キセル

優雅

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キセル

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  祖父は、喫煙家だった。




セブンスターという紙巻きたばこをよく吸っていたらしい。




 祖父の家は、大阪市の旭区というところにあった。もともと土地勘が無かったが故に、どの辺りかはいまだはっきりとは覚えていない。だが、祖父に連れられて近場の銭湯に行ったのをよく覚えている。
最新式の電気風呂だと言われて連れてこられたその銭湯は、少し、いや、かなり古臭い感じだった。けれど悪い気はしなかった。因みに、その時に祖父の真似をして始めた銭湯上がりにフルーツミックスジュースを飲む習慣は今も健在である。

 趣味は盆栽だった。お家自体は狭かったが、そこら中に綺麗に剪定された盆栽が並んでいて、とても賑やかな感じだった。



私自身、大阪に住んでおらず、祖父と会える機会も中々なかった為、正直祖父との思い出はあまり多くない。

覚えているのは、一緒に大きくて赤い観覧車に乗り、近くに見える高層ビルに感嘆したことと、一緒に水族館に行ったことぐらいだろうか。あとは、港区にある交通科学館に連れて行ってもらったこともあった。

梅田の地下街を歩くとき、祖父の繰り出す足と反対の足を出して歩いた時には、笑みを浮かべながらその奇妙な遊びに付き合ってくれた。





 祖父は、喫煙家だった。





私が遊びに行った時、祖父はよく煙管をふかしていた。

両親ともに嫌煙家で、タバコなんて路上で大人が吸う紙巻きたばこぐらいしか見たことなかったから、その未知のものにかなり驚いた。けれど、その独特な形状と、祖父の吐き出す紫煙はなんだか格好良く思えた。

煙草の匂いは今も昔も苦手だが、祖父が吸うたばこの香りだけは不思議と好きだった。



ある時、祖父の煙管をねだったことがある。すると、祖父は笑ってこう言った。
「ええか、シゲ。よう聞きや。シゲの母ちゃんから聞いたと思うけど、これはニコチンゆう毒でな、シゲが吸ってしもたら体壊してしまうもんやねん。じいちゃんは老い先短いから別にええけど、シゲはアカン。もしホンマに吸いたいんやったら、シゲが大人になった時に譲ったるわ。」


その時は悔しさのあまり、大きめの空き缶で祖父の頭をペコペコ叩いた。勿論すぐに父から拳骨を落とされ、母には怒られ、大泣きした。祖父が宥めてくれたからその場で収まったけれど、今思えば確かに私がひどかったと思う。





  祖父は、喫煙家だった。





喫煙家ではあったが、祖父は祖父なりに、健康を気にしていたらしい。毎朝梅田まで歩いては、優雅に喫茶店でモーニングと洒落込んでいた。
食べ物にも気を遣う人で、いつもデパートの鮮魚コーナーに行っては、天然ものの刺身を買ってきていた。
 祖父の家で食べた刺身とご飯は美味しかった。後から知ったのだが、あのお米は魚沼産のコシヒカリだったらしい。だからだろうか。私は刺身と白米との組み合わせが大好物である





  祖父は、肺ガンだった。




発覚したのは、私がまだ小学生になったばかりの時。定期健診で発覚した。末期に近い症状だったという。母が慌ただしくしていたのをよく覚えている。
ガンがどのようなものかよく分かっていなかった私にとって、療養の為、急に祖父が私の家で暮らすことになったと知った時は、嬉しいサプライズだと喜んでいた。しかし気候が合わず、すぐに大阪に戻ることになった。


 母に連れられ、駅まで祖父を見送りに行ったときに、祖父から筆箱ほどの大きさの緑の小箱をもらった。

「じいちゃん、これなに?」
「シゲが欲しがってた煙管や。」
「え、ほんと!?くれるの?……でも僕まだ子供だよ?」
「せやな。……せや、こうしよ。シゲは将来何になりたいん?」
「えーとね、弁護士!」
「ほう。なんでや?」
「ほら、弁護士ってあれでしょ?好きな時に休めて、たくさんお金貰えるんでしょ?」
「はははっ、そうか。そりゃあ、確かに。せやったらシゲ、いっぱい勉強せなアカンで。」
「そーなの?じゃあ、いっぱい勉強する!」
「ええ返事や。ほな、約束しよか。シゲが将来の夢を叶えるまでこの箱を開けん。それでどうや?」
「うん!そうしよう。約束する!」
「よし、指切りするで。指切りげんまん……」

心なしか、祖父の指は前よりも細く感じた。


「お父さん、時間よ。」
「分かった。」
駅の改札を通る前に、祖父は私の頭を撫でてくれた。

「じゃあじいちゃん。またね。」
「またな、シゲ。大阪で待っとる。」


それが祖父との最後の会話だった。

その後、ほどなく祖父は亡くなった。5月。母の誕生日の直前だった。





  祖父は、苦労人だった。




祖父の死後、母から聞いた話だ。

祖父は戦前生まれ。戦後、家族を食わしていくのにとても苦労したらしい。大阪からわざわざ岡山の闇市まで繰り出しては食べ物を手に入れてくる生活。汽車での移動中、警察のガサ入れから逃れるために、列車の連結器に荷物を括り付ける工夫をするなど、必死に日々を過ごしていたという。奇跡的に卵が手に入った時には、子供たちに食べさせてあげてたとか。

 そういう暮らしが長かったからか、あまり贅沢を好む人では無かったらしい。だが、家族に良い思いをさせてあげたいという気持ちは人一倍強かったという。
遊びに行く度に食べてたあの美味しいお米は、私たちの為にわざわざ精米店で取り寄せをして用意してくれていたものらしい。それと、全然知らなかったのだが、定期的に食卓に出てきた美味しい海苔も定期的に祖父から送られてきたものだった。赤い蟹の可愛いイラストがプリントされている海苔。今でも大好きだ。
 紙巻きタバコも子供だった私の前では決して吸わない人だった。ただし、「お父さん、シゲの前では恰好付けたかったのよ。」とは母の談で、煙管だけはどうしても孫の前で吸いたかったという。それでも、できるだけ害のない刻みタバコを選んでいたとのこと。

 祖父は最期まで家族のことを考えていた。亡くなった日の前日には、母への誕生日プレゼントとして、綺麗なカーネーションと高級なハンカチを送ってくれていた。小包を抱きしめ、あんなに激しく泣き崩れる母を見たのはあの時が最初で最後だった。






あれからかれこれ30年。




 懐かしいことを思い出したものだ。そう思いながら、薄く埃を被ったかび臭い小箱を箪笥の中へ戻し、私は大掃除を再開するのであった。




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