2 / 337
第1章 misterioso
2
しおりを挟む
空耳かと、一瞬はそう思った。
アスファルトを叩く激しく降りつける雨音の中、歌声なんて聞こえる筈がないと。
でも俺の耳にはハッキリとその声が聞こえていて、それは俺の肩が濡れれば濡れる程に、近く、より鮮明さを増して行った。
そして俺は見つけたんだ。
濡れたアスファルトに両足を投げ出し、キャップの鍔先から滴る水滴を気に留めることなく、瞼を固く閉じ、歌い続ける彼を。
とても綺麗だった。
雨音と雨音の合間をすり抜けて響く透き通った声もさることながら、淡いブルーのTシャツを、肌が透ける程雨に濡らし、それでも尚雨粒を全身に受けて歌う彼の姿が、とても綺麗で、多分見蕩れていたんだと思う。
気付けば、元々役不足だった折り畳みの傘は手から滑り落ち、降り注ぐ雨の中、俺は一人声を殺して泣いていた。
八年も付き合った彼女に、理由もなく振られたからじゃない。ただ、どう言うわけだか、彼の歌声を耳にした瞬間、勝手に涙が溢れ出して、止まらなかった。
俺は静かに彼に歩み寄ると、ポケットの奥に忍ばせたままだったリングケースを、そっと彼の前に差し出した。
どうしてそんなことをしたのかは、やっぱり理由は分からない。でも俺は、彼が俺の存在に気付くまで、ずっとそうしていた。
そして、ピタリと声が止んだと思った瞬間、それまで固く閉じていた瞼が開き、長い睫毛に縁取られた目から、一筋の涙が零れた。
いや、もしかしたら頬を濡らす雨だったのかもしれないけど、俺の目には、確かに涙の雫に見えたんだ。
「お兄さん、風邪……引くよ?」
それが、初めて聞いた彼の声だった。
「えっ、あ、ああ……うん、君こそ……」
歌声とは全く違う印象を受けるその声に、内心戸惑いを感じながら、漸く言葉を絞り出した。
アスファルトを叩く激しく降りつける雨音の中、歌声なんて聞こえる筈がないと。
でも俺の耳にはハッキリとその声が聞こえていて、それは俺の肩が濡れれば濡れる程に、近く、より鮮明さを増して行った。
そして俺は見つけたんだ。
濡れたアスファルトに両足を投げ出し、キャップの鍔先から滴る水滴を気に留めることなく、瞼を固く閉じ、歌い続ける彼を。
とても綺麗だった。
雨音と雨音の合間をすり抜けて響く透き通った声もさることながら、淡いブルーのTシャツを、肌が透ける程雨に濡らし、それでも尚雨粒を全身に受けて歌う彼の姿が、とても綺麗で、多分見蕩れていたんだと思う。
気付けば、元々役不足だった折り畳みの傘は手から滑り落ち、降り注ぐ雨の中、俺は一人声を殺して泣いていた。
八年も付き合った彼女に、理由もなく振られたからじゃない。ただ、どう言うわけだか、彼の歌声を耳にした瞬間、勝手に涙が溢れ出して、止まらなかった。
俺は静かに彼に歩み寄ると、ポケットの奥に忍ばせたままだったリングケースを、そっと彼の前に差し出した。
どうしてそんなことをしたのかは、やっぱり理由は分からない。でも俺は、彼が俺の存在に気付くまで、ずっとそうしていた。
そして、ピタリと声が止んだと思った瞬間、それまで固く閉じていた瞼が開き、長い睫毛に縁取られた目から、一筋の涙が零れた。
いや、もしかしたら頬を濡らす雨だったのかもしれないけど、俺の目には、確かに涙の雫に見えたんだ。
「お兄さん、風邪……引くよ?」
それが、初めて聞いた彼の声だった。
「えっ、あ、ああ……うん、君こそ……」
歌声とは全く違う印象を受けるその声に、内心戸惑いを感じながら、漸く言葉を絞り出した。
0
あなたにおすすめの小説
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
キミがいる
hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。
何が原因でイジメられていたかなんて分からない。
けれどずっと続いているイジメ。
だけどボクには親友の彼がいた。
明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。
彼のことを心から信じていたけれど…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる