H･I･M･E ーactressー

第16章 日常７：眠れない僕と寝相の悪い彼

５

　僕は桜木くんに背中を向けたまま、指の先でそっと唇に触れた。


　ここ……に、桜木くんの唇が……

　夢……じゃないんだよね？
　僕達キス……しちゃったんだよね？

　どうしよう……、これって喜ぶべき、だよね？

　あ、でも桜木くんはどう思ってるんだろ……

　怒ってる？

　そうだよね……、一応ＡＶ業界の端っこではあるけど、お仕事させて貰ってる僕は、それなりに……ってゆーか、日常的にキスなんてしてるし、もっとディープなキスだって何度だってして来てるけど、桜木くんはそうじゃないもんね？

　僕とは違って、経験だってあんまり多くなさそうだもんね？
　なのにこんな形でキスしちゃうなんて……、怒って当然だよね……

　「あ、あの……、事故みたいなもんだから……。だから、あの……」


　気にしないでね……って、あ……れ……？
　僕の聞き違い……じゃないよね？

　だってまさかそんなこと……


　「嘘……でしょ？」


　だってさ、だってだよ？
　普通さ、事故みたいなもんでもキスはキスじゃん？

　そりゃさ、僕が喜び過ぎなのかもしんないし、気にし過ぎなのかもしんないけどさ、でも普通寝る？

　それもさ、人のお布団で大の字になって、大いびきまでかいちゃってさ、ちょっと失礼じゃない？

　もぉ、僕のこの気持ちは、どうしてくれるのさ……

　でも……


　「ふふ、可愛い寝顔♡」


　この間はそれどころじゃなくてゆっくり見れなかった（いや、しっかり見てたけどね？）けど、桜木くんの寝顔ってすっごく可愛い♡


　僕はそーっと手を伸ばすと、開いては閉じてを繰り返す桜木くんの唇を、指先でなぞった。

　「ふふ、柔らかい♡」


　この柔らかい唇が僕の唇に……？


　僕は桜木くんの唇をなぞった指で自分の唇をなぞった。


　でもそんなんじゃ全然足りなくて……


　眠ったままの桜木くんにそっと顔を近付けると、今にも口から飛び出しそうな心臓に、「落ち着け」って何度も言い聞かせながら、唇を寄せた。

　でもその時……