88 / 113
不穏な足音
17
しおりを挟む
出かける準備を済ませて、外に出る。
まずは頭を切り替えて、仕事の打ち合わせに向かった。
少し前に聞いていたレストランでのコンサートの件で、三カ月後に予定していた人が急遽無理になってしまい、私に話が回ってきたものだ。
会場となるのはこじんまりとした店で、音がよく響く。ピアノもあるため、伴奏つきでも可能だ。
時間は一時間半ほどで、客はコース料理を食べながら聴くことになる。
誰もが知っている有名な曲を入れつつ、スローテンポで音色を楽しめるものや、超絶技巧で魅せる曲を組み込んだら緩急がついて飽きさせないだろう。
コンサートの合間で演奏曲の説明や楽器の話なども入れながら進めるつもりだが、その場の雰囲気によって楽器に触れてもらうのもいいかもしれない。
楽器に関して考える時間は本当に楽しくて、嫌なことは一時忘れていられた。
「なにか疑問がありましたら、いつでも店の方へお尋ねくださいね。それでは、三カ月後によろしくお願いします」
親切なオーナーに見送られて、その場を後にした。
この後の行動にはまだ迷いがあったが、なんとなく歩きだした先は姉の指定した店だった。
指定されたい店から、少し離れたところで足を止める。
彼女は私が来ると確信して、あえて大通りに面した全面ガラス張りのここを選んだのかもしれない。遠目とはいえ、店内の人の動きはある程度把握できそうだ。
歩道の一角に大きな木が植えられた待ち合わせスペースがあり、ほかの人に紛れるようにして私もその場にとどまった。
気は重いが、店内に向けて目を凝らす。
客はよく入っているようで、向かい合わせに談笑するふたり組みの女性や、ひとりで座って読書をしている人が見えた。
そうして辿った先の窓際の席に、碧斗さんと思われる後ろ姿を見つけてひゅっと息をのむ。
テーブルにはカップがひとつだけ置かれており、彼はスマホを手にしていた。
今はひとりでいるようだが、いかにも人を待っている雰囲気だ。
心臓が、ドクドクと嫌な音を立てる。
胸の前で両手をギュッと握りしめ、じりじりとした時間を過ごす。
そうしてしばらくした後に、彼の前にひとりの女性が立ち止まった。その顔を確認して、握った手により力がこもる。
首回りが深く開いたカーキ色のワンピースは、女性らしい豊かな胸を強調している。体にフィットしたデザインで、スタイルによほど自信がなければ着こなせないだろうが、彼女には本当によく似合っていた。
ダークブラウンに染められたロングの髪には、緩やかなウェーブがかけられている。かっちりと整えず無造作に見えるが、野暮ったさはまったくない。まるで毛先の跳ね方まですべてが計算されているようだ。
彼が顔を上げると同時に、真っ赤に塗られた唇の端がわずかに上がった。
「碧斗さん……」
やってきたのは姉だった。
わかっていたとはいえ、碧斗さんが彼女とふたりで会っている現場を目の当たりにして、胸が苦しくなる。
まずは頭を切り替えて、仕事の打ち合わせに向かった。
少し前に聞いていたレストランでのコンサートの件で、三カ月後に予定していた人が急遽無理になってしまい、私に話が回ってきたものだ。
会場となるのはこじんまりとした店で、音がよく響く。ピアノもあるため、伴奏つきでも可能だ。
時間は一時間半ほどで、客はコース料理を食べながら聴くことになる。
誰もが知っている有名な曲を入れつつ、スローテンポで音色を楽しめるものや、超絶技巧で魅せる曲を組み込んだら緩急がついて飽きさせないだろう。
コンサートの合間で演奏曲の説明や楽器の話なども入れながら進めるつもりだが、その場の雰囲気によって楽器に触れてもらうのもいいかもしれない。
楽器に関して考える時間は本当に楽しくて、嫌なことは一時忘れていられた。
「なにか疑問がありましたら、いつでも店の方へお尋ねくださいね。それでは、三カ月後によろしくお願いします」
親切なオーナーに見送られて、その場を後にした。
この後の行動にはまだ迷いがあったが、なんとなく歩きだした先は姉の指定した店だった。
指定されたい店から、少し離れたところで足を止める。
彼女は私が来ると確信して、あえて大通りに面した全面ガラス張りのここを選んだのかもしれない。遠目とはいえ、店内の人の動きはある程度把握できそうだ。
歩道の一角に大きな木が植えられた待ち合わせスペースがあり、ほかの人に紛れるようにして私もその場にとどまった。
気は重いが、店内に向けて目を凝らす。
客はよく入っているようで、向かい合わせに談笑するふたり組みの女性や、ひとりで座って読書をしている人が見えた。
そうして辿った先の窓際の席に、碧斗さんと思われる後ろ姿を見つけてひゅっと息をのむ。
テーブルにはカップがひとつだけ置かれており、彼はスマホを手にしていた。
今はひとりでいるようだが、いかにも人を待っている雰囲気だ。
心臓が、ドクドクと嫌な音を立てる。
胸の前で両手をギュッと握りしめ、じりじりとした時間を過ごす。
そうしてしばらくした後に、彼の前にひとりの女性が立ち止まった。その顔を確認して、握った手により力がこもる。
首回りが深く開いたカーキ色のワンピースは、女性らしい豊かな胸を強調している。体にフィットしたデザインで、スタイルによほど自信がなければ着こなせないだろうが、彼女には本当によく似合っていた。
ダークブラウンに染められたロングの髪には、緩やかなウェーブがかけられている。かっちりと整えず無造作に見えるが、野暮ったさはまったくない。まるで毛先の跳ね方まですべてが計算されているようだ。
彼が顔を上げると同時に、真っ赤に塗られた唇の端がわずかに上がった。
「碧斗さん……」
やってきたのは姉だった。
わかっていたとはいえ、碧斗さんが彼女とふたりで会っている現場を目の当たりにして、胸が苦しくなる。
0
あなたにおすすめの小説
女性執事は公爵に一夜の思い出を希う
石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。
けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。
それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。
本編4話、結婚式編10話です。
セイレーンの家
まへばらよし
恋愛
病気のせいで結婚を諦めていた桐島柊子は、叔母の紹介で建築士の松井卓朗とお見合いをすることになった。卓朗は柊子の憧れの人物であり、柊子は彼に会えると喜ぶも、緊張でお見合いは微妙な雰囲気で終えてしまう。一方で卓朗もまた柊子に惹かれていく。ぎこちなくも順調に交際を重ね、二人は見合いから半年後に結婚をする。しかし、お互いに抱えていた傷と葛藤のせいで、結婚生活は微妙にすれ違っていく。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる