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それでも手に入れたかったもの SIDE 碧斗

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 尊敬する祖父には、家族全員が知っている口癖がある。

『波川屋には、世話になってな』

 今の小野寺があるのは波川屋の援助と協力があったからだと、祖父はことあるごとに繰り返した。

 小野寺のスタートは一軒の和食料理屋で、最初はなかなか軌道に乗せられずにいたらしい。
 そこに親しくしていた波川屋の先代の社長が、親友のよしみで祖父に援助を申し出てくれた。さらに商品提供もされ、波川屋のブランド力を借りながら祖父の事業は次第に好転していくことになる。

 勢いに乗った小野寺は、その後全国の主要都市に店舗を展開していくまでになった。
 和食だけでなく、洋食店やカフェの経営にも乗り出し、今では料理を目玉とした旅館の経営にも成功している。

 数年前に俺が立ち上げたテイクアウト専用の惣菜店も好調で、今後は海外に店舗を構える計画も進めている。

 小野寺がここまで発展したのは、その後の祖父や父の尽力があってのことだ。それは波川屋に世話になったのとは、わけて考えるべきだ。
 祖父だってわかっているはずだが、何十年経っても感謝し続ける理由は、波川屋に対する〝情〟があるからなのだろう。

 父も波川屋の現社長とはよい関係にあり、祖父ほどでないにしろあちらの実態を気にかけているらしい。
 父は、波川屋の援助で小野寺が持ち直していく過程を直に見ているから無理もない。

『お前が娘だったら、波川のせがれと結婚させられたんだがなあ』

 これもまた祖父の口癖で、父に向けられたものだ。いや、ぼやきと言った方が正解だろうか。

 祖父同士の口約束で互いの子どもを結婚させようという話が出ていたらしいが、残念ながら両家とも男児しか生まれなかった。
 うちの祖父はずいぶん本気だったようで、もう大きな孫もいるというのに酔うと今でもそれを口にする。そんな祖父を、父が苦笑しながら宥めるのは昔からお決まりの姿だ。

『まあ、お前と波川のせがれとの間に交流があるのはよかったよ』

 いつかは恩返しをという祖父の思いは変わらないようだが、縁づくのはさすがにあきらめたように見えていた。

 今の小野寺は、波川屋をはるかにしのぐ規模に成長した。
 逆にここ数年の波川屋は、若い世代の和菓子離れが顕著になりなかなか苦戦しているようだ。新しい商品を考案することで世間の注目を集めてはいるが、業績は横ばい状態が続いていると聞く。

 それを苦々しく思っていた祖父は、記憶の片隅に追いやられつつあった話を、少々形を変えて再び持ち出してきた。

『碧斗と波川の孫が縁づいて、うちと業務提携を結んだらおもしろいことができるかもしれんな』

 突然の話に母は戸惑い、父は本人次第だと言う。

 結婚などまだ考えていなかったが、こんな話もあるかもしれないと予想していただけに、俺にそれほど抵抗はなかった。
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