頭を撫でていると、マエリスは僕の突然の行動に驚いて硬直していたが、顔を赤くして俯いてしまった。もしかしてマエリスは頭を撫でられるのが嫌な子だったのかな?

「もしかして嫌だった? 急にこんなことをしてごめんね」
「いえ・・・・・・、別に。驚いているだけです。嫌ではありません。ただ・・・・・・こんな風に褒められるのは初めてだったので、何とも言えなくなっただけです」
「それは良かった。君は褒められるくらいに頑張ったんだから、嬉しそうにしていればいいよ。でも褒められた後は、威張っているだけではなくて、また頑張らないとね」
「それは大丈夫です。ここで終わる気はないので」

 マエリスの頭から手を離すと、マエリスが名残惜しそうな顔をしてきた。でもこれ以上すると、近くにいるベツィーが何を考えているか分からない目で見てきており、何をするか分からないからやめておくことにする。

「わぁっ、すごいね、ビュスコー! 私なんてまだまだだよ」
「それはあなたが頑張っていないだけなんじゃないの?」
「痛いところをついてくるなぁ。否定はできないけれど」

 それに問題はベツィーだけではない。一見すると分からないけれど、おちゃらけてマエリスに話しかけているフロケさんことエメが、気が付かれないようにマエリスを見て手を力強く握って歯を食いしばっている。エメを良く見ていて分かるけれど、彼女は適当なふりをして案外適当ではない。負けず嫌いで他者が成功しているところを見ると、悔しそうにしている。今もそうだ。

 焦っているようにも見えるエメである。焦りは人間の本来の力を引き出してはくれない。焦っても仕方がないのだけれど、焦ってしまうのだろう。この焦りが、他の失敗に繋がらなければいいんだけど。

「エメ、君は君だよ」
「えっ? 急にどうしたんですか?」
「人には人ぞれぞれの成長速度がある。誰かがあることを早くできたからと言って、他の誰かも早くできるわけではない。それはマエリスとエメでも言えることだよ。焦っても仕方がないよ」
「・・・・・・よく、見てるんですね」

 僕が一応注意しておくと、エメは明るかった表情が崩れてひきつった顔になった。

「君たちの先生だからね。良く見ておかないと、君たちの良いところや悪いところを判別できないからね」
「そうですか。・・・・・・一応肝に銘じておきます」
「うん、それくらいで良いよ。失敗しそうになったら僕が支えてあげるから」

 こうは言っても、エメの焦りがなくなるわけもない。五組と六組の生徒全員をしっかりと見ているけれど、エメは一段とよく見ておかないといけないかな。極力は自分の力で解決してほしいところではある。

「じゃあ、エメから早速特訓を始めようか」
「はぁい」

 僕はエメの身体に触れて、エメが自身の魔力をより感じれるようにする。こうすることでどれだけ身体から魔力があふれ出ているのが分かり、抑えることを意識でき、僕の魔力を注がなくても済む。前にエメからずっとこの魔法をかけておけないのかと言われたけど、そうしたら落ち着かないだろうと思い却下させてもらった。

「ッ・・・・・・ふぅ、まだ、全然できていないですよね」

 やはり焦っているエメで、落ち込んで自虐的になっている部分があるけれど、僕は成長していないとは思わない。最初に比べれば随分と成長していると思う。

「そんなことはないよ。少しずつだけど魔力を漏れ出さないようになっているよ」
「ははっ、ありがとうございます。でも、本当のことを言ってくれてもいいんですよ? そうした方が私も現実を受け止められますから」
「僕が嘘を言ってどうするんだい? 僕は本当のことしか言わないよ」
「・・・・・・はい」

 エメは心痛な面持ちで全然僕の言葉を受け止めていない。彼女が納得するように説明しないといけないけれど、今、彼女はそれを真面目に聞くつもりがないらしい。

「そこのいじけ女は良いですから、私の方を指導してください。そいつに構っているのは時間の無駄ですよ」

 辛辣な言葉を間接的にエメに投げかけるマエリスが、こちらに来るように促してくる。ふぅ、成長の早い生徒と成長の遅い生徒を一緒にするのはあまりよろしくなかったかな。エメについては後で僕が一対一で話すとして、今はマエリスに指導しよう。

「エメ。後でじっくりと話し合おうね」
「はい・・・・・・ハァ」

 いつものエメなら、「えっ、じっくり? それは生徒と先生の禁断の関係についてですか!?」みたいなことを言ってくるけど、本調子じゃないらしいね。

「次はマエリスだね」
「早くしてください。時間は有限なので」
「もちろんだよ。まぁ、やることはあまり変わらないんだけどね」

 僕はマエリスに出したことのある炎の人形と全く同じ形をしている二体の炎の人形を出現させる。

「もしかして、人形に必要な魔法の威力を変えたものですか?」
「右側の一体はそうだよ。今できるのなら、倒してしまっても良いよ」
「分かりました。さすがにやれますよ」

 マエリスは『アッシュ・フレイム』の詠唱を唱え、右の炎の人形に向けて放った。炎は人形に吸収されて消えていった。そして、人形に変化はない。つまりは失敗と言うことになる。

「さすがに、やれなかったね」
「・・・・・・ッッ!」

 できなかったマエリスは、顔を真っ赤にして僕から顔が見えないように顔を逸らした。きっと彼女はできると信じ切っていたのだろう。結果できなかったけど。

「マエリスの修行は第一段階で、魔法威力を操作するということを認識した。しかし、認識しただけで任意に操作することはまだできていない。第一段階での操作は一定の威力を身体で覚えさせただけに過ぎないからね。そこで第二段階は魔力消費量を任意で操作することを覚えてもらう。右側の人形は、必要な魔法威力を一定にせずに、毎回変動するように設定してあるよ。身体で覚えることができないようになっている。第二段階よりも難易度は確実に上がっている。マエリスにできるかな?」
「それができれば、私の魔力消費量、と言うか魔力操作は完璧ということですか?」
「完璧、とまではいかないけれど、修行の必要はなくなるね」
「・・・・・・分かりました、やってみます」
「うん、頑張ってね。大事なのは、感じること。どれだけあの人形に対して魔法消費が必要なのか考えながら感じると良いよ」
「はい。・・・・・・ところで、左の人形は何ですか?」
「あぁ、あの人形もマエリス専用の人形だよ。『炎の舞』を放てるよね?」
「炎の舞、ですか? できますけど・・・」
「じゃあ、左の人形に向かって放ってみて。言っておくけど、きちんと人形の質量を感じてね」

 そう言って、マエリスに『炎の舞』を放つように促す。別にもう一つの炎の人形の魔法が『炎の舞』でなければならないということはないんだけれど、設定していた方がやりやすいと思ったからね。

「『火種に宿る精霊よ、我が魔力を糧に炎を踊り放て』」

 九つの炎の球がマエリスの周りに現れ、一斉に人形に向けて放たれた。九つの炎は同時に人形に当たったが、人形に吸収されるだけで終わった。

「・・・・・・もう一回」
「はいはい、やるのは良いけど、説明をしてからね」

 もう一度やろうとしているマエリスを止めて、もう一つの人形の説明を始める。

「あの人形は第一段階で使った必要魔法威力が一定の人形だよ。でも、『アッシュ・フレイム』ではなく『炎の舞』で人形を消してもらうよ。『アッシュ・フレイム』だけで第二段階を成功しても意味がない。だから他の魔法でもしてもらうことで、どの魔法でも魔法操作をできるようにしてもらおうという魂胆だよ。それと左の人形は、十回連続で成功すれば、毎回変動する人形へと切り替わるから」
「・・・・・・なるほど。並行してやれということですか」

 何も言って来ないけれど、やる気満々な顔をしているから何も言わないで良いだろう。それよりも今はあちらのずっと暗い表情をしている女の子に話しかけないといけないね。

「ねぇ、先生」
「何だい?」

 ベツィーが僕の肩をポンポンと叩いて話しかけてきた。今はそれどころではないんだけど、ベツィーもベツィーで後回しにしたら拗ねるから後回しにはしないでおくことが吉。

「私にも何か課題みたいなのはないの?」
「課題? ベツィーに?」
「うん。先生に追い付けるような課題を何かないかなって思って」

 これまた難しいことを言ってくる。ベツィーには小さい頃から基礎の基礎から学ばせて、揺るがない土台を築かせて、その上にどんな揺れが来ても崩れない建物を建てさせた。だから、これ以上ベツィーに学ばせることはあまりない。あるとすれば、知恵を増やすことや実践にあるけれど、それでは納得しないのがベツィーだ。

「・・・・・・そうだ、こんなのはどうだい?」
「なにこれ?」

 僕は手のひらに収まる大きさの正方形の鉄製箱を、ベツィーに手渡す。

「それは様々な術式がかけられている鉄箱。試しに術式を解いてみると良いよ」
「何か、大したものではなさそうだけど、やってみるね」

 ベツィーは鉄箱を両手で触れて術式を解こうとするけれど、一分経っても解ける気配がしてこない。複数の術式があるけれど、一つも解けていない。最初からこうなることは分かり切っていた意地悪な鉄箱だからね、仕方がない。

「ベツィー、解けそうかな?」
「・・・・・・なにこれ。一つ一つの術式は単純なものだけど、一つを解こうとすると他の術式に引っかかって解けない。引っかかっているそれを先に解こうとするとまた他の術式が邪魔して来る。・・・本当に解けるの?」
「もちろん解けるよ。それの正式名称は『複合連鎖術式』。一つの鉄箱を開けさせないように、複数の魔法術式で封をしているんだよ。一つ一つの術式は、言った通りにそれほど複雑なものではない。だけど、その箱にかかっている術式はお互いに補い合って、複雑なものへとなっている。ベツィーにこれが解けるかな?」

 一つ一つが単純と言っているけれど、そこらの魔法使いが解けるような代物ではない。そこはさすが僕の弟子であるけれど、そのベツィーでも簡単に鉄箱は解けない。この世界で簡単に解ける生き物は、一人いれば奇跡かな。生を全うする中で解こうとするのなら、十人くらいは解けるかな。それくらいに難しい代物となっている。

「これ、すごく面白い! 今まで先生のやってきた修行の中で何気に一番難しいけど、やりがいがありそうで楽しくなっちゃいそう!」
「それは良かった。ちなみにその箱の中には、解いたご褒美が入っているから、それも楽しみにしていると良いよ」
「えっ、本当に!? 私が絶対に喜ぶもの!?」
「うん、絶対に喜ぶよ」
「・・・・・・俄然やる気が出てきたぁ!」

 ベツィーがこれを解ければ、確実に魔法使いとしてのレベルが上がっている。魔法使いは術式構成が基本とされているが、その真逆も大事なことだ。魔法使いはいつも学んでなければならない。それができない魔法使いはただの元魔法使いだ。そして、この鉄箱にかかっている術式は、この世界で一番難解なものだから、解けない術式もなくなる。どの点を取っても良いとこだらけだ。

 さて、これでエメに目をかけれると思ったけれど、四人のうち三人に目をかけて一人だけ何もしないのはなしだよね。現に、レナがこちらに何も言わずにじっと見てきている。

「私は何もなくても良いぞ。私は私で何かをする。・・・・・・だが、仲間外れにされていることは、心の片隅で引きずりそうだ」
「心配しなくても、レナにも課題を与えるから大丈夫だよ」
「それは良かった。最近、師匠と少ししか話せていないから寂しいとか思っていたり、いなかったりしているからな」

 声音からして本当に寂しく思っているレナの頭をなでながら、レナの課題を考える。彼女もベツィー以上に基礎がしっかりとしている。堅実な性格がその実力にも表れ、今現時点ですぐに直すべきところはない。これ以上の実力をつけるためには、時間と労力がいるものばかりだ。

 そんな中で、レナに即席で与える課題と言えば・・・・・・、あぁ、過去にこういうものがあったね。これにすればいい練習になるだろう。

「レナにはこれをあげるよ」

 僕は土塊でできているように見える、僕より少し大きいゴーレムを出現させる。一見すると少し小さいだけで何の特色もない普通のゴーレムに見えるけれど、結構すごい術式が組み込まれている。

「これは、何だ? これを斬れとでも言うのか?」
「よく分かったね、その通りだよ。このゴーレムを斬ることがレナへの課題だよ。さぁ、斬ってみるといい」
「・・・・・・どうせ、最初は斬れないのだろうが、やらなければできないからな」

 レナは袋に入れている刀を取り出し、抜刀して構える。そして深呼吸をして戦いの準備が終えると同時に魔力も使い渾身の一撃をゴーレムの右の首筋から斜めに斬る、袈裟斬りで行った。しかし、ゴーレムは真っ二つにはならず、まして傷一つ付かず、刀は一切ゴーレムに刃を入れることができていない。

「それは本気でやっているのかな?」
「・・・・・・意地悪な質問をする。どうせ普通に斬っても斬れないんだろう。硬いというものではなく斬るという概念を捨て去っている気がする」
「まぁ、そんな感じだよ。そのゴーレムは普通では絶対に傷をつけることができない術式をかけてある。僕でも斬ろうとしても斬れないよ。むしろこの星を真っ二つにしてしまうよ」
「そんなものをどうやって斬れと?」
「そうだね。・・・そこは自分で考えてみようか」

 僕が答えを言うものだと思っていたレナは、僕の言葉を聞いて呆気に取られていた。これは答えを見つける試行錯誤の状態も重要なことであるから、僕が答えを言っても意味がなくなるんだよね。今までは答えを言ってあげていたけれど、これからは自分で見つけ出す時間だ。

「・・・・・・つまり、その見つけ出した答えが直接このゴーレムを斬る方法に直結しているのか?」
「うん、そうだよ。とは言っても、何もなしで答えを見つけ出せというのは不可能に近いから問題文くらいは出しておくよ。・・・ゴホンっ、『初撃は斬れず、終撃は斬り得る。世のすべてに様々な感情が行き交うように、物にも感情が混じっており、より感情が複雑になればなるほど数多の斬撃を要する。たった一撃にかければ、斬り得る。ただ一撃にかければ、斬り得る』。こんなものかな」
「・・・・・・意味が分からないぞ。どういう意味だ?」
「それを考えるのもレナの課題だよ。ぶっちゃけ言えば、この答えを見つけ出しても、すぐに斬れるかどうかはレナ次第だからね」
「何だそれ、随分と投げやりな言い方だな。本当に私にできるのか?」
「できるよ。僕ができない課題を出すと思っているのかい?」

 この課題は、今レナに必要な精神鍛錬の課題だ。レナの、あの戦いの最中に狂気の沙汰になるのを少しでも直せればいいと思っているんだけど。直さなくても良いんだけど、敵に感情を知られるのは戦いの最中に不利になる場面がある。その場面だけでも感情を操作できれば、レナは誰にも負けない。

「・・・そうか、そうだったな。師匠はそういう人だった。よしっ、刀を振りながら考えるか」

 レナは刀で素振りしながら僕が言った言葉を考えているようであった。出ているゴーレムは、マエリスの炎の人形のように収容できるように設定してレナに伝えた。一通り終わったから、これで――

「学園に来て一ヶ月も経っていないにもかかわらず、女子生徒四人に個別指導とは、良いご身分だな」
「今度はルースロさんか」

 次々と他の子たちが僕の元に用件を持ち込んでくるから、中々エメに手をかけられない。しかも次はルースロさんと来た。ここまで来るということは、たぶん例の件で来たんだろうな。

「何だ? 何か私が来てまずいことでもあるのか?」
「いいや、ないよ。ルースロさんが来てくれて嬉しいよ」
「ふんっ、嘘ばかり言うな。私のことなど何とも思っていないだろうが」
「何とも思っていない相手に、こうして冗談交じりに話していないよ。何とも思っていない相手には、無視するから分かりやすいでしょ?」
「どうだか。それよりもこっちに来い。フーシェ、こいつを借りていくぞ。たぶん今日夜遅くまで借りておくから各々気を付けて帰るように」
「えっ、あ、はい」

 ベツィーたち四人に一応断りを言ったルースロさんは、僕の手を引いて中央建物の方に歩き出す。四人は僕とルースロさんを呆然と見ながら見送ってくれた。

「ルースロさんが来たということは、尻尾を出したのかな?」
「その通りだ。今フェドリゴさんがフルード先生の後をつけている最中だ」

 フルード先生が図書館の奥の結界を解析したみたいだけど、案外早かったね。あと少しくらい後だと思っていたけれど、それくらいに頑張ったということか。すでにあちら側は強硬手段を取れなくなっているわけだから、そこを頑張るしかないよね。

「お前は見ているだけなのだろう?」
「最初はそうするつもりだったけど、どうやら図書館の奥の代物が、前時代の遺物のようだからね。僕が手を下すかもしれない」
「前時代の遺物? 一体何だそれは?」
「そのままだよ。それよりも図書館が見えてきたよ」

 前時代の遺物について詮索して来るルースロさんをかわして、図書館の扉を開けて図書館へと入る。入って最初に目に入ったのは、ぎっしりと本が敷き詰められている巨大な本棚だった。数えきれないくらいに規則正しく並べられている。その本棚と本棚の間を通り、僕たちは図書館の奥へと進んでいく。

「来たな」

 図書館の奥に入るための扉の前に、フェドリゴさんが立っていた。彼女がここに立っているということは、もうすでにフルード先生は中にいるのかな。・・・・・・ふぅ、さっきから気が付いていたけれど、ベツィーとレナ、それにエメにマエリス、さらにはザイカくんとタマルくんが僕たちの後をつけてきている。

 ルースロさんとフェドリゴさんは気が付いていないようだ。それもそうか、ベツィーとタマルくんの隠密魔法をその場にいる全員にかけているんだ。Sランク以上の隠密精度なのだから、見破れるものなんてそうはいない。このままいけば、図書館の奥までついてくるだろう。前時代の遺物に関わらすのはあまりよろしくないが、この中にある前時代の遺物は危険なものではない。

 放置するか。何かあれば助ければ良い。それほどの魔法を使えるということが、どういう危険性を伴うかも身をもって知るのも良い経験だ。

「もうフルード先生は中にいる。私たちも入るぞ」
「はい、分かりました」
「分かったよ」

 図書館の奥へと続く扉を開けたフェドリゴさんが先導して歩いていく。僕とルースロさんはその後に続いて歩く。もれなく六人の生徒たちもついてきている。中は、薄暗い一本の真っすぐな道が続いており、元の空間ではありえない長さの道であった。

「これは、空間がねじ曲がっているのか?」

 少し歩いたところでフェドリゴさんが気が付いて止まる。

「大丈夫だよ、これは罠の類じゃない。罠を張るための空間だね。罠自体はフルード先生が全部解いているから問題なく進めるよ」
「なるほど、では急ごう。こうしている内に先手を打たれるかもしれない」

 フェドリゴさんは走り出し、僕とルースロさんも一緒に走り出した。しばらく走り続けていると、薄暗い道の先から光が差し込んできた。フェドリゴさんはそれが見えた瞬間、走っている十倍以上の速さでそこへと飛び込んでいった。ルースロさんは遅れながらも飛び込み、僕はルースロさんに付いて行った。

 道の先には開けた空間があるが、空間の真ん中にある台座とその上にある本以外は何もない場所であった。その本の前に立っている、フルード先生がこちらに背後を向けてそこにいた。台座の上にある本は、間違いなく魔導書。しかも、前時代の遺物である『神仏集う神導書』。あれは世界を狂わせる力を持っている。

「おや、もう来てしまいましたか」

 フルード先生はこちらに話しかけると同時に振り返った。フルード先生の顔は、物静かそうな表情ではなく、狂気で笑っている別人のような表情をしている。

「フルード先生、一応聞いておこう。どうしてここにいるんだ?」

 フェドリゴさんが前に出てフルード先生に問いかける。すでにフェドリゴさんは雰囲気が戦闘態勢に入っており、ルースロさんも腰に剣を異次元から取り出して携えている。

「ふふふふっ、それは簡単なことですよ。人間や魔族をすべて絶滅させ、この腐り切った世界を変えるためです!」
「世界を、変える? 何を馬鹿なことを言っている」
「・・・・・・フェドリゴ先生にはこの崇高な目的が分かりませんか。良いですか、この美しかった世界は、人々や魔族のおかげで、元の美しさは失われ、どんどんと醜悪な世界へと変わっていきました。人間や魔族は自身の利益のためだけに動き、世界を壊し続けている。私たちはそんな世界が耐えきれない! だから醜悪に変えている生物を絶滅させるのですよ!」

 ふっ、何度聞いても馬鹿なことを言っていると思ってしまう。お前らが世界を滅ぼしている人間や魔族を滅亡させたとしても、新たな世界でも世界を滅ぼす存在は出てくる。例え、お前らの組織の人間だけが生き残ったとしても、その中で世界を滅ぼす存在は必ずいる。滅ぼすものは、滅ぼすものなのだから。

「人それぞれ考え方はあるだろう。世界を変えるために何かをすることは立派なことだ。だがな、貴様のように人の権利を侵害するのは間違っている。世界をより良いものへとする方法なら他にもまだあるはずだ」

 フェドリゴさんは立派な思想をお持ちのようだ。そして、その思想を生き物全員が持っているとは限らないし、その思想を受け止めきれるとは限らない。人それぞれの考え方があるのだから。

「・・・・・・あなたは分かってくれそうにないですね。そちらのルースロ先生はどうですか?」
「何を言っている? 私がそんなくだらない思想に手を貸すとでも?」
「そうですか。では・・・、そちらの男性はいかがですか?」

 僕の名前を覚えていなくて残念だけど、覚えてほしいわけではないから気にしない。そもそも、この世界を作った僕に質問をするとは、思い切ったことをしているね。そのことを誰も分かっていない方がよっぽど残念に感じてしまった。

「ごめんね、君たちの思想に微塵も賛同できないし、微塵も興味がないよ。そもそもこの世界が簡単に壊せるとは思っていないから、あきらめを推奨するよ」
「・・・・・・これだから、腐った人間どもは。もう良い、手始めにお前らをこの魔導書に引きずり込んでやる!」

 親切に言ってあげたように見せかけて全否定してあげたのに、逆切れしてしまった。フルード先生は台座に置かれている魔導書を手に取って開けて魔力を流し込んでいるようだ。すると、魔導書は怪しく光りだし、その光は僕たち九人を包み込んだ。九人なのだから、もちろんこの空間の前でこちらを見ていた生徒たちも例外なく光に包まれている。

「おい! どうにかしろ、エヴァ!」

 ルースロさんが僕にどうにかしてくるように言ってくるけれど、この光は僕たちに危害を加えない。むしろ、あの魔導書が試してきている。

「ごめんね、今はどうにもできないよ」
「ばっ――」

 魔導書の光がより強くなり、ルースロさんが言い終える前に僕たちは魔導書の中に取り込まれてしまった。
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