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身代わりの結婚

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 いったい、なにが起こっているのか。考えなくてはいけないのに、混乱して頭が上手く働かない。

咲江さきえ

 困惑し続ける私を横目に、父が咎めるように母の名前を呼んだ。

 普段からあまり言葉を発しない父だが、心の機微に無関心なわけではない。私はそれを知っているから、父に対する信頼は失っていなかった。

 気まずそうに居住まいを正した母が、厳しい口調で話を続ける。
 
「ふたりが婚約を結んで以来、小野寺とは複数の事業を共同で行ってきたの。それらが中止にでもなったら、うちは立ちいかなくなるわ」

 本当にそんな状況になっているのかと視線を移すと、眉間にしわを寄せた父がうなずき返してきた。

 ここ数年の姉たちの様子は、帰国したときに見かける程度だった。頻繁ではないものの、ふたりがそろっている姿を目にしている。その時の様子から、仲は良好だとばかり思っていた。

 去年、小野寺のおじい様が亡くなられてしまったときに、孫の結婚式を見せてやりたかったとおじ様が惜しんでいたくらいだ。
 それは叶わなくなってしまったものの、これ以上先延ばしにする意味はない。喪が明けた今こそ、ふたりは結婚するのだと信じて疑わなかった。

「あちらのお母様は、ずいぶんお怒りのようなの。幸い、ご主人は仕方がないとおっしゃってくださったけれど……」

 状況はかなり良くないようで、母は言葉を濁して口をつぐんでしまった。

 おば様の反応は当然だろう。
 おじ様だって父との長年の関係があるからこそ控えめ言っているだけで、その心情は言葉通りではないのかもしれない。

 一番気がかりなのは、肝心の碧斗さんがどう捉えているかだ。
 長く一緒にいた姉に裏切られて、気落ちしているだろうか。それとも、姉の行動に腹を立てているのだろうか。

「あの、碧斗さんはなんて?」

「彼は考えさせてほしいと言ったきり、沈黙を貫いているわ」

 やはり、ショックを受けているのかもしれない。
 ふたりは何年もの間婚約していたのだし、そこには私ではわからない強いつながりがあったはず。だからこそ、姉の裏切りに心を痛めているのだろう。

「明後日、あちらとの話し合いなの。あなたも一緒に行くわよ」

「私が同行しても、謝るくらいしかできないけど……姉さんはどうするの?」

 もちろん姉の家族として誠心誠意頭を下げるつもりでいるが、私がそうしたところで事態の好転は難しい。

「あの子とは、連絡も取れないのよ」

 当事者である姉が来ないなど、さらに小野寺家の不興を買いそうだ。
 そんな懸念はあるものの、とにかく話をしないことにはあちらの意向がわからない。

 私が状況を把握できたところでこの場は解散となり、自室に引き返した。

 話し合いに備えて体調を整えるために、翌日は時差づかれの解消に費やした。

 そういえば翔君はなにも言ってこないのが気になったけれど、それを尋ねるような勇気はない。
 もしかしたら、この一件で彼との関係にもヒビが入ってしまうのだろうかと想像して、気分はますます沈んでいった。
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