愛の償い

伏織

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子供が走り回って遊ぶためだけの公園ではなく、ハイキングコースやグラウンドなんかもある運動公園だ。アスカは小さな売店でソフトクリームを3つ買ってきて、その1つを私にくれた。

2人しか居ないのに、ソフトクリームは3つ、何故?........その疑問は直ぐに解決した。残りは2つともアスカが食べた。


「さて、それじゃぁ、それを寄越して下さい」


食べ終わった後、満足気に目を細めながら、アスカはこちらに右手を差し出した。顎と指先にソフトクリームがついていたので、私はその手にハンカチを置いた。


「ちっがう!」


4歳児のように軽く地団駄を踏み、左手で私の膝を指さした。ハンカチもちゃんと受け取ってくれたけど。


指さされた己の膝を見下ろし、ゾッとした。「彼女」が、あの日記帳が膝の上にあったのだ。「なんで、これ」さっき母が持って行ったじゃないか。この目ではっきり見た。神社の前に座る母の脇に、これが置いてあったのに。

怖々持ち上げて、アスカの前に差し出した。彼女はそれを1度受け取ろうとしたが、何やら嫌そうな顔で手を下ろした。


「少々お待ちを」


ベンチから立ち上がって少し離れると、スマホを取り出して何やら電話しだした。険しい顔で歯を剥き出しにしながら、低い声で何やら話している。およそ一般的な女の子がするような顔では無い。鬼の形相だ。


「さて、連れがこちらに到着するまで、ソレは持っててください」

「あの、これ、何かあるんですか?」

「なんの問題もありませんよ」

「........」


絶対嘘だ。直接手にしているのも何だか嫌な感じがして、日記はベンチの上に置いた。アスカはそれを横目でチラリと一瞥し、軽く鼻で笑った。なんだろう、この、興味を持たれていないみたいなんだけど、同時にバカにされているような感じ。単純に性格が悪いという話では無さそうだ。おそらく私以上にコミニュケーションが下手なのだろう。


「詳しくは話せませんが、とある稼業を営んでおりまして、その日記を探して欲しいという依頼を受けたんです」

「探偵みたいなやつですか?」

「んー、まぁ、じゃあそんな感じで。
とにかく、それの持ち主は13年前に亡くなっています」


そんな気はしていた。日記の表紙や、紙のくたびれ具合は1年2年放置した程度のものでは無い。アスカが話すには、13年前に病死した少女が居て、その子が書いていたものらしい。
重い病気で長い間入院していた少女は、ある日危篤状態になって数日間昏睡状態が続いた。病室のキャビネットの、ダイヤル式の鍵の付いた引き出しが珍しく開いていて、少女の弟が偶然日記を見つけた。


「好奇心に駆られて弟さんが日記を開くと、中には彼女が母親から虐待を受けているという内容が綴られていました。
当然ながら、それは虚偽です。彼女の母親も、彼女と同じ病気で亡くなっていますので。
彼女は悲劇の漫画やドラマが好きだったらしいので、自分でも創作してみたかったのかもしれません」


弟はそれを父親に見られないように隠し、姉が回復した頃にこっそり戻すつもりだった。そして彼自身も、姉の秘密を見なかったことにしておこうと。
だがそれは叶わなかった。少女は死んだのだ。弟は姉の日記を捨てるに捨てられず、なんとなく押し入れの奥にしまいこんだ。


「そして数年後、引越しの際に荷物を整理していた時に、日記をしまっていた箱を見つけ、中を見た。しかし日記は跡形もなく消えていた」

「盗まれたってこと、ですか?」

「その可能性も大いにありますが、まぁ........これ以上言わなくてもわかるのでは?」


パズルのピースが、自分の中ではまっていく。とても現実的とは言えないのに、しかしとても納得がいく。超常現象のようなものが起こったのだろう。この日記にアスカが触りたがらなかったのも、何か嫌なものを感じたのだろう。
この日記を手にした瞬間、私は何か形容し難い、頭の芯が麻痺するような感覚に襲われた。直ぐにそれは恍惚としたものに変わり、日記を「彼女」として、一人の人物として考えるようになった。操られていたのかもしれない。


「とにかく、コレをこのまま私に寄越してください。今後貴方に我々が付き纏うことや、その他の何者かが危害を加える様なことは一切ありません。保証致します」

「はい........」

「........何かありそうな顔ですね」


関係のある話かどうかは分からなかったが、私は母親のことや、神社で日記を見つけたこと、そして先程見たことを話した。アスカはそれを一言も相槌を挟まずに真顔で聞き、静かに腕を組んだ。


「その、黒い煙のようなもの、本当に煙でしたか?」

「え?」

「別の何かでは?よく思い出してみてください」


そう言って、アスカは透明な眼差しで私を見詰めた。私は一度小さく息を吸って、軽く天を扇いだ。青空の向こう側に、赤くて強い日差しが差し込んでいる。夕暮れが始まる。そこに先程の母の姿を映し出し、足元から順番に思い起こして行った。

膝の上に綺麗に揃えた両手、細い肩、白い首筋、そこから更に視線を上げていき、ひとつ気付いた。

母の肩に、細い腕が巻きついていたのだ。子供の腕だ。おんぶされるように、両腕を交差させるようにしてまとわりついていた。母はそれを背負いながら、私を睨み付けていた。


「あれは、日記に取り憑いていたものということでしょうか?」

「む........」


母はまるで、我が子を過剰に守りたがる親のように私を睨み付けていた。私を敵のように睨めつけ、そして追い払った。握り拳を口に当てながら、アスカは目を閉じた。


「もしかすると、その子供の腕は貴方のお母様をその神社に誘い込み、引き止めていたのかもしれませんね。お母様が二度と貴方に危害を加えないようにしたのでは?」


日記に取り憑いていた霊的なものだったとしても、悲劇の虐待日記を創作していたとしても、彼女が悪霊だったとは限らない。日記の持ち主の少女は、私を助けてくれたのかもしれない。アスカの弁ではそういうことになる。


「すくなくとも、今の貴方は幻覚に悩まされてもいないし、駅のホームで自分の唇の皮をひん剥いてニヤついてるような人でもない」

「あ........」

「あまり深く考えないでください。これ以上はこちらの領分です。
難しいことは抜きにして、こう考えてください。
貴方は助けられた、と」


壁を作られた、という感じだった。これ以上この件を話す気は無い、これ以上お前に情報を与えるつもりはない、だから帰れ。帰って二度と思い出すな、と。確かに、これ以上私は何も知らない方が良さそうな気はしていたし、何を聞いてもイマイチ理解できる自信もなかった。

急に拒絶の有刺鉄線を張られ、少し憤りを感じた。それと同時に、己の中で様々な記憶が巡る。それは私の記憶の奥の奥の奥底、思い出さないように何重にも蓋をしたものだった。
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