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第一限 友人のいないキモオタ大学生に人権はない
しおりを挟む四月三日、靖国に綺麗な桜が咲き誇る時節、俺は、自身の学科である哲学科のガイダンスを受ける為、一応恐れ多くも名門と名高き六大学やマーチに名を連ねる、法盟大学、その市ヶ谷キャンパスへとやってきていた。
一応新入生歓迎期間であるためか、サークルの勧誘活動が活発的に行われているが、無所属且つ、既存生(それも三年)である自分には、まるで関係のない話だ。
俺はそんな、わいのわいのと盛り上がっている群衆及びくそったれウェイども、加えて、チアリーダーのコスプレなんかをしている、学校公認であるのをいいことに自分達を正義の使者か何かと勘違いしているはた迷惑な精神異常者どもの集い、即ち応援団なんかを、非リアを極めたもののみにしか扱い得ぬ修羅の如き隠者の眼光で睨めつながら、日陰者に相応しき半目と猫背で、活気溢れる校舎内を怨嗟に塗れて闊歩。
ぼっちで歩いている根暗など俺くらいのものだ。行き交う番たちに、さぞうわぁと思われていることだろう。いや、むしろ眼中にないのかもしれない。別にどっちでもいいが。
階段を昇ってお目当ての教室に入り、一人後方の隅に座す。
暇なのでソシャゲのスタミナを消化していると、しばらくしてガイダンスが始まった。
いかにも社会不適合者的然としたオーラ放つ老人教授の、つまらん話、開始。
「――――(なにか言ってはいるが、聞く気がないので全く耳に入ってこない)」
信じられんくらい話がつまらん。
俺はそう思いながら、黙々とソシャゲの周回をする。
はーだるい。死にたい。大学とかほんとうんこだな。早く帰ってエロゲの続きしたい。
そんな欲求が頭を漂い続け、開幕早々ダウナーになった。おちんちんびろーん。
大学なんてそんなものである。
セックスを愉しんだり、異性との触れ合いを楽しんだり、おせっせを楽しんだり、セックスを愉しんだり、セックスを愉しんだり出来るのは、我々のような、陰キャ、コミュ症、キモオタ、声豚、ロリコン、といった社会的ドン底に属するおよそ存在理由皆無な尊厳無き虫けらの如き、人種――かどうかさえ怪しいような陰の輩ではなく。
所謂、ウェイ、ウェイ、イケメン、ウェイ、イケメン、美女、ウェイ、美女、ビッチ、ウェイ、ビッチ、うんこ髪女、うんこ髪男、陽キャ、パリピ、ウェイ、ウェイ……。
そうした、時流に乗り従うことに抵抗も疑いもない、およそ一般的な、製造及び成長過程で異物の混入などが認められなかった、全くもって何の面白みもない陽なる正規品どもなのだ。
俺は、毎回信じていた。
中学に入れば、かわいい女の子と親しくなれるのではないかと。
高校に入れば、かわいいマネージャーと付き合えるのではないかと。
大学に入れば、えっちな女の子とセックスし放題なのではないかと。
しかし、それらの夢想は全て幻想だった。そもそも、大学に女の「子」はいなかった。みんな汚れ腐り、色んな意味で成人していた。大人になってしまっていた。
そうさ、奴等はとうに女子ではない、女なのだ!
なのに、俺は未だに男子。未使用なのに、なぜか穢れし男の子。もう、大人なのに……。
最低のネバーランド。当たり前の現実。当たり前の、異性のない現実。
それは、俺みたいなキモオタが享受するには当然の結末だったが、しかしだからこそ、そのファンタジーの介在しない真グレーなリアルは辛すぎた。
そうして俺は、至極真っ当な帰結として、小説、ゲーム、アニメ、女性声優へと性を求め、リアルへと希望を持つのを止め、大学三年生にあがる今この頃には、どこにだしても恥ずかしさしかない、エロゲーマーの限界声豚(ロリコン)へと進化してしまっていた。
さて、そんな化物は、勿論大学が嫌いだった。無論にして大学生も嫌いだった。
なぜなら、自分は全くもって交わることの出来ぬ異性、そんな自身にとっては天然記念物のような存在を乱獲しているウェイ共が無数蔓延り我が物顔で声高に練り歩きさえするのが、この大学という就職予備校の実情であるからだった。
加えて、そうしたおちゃらけた俗物どもこそが大学生のあるべき姿として持て囃され、学に励む真面目な堅物などは、残念な負け組のように扱われる有様。
学び舎が聞いて呆れる。
女も女で、そうしたピストン運動の為になら如何様な努力も惜しまぬような雄に媚び諂う為に、どんなことでもやってのけやがるのだ。穴の空いた自我。
そんな、汚く歪んだ性欲の為に己が身を着飾った猿どもが、そのへんをうじゃうじゃと群体めいて活動する様を終始目に写さなければなにも為すことの出来ぬ、この大学という空間は、ひかえめに言って地獄だった。
この場に何かを学ぼうと思い、やってきているものなど、存在しない。
建前だけが往来を行き来している。
本当の目的や心情に素顔、即ち真実は隠され、盛られた装飾だけが表出している。
そんな虚飾塗れの大学に、哲学科なんて学科が一丁前に存在しているのだから笑わせる。この肥溜めで、いかなる真理が学べるというのか。
はー、ぬいぬい(ぼくのだいすきなせいゆうさんのあいしょう)と結婚したい()。
俺がそんなオタク特有の自分語り(早口)や厨二めいた思索を続けている内に、ガイダンスは終わっていた。
なので、このぼっちは誰よりも早く部屋を出て、誰よりも早く階段を駆け下りる(唯我論者特有の早足)。
一刻も早くこの牢獄から抜け出し、お家というパックスヘイブンに帰りたかったから。
けれども、俺はなぜか、立ち止まっていた。
何度も駆け下りてきた階段。この、何度も通った大嫌いな踊り場で、どういうわけか、不意に足が止まったのだった。
なぜなら、目にしてしまったから。
とある、一枚の紙片を。
それは、新入生勧誘用のビラだった。
よくあるサークル勧誘の、A4サイズのアレだ。
ただ、俺が目にしたその一片は、普通ではなくて。
故に、俺は立ち止まった。
窓なんて無いのに、どこからか風が吹いたような気さえした。
おそらく、これは、俺のようなこうして燻っているどうしようもないクズを炙りだすためのものであろう。このドス黒い勧誘文は、一般人の目を引くとは到底思えないから。これを見て――いやそもそもパンピーはこんなもの目に止めさえしないだろう――そうして興味を持ったりなんかしてしまうのは、俺みたいな未だに社会に適合できない、何も秀でたものなんて持っていないのに普通でいることに対する嫌悪感を拭うことがこの年になっても出来ないでいる、厨二病を捻れ拗らせた童貞大学生くらいなもんだ。
『四年間のドブ浚い』
そのビラには、油性マジックで、酷く汚い字で、ただそれだけが殴り書かれていた。
なんとふざけた広告だろう。これを書いた奴らは、果たして新入生を迎え入れる気があるのだろうか?
浮かぶのは、そんな当たり前の疑問。
けれど。
けれど確かに俺の心に、その文言は響いたのだった。
――ドブ川や 胸に飛び込む 毒の音。
なぜか一人胸の内でそんな句(盗作)を詠んでしまう程に。
と、上方から階段を降りてくるウェイ達の喧騒が聞こえてきた。
こんなビラを熱心に眺めているなどという非常に陰キャめいた現場を彼等のような陽の者に見られれば、笑いものにされることは必至。
離脱。
止めていた足を再び素早く蠢かせ、階段を駆け下り、校舎から出た。
そしてそのまま、桜並木を堪能しつつ、イヤホンから流れ込む某アイドルゲームのお花見ソングにるんるんしながら駅へと歩み、総武線のホームへと向かう。
そんななんてことのない帰り道。なんてことのない日常。
しかし、帰りの電車内でいつもどおりにソシャゲのスタミナを消化する最中、あのビラの端の方に記載されていた『エディプスコンプレックス研究会』という文字列が、頭の中をずっとちらつくのだった。
そしてその次の週。
新入生歓迎期間(俺にとってはただの春休み)が終わり、とうとう授業が始まった。
だが。
……狂いそう。
大学到着早々、講義の合間の教室移動中、俺はそんな言葉で頭を埋め尽くしていた。
信じられないくらいの数の人間が狭い通路にひしめき合い、中々通り抜けることが出来ない。人が詰め寄りすぎたエスカレーターに乗れば、出口に人が溜まっていて降りることが出来ず、足を食われそうになる。人数に見合わぬ数しかないエレベーターには、群衆が押し寄せ、長蛇の列が形成されていて、搭乗すら不可能。ならばと階段に向かえば、狭いその空間にすし詰めになる他なく、自分のペースで歩くこともままならない。
あーーここにいる人間一万人くらい死なねーかなー。
そんな投げやりな厭世観に心を病む。
なぜ大学は狭い校舎におよそキャパシティオーバーな莫大な数の人間を入学させたのか問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。まあどうせ金のためだろうけど。私立だし。資本主義の犬めが。拝金主義者は死ね。尽く絶せ。共産主義万歳! みんなも資本論を読んで革命的熱情に心震わせ、資本者階級に超弁証法的怒りの鉄槌を振り下ろそう。
はー怨嗟、怨嗟―。
こうして今日も、俺は大学への不満を募らせる。
当たり前だが、大学という教育機関は、二十歳にもなって一度も彼女をつくったことのないような立派な社会不適合者が楽しく過ごせるような場所ではない(そもそもそんな生物的に著しく劣ったゴミが楽しめる場所などどこにもないって? ハハ、コロスぞ?)。
つまり、いわばそのアンチソーシャライザー(強そう)筆頭代表である俺にとって、毎日大学に通うというのは毎日ストレステストを受けているようなものだ。もはや拷問。
だから勿論、昼休みなんてやってきても何も楽しくない。
高校の頃は、毎日、実は俺に対し密かに好意を抱いているとてもかわいい女子(とかいう非実在性少女)がお弁当を作ってきてくれたりなんかするのではないかという気持ちの悪い妄想に身を委ね、心を躍らせたりなんかも出来たが、今はそれすら不可能。
そんな一縷の非現実的望みを抱くことさえ出来ぬ程の完全なる百%の絶望が、ここにはあるから。
それに、そんな可愛げのある夢を見る愚かさも純粋さも、今の俺にはないのだ。
何を隠そう、今の俺の夢なんて、声優さんと結婚したい、美人コスプレイヤーとオフパコしたい、ロリ巨乳JCに飼われたい、などというそれはもう見下げたドロドロのものばかり。
ん? あれ? 愚かじゃね? つーか死んだら?
だが、社会の癌はめげない。生に這い蹲る。
だって、明日もラジオの更新があるから! 明日も声優さんのおはようツイートに元気を貰えるはずだから! ブログやFCの更新も楽しみだし明後日はイベント参加応募用紙付きのシングルも出るし再来週にはライブもあるし! あ、アニメあるし……!
女性声優はオタクの命を繋ぐ。彼女達はぼくのライフラインなのだ。すき。
今も大学への苛立ちを、推しのブログ閲覧にて宥めている。あーすき。
故に俺は、彼女等に貢ぐことを止めない。大学生の財力なんて微々たるもので、自己満足なのかもしれないが、それでも好きなものや人に自分のお金が還元されているのなら、喜ばしいことじゃないか。
というわけで、俺は今日も昼食を抜く。
キモオタのぼっち飯を期待していた方には申し訳ないが、衆人環視の中わざわざ一人で大嫌いな大学の学食に金を落としながら飯を食おうと思うほど、俺は能天気ではない。
むしろ、ここで昼食代を身を切って削り、その浮いたお金で行った声優ライブに特別な意味を見出すタイプのキモオタだ。女性声優は宗教である。
それにそもそも、大学内に一切友人どころか知人もいないような自分には、座れる席がない。
というのも、この大学は、前述のとおり狭い校舎に見合わぬ数の大量の人間が収容されているので、それら全ての生徒が食堂及びそれに準じた施設の座席に着席するというのは到底不可能なのだ。コロスぞ? 畑中○子(学長の名前)○ね。算数の出来無い人間をトップに据えた大学で勉学に励まなければいけない学生の気持ちにもなって欲しい。
そういうわけで、大概、俺は昼休みを図書館での読書の時間としている。
よって、今日もその例に漏れることなく、二限が終わり、五十八年館というボロい校舎を人混みの波にもまれ満身創痍になりながらやっとの思いで抜け、図書館へと向かったのだけれど。
その、道すがら。
ちょっとした広場のようになっている、このきつきつのキャンパス内で数少ない開けている場所、そんな校舎間の連絡路で、それは行われていた。
「学生傾注!」
そんな、澄んだ声が広場を埋める。それは、不思議と琴線に触れてくる、カリスマのある若い女性の声だった。力強くも、ひどく女性的なその声は、拡声器を介し、辺りの学生を、特に男共を、彼女の方へと振り向かせた。
そして、俺も、その一人の例に漏れることはなく。
彼女の姿を見た。
……は?
そこには、フルフェイスヘルメットに白衣というどう見てもヤベー女が立っていた。
彼女はダンボール製の台座のようなものの上に立ち、その立派な胸を張っていた。え、おっぱいでか……。更に手足は長く細身、白衣越しにでもわかってしまうクビレも素晴らしい。そしてそれなのにしっかりデカイ尻! なんだこの男の理想みたいな体型!?
そんなただでさえ性的肉体を持つ様な女が顔を隠したら、いやでも体に目が向くというもの。周囲の学生達も、素直に性に惹かれ、彼女の極上の肢体を眺めていた。
だが。
彼女はそれを、思いっきりぶち壊した。
「私は、エディプスコンプレックス研究会、酋長、キャリアデザイン学科の一学徒である! そして、この声とスタイルから分かるであろう通り、超のつく美人にほかならない! なあ、大学生にもなって未だ童貞な男どもよ、私がお前たちを救ってやろう! お前たちがかつて抱いていた女への幻想を、私が思い出させてやる! それが、我々エディ研の結成理念!」
声高々に告げられた、イカれた宣誓。
なーーーーに言ってんだこの女????? 基地の外の方????。
いつもなら、そう思っただろう。
現に、彼女にさっきまで魅入られていたはずの群衆は、さっと一斉に目をそらした。
ざわざわとしたどよめき、気まずい空気が辺りに蔓延する。
しかし、それも一瞬。
次にやってきたのは、現代病とも言えるようなスマホ盗撮、そのシャッター音の嵐。きっと今頃この女は、この痴態を電子の海に晒されている事だろう。
かわいそうだなんて思わない。今の世の中、目立ったことをすればすぐこうなるというのは、ここまで生きてきた者なら誰だって知っているからだ。この奇天烈女だって、知っていてやっているのだろう。
ただ、そんな目立つもの達を無条件に磔にして石をぶつけ続けるようなこの現代社会とそのモラルのなさに、俺はうんざりするだけだ。
だから普段なら、イヤホンで耳に栓をして、お気に入りの曲でも聴き始めたことだろう。
けれど、俺は彼女が放ったエディプスコンプレックス研究会という、その、例の響きに妙に惹きつけられて。
彼女を横目で盗み見て通り過ぎるさながら、いつもより少しだけ歩調を遅めて歩いた。
「集え、キモオタ、コミュ症、童貞、陰キャたち! リア充に興味はない! 私にイカオステを感じられる社会不適合者だけがここに来い! さあ、私と共に、ライウスを駆逐しようじゃないか!」
最後に聞いたのは、そんな、どこのSOS団だよと言いたくなるような(いやさすがのハルヒでもここまでは言わねーよ)ふざけた内容。
馬鹿げている、馬鹿げている、痛い奴だ。絶対に関わるべきじゃない。
斯様に常識的な理性が警鐘を鳴らす。
ただ、その声、言葉、白衣の上の凹凸が、やたらこの胸を刺激して。
なんだか一瞬、彼女と目があったような気がする――なんて、ドルオタがイベント後によく言いがちな蒙昧溢れる妄想までも、覚えている自分がいて。
その日の図書館での読書は、どういうわけか、まるで捗らなかった。
翌日の午後。
三限が終わって、「カルト団体に気をつけましょう」という、この法盟大学ではすっかりお馴染みの放送を聞きながら階段を降り。
俺は再び例のアレを眺めていた。
八十五年館とかいう倒壊寸前のオンボロ教室棟の石廊下、その壁面一杯に張り巡らされた数々の新歓ビラ群。そうした雑然な賑わいの中にこじんまりと、たった一枚貼られているだけの、白地に黒字の無機質なあのビラ(油性マジックの手書き感がすごい。つくるのに五秒位しかかかってなさそう)。
しかも、他のビラたちは同じ階、それも誰もが目を引くような目立つ場所にまとめて複数枚貼られているにも関わらず、そのビラは、各階の踊り場の壁に一枚ずつしか貼られていない。加えて、貼られている場所が場所だ。他のサークルがあらかた貼り尽くしてしまったあとの、もう誰も目を向けないような地味な空きスペース、そんな場所にだけ貼られているのだから。
また、ほかのサークルのものには書いてある、「楽しく明るいサークルです」だとかいうぺらついた底の浅い適当な謳い文句や、新歓コンパだのなんだののおちゃらけた興行日程及び開催に関する記述は皆無。はては連絡先すら無記載ときた。
けれど、そのひどく退廃的な灰色の端的文言は、他のどんなにカラフルで輝かしく飾り立てられたそれらよりも、はてしなく愚直で。
汚い言葉を使っているにも関わらず、製作者の見え透いた魂胆などを感じさせぬ心地よさがあり。
届けたいメッセージだけでなく、その人格や容貌までもが伝わってくるような、そんな熱を持っていた。
故に、この怪文書は、否応なく俺の目を引き、心さえを惹きつけて、焦がすのだろう。
『援助交際のイデア・出会い厨のエイドス』
『浮浪者を食べるマン○スチン。』
『人間失格・動物落第・生命脱北』
『零年代漂流記 ~諸悪、奇屋裏悪煽駄痾ハ燃エテヰルカ~』
『四年間のドブ浚い』
書かれていたのは、こんな、下ネタとブラックジョークのようなものの羅列。
何をしているサークルなのか、そのキャッチコピーのようなものとエディプスコンプレックス研究会という単語からはまるで理解不能。挙句大学にまで喧嘩を売る始末。
だが、それがいい。そこに痺れる。まるで、大作映画の予告や、発売前のゲームのPVを見たときのような、未知へのときめき。
それと『奇屋裏悪煽駄痾』というのは恐らくだが、法盟大学の就職斡旋施設であるキャリアセンターのことを言っているのだと思われる。
それを諸悪と称し、燃えているか、などと嘯くのだからたまらない。この大学が大嫌いな自分には、痛快としか言いようがなかった。
ああ、二年間もこの大学にいて、こんなに気分が良くなったのは初めてだ。
今だって、このひどく気持ちの悪いことになっているであろうキモオタスマイルが抑えられないくらいなんだから。
だって、そうだろ。
この腐りきった虚飾塗れの淫欲渦巻く労働予備期間待機所で、俺と似たような志を持つはぐれものがいるって、わかったんだから。
そしたらさ、そんなネガティブでどうしよもなく社会に嵌れなくて、如何せん燻っている奴が他にもいるってことに、勇気をもらってしまうだろ。
仕方のないことじゃないか。
俺は信念とプライドを持ってぼっちでいるけれど、孤高の人を気取ってはいるけれど(イタイ)、時たまふと大嫌いなはずの群れているツガイに憧れを抱いてしまうことだってある。
俺は不出来で社会に適合できない人間だけど、それでも嫌でも人間なんだ。その群体願望に、身を賭したくもなってしまう。きっと本能的に。
けれど、それに抗っている仲間がいると、こうしてこのビラが告げている。このビラの存在がそれを証明している。
それはひどく、頼もしかった。
お互いに同じ枠組みに居ずにして、繋がっている。支えあっている。
言うなれば俺は今、遠隔的に、不連続に、このビラ作成者と性交しているんだ。
まるでナンシーの共同体論みたいに。或いは、みんな大好きニーチェ様の言う、星の友情って感じに(唐突な哲学科アッピル)(それと同時に星の友情というフレーズは超ポピュラーアーティストであるいきものがかりさんもインタビューで引用している程パンピー然としているのであって別に拙者は決してオタクなどではござりませぬということを主張したi――フォヌカコポォ!)
やー、やっぱ人生って哲学だわー。
哲学科もですね、三年もやってれば持論の一つも生じるんですわ。そして日常の些細なこういう一幕から哲学しちゃうんですわ。
いやー哲学科ってばマジしんどいわー。
しんどすぎて心の中でイキり散らかすレベル。
『ニーチェかなーやっぱりwww
自分では思わないんだけど陰でアプリオリにルサンチマンなゴミの即時存在ってよく言われるwwwww
こないだ深淵を覗いた時も気が付いたら意識無くて第二の夜を彷徨ってたしなwww
ちなみにパスカルにも似てる(考える葦www)』
というわけで(どういうわけだ……)、哲学というのは知を愛するということ。
最近気付いたんだが、人を愛することの出来ぬ俺達は、故に知を愛すことしか出来無い。哲学なんて、そんな敗北者の思想なんだ。人生の勝者は考える必要なんてないんだから。本能の結果が奴等をそこに立たせているのだから。
理性で考えてあれこれねちねち言うのは俺たち負け組の特権だ。
だから。
「俺は負け組であることを恥じない。ぬいぬい(推し)と結婚するために!(意味不明)」
そうだ。
あの、およそ誰かを部に引き入れようという意志の感じられぬ紙切れたちは、或いは昨日のあのスピーチは、俺にそんなわけのわからない思考展開を巻き起こし、あまつさえその内容を思わず声に出させてしまうほどに衝撃的だったんだ。
まるで日常に突然落ちてきた隕石。その波紋は、否が応にもこの身に当てつけられる。
そして、始業を告げるチャイムが鳴って。
俺の日常は、狂い出す。
「あのー」
チャイムのベルに紛れて、突然、なんだか背後から可愛らしい声がした。
「あ、あにょ!」
さらに、もう一度。
なんて可愛らしい声なんだっ……!
大学生、つまり熟れ腐った果実達にもまだこんなあどけない声をだせる女がいるなんて、と戦慄する。畜生売女がなに擬態してやがるという殺意すら覚える程に。
そして、今後そういったクソビッチ共に騙されたりすることのないよう、その穴売虫の顔を覚えておこうと振り向くと――。
すぐそこには、女子高生がいた。
「へあっ!」
思わずウルトラマン○スモスみたいな奇声を上げてしまった……。
いやだって、そうでしょ? JKですよJK!
ただでさえ女性に免疫がないというのに、女の子が最も子供でありながらにして大人に近づく過渡期であるところのJKなんてみた暁にはそりゃもうびゅるびゅるるですよ。いや何がとは言わんというかナニなんだけど。いや、さすがにそれは冗談だけど。
とかくまあ、そんな最高の収穫時期を迎えた瑞々しい果実が、目の前に立っていた。
こんなに綺麗なこの子も数年後には大学生になるんだなとおもうと泣けてくるよね。
さて、そんなキモい感慨は置いといて、セーラ服なんて素敵なものをお召しになっているその黒髪美少女は、なぜか俺の方を不安げに見つめている。
は? かわいい……。
や、いやいやまてまて! うーん?
え、なんで? え、どゆこと!?
つーかなに、さっきのは俺への呼びかけだったの?! なおさらなんで?
そもそもなぜ女子高生が大学に? 見学か? でも時期的にちょっと早い気が……?
しかも隣の女子高とも違う制服だしな……。
とめどなく浮かぶ疑問。テンパる心。
すると。
「えっと、あの、その、き、聞きたいことがあるんですけど……」
初々しいというか、ピュアというか、守りたいというか。身長はそれなりにあるのにも関わらず(てか顔に目が行きがちだけどスタイルもいいな……)、小動物的庇護欲を掻き立てるような調子で、彼女はそう言った。
「あ、ええ、はい」
俺は本当にダメな彼女いない歴=年齢のうんこ男なので、そんなしどろもどろな応対。うーんこの無能。こういうとこだぞ。
対する少女は。
「あ、ありがとうございまひゅ!」
か、噛みまみた!?! は? かわい過ぎるんだが??? これがブスだったら断罪が下されていたであろうことを鑑みると、なんと犯罪的なかわいさ!
と、リアルJKにうっとりとしてしまうエローゲーマーのロリコン声豚(俺)。
べ、別に俺は犯罪者予備軍なんかじゃないんだからね!?
しかし俺がそんな限界思考を巡らせているとは毛ほども思っていなさそうな目の前の女の子は、一先ず頼れる大人を見つけて安心したのか、ほっと胸をなでおろしていた。
ぼ、ぼきがこの子を悪い奴等から守らなきゃ! と思わせる程になんともまあ尊い仕草。
これをもし意図的に可能とするあざとさの権化みたいな糞女がいるとしたら、そいつは間違いなくオタサーの姫になれるだろうなと思いました。まる。オタクが言うんだから間違いない。(にしてもオタクのお墨付きとか嫌過ぎる……。くさそう。)
「で、聞きたいことというのは……?」
なぜか彼女からそれを言わずにじっとこちらをにこにこ顔で見つめてきて危うく惚れそうになったので、俺は慌てて、けれどその動揺を必死で隠しながらそう尋ねた。女の子の笑顔はヤバイ。特に女性声優の笑顔はヤバイ。みんな覚えておくように。
「それなんですけど、えーと、このー、えふ、にひゃくよん? ってとこに行きたいんです。でも、その、どこにあるかわからなくって……」
「あー、なるほど」
彼女の疑問はもっともなものだった。この市ヶ谷キャンパスは校舎が多い上にその略称が解りづらい。俺も入学当初は戸惑ったものだった。特に友達のいない俺はそれを読み解くのに難航し、それだけでもう大学をやめたくなったなあ……(トラウマスイッチon)。
ちなみに、今彼女が言ったのはえふにーまるよん。即ち、F204教室の事を言っているのだろう(それを二百四とか言っちゃうこの子かわい過ぎませんか?)。つまり富士見二階の四号室の事を。
ついでに言うと、たしかその辺りはサークルの部室として使われていたような気がする。
見学したいサークルでもあるのだろうか。
いや、詮索はしまい。それでもし彼女が応援団とかいう糞溜りに入りたいと思っていたりなんかしたら、死ぬ程幻滅するし気が滅入るから。しかもその可能性高そうだし。
はー世の中糞だわー。
しかし俺はわずかな希望にかけ、彼女が別の目的でそこに行くのだと信じ(声豚特有の盲信)、声をかける。
「だったら、この校舎をでて、あっちがわに進んでですね……」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
俺がなんとかボディランゲージを駆使さえして( “ボディ”ランゲージを異性と交わすってそれはもうセッry)説明を試みた矢先、JKは急に大きな声を出しそれを遮った。
「あ、あの! 本当に申し訳ないんですけど、わたし、方向音痴で! たぶん説明してもらっても迷っちゃうから……。その、いっしょに、来てほしいなって……」
そして潤んだつぶらな瞳を向けられた。
ま、まぶしい! もはやかわいいを通り越してまぶしいよ。
月並みな表現になってしまうが、守りたい、この笑顔。
加えて言葉遣いも年相応だけど丁寧で好感持てるし――よーしおじさん、なんでも言うこと聞いちゃうぞー(単純)。
「あー、わかりました。じ、自分も方向音痴なんで気持ちわかります。じゃ、じゃあ案内するんで、付いてきてもらっていいすか?」
「あ、ありがとうございます! よかったあ……」
彼女はそう言って安堵の表情を見せた。
うーん一々かわいいなこの子。ずるいわ。俺も美少女になりてえよ。
ていうか、なんで俺は誰も聞いてないのに「自分も方向音痴なんで」とか唐突な自分語りしてんだ……。ほんまキツいわ、これだからオタクはキモいんだよなあ……。そもそもだとしたら論理的に言ってお前が道案内するのはおかしいだろ。馬鹿なの? ラテラルなの? 気付いて欲しい、その矛盾。
しかし、背後から辺りを物珍しそうにきょろきょろと見回しついてくる彼女は、まるでそんな汚れた感情を抱く素振りを見せず。
ただただ、純真。純真JK。
俺はそんな彼女をちらちら眺めながら、胸をばくばくさせ校舎を歩いた。
今が授業中でよかった。
これが中休みだったら、道行く大勢の学生から奇異の視線を向けられていただろうから。
あの陰キャ、JK連れてんぞ。援交か? などと陰口を叩かれかねん。
いーやほんとに授業中でよかったなあ(冷や汗)。
もし僕がこの時限の語学の単位を落とし留年したら、女にうつつをぬかして留年したろくでもないヤリチン野郎だと、みなさんどうぞ盛大に笑ってくださいね?
そうこうして、お目当ての教室へとやってきたキモオタとJK。
ここが、彼女お望みの富士見校舎二階である。
富士見二階の飯田橋側は、どこにいっても人ごみがわいのわいのと騒がしいこの大学にしては珍しく、閑静で、人気がない。講義時間中というのもあるが、その講義の音すらない。
そのせいで今この場は、俺と彼女の二人きりの空間だ(JK散歩か何か?)。
それもそのはず、ここは所謂サークル棟なのだ。
サークル活動をするには、まだ太陽が元気すぎるということだろう。
だから、大学は中高と違って放課後というものが明確に存在しないので如何とも言い難いのではあるけれど、四限終わりくらいからはこの辺ももう少し活気が出るのかもしれない(なにぶん自分はかつて部活動こそやっていたがサークルというのには所属したことがないので、情けない話、詳しいところはよくわからないのだ)。
ちなみに、今はまだ四限が始まって直ぐといった時間。
そういうわけで、この子が部屋に入ったら俺は急いで講義に向かわなくてはならない。さすれば、俺の語学の単位はなんとか、なる、はず……。なれ……(願望)。
みんなも、必修語学の単位履修には気を付けよう!
さてさて、道すがら聞いたのだが、どうも彼女の姉がこの大学に通っているらしく、そのお姉ちゃんから彼女はこのF204に来るよう言われたらしい。
それを聞いて当然、そのお姉ちゃんとやらが案内してやればいいものをと俺は思ったのだが、黙っておいた。こんなかわいい妹を放っておくなんてろくでもねえ姉貴だ。さすがア法盟の糞女学生なだけはある。……なんて、この純粋そうな子に言えるわけないからね。
…………。
というか、正直な話、コミュ症なので、必要事項以外なんのおしゃべりも出来ませんでした!
そういうわけで、俺は、出来るだけパンピーっぽくにこやかに口を開くよう、最大限の緊張感でもって、かつそれを決して気取られぬことの無いよう、善処する。
「つきましたよ」
「あ、ほんとだ! にひゃくよんって書いてある……。ありがとうございます!」
いやだからその読み間違いかわいすぎ! 禁止!
教室の入口に書かれたF204の表記を、またしても誤読する彼女に悶える俺。
「それじゃ! ほんとうに、ありがとうございました!」
そう言って彼女は、鞄から取り出した学生証を壁に設置された電子リーダーに読み込ませて開錠。そのまま部室の扉を開き、その闇の中へと消えていった。
よーし、じゃあ俺も急いで講義に――
ん? 待てよ? 今何かおかしなことが目の前で……?
俺がそんな疑問を感じるのも束の間。真相にたどり着くその少し前。
「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
耳を劈くような悲鳴が、今さっき彼女が入っていった部室の中から響いた。
その尋常じゃない叫びは、思考を置き去りにするほどに真に迫っており。
故に俺は、考えるより先に、体を動かしてしまった。
閉まりかけ、けれどまだ閉じていないがゆえに電子ロックがまだかかっていない扉。その扉に向かって、半ばタックルするかのような勢いで部屋へと駆け込む。
思えば、この時の俺は、きっと気分が高揚していたのだろう。だから、こんな馬鹿げたことをしてしまったのだ。ほんの少し考えればおかしいと思えるような山程の些事を、無意識の内に見逃したふりをして、現状に追随して、俺は。
だってしょうがないじゃないか。男は、それも童貞なんて単純な輩は、かわいい女の子、それも年下のJK、そんなこの世で最も尊い概念ベストファイブに余裕でランクインしそうな優良物件に頼られてしまったら、断ることなんて、疑うことなんて出来ないんだもの。今や、そんな女の子に話しかけようものなら、全てが有料なんだから。声優さんのお渡し会なんて、ほんの十数秒に千五百円か三千円かかる。そんな事してるような奴に無銭で話しかけてくれるかわいい女の子がいて、食いつかない方がおかしくないかい?
加えて、金を払って異性と話しているようなクズに、上玉の異性が無償の微笑みをくれた。その事実は、こんな人間でも生きていていいのですよという上位存在からのお墨付きに預かれたかのような、圧倒的承認欲求の昇華で。それもそれをあの、女の子が最も輝ける黄金期であり究極の善存在であるところの女子高生様から頂戴仕ったのだから、多幸感ってレベルじゃねえ。トリップだよトリップ。ああ、もはやシャブだ! 女子高生はシャブだ! というか、女子高生をしゃぶしゃぶしたい! うん、しゃぶりたい(ドン!)!
……というわけで、この時の俺はまあちょっと浮かれてた。言わば、卒業式が終わったあととかにムードに乗せられて卒アルに痛いこと書いちゃうようなハイな状態だったってわけ。いやまあ、俺は当然の如くそんなことしたことないですけどね。いうて声優ライブ終わりに痛い感想ツイート呟くくらいが関の山ですわ(十分きついんだよなあ……)。
でも、そうしたものは楽しいからこそ後悔はつきもので。後々、塩でひどく抉れる傷になるものだ。声優ラジオに痛いお便り送ったらなんと読み上げられてしまって途端客観的目線で自分の書いた下手な文章と向き合わされ羞恥に殺されたりとかね。
だから、その直後に手痛いしっぺ返しが来るのはきっと、必然だったのだろう。
「な、なにがあったんですか!?」
薄暗い部屋に飛び込んだ俺はまず、そう叫んだ。
が、真っ先におかしなことに気づく。
あの少女が、いない。
というか、部屋に誰もいな――
バタン!
――ガチャ。
背後から、そんな音がした。
それは、扉が閉まった、いや、閉められた音。
そして鍵が――電子的に施錠されるよりも先に――手動で閉められた音。
それらの意味することに、やはりまた俺の考えが行くよりも先に、それは動いた。
カッ。
足に鮮烈な刺激。浮遊感。手と腰になにか柔らかい感触があったような気もする。
それら不意の無数の信号を脳が処理する刹那、視界が狂い、ガッと胸から空気が抜けた。
「……!」
胸部に走る鈍い痛み。背中に感じる質量。圧迫感。なぜか動かせない身体。花の香り。
なんだこれ? なにがどうなって……?
床が近い。俺は、投げ飛ばされた……のか? は? なんで?
そして、辺りを見回そうと首を回そうとした矢先。
「ねえ、だれが顔を上げていいなんていったの、かし、ら!」
ガン! と首を恐らくは掴まれ、顔を教室の床に擦りつけれた。
「っ!」
!!!?!?
なになになになになに!? え、ほんとどういうこと?! なんなんこれは?
突然の痛みと頭上からする高飛車そうな声に頭がパンクしてしまう。
「混乱してるみたいね。でもじきに、すぐ、あなたは理解する」
そんなざわついた脳内を落ち着かせるような、発声のしっかりとした澄んだ綺麗な声が、けれど更に頭を悩ませるような内容を、告げる。
「私に――逆らえないことが」
「なにを……?」
「わからないかしら?」
そんな声が上から降ってくる。彼女の言うことはまるでわからないけれど、やっとわかってきた。俺はどうやら見知らぬ女性に組み敷かれているようだ。この身を地に伏せっているらしい。うつ伏せで。
しかし、なぜ? というか、あのJKは? なんなの、これ? 夢なの?
そう思い、もう一度他の部位とは違って幾ばくか自由の残っている首を動かそうとすると。
「だめって言ってるのに、悪い子。怪我するわよ?」
怪我?
どう言う意味だと思うその頃に、それは首筋に当てられていた。
「ふふっ、どう? こんなの、ハジメテ?」
「…………は?」
首元に感じるその冷たさは。この二十年で一度も感じたことのなかったその冷たさは。
首を動かせないので目線だけを下に逸らし、その、正体を見る。
……それは、カッターだった。尖った、鋭い、人の首筋なんて簡単に切れてしまいそうな、カッターだった。
「……」
言葉にならなかった。声が出ない。目眩がする。
「その反応は……、どうやら正解みたいね。おめでとう、あなたのハジメテはこの美少女に奪われたわ」
上方から聞こえるそんな愉しそうな声を聞いても、俺の心はちっとも踊らない。
それどころか、すーっと冷えていく。
「あ、あなたは……俺を殺す、つもり……なんですか……?」
俺は、やっとのこと、声を絞り出した。
「はあ? 私がどうしてあなたみたいなほっといても一人でに腐って死にそうなゴミを国家の犬に嗅ぎつけられるような真似してまで手ずから始末しないといけないのよ」
けれど彼女はなんともまああっけらかんに、そう答え。
こんなにも命の危険に溢れた状況だというに、俺は少し毒気を抜かれてしまった。
「え、あ……。え、じゃあ、ど、どうして、こんな」
しかしその恐怖は、
「私にも、引くに引けない理由があるの。だから、不本意でしかないけれど、もしあなたがなにか愚かにも抵抗したり逆らったりしたら……」
彼女の次の言葉によって、再び胎動する。
「その時は――わかるわね?」
「わ、わかりました……」
けれど、それなのにどうしてか俺は、次のように口火を切るのだ。
追い詰められ、逆に吹っ切れたのかもしれない。
まるで、窮鼠猫を噛むかのように。
「で、でも一つ質問していいですか?」
「なあに?」
「僕のすぐ前にこの部屋に入っていった子は、無事なんでしょうか?」
自分で言っていて恥ずかしくなるくらいに、かっこいいことを言ったと思う。
己が命の危ぶまれる状況で、見ず知らずのあの女子高生のことを心配するなんて、まるで、ラノベやアニメやゲーム、或いはアメコミ映画の中の主人公(ヒーロー)みたいじゃないか。
だから、この時の俺はそんな彼等のように、本当にかっこよかったと心の底から思うのだけど、でもやっぱり、俺はかっこいい男なんかじゃないわけで。主人公なんかではないわけで。恥の多い人生を送ってきましたってなわけで。
いつだって出過ぎた真似をする時に待っているのはこれなんだ。
「……ふっ。あはっ、あはははははははははは、ははははははははははは!」
頭の上から、高笑いが響く。心の底から人をあざけ笑う声が。
「あなた、ほんとに見込みあるわ。私の思った通り。いやそれ以上。もう、最高!」
上機嫌で笑う彼女をよそに、俺はトラウマスイッチを抉られていた。女の、こういう笑い声は苦手だ。楽しいというより、誰かのおかしさを笑うようなその響きは。
中高の頃は元より、今でも喧騒のなかに交じるそれを聞くと、胸がざわつく。
ただ、そのざわめきは、彼女のその顔面によって……。
「じゃあ、いいわ、あなたに少しだけ自由を上げる。こっちを見てもいいわよ?」
「…………!」
……え?
そこにあったのは、そこにあるはずのないはずのもの。
正直、わけがわからなかった。
狐に包まれたかのような気分というのは、まさにこういうことを言うのだろう。
俺は、彼女の美しい容姿を眺めながら、ぼんやりそんなことを思った。
そして、その振り返った先にあったかわいらしいお口が、俺を小馬鹿にする。
「……さ、さっきは、ありがとうございました!」
放たれたのは、とってもかわいらしく、純粋さを感じさせる、そんなぴかぴかとした声。
つまりそれは、どう聞いても、あの世間の厳しさなんてまるで知らなそうなばっりめんこい生娘JKちゃんの天真爛漫なそれであり。
その声の主はセーラー服を着用していて。
更に言えば綺麗な黒髪にまだ少しあどけない容姿の似合う細身と、その割にややHな身体つきで。
以上の点を踏まえると。
たった今俺を拘束しカッターを突きつけているセーラー服姿のイカレ女は、どう見ても
さっきのJKだった。
「……」
こんなの、絶句するしかない。
元々女性不信というか人間不信というか只のロリコンコミュ症の俺を、こんな目に合わせて、どうしようというのか。
期待すると裏切られるから期待せず生きている。
そんな、夢を見ないことで夢に敗れる苦しみから解放されている俺は、期待さえしなくても裏切られるということを、今、はじめて知った。
あんなに純粋だと思っていたあの少女が、こんなヤバイ女だったなんて誰が看過出来たのだろう。
どう考えても処女なヒロインが、なんの脈絡もなく非処女だと告げられた時のような衝撃と混乱と厭世観がこの身を駆け巡る。
「あっははは、どうしたのかしら。そんな顔して。あは、びっくりした? ねえ、びっくりした?」
まったく純情さなんて感じさせない、大人の穢れを知った女の声。その邪を孕んだ妖艶な声は、よく聞けば、確かにさっきの女子高生のものと波長は同じだった。
例えるなら、さっきのJKの声がしゅわしゅわの甘酸っぱいラムネだとしたら、今の彼女はカーッと焼けるようなのどごしの苦いビール。
だから、共通点こそあれど、その二つが同じ人間から発せられたものだなんてとても信じられなかった。いや、信じたくなかっただけかもしれない。
まあそれこそ、そんな芸当は俺の大好きな女性声優さんの専売特許ではあるのだけれど。そういうギャップとか多面性とかは大好きなはずのだけど。
それはそれ。だって実際にこんなイカレ女学生(?)が我が女神達の真似事をして俺の純真な心を弄んだのは事実なわけなのだから。
「うふふ、声も出ないのね。ドウテイくんにはつらい現実だった? でもごめんんさいね。女ってね、みんな、役者なの。嘘をつくのよ」
勘弁してくれよ……。
ていうかそれより何、なんでこの人俺が童貞だって知ってんの? 男から見て女が処女か非処女かなんてさっぱりわからないんだけど何、女から見たらそういうのは一発でわかっちゃうの? なんなんだ、女。怖すぎるだろ……。しかもということはだぞ、ぼきににこやかな笑顔でお渡し会の時微笑みかけてくれたくるみん(推し)は内心童貞キモっとか思ってたのか? ……いや、まあ、思ってたんだろうけどさ。それくらいはこの限界声豚でもわかるけどさ。
……は? 大天使くるみんがそんな邪念胸に抱くはずがないんだが?(イキ律背反)
とまあそんな妄言は置いておいて、女の子が嘘をつくというのには同意する。
中学の頃毎日のように廊下で「くらもとー!」って俺に無邪気に声かけてくれてべたべたしてくれてた初恋の女の子は普通に彼氏持ちだったし。しかも彼女が俺に構ってくれてた理由が、俺が変な奴だからからかってやろうと別の女子に誘われたってだけだったって数年後に知って泣いたし。なんだよそれ、もはやいじめじゃん……(ガチ泣き)
高校の頃にドのつくぼっちだった俺に声かけてくれたり、部活の引退試合を見に来てくれたコミュ力の高い女の子は、別に俺を見に来たわけじゃなかった上に彼氏持ちだったし。更に言えば「倉本先輩って優しいですよね」とか言ってくれた後輩マネージャも彼(ry。
大体、「倉本くんは優しいね」なんて言ってくれる子はたくさんいたけれど、優しいってなんだ。大抵そういう甘ったれたこと抜かす女は優しい人がタイプだのなんだのとのたまっていやがったが、その該当者であると言われていた俺はモテたためしがない。つまり、女の言う優しいってのは言っておけば自分の株が上がるから言っているだけのその場しのぎ。顔がいいとか足が速いとかはある程度絶対的な評価基準があるが、優しいというものにはそれがないが故にそうした秀でたものがないはぐれものに対しとりあえず言っとけみたいに言われているだけなのだ。だからその「倉本くんって優しいね」ってのは即ち、ゴミ以下のどうしようもないミジンコ男のことですら褒めてあげるわたしって可愛いだけじゃなくて「優しい」でしょ? っつーことだ。ふざけろ! 人を上げるフリして易しく自分上げしてんじゃねーぞこの糞女! 死ね! 鎌野も飯岡も村尾も服部も坂原も山下もその他諸々の元同級生共みーーーーーんな死ね!!!
そんな風に無限に暗黒の春の記憶を彷徨っていると、ふと地上から声がした。
「騙されて傷付いた? じゃあ、そんなウブなドウテイくんにぃ、もう一つ、さっぷらーいず!」
さっきよりもちょっとおちゃらけた高めな声で俺を煽る彼女。
すると彼女をはおもむろに、焦らすように、ひどく蠱惑的な笑みを湛えながら、その綺麗な黒髪へと手を伸ばした(もちろんもう片方の手で、俺の首筋にカッターを添えたまま)。
俺は、唖然。
それもそのはず、なんと彼女の黒い髪の下から、全く違う色彩が色を覗かせたのだから。
まるで、春が訪れて、つぼみが花開いたかのように。
そう、彼女は先程まで頭部に纏っていた黒をぽいっとそのへんに投げ打って、新たに出てきた暗くうっすらとピンクがかった色のその髪を、手櫛で整え始めたのだった。もちろん片手にカッター(ry。
要するにあの黒髪は、かつら(ウィッグって言ったほうがいいのかな?)だったということらしい。
……わけがわからない。
「どう、似合ってる? あなたみたいなキモオタにはわからないと思うから教えてあげるんだけど、これ、ピンクアッシュっていう色なの。綺麗でしょ?」
馬鹿みたいに口を開けているであろう俺を満足げに眺めながら彼女はそう言って、そのピンクアッシュとやらに染まった髪色を自慢した。
いやまあたしかに、その綺麗な顔には、そのおしゃれで垢抜けた髪色とうっすらかかったパーマ(ゆるふわとか頭の悪い名前がついてそうな奴)は似合ってるし超かわいいけど。
「そんなことカッター突きつけながら言われたらはいとしか言えないんですが……」
「もう、そんな照れ隠しとかあなたの顔面でやられても気持ち悪いだけだからやめてよね」
「この状況で誰が照れるんだ……」
「変態ドM野郎とか? あなたとか?」
確かに俺は女の子に責められるシュチュは好きだけどさあ!
「あれー、なんで黙るのかしら? 初対面でカッター突きつけて後は適当に罵倒しとけば、非日常に憧れるオタクなんて吊り橋効果的に簡単にコロッと落ちるものだと思っていたのに。え、だって、あなたもう、私のこと好きでしょ?」
なんだその化物語。
でも残念でしたー僕は吸血鬼でも不死身でもなんでもないしアララギなんてクールな苗字でもない上にかっこいい声で滑舌よくつっこんだりとかできる人間じゃないのでそんなツンドラに攻められても全然惚れたりなんてしたりしませーんだ(クソガキ並み感)。
ホチキスと斎藤千○ボイスを実装して出直してこいこの糞女!
「え、ほんとに惚れてないの? もしかして、おちんちんついてない?」
「は?」
目の前で本物の異性にそんな卑猥なことを言われたのは初めてだ。さすがにこんな状況とは言え反応してしまう。
というか、数ある男性器の呼び方派閥の中からおちんちんを選ぶとは、この女、中々やるな。その髪色だったらちんぽも割とありだったが、敢えてそうしないことによってやや意外性が出てよい。おちんちんと口にする女性は淫語を使いながらにして清楚さを感じさせるというアンビバレンスさがたまらんのだが、この女、それを熟知していると見た。自分の魅力を知っているタイプ、即ちセルフマネジメント系の女だ。気を付けねば……。
……エロゲ脳が残念な感じで活性化していた。
すると、不意に凄まじい刺激が全身を駆け抜ける。
なっ……!
「ってなによ、ちゃんとついてるじゃないの。しかもなんかかた」
「皆まで言うな!」
こちらへのしかかりカッターを突き付けながら、俺の大事な部分をまさぐりやがった彼女に対し全力で俺は叫んだ。
「そんなことより! あなたは何が目的なんですか!? もういい加減にしてほしい!」
「なーに? 騙されて怒ってるの? 女の子を助けるヒーローになりたかった?」
「こんなわけのわからない状況受け入れられる方がおかしいでしょうが!」
普段あまりこんなことはしないのだけど、さすがに非常時だ。思わず怒りを吐露してしまう。
すると、さっきまで愉しげに目を細めていた彼女は、その目にすっと冷気を纏わせて。
「じゃあ、あなたは。日常を、なんてことのないクソみたいな日々を。あなたみたいに退屈で無為にクソ捻り出してるだけの毎日を、受け入れられているの? 虚飾塗れの世界で、誰からも必要とされずに生きていて、そんな死体みたいな人生が、受け入れられるわけ?」
目の前の美女は、ただでさえ近い顔と顔との距離を更に縮め、じっくりとこちらの瞳を見つめながら実存的な懐疑を浴びせてくる。
それは、脳を犯すような官能の響き。その、木霊。
したがって、彼女のクリッとした横長の大きな瞳と長い睫毛は、整った鼻筋に艶かしい唇は、究極的美の接近でもって俺の理性を狂わせ。加えて共に迫るどうしようもなく異性を感じさせる芳しい香りと柔らかい感触は、悟性を器から溢れさせた。
「私はね――嫌。誰からも愛されないなんて嫌。でも、そのために、恋人だの囲いだのセフレだの友人だの、そういう奴を作るために嘘をつくのも嫌。本当の気持ちを隠して建前で会話するのも、男に媚びて心にもないことを言うのも、誰かを思いやって、やさしい嘘をつかなきゃいけないのも、嫌なの。でも、女って、それをしないと誰からも愛されなくなるじゃない? それが一番嫌」
美人の彼女のその言は、意外にも、ドブスの俺が思い描く思想と似ていた。
「そういうわけでね、ドウテイくん。あなたには、私をこの嘘だらけの地獄から救い出して欲しい。助けて欲しいの。そうすればもう、あなたは私という女の子には、二度と騙されない。私はあなたに、本当のことしか言わなくなるから。そしてあなたは、私から必要とされる存在になれる。……どう、悪くないでしょ?」
つうっと、彼女は俺の頬をなめらかな指先で撫で――
「だからね、ツクル、一緒に、ホンモノしかないセカイにいきましょう?」
くっつきそうなくらい、俺へとその美貌を近づけて、そう囁いた。
その抽象的な提案は、どことなくセカイ系を思わせるSFチックな提案は、とても魅力的で、その妖しさに身をうずめたくもなったのだけど。
どういうわけか、俺はそれを否定していた。
「……あなたの考えには同意します。驚く程俺の考えといることと似ててびっくりしたくらいですし。でも、その提案には乗れません。だって俺には、無理だとわかってはいるけれど、真剣に結婚したいと思っている人がいるから」
「ふーん。でもそれ、どうせ声優さんなんでしょ? イベントかなんかで好きだとでも言われたんでしょうけど、そんなの嘘よ。あなたの大嫌いな嘘。彼女達はあなたのことなんてなんとも思ってない。ただの金づるでしかないとさえ、思ってないでしょうね。ぶっちゃけ、あんな嘘をばらまいて性を売っているだけの先を見ていない頭のおかしい連中と結婚したいだなんて、正気を疑うわ」
どうして彼女は俺が声優好きだと知っているのかとか色々疑問はあったけれど、とりあえず俺は譲れないもののために戦う。
「そんなことわかってますよ。でもこうは思いませんか。お互いに嘘だとわかって発せられている嘘なら、嘘ではなく真実足りうるとは」
「うっわ。やっぱこじらせてるのね。きっつ。うーんほんとオタクってきついしキモイしキショいわ。死んだら?」
「まあ現に殺されかけてるわけですけど」
「あら、ごめんなさい。私の言葉の刃でガラスの心が壊れそうなのね。よしよし」
細く長い彼女の指による、頭部への按摩。心地よいフェザータッチ。
全身が熱くなり。
さらには、なんというか、こう、本能の部分がキュンとする。
「っあああああああああああああああ!! 今更だけどそんな顔して優しくボディタッチとかやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 勘違いするでしょうが!
つーかちげーよ! お前のカッターの刃で殺されかけてるんだよこちとら!」
「ああ、これ? ふーん。こんな物理的なものに私の高尚な言葉が劣っているとみなされるなんて、なんか腹立たしいわね。腹立たしいからぷっつり逝ってもいいかしら?」
「ご、ごめんなさい。やめてください……。というかぷっつりってなに? しかもいってのイントネーションなんかおかしかったし……」
「それとこれはわざとやってるの。勘違いさせてあげてるんだから感謝しなさい」
人の頭を撫でながらそんな傲慢なこと言う奴初めて見た。
「いや、あなたもこんなキモオタから好かれるのは嫌でしょ」
「それがそうでもないのよね。あなたたちオタクってたしかにムカデだのゴキブリだのウジ虫だの並に気持ち悪いんだけど、どういうわけか、そんな気持ち悪い奴らに好かれるのは悪くないのよね。虫に好かれたりなんかしたらきっと自殺でもしそうなくらい気分がわるくなるでしょうに。不思議。だから、いいのよ、あなたは。私のこと、好きになっても。良かったわね、虫じゃなくて」
「……」
そういうのを仕事としているわけでもない異性にそんなことを生で言われたのは初めてだった。反応に困る。
「というか――なって?」
は? え? は?
混乱した脳はエラーを出力してしまう。
「虫に、でふか?」
「え、もしかしてあなたって自傷癖とかある? だったらかわりに私がキズモノにしてあげるけど。ホ別苺で」
彼女はなぜか人差し指を立てたり五本の指を立ててパーの形にしたりしながら、そんなわけのわからないことをのたまった。少し怒気をはらませて。
「ほべついちご……?」
「あ、ごめんね? オタクにはわからない話しして。はあ、教養のない奴って冗談が通じないから困るわ」
「はあ、すみません。自分キモオタなんで」
そんな俺に対し、彼女はわざとらしく溜息をつくと、手で口元を覆い、小声で囁いた。
「ちなみに、ホ別苺ってのはホテル代別一万五千円って意味よ」
「援交用語じゃねえか! って、えええ!!」
「あなた、今。私と苺でやれるならとか考えてないでしょうね」
エスパーかな?
「ま、まあ、ぶっちゃけ思いましたよね。自分、童貞なんで」
「カンチガイシナイデヨネ。さっきのはホテル代あなたもちで一万五千円払うんならあなたの手首を掻ききってやるって意味だから。ベ、ベツニアナタノコトナンテゼンゼンスキジャナインダカラネ。それと、私とヤリたいなら九十七兆は必要ナンダカラネ」
「うわあ、ツンデレだあ……。つーかヤンデレだあ……」
しかも国家予算級の女だった。この女、涼しい顔してなんて尼だ。ツッコミが間に合わない。……ていうか、肝心の部分が棒読みすぎる。
「惚れた?」
そう聞く彼女の顔は、確かにとてもかわいい。思わず見とれてしまう。
ただ、さっきからずっとこんな馬鹿げた内容ばかり。しかも顔色一つ変えずに言うものだから、冗談で言ってるのか本気で言ってるのかさっぱりだ。
そして、彼女がどんな意図でそんなことを言っているにせよ、こんなわけのわからない状況で、こんなわけのわからないお前に、惚れるわけなんてないだろうと言いたい。
ドキっとしてしまったのは確かに事実ではあるけれど。
だって、この人顔もスタイルも声もいいんだもん! しかもなんだかんだ言って話しかけてくれてるわけだし。オタクなんて可愛い子に話しかけられたら即落ち二コマよ。
まあでも、そんなこと正直に言えるわけないよね。
「いや、別に惚れてないですけど」
「はあ? あなたそれでもオタク? この美貌の持ち主に凶器持って迫られて暴言吐かれてツンデレにも動じないってなんなの? あなたキモいだけのパンピーなの?」
この人ツンデレとかそういうキモオタっぽい単語知ってるみたいだけどオタクなのかな? それとも今時は非ヲタでもツンデレくらいわかるのだろうか。
オタクじゃない人と、というか、オタクとすら交流がない陰キャオブ陰キャな自分には、どうあがいても解決不可な疑問である。
「いやそれよかふつうに、カッターが怖すぎて……。というかこんな美人が俺にこんな奇行をしてまで迫る理由が想像できなさすぎて……怖い」
「典型的な草食男子ね……。ちなみに私は、何者をも恐れぬラーテル系女子」
「ラーテルってあのスカンクみたいn」
「そういうの、セクハラっていうのよ? 知ってた?」
ガリガリ、ガリッと俺の首元でカッターががなる。
「し、知りませんでした……」
「そう、知らなかったのね。じゃあ、しょうがな……」
彼女はそう言うと、カッターをぽいっと後方へ投げ捨てた。
俺はそれを見て、生命の危機が去った事を悟り、ほっと安堵……
「い、とでも言うとおもったかあああああああああああああああああああああ!!!!!」
「!!!!」
一瞬生まれた心の空隙に、とても女のものとは思えない大音量の咆哮が響き、俺は気圧され、
「っしゃ、っぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
着ていた衣服を、なすすべもなくビリビリと引き裂かれた。
そして、それらの音と俺を見る彼女のギラついた目つきのやばさに、俺はわけもわからず恐怖のままに泣き叫ぶ。
「ぎやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「落ち着きなさい、ツクル。じっとしてれば何も怖くないから。ね? 大丈夫だから」
上半身裸となった男の上に跨りながら、どこからともなく取り出したもう一つのカッターで俺のズボンを切り裂いていく彼女が怖くないわけないし、その血走った目は何も大丈夫じゃないし、こんな状況で落ち着けるはずがない。
かといって暴れれば、カッターの刃先がこの身を貫くかもわからなかったので、どうすることも出来ず、俺はパニックになって喚き散らす。
「いやだああああああああああ!! わけがわからないいいいいい!! いやああああああああああああ!! というかなんであなたは俺の名前を知っているううううう!!! うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「そりゃあ、あなたと同じ授業に出て点呼の時に名前を聞いたからよ」
………………へ…………?
「この女、ストーカーじゃねえかああああああああああああああああああああああ!!!」
なんだ? なんだなんだなんだなんだなんだなんだなんなんだ!?
そりゃあ俺だってラノベみたいに空から女の子が降ってきて欲しいとか謎部活に入るよう美少女に無理強いされたいとか美少女と異能バトルの世界で死線を彷徨いたいとかメンヘラに依存されたいとか思ったりしたりしまくったりしたよ?
でもなんだこれ?!
怖すぎるだろ!!!
自分の事を密かにストーキングしてた女(一応滅茶苦茶に美人)から、年代を偽った上で半ば拉致される形で密室に監禁され脅迫された挙句衣服を破かれて無理矢理に剥かれてんだぞ!!! 何事!!!??? 夢でもこんなわけのわからんことは起きんぞ????
そもそも、この女がかわいいのがなによりも怖い。
だってかわいい女の子は、こんなおかしなことしなくても楽しく生きていけるんだから。そういう女の子は、俺なんかに見向きするわけないんだ。そんなことしなくても、日々は楽しさに溢れているはずなのだから。だから、きっと末恐ろしい理由があって、こんな馬鹿げた事をしているんだろう。そうとしか思えない。それこそ、これがフィクションだったら、実は俺の細胞はとても貴重な○○因子によって構成されていて~みたいな理由付けがされてるであろうくらいだ。
「はあ、なんでこの私が? 国宝級美人である私があなたにストーキングされることはいくらでもあるでしょうけど、どうして私があんたみたいな陰キャオブ陰キャをストーキングしなくてはいけないの? ありえないでしょう? ただの身辺調査なんだけど? 言いがかりはよしてもらえるかしら?」
だが、目の前の彼女は、そうした、美人は俺のようなゴミへ見向きもしないという現実を突きつけて置きながら、迫ってくる。
なんなんだ、わけがわからない。怖い。わからないものというのは、ひどく、怖い。
だからもう、やけくそにでもなんでも、叫ばずにはいられなかった。自分でもよく意味のわからないまま、心に浮かんだ言葉を、叫ぶ。
「世界じゃそれを、ストーキングと呼ぶんだぜえええええええええええええええ!!!!」
「私は呼ばないし、世間もどう見てもあなたがストーカーだって言うでしょうけど、ねっ!」
ぴしゃりと、唾でも吐くようにそんな暴言を投げ捨てられた。
その綺麗な細長い指の先で、とうとう俺のパンツを亡きものとして。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! 尊厳の自由うううううううううううううううううううううううう!!!!!!」
いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「知ってた? 友人のいないキモオタ大学生にはね、人権がないの」
こうして俺は、はじめて、年頃の異性の前で全裸になった。
そして間も無く、俺は椅子へと縛り上げられ。
冒頭のあのセリフに見舞われる。
「ねえ、出会って間もない美人の女の子に身動きを封じられて、服を一枚一枚脱がされた挙句椅子へと縛り上げられてそうして、成人済みなのに生まれたままのあられもない姿でパシャパシャ羞恥写真を撮られるって、一体どんな気分なのかしら?」
からの。
ややあって。
「ツクル――大好き!」
という火の玉ストレート。
長らくその味を忘れていたあまずっぱさ。その青色の感覚が、ショッキングピンクの皿に乗ってやってきた。ああ、なんだろう、このこそばゆさともどかしさ、胸の不整脈は。もう決して会えないと思っていた旧友と、なんの脈絡もなく再会したかのような。
どうすればいい? わからない。けれど、世界は今日も、ただ俺の思考も境遇も知らんぷりに進んでいくんだ……。
だから、そういうわけで、俺は、「エディプスコンプレックス研究会」とかいう、どう考えてもヤバイマジキチカルト団体に、入部してしまったのだった。
ちなみに、着ていた服を全て切り裂かれた俺は、その日、彼女が元々着ていたセーラー服を着せられて家路についた。彼女――雨宮リリに施された化粧とウィッグのおかげでまあ変質者にはならずにすんだのだけど、散々っぱら脅迫用と思われる写真を撮られた上に、家に帰ったら妹からは張り倒され、母からはとてつもなく引かれた上で殴り飛ばされ――。
人権はおろか、親権さえ放棄されそうになった。
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