君の声が聞きたくて

第１８章 espresso

７

　「それで？ 君は和人君のケーキを買って、アパートに帰った、そうだったね？」

　俺の手が止まったタイミングで、森岡先生の落ち着いた声が話の先を促す。
　でも俺の手が再び動き出すことはなく、その代わり俺の口からは、声とも雑音とも区別のつかない、酷く掠れた声だけが零れた。

　『……………だ…』
　「ん？ 何て？」
　『俺……が、和人……を、殺し……た』


　そうだ、俺が和人を殺したんだ。やっと思い出したよ。


　今までずっとその記憶に蓋をして、自分は悪くないんだって、悪いのは和人の気持ちを拒んだ雅也さんと、和人と雅也さんの間に割って入った潤一さんなんだって……
　そう思い込もうとして来たし、現にそうすることで、自分が犯した罪の意識から逃れて来た。


　でもそうじゃなかったんだ。


　『俺……が……』

　震え出した手から、強く握り締めていた筈のペンが滑り落ち、床にカランと音を立てる。

　「少し落ち着こうか？」

　森岡先生が言ってくれるけど、それでも手の震えは止まらなくて……

　「ほら、落ち着け、な？」

　俺の震える手を、森岡先生の大きな手が包み込んだ。
　森岡先生の手は、今はもう触れることも叶わない、翔真さんの手にどこか似ているような気がして……

　そんなわけないって、翔真さんとは全然違うんだ…って、ちゃんと分かってるのに、なのに不思議と手の震えも、乱れた感情も、徐々に落ち着きを取り戻して行くのを感じた。

　『ごめ……なさい、俺……』
　「いや、構わんよ」

　少しだけホッとしたような表情を浮かべ、森岡先生の手が俺の手から離れて行く。
　そして足元まで転がって行ったペンを拾い上げると、そのまま席を立って、備え付けの小さな冷蔵庫の中から缶コーヒーを二本取り出した。

　「飲むか？」

　一本を俺に差し出し、さっきまで座っていた椅子に再び腰を下ろした。そして自分の分の缶だけを開けると、一息にコーヒーを飲み干し、空になった缶をテーブルの上に置いた。