敏腕ドクターは孤独な事務員を溺愛で包み込む

華藤りえ

文字の大きさ
52 / 52
6.愛するドクターの手で幸せになりましたとさ

6-2

しおりを挟む
「そうですね。薬剤師と医師が相手だと、やっぱり緊張しちゃいますよね」

 現役の薬剤師である父だけならまだしも、他科とはいえ同業者の医師である叔父の尊も相手となると、神野の緊張も半場ではなかっただろう。

 薬剤オーダーや術後管理に、細々とした突っ込みが入ったのではないかと申し訳ない。

 が、神野はコーヒーを一口味わったあと、首を傾げた。

「別に俺は、相手が医療従事者だからとか気にしない。やるべきことをやるだけだ。そうじゃなくて……未来の義父と、その弟に、俺の仕事ぶりをチェックされるんだぞ。男なら普通に緊張する」

 完全に不意打ちだ。頭が思考停止してしまう。

「彬さん……。なんか、私と結婚する風に聞こえましたけれど」
「他にどう聞こえたんだ。ちゃんと宣言していたぞ。全部終わったら、ご褒美を貰うと」
「ええっ!」

 すっとんきょうな声が飛び出た。ただのデートではなかったのか。

 どぎまぎしていると、神野が耳元に唇を寄せて囁く。

「朱理が欲しい。これからもずっと」

 真っ赤になるほど恥ずかしく、信じられないほどうれしい。

「あの……私で、いいんですか」
「俺はこの後に及んで、ダメだと冗談を言うような面白みのある人間じゃない」

 言われ、そこだけは真顔でうなずく。

 誠実かつ真面目、どちらかといえば堅物な人間だろう。

 だけど、こんな風にプロポーズしてくるなんて思ってもおらず、朱理は目を白黒させていると、曖昧な言い方ではダメだと思ったのだろう。神野が姿勢を正しはっきりと告げる。

「愛している。朱理以外はいらない」

 肩に置かれた手に力がこもり、ぴくんと身体が波打つ。歓喜で眼が潤む。

 「返事は?」

 そう問われても、はいとしか言えない。言いたくない。

 このまま眼を閉じて、プロポーズされた感動を味わっていたいと思う。

 が、自分だけで決めてしまっていいのかと気づく。

「あ、でも彬さんと私が、付き合っているって両親はまだ知らないし……驚かせるかも」
「そこは問題ない。とっくの昔にばれている」
「どっ……どこ、じゃなくて……いつ! いつからですか」
「手術後の家族説明で、烏丸先生にバラされた」

 頭を抱える。

 そもそもどうして叔父の尊がそんなことを知っているのだ。

 気になって神野を見つめると、彼はばつの悪そうな表情をした。

「付き合いだす前に、駐車場で烏丸先生が朱理と会っているのを見た。後日、相手が医師だと知って、日光浴をしている熊みたいな奴は誰だと知人に聞いた。そうしたら君と同じ名字を答えられて、つい」

 いつも堂々としている神野らしくなく、歯切れの悪い告白に、朱理もいたたまれない気持ちとなっていく。

 甥と姪を子どもと勘違いし、朱理を人妻かと疑ったこと。

 人妻ならなびかないのも道理だと考えたが、朱理に対する恋心を諦めきれず、確かめたくて食事に誘ううちに、ついキスしてしまい、ちゃんと手順を踏もうと、つてを辿って叔父と会ったらしい。

「同じ外科系なら、先輩や上司でなんらかの繋がりは見つかる。さりげなく運ぼうとしていたんだが、結婚の有無を聞いた途端、烏丸先生に見ぬかれて……遊びなら朱理に手をだすなと釘を刺された。初めから遊ぶつもりはなかったから、怖くはなかったが」

 叔父も、朱理が恋愛をしないことを気にしていたらしい。

 整形美人とからかわれたせいではないか。引いては自分のせいではないかと。

 だから七年間も同じ彼女と付き合いながら、結婚を切り出せずに居たのだろう。

 申し訳なくて少しだけしょんぼりしていると、さらに抱き寄せられ、身体が傾く。

 側頭部に手をあてられ、されるままに神野の肩に顔を預けていた。

「もう終わったことだ。そうだろう? それとも、朱理は俺に恋していないのか」

 ふるふると頭を振る。優しく頬を指であやされ、心が落ち着く。

 そうだ、終わったことだ。みんな未来に向かって歩きだしている。

 今更、朱理から謝られても、尊も困るだろう。

 軽く頭や肩を手でなでられながら、感慨深く色々と思い出す。

 そういえば、花火を見に行った時に、尊が「彼氏が来ている」と朱理に告げた。

 あの時からもう知られていたのだ。

 叔父の尊が知っているなら、父も当然で……うれしいやら恥ずかしいやら。

「指輪を決めてサイズを直したら、朱理の家に戻ってきちんと君の家族に挨拶したい。……みんな安心するし、俺も職場で安心できる」

 だから快気祝いの手伝いよりデートしなさい。と母が背中を押したのか。

 なら、今日の父の退院祝いの宴には、きっと神野が参加するのも織り込み済みなのだろう。

 突然、両親に挨拶に行くと言われ嬉し恥ずかしになっていた朱理は、ふと、付け加えられた神野の言葉に疑問を抱く。

「……職場で安心って、彬さん、どうかしたんですか?」

 腑に落ちない部分があって聞き返すと、これだから、と神野が苦笑した。

「朱理は、最近、眼鏡もマスクもつけてないだろう」
「そうですね。院内の仕事が増えましたし。見舞いに来る家族と会うかもしれなくて」

 職場で顔を隠しているのは、家族には秘密だった。

 整形美人という噂におびえているのを知られたくなかったから。

「えっと、それがなにか?」
「朱理は、ギャップ萌えという言葉を知っているか」

 唐突に無関係とも思える質問を出され、目を丸くする。

「なんとなく、わかるような気がしますけれど。……彬さん、なんか変ですよ」
「変じゃなくて、つまりだな」

 頬を両手で包まれ、強引に上を向けさせられる。

 あっという間に唇が重なり、うまく言葉にならない思いを伝えようとするように、ひとしきり口腔を愛撫される。

 ほんの一分ほどのキスなのに、激しく、熱く翻弄され、くらくらする朱理の前で神野がぷいっと顔を背けた。

「カルテ庫の美女を狙うオオカミは、俺だけじゃなくなったということだ。婚約指輪で牽制ぐらいさせろ」

 照れているかすねているかわからない態度で、ぶっきらぼうに告げる神野がかわいい。

 部屋の隅を見る顔に手を伸ばし、朱理が神野の頬にキスすると、彼は驚いたように振り返る。

 その視界一杯に、幸せな笑顔をみせながら思う。

 神野と、ずっと一緒に生きていたい。

 強く願う朱理に、彼も同じ笑顔で眼を細める。

 やがて店員が持ってきた指輪は、これから選ぶ未来を示すようにキラキラとまぶしく輝いていた。



—完—

※次の更新からは結婚式番外編です
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

雨音。―私を避けていた義弟が突然、部屋にやってきました―

入海月子
恋愛
雨で引きこもっていた瑞希の部屋に、突然、義弟の伶がやってきた。 伶のことが好きだった瑞希だが、高校のときから彼に避けられるようになって、それがつらくて家を出たのに、今になって、なぜ?

処理中です...