49 / 337
第7章 adagio
4
しおりを挟む
自転車を駐輪場に停め、振り返った大田くんのその顔が酷く寂し気に見えて、とうしてそんな顔をするのか……、理由を聞きたくなる衝動に駆られるけど、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「じゃ、俺帰るから……。あ、もし本当にもしで良いんだけど、気が向いたらメールして? 俺、待ってるからさ」
それだけを言うと、軽く手を振って大田君に背を向け、今来た道を引き返そうと一歩を踏み出した……が、
「えっ……?」
汗で湿ったシャツの背中を引っ張られ、俺は二歩目を踏み出すことなく後ろを振り返った。
「大田……君?」
今にも泣き出しそうな顔……
少なくとも俺の目にはそう映った(実際は恥ずかしかっただけみたいだけど……)。
「どうしたの? 早く帰らないと心配するよ?」
いくら仕事とはいえ、こんな時間まで恋人が帰らないとなったら、俺なら気が気じゃなくて、それこそ捜索願いも辞さないところだ。
「ほら、早く帰って上げな?」
本音を言えば、このまま大田君を恋人の元へ帰したくない。でもそれは大田君に恋人がいる以上、到底許されることではない。
俺はシャツをギュッと握る手を解き、猫背気味の背中を軽く押した。
でも大田君は微動だにすることなく、首を何度も横に振ると、俺の手を掴み、建物の丁度二階部分を指差した。
それが何を意味するのか分からない俺は、当然首を傾げ、大田君の口元を覗き込んだ。
「《き・て》? えっと……、間違ってたらゴメンなんだけど、俺に着いて来いって言ってる?」
まさかそんな筈はない、ありえない……
そう何度も自分に言い聞かせるけど、 目の前の大田君はさっきまで横に振っていた首を、今度は縦に変えて振っている。
嘘……でしょ、だってあのの部屋には……
いくら大田君のことが好きでも、恋人の待つ部屋に足を踏み入れるなんて、俺はそこまで肝の座った人間でもないし、無粋な真似をする程野暮な男でもないつもりだ。
「ゴメン……、それは出来ないよ」
俺はキッパリ断った……つもりだった。
「じゃ、俺帰るから……。あ、もし本当にもしで良いんだけど、気が向いたらメールして? 俺、待ってるからさ」
それだけを言うと、軽く手を振って大田君に背を向け、今来た道を引き返そうと一歩を踏み出した……が、
「えっ……?」
汗で湿ったシャツの背中を引っ張られ、俺は二歩目を踏み出すことなく後ろを振り返った。
「大田……君?」
今にも泣き出しそうな顔……
少なくとも俺の目にはそう映った(実際は恥ずかしかっただけみたいだけど……)。
「どうしたの? 早く帰らないと心配するよ?」
いくら仕事とはいえ、こんな時間まで恋人が帰らないとなったら、俺なら気が気じゃなくて、それこそ捜索願いも辞さないところだ。
「ほら、早く帰って上げな?」
本音を言えば、このまま大田君を恋人の元へ帰したくない。でもそれは大田君に恋人がいる以上、到底許されることではない。
俺はシャツをギュッと握る手を解き、猫背気味の背中を軽く押した。
でも大田君は微動だにすることなく、首を何度も横に振ると、俺の手を掴み、建物の丁度二階部分を指差した。
それが何を意味するのか分からない俺は、当然首を傾げ、大田君の口元を覗き込んだ。
「《き・て》? えっと……、間違ってたらゴメンなんだけど、俺に着いて来いって言ってる?」
まさかそんな筈はない、ありえない……
そう何度も自分に言い聞かせるけど、 目の前の大田君はさっきまで横に振っていた首を、今度は縦に変えて振っている。
嘘……でしょ、だってあのの部屋には……
いくら大田君のことが好きでも、恋人の待つ部屋に足を踏み入れるなんて、俺はそこまで肝の座った人間でもないし、無粋な真似をする程野暮な男でもないつもりだ。
「ゴメン……、それは出来ないよ」
俺はキッパリ断った……つもりだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
キミがいる
hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。
何が原因でイジメられていたかなんて分からない。
けれどずっと続いているイジメ。
だけどボクには親友の彼がいた。
明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。
彼のことを心から信じていたけれど…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる