君の声が聞きたくて

誠奈

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第8章   a cappella

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 雨で濡れて冷えた身体に、ぬるめのシャワーを浴びながらふと考える。


 桜木さんは俺がシャワーを浴び終えるまで待っていてくれるって言ったけど、ひょっとして勘違いされたかな……


 俺がシャワーを浴びたいと言ったのは、下心とか、もしかしたら……なんて期待をしたからなんかじゃない。ただ、桜木さんの腕に抱き締められた時、桜木さんがとても良い匂いがしたからなんだ。
 俺にはとても似合いそうもない、男らしくて、なのに爽やかな香りに包まれていると、自分が油臭いのが妙に気になったんだ。
 それに、もし俺にその気があったとして、抱くにしろ抱かれるにしろ、桜木さんが俺を受け入れてくれるかどうかは、正直分からない。


 今まで(多分)女しか知らない桜木さんには、相当な覚悟が必要だし、俺だって……


 そんなことをぼんやりと考えていたら、ぬるいシャワーなのに逆上せそうになって、慌てて風呂場から飛び出した。




 火照った身体にTシャツとハーフパンツを着て、冷蔵庫を開けるけど、冷蔵庫の中には飲み物は何もない。


 そっか、缶コーヒー桜木さんに上げちゃったから、何も残ってないのか……


 仕方なく水道からグラスに直接汲んだ水を一気に飲み干すと、幾分か火照りも治まったような気がした。

 俺は濡れた髪先から雫が落ちるのも気にすることなく、桜木さんの待つ部屋へ向かう(……って程広くもないけど)と、ベッドに凭れ掛かるようにストンと腰を下ろした。

 「ちゃんと温まったかい? ……つか、髪、濡れたままじゃ風邪ひくでしょ?」

 貸して、と不意に伸びて来た手が俺の首に巻いてあったタオルを引き取り、パサリと頭から被せられた。

 「ドライヤーは?」


 そんなモンないよ……、俺は首を横に振って答えた。


 「そっか、じゃあ仕方ないね? じっとしてて?」

 クスリと笑った桜木さんが、俺の頭をタオルでガシガシと拭く。


 なんか俺……、初めて会った時からそうだけど、ずげえ子供扱いされてる?


 俺は唇を尖らせて、タオルの隙間から見える桜木さんを睨み付けてみるけど、俺の視界に入ったのは、丁度桜木さんの口元で……

 少し厚めだけど、綺麗な形をした唇を見ていたら、急にキスがしたい衝動に駆られて、慌てて視線を逸らした。
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