君の声が聞きたくて

誠奈

文字の大きさ
44 / 337
第6章   amabile

しおりを挟む
 「あ、ごめん……」

 自分が俺の手を握ったままだってことに気付いてなかったのか、慌てたようにパッと俺の手を解放する桜木さん。


 昨日も同じようなことがあったような……
 もしかして桜木さんて、真面目そうな顔してるけど、実はけっこう天然なのかも?


 思わずプッと吹き出した俺を、首を傾げて見つめて来る桜木さんに、俺は笑いを堪えながら《なんでもない》と首を横に振った。

 「着替えておいで? 俺、待ってるから」

 酒が入っているせいか、若干潤んだように見える目が細められ、俺の心臓がドクンと跳ね上がる。


 和人、ごめん。俺、やっぱり桜木さんのこと好きだ……


 俺は赤くなった顔を見られたくなくて急いで席を立つと、飛び降りるように小上がりから降り、更衣室へと駆け込んだ。

 途中、

 「早くしないと桜木帰っちゃうからね?」

 なんてさ、潤一さんの揶揄うような声が聞こえたけど、それだって全然気にならない。

 更衣室に入った俺は、余計なことを考える暇もなく、着ていたユニフォームを脱ぎ、適当に丸めてリュックの中に突っ込んだ……けど、すぐに取り出して、簡単に畳直してから、再びリュックに突っ込んだ。


 「だらしないんだよ、智樹は……」


 いつも和人に言われてたのを、不意に思い出したからだ。

 俺はサッと着替えを済ませると、随分前からロッカーに置きっぱなしになっていた傘を手に取った。いつだったか、傘なんてなくたって平気だって言った俺に、和人が強引に買って寄越した物だ。


 何だよ、こんな時に限って、やけに和人のことばっか思い出してる……


 結局俺は、他の誰を好きになったって、和人を忘れることは出来ないし、和人の存在を無かったことには出来ないんだ。
 好き同士ではあったけど、心から愛し合ってたわけじゃないし、でもお互い同じ悩みを持つ者同士、痛みだって共有してきたし、何より和人と一緒にいる時間は、辛いことも沢山あったけど、それ以上に楽しかった。
 そんな和人を、俺は忘れることも、記憶の中から消すことだってきっと出来ないって分かってるのに、俺は今桜木さんが差し出してくれる手を取ろうとしている。

 本当にそれでいいのか……、心に悶々とした物を抱えたまま、俺は更衣室を出た。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

キミがいる

hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。 何が原因でイジメられていたかなんて分からない。 けれどずっと続いているイジメ。 だけどボクには親友の彼がいた。 明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。 彼のことを心から信じていたけれど…。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

処理中です...