君の声が聞きたくて

誠奈

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第1章   misterioso

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 空耳かと、一瞬はそう思った。
 アスファルトを叩く激しく降りつける雨音の中、歌声なんて聞こえる筈がないと。

 でも俺の耳にはハッキリとその声が聞こえていて、それは俺の肩が濡れれば濡れる程に、近く、より鮮明さを増して行った。

 そして俺は見つけたんだ。

 濡れたアスファルトに両足を投げ出し、キャップのつば先から滴る水滴を気に留めることなく、瞼を固く閉じ、歌い続ける彼を。


 とても綺麗だった。


 雨音と雨音の合間をすり抜けて響く透き通った声もさることながら、淡いブルーのTシャツを、肌が透ける程雨に濡らし、それでも尚雨粒を全身に受けて歌う彼の姿が、とても綺麗で、多分見蕩れていたんだと思う。

 気付けば、元々役不足だった折り畳みの傘は手から滑り落ち、降り注ぐ雨の中、俺は一人声を殺して泣いていた。

 八年も付き合った彼女に、理由もなく振られたからじゃない。ただ、どう言うわけだか、彼の歌声を耳にした瞬間、勝手に涙が溢れ出して、止まらなかった。

 俺は静かに彼に歩み寄ると、ポケットの奥に忍ばせたままだったリングケースを、そっと彼の前に差し出した。

 どうしてそんなことをしたのかは、やっぱり理由は分からない。でも俺は、彼が俺の存在に気付くまで、ずっとそうしていた。

 そして、ピタリと声が止んだと思った瞬間、それまで固く閉じていた瞼が開き、長い睫毛に縁取られた目から、一筋の涙が零れた。
 いや、もしかしたら頬を濡らす雨だったのかもしれないけど、俺の目には、確かに涙の雫に見えたんだ。

 「お兄さん、風邪……引くよ?」

 それが、初めて聞いた彼の声だった。

 「えっ、あ、ああ……うん、君こそ……」

 歌声とは全く違う印象を受けるその声に、内心戸惑いを感じながら、漸く言葉を絞り出した。
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