上 下
82 / 143
第6章  007

しおりを挟む
「お久しぶりです、相原社長」
「やあやあ、良く来てくれたね。まあまあ、かけたまえ」

 ソファに座ったまま、それまで一切表情を変えることのなかった相原が、黒瀬を前に情けなく歪む。

 国内外にあるいくつものホテルやレジャー施設を束ねる相原も、黒の天使を前にした途端、どこにでもいるような普通の男になってしまうようで……

「急に呼び出したりして済まなかったね」
「いえ、相原社長からの連絡ですから。それで今日はどんなご要件で?」

 常に微笑みを絶やさない黒瀬の口調は、本木程無感情ではないものの、至極淡々としている。

「実は、アレなんだが……」

 言いながら相原は、パーティションで仕切られたベッドルームを指で差した。

 あえてそちらを見ないのは、いくら相原であっても、謎の死体の存在は不気味に感じているからなのだろう。

「失礼します」

 黒瀬は一言相原に断りを入れると、下ろしたばかりの腰を上げ、ゆっくりとした足取りでパーティションの向こう側へと足を向けた。

 そして死体にかけられた布団を捲ると、弘行の死体を見下ろし、まじまじと見つめた。

「この人物に心当たりは?」

 弁護士と言う職業柄こう言った状況には慣れているのか、死体を目にしても取り乱すことも、顔色すら変えることなく実に冷静だ。
しおりを挟む

処理中です...