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姉の婚約
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「も、もしもし」
『音羽、あのさあ。この前、留学を迷ってるって言ってたじゃん?』
予想と違う内容に、内心で首をひねる。
留学については、音大に行きたいと思っていた頃から漠然と考えていた。念のためにという気持ちで、高校生の頃からバイトを続けて費用を貯めている。
大学在学中に短気で留学する学生はそれなりにいて、ますます関心を強めてきた。
調べてみれば、バイトの給料とお年玉などを貯めていた貯金からわずかに足せば費用は賄えそうだとわかった。
「うん」
『もし本当に行きたいと思っているなら、挑戦してみるべきだと思う。学生の今しかできないことかもしれない。それに、ほら。兄貴たちと距離ができれば、気も紛れるんじゃないか。不純な気持ちで決めるもんじゃないけどさあ』
碧斗さんから物理的に離れれば、こんな苦しい気持ちは忘れられるだろうか。
自分にとってはより本格的にクラリネットについて学べるし、碧斗さんのことを考える余裕もなくなるかもしれない。
翔君の言う通り不純な気持ちだけで決めるつもりはないけれど、将来を見据えたら悪くない選択だ。きっと留学の経験は、私にとってプラスになるはず。
クラリネットのもととなったシャリュモーという楽器は、もともとフランスで演奏されていた古楽器だと習った。本場でそのあたりの勉強ができたら面白そうだと、翔君からの後押しもあってフランス留学に気持ちが傾いていった。
「一度、真剣に考えてみる」
『どちらにしろ、応援してるからな。音羽には、いつか俺の結婚式の余興で演奏してもらうつもりでいるんだぞ。皆に盛大に自慢する予定だから、有名なプレイヤーになっておいてくれよ』
私の希望する進路が音大だと知ってから、彼は冗談交じりにそう言い続けている。翔君なりの応援なのだろう。
「そのときは、がんばらせてもらうね」
明るくそう返せば、翔君から「楽しみにしる」と本当にうれしそうな口調で返ってきた。
それからすぐに、私はフランスへの短期留学を決めた。
留学を決心した数日後、久しぶりに顔を合せた碧斗さんに声をかけられた。
「音羽ちゃん。フランスへ行くんだって?」
姉が私の話をしているとは思えないし、おそらく翔君から聞いたのだろう。
「はい。チャンスがあるならと、ずっと考えていて」
そのきっかけのひとつが碧斗さんから離れるためだと、彼は想像もしていないだろう。
「そうか」
瞼を伏せた後に見せた碧斗さんの表情はうれしそうで、けれどどことなく寂しそうにも見えた。
「日本とは違って危険な地域もあると聞くから、十分に気をつけて。がんばってね」
「はい」
そんな会話を交した数か月後に、私は希望を胸にフランスへ飛び立った。
それが私にとって大きな転換で、その後の進路を決める決定打となった。
『音羽、あのさあ。この前、留学を迷ってるって言ってたじゃん?』
予想と違う内容に、内心で首をひねる。
留学については、音大に行きたいと思っていた頃から漠然と考えていた。念のためにという気持ちで、高校生の頃からバイトを続けて費用を貯めている。
大学在学中に短気で留学する学生はそれなりにいて、ますます関心を強めてきた。
調べてみれば、バイトの給料とお年玉などを貯めていた貯金からわずかに足せば費用は賄えそうだとわかった。
「うん」
『もし本当に行きたいと思っているなら、挑戦してみるべきだと思う。学生の今しかできないことかもしれない。それに、ほら。兄貴たちと距離ができれば、気も紛れるんじゃないか。不純な気持ちで決めるもんじゃないけどさあ』
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翔君の言う通り不純な気持ちだけで決めるつもりはないけれど、将来を見据えたら悪くない選択だ。きっと留学の経験は、私にとってプラスになるはず。
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「一度、真剣に考えてみる」
『どちらにしろ、応援してるからな。音羽には、いつか俺の結婚式の余興で演奏してもらうつもりでいるんだぞ。皆に盛大に自慢する予定だから、有名なプレイヤーになっておいてくれよ』
私の希望する進路が音大だと知ってから、彼は冗談交じりにそう言い続けている。翔君なりの応援なのだろう。
「そのときは、がんばらせてもらうね」
明るくそう返せば、翔君から「楽しみにしる」と本当にうれしそうな口調で返ってきた。
それからすぐに、私はフランスへの短期留学を決めた。
留学を決心した数日後、久しぶりに顔を合せた碧斗さんに声をかけられた。
「音羽ちゃん。フランスへ行くんだって?」
姉が私の話をしているとは思えないし、おそらく翔君から聞いたのだろう。
「はい。チャンスがあるならと、ずっと考えていて」
そのきっかけのひとつが碧斗さんから離れるためだと、彼は想像もしていないだろう。
「そうか」
瞼を伏せた後に見せた碧斗さんの表情はうれしそうで、けれどどことなく寂しそうにも見えた。
「日本とは違って危険な地域もあると聞くから、十分に気をつけて。がんばってね」
「はい」
そんな会話を交した数か月後に、私は希望を胸にフランスへ飛び立った。
それが私にとって大きな転換で、その後の進路を決める決定打となった。
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