君の声が聞きたくて

誠奈

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第7章   adagio

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 松下が大田君と知り合いだったなんて……

 それだけでも俺にとっては驚き以上の驚きだったのに、相原さんが「送ってやってくれないか」なんて言うもんだから、もう天にも登るような気持ちとはこのことで。
 でも一瞬横目で見た大田君は、酷く困った顔をしていたのを、俺は見逃さなかった。

 直接……ではなくとも、俺のことを好きだと言ってくれた大田君だけど、彼がそんな顔をするのは、きっと大田君の帰りを部屋で待っているだろう、恋人のことを思ってのことだと、俺はそう思っていた。

 だから内心、相原さんの申し出を断わろうかとも思った。


 もし、同棲までしている恋人が、自分以外の誰かと歩いている現場を目撃なんてしたら……


 俺だったら恋人を問い詰めるだろうし、当然その後も険悪な関係になることは避けられない。
 ただ、大田君を困らせたくない……、そうは思っていても、自分の中に芽生えてしまった感情は、もうどうやったって止められそうにない。
 それに、いくら成人男性とはいえ、少なくとも俺の目には大田君は一見女の子にも映らなくもない。


 しかも、口がきけないとなったら……


 考えたくはないことだが、暴漢に襲われても悲鳴一つ上げることは出来ない。

 そう思ったらやっぱり心配で、放っておけなくて、俺は大田君の手を握った手に力をこめた。すると大田君も少しだけ表情を緩めて、手にしていたペンをノートに走らせた。

 『お願いします』と。

 可愛らしい顔には不釣り合いなくらいに、綺麗な字で……




 相原さんに促されて着替えに向かった大田君の背中を見送り、残っていたビールを飲み干した俺は、大田君の温もりがまた微かに残る自分の手のひらをじっと見つめていた。

 多分……だげと、俺の顔は相当ニヤけてたんだと思う。

「桜木ってそんな顔すんのね? ほら、なんつーの、デレデレしてるっつーかさ」

 松下に揶揄うように言われ、危うく帆立の刺身を喉に詰まらせる勢いで咳き込んだ。


 つか、好きな人を目の前にして、デレデレして悪いか!
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