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爪が、欠けていた。
右手の薬指だ。爪の周りの皮膚も乾燥して、ひび割れている。とても16歳の女の子の手には見えなかった。何となく左手でその指先を隠してみたが、左手も似たようなものだった。
私の机には、私以外の手も乗っていた。2つのそれはきれいに整えられた爪をしている。若い女の子らしい、瑞々しい手。
「でさあ、駅前に新しい店ができたの。帰りに寄ろうよ」
唯一の友人は、楽しそうに話しかけてくる。私はいつも話を聞いているだけだ。話し掛けられれば応えるが、自分からはうまく発言できない。こんな根暗な人間を、この子はなぜ気に掛けてくれるのだろう。
頭もそんなに良くないし、見た目も十人並み。家がお金持ちというわけでも無ければ特別才能らしきものもない。たまたま小学生からの付き合いではあるが、それだけだ。
「リエ、今日は行けそう?」
「あ、お金ないから........無理かも」
そう答えると、彼女は優しく微笑んで「奢るよ」と言った。「お小遣いが月に500円ってひどいよね。小学生じゃないんだから」
曖昧に笑って俯いた。顔が一気に熱くなるのを感じた。恥ずかしさと劣等感がないまぜになった心の中を隠す様に、爪の欠けている右手で額を軽く掻いた。
「あ、爪欠けてる。ちょっと待って」
目ざとく気付いた友人ーーサツキが私の手を取ると、ポケットから爪磨きを取り出した。
「いつも持ってるんだ」
「うん。爪が綺麗だと、気分がいいもんだからね」
形のいい唇に優しげな笑みを浮かべながら、サツキは私の手を取った。暖かい指先に触れられ、思わず心臓が跳ね上がってしまったが、いわゆるトキメキとか、そういうものではない。
首筋がチクチクと粟立つ。足が冷たくなる。人に触れられるのが怖かったのだ。
「にしても、ほんとにお小遣い少なすぎるよ。もう高校生なんだしさ、もっと必要だよ。
帰ったらお母さんにお願いしてみな?」
「ああ……、うん、そうしてみる」
内心凍りつくものをかかえながら、とりあえず笑顔を浮かべた。笑顔が不自然なのは昔からなので、サツキはさして気にしてない様子だった。
お母さんにお願い、ね........。
彼女の発言には、何の他意もないのは分かっている。私の事を純粋に心配してくれているだけなのだ。それでも内心、私は穏やかでは居られなかった。
今すぐ立ち上がって、彼女の顔面に向かって座っていた椅子を投げ付けてやりたい。めちゃめちゃに罵倒してやりたい。
できるわけないでしょ。
今日も一日を何とか過ごせた。学校を終えて帰宅する時間になり、ほっと息を吐いた。
再び駅前の店に誘ってきたサツキを躱しつつ、私は一人帰宅の途についた。
己の小ささに嫌気がさす。駅のホームで電車を待ちながら、唇に触れた。乾燥してガサガサだし、皮も剥けてる。剥けた皮を指で摘んで引きちぎる。軽く血が滲んだ。
ヒリヒリと小さく痛む唇を舐めまわしながら、私は一抹の安心感のようなものを胸に抱いていた。現実の厳しさと向き合うためには、痛みが欲しくなる。
つまり自傷行為だ。心が弱っている人間は時に、痛みを持って己の平静を保とうとする。手首を切る者、皮膚を引っ掻く者、皮を剥がす者、体を噛んだり、抓る者。これは誰にでも起こりうる。私も例外ではない。
ふと目を上げると、向かいのホームに立つ少年と目が合った。学ラン姿で、少し幼い顔をしている。中学生のように思えた。
彼は私の顔をじっと見つめながら、戸惑いの表情を浮かべていた。思い切り己の唇の皮を剥いてる奴だ。確かに見てて気分のいいものではない。再び唇の皮を摘もうとしていた右手を下ろし、私は顔を下に向けた。見知らぬ人に気持ち悪い光景を見せてしまったな。
16歳。毎日が苦痛だ。
死にたい。死ねない。
今日も一日が過ぎた。もう帰らないといけない。
遠くから走ってくる電車を眺めながら、ゆっくりと己の唇を舐めた。鉄の味が僅かに口内に広がる。ちくちくと痛み出した胃の辺りを一度強く押さえて、ホームに滑り込んできた電車のドアが開くのを待った。
右手の薬指だ。爪の周りの皮膚も乾燥して、ひび割れている。とても16歳の女の子の手には見えなかった。何となく左手でその指先を隠してみたが、左手も似たようなものだった。
私の机には、私以外の手も乗っていた。2つのそれはきれいに整えられた爪をしている。若い女の子らしい、瑞々しい手。
「でさあ、駅前に新しい店ができたの。帰りに寄ろうよ」
唯一の友人は、楽しそうに話しかけてくる。私はいつも話を聞いているだけだ。話し掛けられれば応えるが、自分からはうまく発言できない。こんな根暗な人間を、この子はなぜ気に掛けてくれるのだろう。
頭もそんなに良くないし、見た目も十人並み。家がお金持ちというわけでも無ければ特別才能らしきものもない。たまたま小学生からの付き合いではあるが、それだけだ。
「リエ、今日は行けそう?」
「あ、お金ないから........無理かも」
そう答えると、彼女は優しく微笑んで「奢るよ」と言った。「お小遣いが月に500円ってひどいよね。小学生じゃないんだから」
曖昧に笑って俯いた。顔が一気に熱くなるのを感じた。恥ずかしさと劣等感がないまぜになった心の中を隠す様に、爪の欠けている右手で額を軽く掻いた。
「あ、爪欠けてる。ちょっと待って」
目ざとく気付いた友人ーーサツキが私の手を取ると、ポケットから爪磨きを取り出した。
「いつも持ってるんだ」
「うん。爪が綺麗だと、気分がいいもんだからね」
形のいい唇に優しげな笑みを浮かべながら、サツキは私の手を取った。暖かい指先に触れられ、思わず心臓が跳ね上がってしまったが、いわゆるトキメキとか、そういうものではない。
首筋がチクチクと粟立つ。足が冷たくなる。人に触れられるのが怖かったのだ。
「にしても、ほんとにお小遣い少なすぎるよ。もう高校生なんだしさ、もっと必要だよ。
帰ったらお母さんにお願いしてみな?」
「ああ……、うん、そうしてみる」
内心凍りつくものをかかえながら、とりあえず笑顔を浮かべた。笑顔が不自然なのは昔からなので、サツキはさして気にしてない様子だった。
お母さんにお願い、ね........。
彼女の発言には、何の他意もないのは分かっている。私の事を純粋に心配してくれているだけなのだ。それでも内心、私は穏やかでは居られなかった。
今すぐ立ち上がって、彼女の顔面に向かって座っていた椅子を投げ付けてやりたい。めちゃめちゃに罵倒してやりたい。
できるわけないでしょ。
今日も一日を何とか過ごせた。学校を終えて帰宅する時間になり、ほっと息を吐いた。
再び駅前の店に誘ってきたサツキを躱しつつ、私は一人帰宅の途についた。
己の小ささに嫌気がさす。駅のホームで電車を待ちながら、唇に触れた。乾燥してガサガサだし、皮も剥けてる。剥けた皮を指で摘んで引きちぎる。軽く血が滲んだ。
ヒリヒリと小さく痛む唇を舐めまわしながら、私は一抹の安心感のようなものを胸に抱いていた。現実の厳しさと向き合うためには、痛みが欲しくなる。
つまり自傷行為だ。心が弱っている人間は時に、痛みを持って己の平静を保とうとする。手首を切る者、皮膚を引っ掻く者、皮を剥がす者、体を噛んだり、抓る者。これは誰にでも起こりうる。私も例外ではない。
ふと目を上げると、向かいのホームに立つ少年と目が合った。学ラン姿で、少し幼い顔をしている。中学生のように思えた。
彼は私の顔をじっと見つめながら、戸惑いの表情を浮かべていた。思い切り己の唇の皮を剥いてる奴だ。確かに見てて気分のいいものではない。再び唇の皮を摘もうとしていた右手を下ろし、私は顔を下に向けた。見知らぬ人に気持ち悪い光景を見せてしまったな。
16歳。毎日が苦痛だ。
死にたい。死ねない。
今日も一日が過ぎた。もう帰らないといけない。
遠くから走ってくる電車を眺めながら、ゆっくりと己の唇を舐めた。鉄の味が僅かに口内に広がる。ちくちくと痛み出した胃の辺りを一度強く押さえて、ホームに滑り込んできた電車のドアが開くのを待った。
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