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急いで階段を降り切ったところで、右膝が激しく痛んだ。私はその場にしゃがみ込んで、痛む膝をおさえつけた。夢中で忘れていたけど、昨日怪我したんだった。
「大丈夫ですか?」
目の前に人が立つ気配がした。顔を上げると、私と同じくらいの年代の女の子が無表情で私を見下ろしていた。私の学校とは違う制服に身を包み、肩まで伸ばした髪、目の上で真っ直ぐに切り揃えられた前髪が日本人形を彷彿とさせたが、顔立ちは少々異国の血が入っているかのように見えた。
「だ、大丈夫です」
恥ずかしさで全身の血が沸騰していた。女の子は何の感慨も持ち合わせていないような調子で「そうですか」と言った。その鋭い瞳が私を責めて居るような、なんとも言えない居心地の悪さがあった。その場から早く逃げ出したかった。
「つかぬ事をお伺いしますが、ここら辺で何か古い、帳面のようなものを見ませんでしたか?」
「帳面........?」
「日記らしいんですが、知り合いに頼まれて探しているんです」
スっと、目の前に細い手が差し出された。それに掴まって立ち上がると、何も言えないまま勢いで彼女に背を向けて走り出した。もう膝が痛くても何でもいい。とにかくあの女の子から、神社から、日記から離れたい。
「ま、別にいいけど」
そんな声が背後から聞こえたような気がした。
「た、ただいまっ」
すこし大きめな声で、なるべく元気よく家の中に向かって声をかけた。玄関の窓から差し込む光は弱々しくなっており、それが何時もよりも遅い帰宅時間だと私に自覚させた。心臓の音でよく分からないが多分、家の中では母のあの置時計の音が鳴り響いている。
「おかえり」
母の静かな声がした。ハッとして居間の方を見るが、照明が点いていないため何も見えない。だが間違いなく、そこから母の声がした。
これは怒っているのだろうか、それとも他の感情だろうか。
よく分からないまま靴を脱ぎ、家の中に入った。「足、大丈夫?」また母の声がする。先程の女の子以上に、抑揚のない声だった。
「大丈夫........です。多分、捻挫だと思います。そのうち治るので」
「あらそう」
そこで、たまには気を利かせないとと思ったのだ。こんなに暗い部屋では母も何も見えないだろうから、照明を点けてあげようと思ったのだ。そうすれば、少しくらいは、母も喜んでくれるかもしれないと。
緊張しながら、ゆっくりと居間の出入り口まで行った。外で車の音がした。アスファルトを噛むタイヤのゴムの音が、どうしてか私の耳にも届いていた。
私は出入り口の脇にある照明のスイッチを手探りで見つけると、すぐにスイッチをONにした。
「................」
「っごめんなさい」
照明がパッと辺りを照らして、私の目の前に立っていた母がこちらを恐ろしい目で睨み付けた。反射的に謝って、母に背を向けない様にしながら後退した。じりじりと階段まで移動して、なるべく早く自室に逃げ込んだ。
すぐに父が帰宅する物音がして、母が怒鳴り始めた。
制服から部屋着に着替えると、私はすぐにベッドの下に潜り込んだ。小さな収納ケース達を前の方に並べて、覗き込んでも私の体が簡単には見えないようにした。
母が父を怒鳴っている。私を殴っている時よりも激しく泣きながら、父を責めている。彼女も父の裏切りを知っているのかもしれない。いつからだろう。
下腹部が鈍く痛かった。何で私は私なんだろう。
寝てる間に、知らない人間と入れ替わってたらいいのに。平凡な家庭の人がいい。
鳥でもいい。虫でもいい。私以外になりたい。
瞼を越えて流れ出した涙が頬を濡らし、床に落ちた。空虚なのに、心の端っこで何かがはためいてる。そのせいで流れる涙だった。
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