英雄は恥を晒す

yulann

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第一章 第十四節

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 アーバはバランドと名乗った男と戦闘をしていた。マオとメルに危機が近づいていることを知ったアーバは手加減など微塵も考えていなかった。マオとの戦闘で見せたような最大限の力を開放してバランドに襲いかかる。手傷を負っていた時とは違う万全の状態での力の解放。その速度、パワーは今までのそれを凌駕していた。

  バランドとの距離は一瞬で埋まり、拳が触れた体は石ころの様に吹き飛んでいく。確実な死。その手応えがアーバにはあった。だが、人を殺したことをアーバは何も思っていなかった。大切な二人の命に比べれば、目の前にある命などどうでも良いほど霞んで見えていた。

 アーバは再び教師の元へ移動を開始する。だが、再び地面に叩きつけられた。力を解放しきったアーバですら、一瞬すぎて何が起こったのか理解できなかった。

「恐いなー。命の危険を感じたよ。本当に恐い恐い」

 そこにはバランドが立っていた。殺したとすら思っていた男の出現にアーバは驚愕する。

「君の力は闘技大会で露呈している。その力を考慮して私が選ばれた。その意味が分からないほど頭は悪くないだろう? 想像以上に強くはあったが、そこまでだな」

「確実に殺したと思ったんだが。アビスか?」

「そうだね。本来力を明かす必要はないが、君はいずれ仲間になるからな。私は「恐」のアビスを持っている」

「仲間になる?」

「君の友達が私たちの仲間になるからね。必ずだ。孤児院からの縁なんだろう? そんな仲間を置いて一人で逃げることはしないよね」

「黙ってろ。マオもメルも俺が救い出す。昔からそうだった。そのために強くなったんだからな」

「聞き分けが悪いね。教師はこない。君一人ではどうしようもないよ。僕ら戦士の目標は足止め。その目標は心の余裕となり、焦った教師陣とは心待ちが違う。これ以上ないぐらい完璧な作戦だよ」

「それはお前の思い違いだ。俺はお前を殺す」

「わかった。力尽くで連れていくとしよう」

 バランドの纏う雰囲気が変わる。その圧迫感はアーバに明確な恐怖を与えていた。

「流石にこれで気絶はしないか。まあいい。ここからが本番だよ」

 バランドとアーバは同時に拳を構える。アーバの呼吸はかつてないほど荒く、これから起きる全てを賭けた戦いに備えていた。

 先に仕掛けたのはアーバだった。ゼロ距離まで近づき渾身の一撃を放つ。バランドは即座に反応し距離をとる。

「何?」

 だが、バランドは謎の衝撃に襲われ壁に叩きつけられる。

「拳を使った衝撃波か。だが、二度はない」

 バランドは何事もなかったように立ち上がる。その光景にアーバは苦い表情を浮かべていた。初撃。それは戦闘において一番警戒するもの。だが、手の内を知っていると思い侮っている者にとっては最高の隙になる。その隙をついた最初で最後の隙をアーバはドブに捨ててしまったのだ。

「今度はこちらからいくよ」

 バランドは反撃に移る。バランドの拳は確実にアーバを捉えた。だが、アビスの効果によって致命傷になるほどの一撃にはならない。

「大したことねえな。タフなだけか」

「確かに一撃は無理だな。だが、君は拳を躱せていない。その事実で十分だ。数分後に立っているのはどっちか明確になった」

 不敵に笑うバランドにアーバは殴りかかる。右手で殴ると同時に左手で衝撃波を放つ。二つの攻撃をバランドは難なく躱した。

「言ったはずだよ。二度はないと」

 アーバが体勢を整える前にバランドが数十発の拳を放つ。一瞬のうちに放たれる連撃をアーバは躱せない。アーバの体に傷が増えていく。

「もういいんじゃないか? 降参して一緒に行こう」

「なわけねえだろ。俺は負けねえ」

「あくまで痛みを欲するのか」

 バランドは構えとって心臓に向かって正拳を放つ。今までよりも遅い攻撃にアーバは両手で防御を行なった。

「自分よりも上の実力者は自分の技を全て使えると思った方がいい」

 防御を行なったはずのアーバは力なく地面に倒れる。

「僕の拳は君の腕を貫通し、空気を伝って君の心臓に衝撃を与えた。本来なら避けれたかもしれない速度の拳だ。自分だけだという慢心は思わぬミスを招く。まあ、そのミスを招くために少し手を抜いたのが効いたのかな」

「負けたのか」

 アーバの瞼はゆっくりと光を遮っていく。その瞼の裏にはあの日、親友と約束を誓う光景が蘇っていた。


 医務室で寝そべるアーバに寄り添うマオ。

「お前に負けるのは初めてだな」

「そうだね」

「昔は全部俺が上だったのにな」

「そうだね」

「いつか追い抜かれるんじゃねえか。俺の手の届かない場所に行っちまうんじゃねえかってずっと不安だった。だが、それは違ってた。マオに負けた時、俺は誇らしくも感じたんだ。未来の英雄に負けるのなら本望じゃねえかって」

 ゆっくりと語るアーバの目は少し潤んでいた。

「でも、悔しかったな。全力で戦って、そんでもって勝ちたかったな」

「なら、また戦おうよ。僕はどこにも行かない」

「そうだな。そうだよな。俺と約束しろ。マオは俺と戦うまで誰にも負けるな。だから、俺はマオと戦うまで誰にも負けねえ」

「うん約束だ。次に戦うときはお互いにもっと強くなって最高の戦いにしよう」


「そうだよな」

 完全に意識を手放したと思いアーバに近づいていたバランドは即座に距離をとる。

「俺は負けられねえな。お前と戦うまで誰にも負けらんねえよな」

「今までと纏うオーラが違うな。何が君をそこまで奮い立たせるのか」

「親友との約束だ」

 アーバの動きはさらに洗練されていた。今までの動きでも同じ学生なら手も足も出ないだろう。だが、さらに上へ。全てが一段階昇華していた。

「さあ、第二ラウンドだ」

 バランドはアーバの動きに即座に対応する。

「俺の力は恐怖から生まれる。今のままでは負けてしまう。死んでしまうという恐れが俺にさらなる力を与える」

 アーバとバランドは壮絶な撃ち合いに発展する。周囲の地形を変えるほどの撃ち合いは数分間続いた。そして先に膝をついたのはアーバだった。

「まだか。まだ足りないのか」

「残念だがそういうことだ。眠れ」

 膝をついているアーバに向かってバランドが正拳を放つ。絶対絶命かと思われたアーバを救ったのは上空から現れた赤い雷だった。

「俺の生徒に手を出すとはいい度胸だ」

「雷神か」

 アーバとバランドの間に割って入ったのはトネーだった。

「もう大丈夫だ。立てるか?」

「はい。あいつは「恐」のアビス持ちです。恐怖によって強くなります」

「そうか。だが問題ない。アビスにも限界はある。その強さを越えればいいだけだ」

「まあ、とりあえずやってみるか」

 バランドは距離を詰めようと加速した瞬間にトネーの蹴りを腹部に喰らう。予想を超えた速度にバランドは体勢を崩し吹き飛ぶ。吹き飛んでいる最中に上空から赤い雷が降り注ぐ。

「シールド」

 シールドによってバランドはなんとか雷を防ぎ切る。

「あいつ。俺の時は魔法なんて一度も使わなかったのに」

 体勢を立て直す前にトネーは追撃を行う。正面からの蹴りはバランドによって弾かれたが、囲うように現れた雷は確実にバランドを捉えていた。

「恐いな。本当に油断したら死にそうだ」

 バランドは雷の直撃を喰らったにも関わらず地面に倒れる様子はない。

「無詠唱の魔法は本当にめんどくさい。これだから「七大アビス」は嫌いなんだ。それに、あの暴走を止めようとした時より数段強い。ここまで予想していたのか?」

「そんなことはない。あの時は久々の戦闘だったからな。あの一件から鈍った体を起こしただけだ」

「赤には届かないにしろ現役時代には近いか。本当に厄介だな。一旦引くべきか?」

 バランドが悩んでいると新たな人物が戦場に現れた。

「待たせたなトネー反撃開始だ」

 その姿はアーバを心の底から安堵させた。

「トネーにクロー。戦場を駆け巡る風神雷神コンビ。流石に撤退だな」

 バランドは即座に撤退を開始する。トネーとクローはその姿を追うことはない。

「どうして追わないんだ」

「あれのアビスは最大まで発動していた。その状況の人物と戦うにはここは危険すぎる。それに、出遅れたこの戦況をひっくり返す方が先決だ」

 アーバはクローの言葉に口を塞ぐ。そして、思い出したように森の方向にゆっくりと歩き始める。

「何をしている。君は今とても危険な状態なんだぞ」

「それでも俺は行かなきゃいけねえ。マオとメルが危険なんだ。俺一人が休んでいる訳にはいかねえんだ」

 クローの言葉を無視してアーバは重い足を一歩一歩進めていく。

「死ぬことになるよ?」

「それでもいい。あいつらが生きてねえ世界に俺の居場所はどこにもねえ」

「君たちの仲間を思う気持ちには本当に驚かされるよ。そんな君たちの心が彼を動かしたのかもしれない」

「どういう意味だ?」

「彼は滅多に依頼を受けない。運かもしれない。ただの気まぐれかもしれない。でも、彼が動いたのは事実だ」

「意味がわからねえ」

「彼の名は「メビウス」。世界最強の称号を冠し、敵対した生物全てを輪廻に戻す者。彼がこの戦場に現れている。森に現れた勢力を排除するために」

「でも・・・」

 それでもなお向かおうとするアーバをトネーが気絶させる。

「後は任せる」

「おう。しっかり手当してやれよ。そいつ俺好きだから」

 クローは目にも止まらぬ速さで飛び立っていく。街が燃え、悲鳴が上がるこの惨状を救うために。
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