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しおりを挟む「掘るの、大変だったでしょ」
そう言って、彼女の右手が包んだ僕の小さな両手は、砂で汚れてボロボロだった。爪の間にも砂が入り込んでいて、こんなみっともないものを彼女に見られ、触られる事が恥ずかしくなった。
「どうしたの?」急いで僕が手を振り払うと、彼女の目が曇った。悲しげに眼を伏せる様子に、僕は両手を背に隠しながら慌てて言った。
「手が汚れているから、家に帰って洗ってくるね」
「あら……」
ふと我に返って辺りを見回すと、空はもう暗くなっていた。
「あっ、僕、家に帰らなくちゃ」
「そうね、家の人達が心配するわ」
そもそも自分が迷子になっていたことは、その時頭の中から綺麗に忘れ去られていた。とにかく彼女に見つめられる事が恥ずかしくて、居ても立ってもいられない気持ちになっていたのだ。
彼女は少し寂しそうな口振りでそう言うと、またあの微笑みを浮かべた。僕の心臓が苦しくなる。
「ねえ、また会いにきてくれる?私、ずっとここにいるから」
彼女は僕の頬に触れると、ゆっくりと親指を滑らせ、僕の唇の輪郭を擦った。首の後ろの毛が、ゾワリと逆立つ。
「また来るよ」僕のその言葉に、彼女の笑みが明るくなった。
気付けば、僕は吸い寄せられる様に身体を屈め、彼女に顔を寄せていた。そして自然な動作で、彼女に口付けをしていた。
彼女はそれを分かっていたかのように、優しく受け入れた。視界いっぱいに彼女の顔があった。すぐ目の前で、彼女がゆっくりと眼を閉じた。僕もそれに倣って眼を閉じてみる。真っ暗な世界の中で、唇に触れた柔らかさだけが確かに存在した。彼女の静かな息の音が、鼓膜を震わせて僕の脳を痺れさせていく。
彼女は僅かに口を開くと、僕の下唇を優しく噛んだ。唇を離して目を開けると、彼女の綺麗な微笑みが再び視界に映った。
「じゃあね、リョウちゃん」
「うん」
腹の辺りが、生まれて初めて味わう感覚で熱を帯びている。立ち上がれるかどうか不安になったが、案外簡単に身体を起こす事ができた。
周りの砂が彼女に掛からない様に、僕は慎重に砂場を離れた。僕は間髪入れずに、踵を返して全速力でその場を離れた。ゆっくり歩いて行こうとすると、離れがたくなってしまいそうだったから。
走り出してすぐに、ここがどこなのかわからない、自分が迷子だった事を思い出した。しかし、さして大した事もない様に思えた。とにかく気持ちが導く方へ、がむしゃらに走り続けていると、やがて見覚えのある通りに出た。
後ろを一度振り返り、自分が走ってきた道をじっと見て、自分がどの脇道から来たのかを頭に刻みつけた。この道に入ってからの道順は大体頭に入れた。また彼女に会いに行く事ができるように。
知っている通りに出てからは、頭の中であの公園までの道順を何度も反芻しながら、ゆっくりと歩いて帰宅した。
「何だ、あんた外出てたの」
玄関で靴を脱ぎ、こっそり足音を忍ばせて家に上がった僕を、丁度トイレから出てきた母が見付けた。「ご飯は台所にあるから」それだけ言い残し、母は二階に上がって行った。
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