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6.愛するドクターの手で幸せになりましたとさ
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「そうですね。薬剤師と医師が相手だと、やっぱり緊張しちゃいますよね」
現役の薬剤師である父だけならまだしも、他科とはいえ同業者の医師である叔父の尊も相手となると、神野の緊張も半場ではなかっただろう。
薬剤オーダーや術後管理に、細々とした突っ込みが入ったのではないかと申し訳ない。
が、神野はコーヒーを一口味わったあと、首を傾げた。
「別に俺は、相手が医療従事者だからとか気にしない。やるべきことをやるだけだ。そうじゃなくて……未来の義父と、その弟に、俺の仕事ぶりをチェックされるんだぞ。男なら普通に緊張する」
完全に不意打ちだ。頭が思考停止してしまう。
「彬さん……。なんか、私と結婚する風に聞こえましたけれど」
「他にどう聞こえたんだ。ちゃんと宣言していたぞ。全部終わったら、ご褒美を貰うと」
「ええっ!」
すっとんきょうな声が飛び出た。ただのデートではなかったのか。
どぎまぎしていると、神野が耳元に唇を寄せて囁く。
「朱理が欲しい。これからもずっと」
真っ赤になるほど恥ずかしく、信じられないほどうれしい。
「あの……私で、いいんですか」
「俺はこの後に及んで、ダメだと冗談を言うような面白みのある人間じゃない」
言われ、そこだけは真顔でうなずく。
誠実かつ真面目、どちらかといえば堅物な人間だろう。
だけど、こんな風にプロポーズしてくるなんて思ってもおらず、朱理は目を白黒させていると、曖昧な言い方ではダメだと思ったのだろう。神野が姿勢を正しはっきりと告げる。
「愛している。朱理以外はいらない」
肩に置かれた手に力がこもり、ぴくんと身体が波打つ。歓喜で眼が潤む。
「返事は?」
そう問われても、はいとしか言えない。言いたくない。
このまま眼を閉じて、プロポーズされた感動を味わっていたいと思う。
が、自分だけで決めてしまっていいのかと気づく。
「あ、でも彬さんと私が、付き合っているって両親はまだ知らないし……驚かせるかも」
「そこは問題ない。とっくの昔にばれている」
「どっ……どこ、じゃなくて……いつ! いつからですか」
「手術後の家族説明で、烏丸先生にバラされた」
頭を抱える。
そもそもどうして叔父の尊がそんなことを知っているのだ。
気になって神野を見つめると、彼はばつの悪そうな表情をした。
「付き合いだす前に、駐車場で烏丸先生が朱理と会っているのを見た。後日、相手が医師だと知って、日光浴をしている熊みたいな奴は誰だと知人に聞いた。そうしたら君と同じ名字を答えられて、つい」
いつも堂々としている神野らしくなく、歯切れの悪い告白に、朱理もいたたまれない気持ちとなっていく。
甥と姪を子どもと勘違いし、朱理を人妻かと疑ったこと。
人妻ならなびかないのも道理だと考えたが、朱理に対する恋心を諦めきれず、確かめたくて食事に誘ううちに、ついキスしてしまい、ちゃんと手順を踏もうと、つてを辿って叔父と会ったらしい。
「同じ外科系なら、先輩や上司でなんらかの繋がりは見つかる。さりげなく運ぼうとしていたんだが、結婚の有無を聞いた途端、烏丸先生に見ぬかれて……遊びなら朱理に手をだすなと釘を刺された。初めから遊ぶつもりはなかったから、怖くはなかったが」
叔父も、朱理が恋愛をしないことを気にしていたらしい。
整形美人とからかわれたせいではないか。引いては自分のせいではないかと。
だから七年間も同じ彼女と付き合いながら、結婚を切り出せずに居たのだろう。
申し訳なくて少しだけしょんぼりしていると、さらに抱き寄せられ、身体が傾く。
側頭部に手をあてられ、されるままに神野の肩に顔を預けていた。
「もう終わったことだ。そうだろう? それとも、朱理は俺に恋していないのか」
ふるふると頭を振る。優しく頬を指であやされ、心が落ち着く。
そうだ、終わったことだ。みんな未来に向かって歩きだしている。
今更、朱理から謝られても、尊も困るだろう。
軽く頭や肩を手でなでられながら、感慨深く色々と思い出す。
そういえば、花火を見に行った時に、尊が「彼氏が来ている」と朱理に告げた。
あの時からもう知られていたのだ。
叔父の尊が知っているなら、父も当然で……うれしいやら恥ずかしいやら。
「指輪を決めてサイズを直したら、朱理の家に戻ってきちんと君の家族に挨拶したい。……みんな安心するし、俺も職場で安心できる」
だから快気祝いの手伝いよりデートしなさい。と母が背中を押したのか。
なら、今日の父の退院祝いの宴には、きっと神野が参加するのも織り込み済みなのだろう。
突然、両親に挨拶に行くと言われ嬉し恥ずかしになっていた朱理は、ふと、付け加えられた神野の言葉に疑問を抱く。
「……職場で安心って、彬さん、どうかしたんですか?」
腑に落ちない部分があって聞き返すと、これだから、と神野が苦笑した。
「朱理は、最近、眼鏡もマスクもつけてないだろう」
「そうですね。院内の仕事が増えましたし。見舞いに来る家族と会うかもしれなくて」
職場で顔を隠しているのは、家族には秘密だった。
整形美人という噂におびえているのを知られたくなかったから。
「えっと、それがなにか?」
「朱理は、ギャップ萌えという言葉を知っているか」
唐突に無関係とも思える質問を出され、目を丸くする。
「なんとなく、わかるような気がしますけれど。……彬さん、なんか変ですよ」
「変じゃなくて、つまりだな」
頬を両手で包まれ、強引に上を向けさせられる。
あっという間に唇が重なり、うまく言葉にならない思いを伝えようとするように、ひとしきり口腔を愛撫される。
ほんの一分ほどのキスなのに、激しく、熱く翻弄され、くらくらする朱理の前で神野がぷいっと顔を背けた。
「カルテ庫の美女を狙うオオカミは、俺だけじゃなくなったということだ。婚約指輪で牽制ぐらいさせろ」
照れているかすねているかわからない態度で、ぶっきらぼうに告げる神野がかわいい。
部屋の隅を見る顔に手を伸ばし、朱理が神野の頬にキスすると、彼は驚いたように振り返る。
その視界一杯に、幸せな笑顔をみせながら思う。
神野と、ずっと一緒に生きていたい。
強く願う朱理に、彼も同じ笑顔で眼を細める。
やがて店員が持ってきた指輪は、これから選ぶ未来を示すようにキラキラとまぶしく輝いていた。
—完—
※次の更新からは結婚式番外編です
現役の薬剤師である父だけならまだしも、他科とはいえ同業者の医師である叔父の尊も相手となると、神野の緊張も半場ではなかっただろう。
薬剤オーダーや術後管理に、細々とした突っ込みが入ったのではないかと申し訳ない。
が、神野はコーヒーを一口味わったあと、首を傾げた。
「別に俺は、相手が医療従事者だからとか気にしない。やるべきことをやるだけだ。そうじゃなくて……未来の義父と、その弟に、俺の仕事ぶりをチェックされるんだぞ。男なら普通に緊張する」
完全に不意打ちだ。頭が思考停止してしまう。
「彬さん……。なんか、私と結婚する風に聞こえましたけれど」
「他にどう聞こえたんだ。ちゃんと宣言していたぞ。全部終わったら、ご褒美を貰うと」
「ええっ!」
すっとんきょうな声が飛び出た。ただのデートではなかったのか。
どぎまぎしていると、神野が耳元に唇を寄せて囁く。
「朱理が欲しい。これからもずっと」
真っ赤になるほど恥ずかしく、信じられないほどうれしい。
「あの……私で、いいんですか」
「俺はこの後に及んで、ダメだと冗談を言うような面白みのある人間じゃない」
言われ、そこだけは真顔でうなずく。
誠実かつ真面目、どちらかといえば堅物な人間だろう。
だけど、こんな風にプロポーズしてくるなんて思ってもおらず、朱理は目を白黒させていると、曖昧な言い方ではダメだと思ったのだろう。神野が姿勢を正しはっきりと告げる。
「愛している。朱理以外はいらない」
肩に置かれた手に力がこもり、ぴくんと身体が波打つ。歓喜で眼が潤む。
「返事は?」
そう問われても、はいとしか言えない。言いたくない。
このまま眼を閉じて、プロポーズされた感動を味わっていたいと思う。
が、自分だけで決めてしまっていいのかと気づく。
「あ、でも彬さんと私が、付き合っているって両親はまだ知らないし……驚かせるかも」
「そこは問題ない。とっくの昔にばれている」
「どっ……どこ、じゃなくて……いつ! いつからですか」
「手術後の家族説明で、烏丸先生にバラされた」
頭を抱える。
そもそもどうして叔父の尊がそんなことを知っているのだ。
気になって神野を見つめると、彼はばつの悪そうな表情をした。
「付き合いだす前に、駐車場で烏丸先生が朱理と会っているのを見た。後日、相手が医師だと知って、日光浴をしている熊みたいな奴は誰だと知人に聞いた。そうしたら君と同じ名字を答えられて、つい」
いつも堂々としている神野らしくなく、歯切れの悪い告白に、朱理もいたたまれない気持ちとなっていく。
甥と姪を子どもと勘違いし、朱理を人妻かと疑ったこと。
人妻ならなびかないのも道理だと考えたが、朱理に対する恋心を諦めきれず、確かめたくて食事に誘ううちに、ついキスしてしまい、ちゃんと手順を踏もうと、つてを辿って叔父と会ったらしい。
「同じ外科系なら、先輩や上司でなんらかの繋がりは見つかる。さりげなく運ぼうとしていたんだが、結婚の有無を聞いた途端、烏丸先生に見ぬかれて……遊びなら朱理に手をだすなと釘を刺された。初めから遊ぶつもりはなかったから、怖くはなかったが」
叔父も、朱理が恋愛をしないことを気にしていたらしい。
整形美人とからかわれたせいではないか。引いては自分のせいではないかと。
だから七年間も同じ彼女と付き合いながら、結婚を切り出せずに居たのだろう。
申し訳なくて少しだけしょんぼりしていると、さらに抱き寄せられ、身体が傾く。
側頭部に手をあてられ、されるままに神野の肩に顔を預けていた。
「もう終わったことだ。そうだろう? それとも、朱理は俺に恋していないのか」
ふるふると頭を振る。優しく頬を指であやされ、心が落ち着く。
そうだ、終わったことだ。みんな未来に向かって歩きだしている。
今更、朱理から謝られても、尊も困るだろう。
軽く頭や肩を手でなでられながら、感慨深く色々と思い出す。
そういえば、花火を見に行った時に、尊が「彼氏が来ている」と朱理に告げた。
あの時からもう知られていたのだ。
叔父の尊が知っているなら、父も当然で……うれしいやら恥ずかしいやら。
「指輪を決めてサイズを直したら、朱理の家に戻ってきちんと君の家族に挨拶したい。……みんな安心するし、俺も職場で安心できる」
だから快気祝いの手伝いよりデートしなさい。と母が背中を押したのか。
なら、今日の父の退院祝いの宴には、きっと神野が参加するのも織り込み済みなのだろう。
突然、両親に挨拶に行くと言われ嬉し恥ずかしになっていた朱理は、ふと、付け加えられた神野の言葉に疑問を抱く。
「……職場で安心って、彬さん、どうかしたんですか?」
腑に落ちない部分があって聞き返すと、これだから、と神野が苦笑した。
「朱理は、最近、眼鏡もマスクもつけてないだろう」
「そうですね。院内の仕事が増えましたし。見舞いに来る家族と会うかもしれなくて」
職場で顔を隠しているのは、家族には秘密だった。
整形美人という噂におびえているのを知られたくなかったから。
「えっと、それがなにか?」
「朱理は、ギャップ萌えという言葉を知っているか」
唐突に無関係とも思える質問を出され、目を丸くする。
「なんとなく、わかるような気がしますけれど。……彬さん、なんか変ですよ」
「変じゃなくて、つまりだな」
頬を両手で包まれ、強引に上を向けさせられる。
あっという間に唇が重なり、うまく言葉にならない思いを伝えようとするように、ひとしきり口腔を愛撫される。
ほんの一分ほどのキスなのに、激しく、熱く翻弄され、くらくらする朱理の前で神野がぷいっと顔を背けた。
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照れているかすねているかわからない態度で、ぶっきらぼうに告げる神野がかわいい。
部屋の隅を見る顔に手を伸ばし、朱理が神野の頬にキスすると、彼は驚いたように振り返る。
その視界一杯に、幸せな笑顔をみせながら思う。
神野と、ずっと一緒に生きていたい。
強く願う朱理に、彼も同じ笑顔で眼を細める。
やがて店員が持ってきた指輪は、これから選ぶ未来を示すようにキラキラとまぶしく輝いていた。
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