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それからというもの、私は母に殴られた後は必ず「彼女」を抱き締め、慰めた。そうすることで、私の中の苦しみも軽くなるのだ。
「彼女」と一緒に眠る事もあった。
夢の中で、小さな女の子と一緒にたくさん遊んだ。ままごとやお絵描きをするのだが、いつも「彼女」の絵を見ることができない。「彼女」の声も聞こえない。だが何を言っているのかは分かるので、私は難なく受け答えをしている。起きてしまうと、もう何と話したのかは覚えていなかった。
学校に居る間、「彼女」はずっと家で待っている。その時は気が気じゃ無かった。もし「彼女」が母に見つかっていたら?「彼女」のことも殴るかもしれない。
「彼女」には何でも話している。母の事も、学校のことも、........父と知らない女の人のことも。
父はあれ以来、私には何にも言わない。「おはよう」「おかえり」そういう最低限のことは言うが、会話らしい会話はしていない。
もう何年も、父とは会話をしていない。昔はたくさん話していたし、仲も良かった。どうして、いつからこんなふうになってしまったのだろう。
「リエ、最近調子悪そうだね」
「そう?」
「うん。顔色も悪いし。........ちゃんとご飯食べてる?」
休み時間に話しかけてきたサツキの言葉に、少し驚いた。私は絶好調なのに。
彼女の綺麗な爪が私の手に触れた。比較して私の手の汚さが目立つ。ひび割れていて、痣もある。爪はボロボロだ。
小さな爪切りを取り出したサツキが、私の爪を軽く切りそろえていく。取り出したポケットティッシュから一枚取り出して机に広げると、その上に切った爪を出した。
目を上げて教室を見回すと、壁際で固まっていた5人くらいの女子が、全員こちらを見ていた。何かコソコソ話している。
「気にしなくていいからね」
「うん」
「リエは頑張ってるよ」
ドキリとした。どうして突然そんな事を言うのか、理解できなかった。むしろ、クラス中から気持ち悪がられている私と一緒に居るサツキのほうが、己の身の振り方を気にした方が良いとすら思った。
小学生の頃からの幼なじみとはいえ、それだけの理由で私と仲良くする必要は無いだろう。彼女は美人だし、お洒落で、私何かとは大違いだ。それなのに、私と一緒に居るというだけで、彼女も周りから遠巻きにされている。他の生徒とサツキが話している所を、私は一度も見たことがない。
「今日も早く帰るの?」
「うん........」
「そっか。気を付けて帰りなよ」
下校中、駅のホームで爪を噛んでいた。サツキが綺麗に整えてくれた爪が、どんどん汚くなっていく。右の親指は、噛みすぎて血が滲んでいる。
「ん」
ふと、向かい側のホームを見ると、見覚えのある姿があった。
いつぞやの、唇の皮を剥く私を怯えた様子で見ていた少年と、........いつぞやの、「彼女」を探していた少女。あの2人、知り合いだったんだ。
2人は並んで立っており、少年の方はスマホを見ている。鞄を2つ肩に下げている。少女のほうが手ぶらなことから、それのどちらか一つが彼女の鞄であることが伺えた。少女は、私を見ていた。
不思議な位鋭くて深い三白眼で、私を視線で殺そうとしてるかのように、恐ろしい表情でこちらを見ている。まさか、「彼女」が私の元に居ることがバレてるのだろうか?
金縛りになったように体が動かなくなり、私はどうしたら良いのかも分からなくなった。なんなんだ、あの人。まるで生きてる人間とは違う、幽霊みたいだ。幽霊なんて存在するわけないのに。
少女が、私を視線で射抜いたままゆっくりと足を動かして、移動しそうな素振りを見せた。向かい側のホームに電車が滑り込んできて、その姿が見えなくなった。心臓の鼓動が、今までに無いほど速く、大きく聞こえた。怖い。このまま私は死ぬんじゃなかろうか?
ポケットに入れていた自分のスマホが震え、動かなかった体から緊張が取れた。取り出しながら向かい側のホームを見ると、少女達の姿はもう見えなくなっていた。電車に乗ったのだろう。きっとそうだ。
スマホには父からのメッセージが来ていた。このスマホを買ってから、初めて彼からメッセージを受け取った。
曰く、地元の駅前の喫茶店で話がしたいとのこと。ついにこの時が来たか。
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