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第二限 大学生にもなって黒髪な女は処女
しおりを挟む人に夢を見せる仕事、というものがある。
つまり、人に夢を見せている側の人間がいるということだ。
では、そうした人々は、一体何を見ているのだろう。
彼等も、こちら側と同じ「夢」を見ているのだろうか。
はたまた……。
いっそ、そういう妖精や天使がいたらいいのに。
それこそ、お伽噺が如く。
今回は(も?)、そういう、お話。
エディプスコンプレックス研究会などという悪の秘密結社みたいな得体の知れん組織に入団させられた翌日。
それでも別に、突然特別な能力に目覚めたり謎の生命体が家に居着いたりすることもなく、少し拍子抜けするぐらいいつも通りに、世界は、地球は回っていた。
相も変わらず朝起きるのはけだるいし、電車に揺られるのは憂鬱だし、大学はイライラの源泉かけ流しだし。
なんてことのない、平凡で、素晴らしくくそったれな日常。
ただ、入ると決めていたゼミにすんなり入れそうだったことだけは喜ばしかったが、そんなもんだ。
本当につまらない。
そう思う自分がいることに、溜息をつく。
そんなものは当たり前のことで、だからこそ俺はクソみたいな日々を消化するのに妥協して、イベントごとを唯一の楽しみとしているというに。
昨日のことで舞い上がってでもいるのだろうか。
唐突に現れた非日常の酔がまだ残っているらしい。
期待するとろくなことがないと知っているくせに、俺はまた期待して……。
本当に呆れてしまう。
しかも思い返していたら、動悸が早まりだしていた。汗までかいてしまっている。
そんな折、開いていたスマホの通知欄がぴょこんと広がって。メッセージが来たことを告げる。
ふっと溢れてしまった笑み。俺はその頬をばしっと叩いた。
その送り主の名が、彼女であったから。
声優さんの公式垢と母様と妹くらいしか登録されていないはずの俺のラインに、昨日、新たに登録された、「雨宮リリ」、その人であったから。
『いまから部室。例の写真』
文面にはただそれだけが書かれていた。
え、女の子って絵文字とか顔文字とか使うんだと思ってた……。
だって、少なくとも、俺の好きな声優さんのブログだのツイッターだのラインだのチョクメだのは、そういうのに溢れていたんだもの。
まああのリリ先輩(四年生らしい)が顔文字なんか使ってたら「うわあ」と思ってしまうような気もするからそれでいいんだけど。というかそもそも大学生は成人しているので女の子じゃなくて女でしたね。閉廷!
そして、そんなどうでもいい結論に達した俺は、部室へとむかうのであった(あ、ちなみに女性声優さんは成人していても2・5次元の存在なので女の子だぞ)。
到着。
部室の扉を開くと。
「おつかれさま」
は?
数人が入るのがやっとといったサイズで椅子と長机とホワイトボードくらいしかモノがない部室に入るなり待っていたのは、そんなほんわかした声だった。
もちろんそれを発したのは、例のゆるふわピンクアッシュのカッター女である。
声音と服装(パッドの有無含め)、それにたぶん、メイクの塩梅までが違っていて、昨日の彼女とのあまりのギャップに、俺は思わず身構えてしまう。
昨日は始め、JKに扮していただけあって清楚なかわいい感じだったのだが、今日は大人っぽさが強調されて、(パッドを付けてない分、胸部と臀部こそ控えめになってはいるけど)全体的に攻撃的な印象が強い。
というか、端的に言って、エロい。
肌の露出も多いし。
やめてくれ、肩出しは俺の性癖なんだ。あと細身なのも!
ただ、その後に続く声で少し安心した、
「どうしたのかしら、そんな怪訝そうな顔して? あ、ひょっとして、私のあまりのかわいさに怯えた? 大丈夫よ、忌々しいけれど、私とあなたは一応は同じ人間ということになっているのだから。個体差に絶望していてはだめ。とっとと生まれ変わりなさい」
罵倒されて落ち着くというのも、どうなのだろうとは、思わないでもないけれど。
「今世を否定ですか」
「ああ、でもそうね。確かに来世でも、どうせあなた私みたいな美女に話しかけてもらえないのだから、今世にしがみついていたほうがいいのかもしれないわ。ごめんなさいね」
「はあ」
「というかなんなの? なんでそんな辛気臭い面してるのかしら? 私に会ったのよ、もうちょっと嬉しそうにしたら?」
「よくしゃべりますね」
「へえ……」
そう苛立たし気な顔とで言うなり彼女は黙った。
何か糸のようなものが切れた様な気配。
「……」
沈黙。
その間中ずっと、切れ長の目がじいっとゴミを見るような鋭さと冷たさでこちらを見ていた。
しんどいしこわい。
あとなんか気まずい。
「あ、あの……」
「……」
コミュ障の必死の声掛けは黙殺された。
ただただこちらを見つめる、美しさゆえに残酷な迄に恐ろしい双眸。
漏らしそうなくらい、目力となんかオーラ的なものがすごい。
もう、耐えられなかった。
「す、すみませんでした! 僕が悪かったです。許してください。なんか喋ってください。というかリリ先輩のお話がもっと聞きたいです!」
「……そう、じゃあ言葉じゃなくて態度で示すべきだわ。そうは思わないかしら?」
彼女はその冷たい視線を温めることなくそう吐き捨てた。
「た、態度?」
「そう、態度」
「それは具体的にどういう?」
「さあ? それはあなたが考えることではないの?」
「たしかに……」
というわけで僕は、土下座した。
正直もう恥部とかおもっくそ見られてるし、あんまり恥とか体面とかなかったのである。
早速パシャパシャと音がする。
また写メられているらしい。こんなブサイクを画像として残してどうするのだろうか。
カメラがかわいそうだ。もっとかわいい女の子とか綺麗な景色とかを撮った方がいいと思う。俺がカメラだったらキレてる。
「ふふ、よくできまちたね~」
彼女はそう言って俺の頭をよしよしと撫でた。
「ひぎゃあ!」
赤ちゃん言葉!? 赤ちゃん言葉だと!?!
「あなたこういうのでも喜ぶタイプなの……? ほんっとーに終わってるわね……」
「誰だって甘やかされたいですよ。辛い世間で暮らしているのだから!」
「同意してあげる」
「顔のいい女でも苦労とかあるんですね」
「生憎、顔というか、頭もいいものだから」
頭のいい女性はそんなこと言わないと思います。
「はあ」
「そういうわけだからほら、早く私を甘やかして?」
「ええ……。なんで俺は「呼び出しに応じなければ例の写真をばらまく」的なメッセ送ってくるようなヤバイ女を甘やかさなきゃいけないんですか」
「あら、こんなかわいい女の子に束縛されて喜ばないとかあなたってサイコパスなの?」
「その発想こそがサイコパスだし、束縛というかただの脅迫なんですがそれは」
「でも昨日あなた言ったわよね? 私に絶対の忠誠を誓うって、エディ研に入部するって、リリ先輩に一生懸けて奉公する――具体的には二億五千円貢ぐって!」
「最後だけ言ってないんですけど! しかもそれ生涯賃金じゃん!」
「あなたと仲良くなりたくて冗句の一つでもと勇気を出して言ってみたら、なんなのその言い分は! 酷いわ! 学生センターに訴えてやる!」
「どう考えてもあなたが負けますけど!?」
「まあその結果、あなたの痴態を捉えた図像が大学側に公開されて、最終的には私が勝つんだけれどね」
「地獄かな?」
「私に逆らった愚民が地獄に落ちるのは当たり前のことではないかしら?」
「あなたが神か」
「イエス、アイム、りりえる」
すまし顔で冗談を言うリリ。
でも、その表情があまりに平然としているので、もはやこいつ本気で自分のこと神だと思ってるんじゃないかな? とさえ思ってしまう。
というか、さっきからこの人ふざけたことばかり言ってるくせに、顔は元のいい顔のままだからすげえ違和感が……。
ただ、意外ではある。美し過ぎる程に整った彼女の顔はどこか、機械的で、他者を拒むような感を受けるのだけど、その実、ここまで雑多な色を見せてくれるとは。
第一印象から、彼女がここまでおどけることの出来る人間だとは、きっと誰もが思いもしないことであろうに。
容姿の優れた人物特有の近寄り難さ。それが、向こうから近寄ってくる日が来るなんて。
今までの暗い経験から、そこに打算的な恐ろしさや虚飾を覚える。だが、彼女はどうも飾っていない。内面の素顔でも、殴りかかってくる。毒や傲慢に溢れたそれで。
美しい花弁だけではなく、鋭い棘も、根に溜まった毒素も、彼女は曝け出している。
故に、不思議と、俺は普段なら滅多に開かない心を開きかけているんだろう。
まったく、おめでたすぎて反吐が出る。
でもさ、やっぱり、かわいい子に話しかけれれたら舞い上がるよなあ……。
目前に竚む、造形の大変素晴らしい異性の顔面。
もはや抗いようのない美しさが、そこにはあった。
と、意図せず彼女に見とれていたらしく、
「ん? あなたオタクだから愛称とか好きでしょ? 気に入ったんならそう呼んでもいいのよ? りりりんでも可」
「お断りします」
ったく、怪訝そうに小首を傾げる様も、一々雑誌に載ってそうなくらいかわいい。
「他にも、あーりーとか、ありりなんかもいいわね」
「自分大好き女だな、あんた!」
「そうよ!」
「もはや羨ましいくらいですね。あーリリ先輩かっけー」
茶化してそう言ったけれど、羨ましいというのは本心だった。自分にそこまで自信が持てるというのは、俺みたいなゴミ人間からすれば、羨ましいことこの上ない。
「違う! かわいい、でしょ!」
「いや、知らないですし。もう甘やかしてあげたんだし、いいっすか帰っても。というか写真のデータ消してくれません?」
「嫌よ」
「ええ……」
「今日は記念すべきエディプスコンプレックス研究会の第一回定例会を行うわ。参加しなさい。もし逃げたら――わかってるでしょうね?」
「わかりましたよ。じゃあ、他の部員とかはいつ来るんですか?」
まあぶっちゃけ顔のいい女性と話せるまたとない機会だ。彼女の行動理念はまるで理解不能だが、少しだけ付き合ってみるか。大学生ってのは、基本暇な生き物だから。それを非日常に投じたいと、誰が思わずにいれようか。
と、少しだけ乗り気になったところで、
「来ないけれど?」
「は?」
「だって、いないもの」
「この部はね、私とあなたのふたりきりなの。どう、興奮した?」
にっこり笑う彼女の綺麗な顔が、なによりも恐ろしかった。
「助けてえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
絶叫が狭い室内に木霊した。
「というわけで、第一回エディ研定例会、スタートよ!」
「……」
「なに黙ってるの? そこはイエーイとかFUUUUUUとか拍手とかまだ来たばっかりーとか言うものでしょう?」
「いや、そんなライブでもあるまいし」
つーか最後のはおかしい。
「今から始まるのは事実上、私のトークショーなのだけど!?」
「演者がゴミ」
「へえ……」
すっと携帯へと伸びる細長い指。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
「そう、それで?」
「やー、ミス法盟とでも言うべき美貌をもち、つまり言うなれば学園のアイドルであるりりえるの智慧溢れるお話がこんなに至近距離で聞けるなんて今日はいい日だなあ」
「そうね」
当然でしょ、とでも言いたげな顔で目を細める。
むかつくが、その様もやっぱりかわいい。く、悔しい……。
「で、リリ先輩、定例会ってなに話すんですか?」
「いい質問だわ。我が第1の奴隷、ツクル」
「あ、はい」
「それはね、いかにして私を甘やかすか、その具体的方法と手順についてよ!」
「ええ……」
「昨日も言ったと思うけれど、私はね、愛されたいのよ」
「はあ」
「なに? その、F欄大学生が座学受けてる時みたいな顔。喧嘩売ってる? ねえ、愛されたいという欲求。それがなにか、おかしなことかしら? 悪いことかしら?」
「いや、おかしくはないですけど。少なくとも、人を脅したりするのは悪いことなのでは?」
「あなたを救うために、仕方なかったの……」
不意に俺の手を取り、うるっとした瞳を向けるリリ先輩。
思わずドキっとする。
ほんと顔いいなこの人。
って、あぶないあぶない。見蕩れちゃダメだ、見蕩れちゃダメだ……。
「え、いつ俺が救われたんですか!? なにから?!」
「んー、悪意とか?」
そう言いながら、握りしめた俺の手に爪を立て始める彼女。
「今あなたのそれにおもっくそさらされてると思うんですけど……(名推理)」
「大丈夫、これは善意よ。あるいは、愛ともいうかしら。きみの傷口を舐めたい!」
「だとしたら歪みすぎでしょ! やっぱりサイコパスじゃないか!」
「ねえ、ただの頭のおかしな人、みたいな意味でサイコパスって使うの、誤用なのよ」
「クソリプで話をそらさないでくれません?! しかもさっきリリ先輩もその意味でつかってましたよね!? ブーメラ……」
「毎日タレントのおはようございますツイートへ律儀に返信してそうな面構えでよくそんなことを言えたものね! クソリピストがクソリプについて語らないで! あなたみたいな雑魚は一生黙っていいねとリツイートだけしてるがいいわ!」
はい! すみませんでした!!!
「つまりね、エディ研ってのはそういうサークルなの」
ややあって、彼女のわけのわからん説明は終わった。
まあ、つまり、雨宮リリへ粛々と愛を捧げる為だけのサークルがこのサークルらしい。
イカれてやがる!!!
俺はいままで数々のエロゲやらラノベやらで非実在性謎部活を目にしてきたつもりだが、こいつあ群を抜いて非実在性存在だ。
だが、目の前の美女、雨宮リリはやってのけた!
圧倒的美貌とその自身の美貌への圧倒的自身によって!
活動方針が自身を崇拝させるだけというなんら生産性の無い意味不明なうんこおぶスカトロニクスなサークルを、今、此処に、最低最悪卑劣悪辣極まりない姑息な手と色香を使い!
誕生させた!!!
そして、その記念すべき設立メンバーに、俺は最初に名乗りを上げる!!!
死にたい……。
「そんな顔したって無駄よ。あなたはもう、逃げられない。例の写真だけじゃない、あなたのツイッターアカウントから、かつて投稿していたゴミみたいな再生数の動画、実家の所在地に至るまで、私は把握している。ねえ、そんな人間の機嫌を損ねたらどうなるか、わからないなんて言わないわよねえ?」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!なんなんだこの女あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
なんで俺以外だれも知らないはずの投稿動画まで知られてるんだ……。
「この女だなんて、大きく出たわね……」
「すみませんでした、リリ先輩」
「こらっ、りりえる、でしょ?」
「りり……える……」
「きもっ」
物乞いを蔑む中産階級のような目。
「理不尽過ぎる……」
「この世は得てしてそういうものよ」
「それには全面的に同意しますけど」
「気が合うわね。やっぱりあなたをこのサークルに誘ってよかった」
この人と気が合うとか嫌すぎるんだけど……。
つっても、実際あの妙に惹かれるビラをつくったり、どこか気になってしまう奇行を広場でしていたのは、恐らくこのリリ先輩その人なのだろうから、それは忌々しいことに事実なんだよなあ……悲しいことに。
悔しながらもそう思ったので、聞いてみる。
「リリ先輩は、やっぱり大学が嫌いなんですか?」
「ふふ。そうよ」
彼女は今までで一番嬉しそうな表情で微笑んだ。
「だから、こんなこと?」
「ええ」
「頭おかしい……」
俺はそう言いつつ、学校が嫌いとまっさらの笑顔で言う彼女に、親近感からか、好感を抱いていた。
そんな俺に、彼女は言う。
「でも、あなたはずっと、きっと昔から、こうやって日常をぶっ壊すような出来事を待っていたんでしょ? 例えば、いきなり特殊能力が使えたら、とかね。どうせ嫌いなクラスメイトの一人でも、かめはめ波で吹っ飛ばしたいとか思ってたんでしょ?」
「そうですね。それは僕みたいな陰キャにとって永遠の夢ですよ」
あるある過ぎる。それはもはや現代病の一種とも言えるのかもしれない。
「あるいは、空から突然美少女が降ってこないかな、とか」
「はい。恥ずかしながら」
それこそ、ベランダにシスターでも引っかかてねえかなと何度思ったことか。
今日だって、帰り道に空を見上げれば、何度だって思うだろう。
すると、青天の霹靂。
「で、それが私じゃ、ダメなの?」
「……!」
こいついま、なんてった?
私じゃ、ダメなの?
はあ……?!
思わず瞬きする。
眼前には、確かに美少女が、いた。
「ねえ、ダメなの? どうして?」
そう尋ねる目の前の彼女は(て、顔ちかっ!)、おしゃれで、かわいくて、目も横長で大きくてエロくて、睫毛も長い。唇なんかぷるっとしていて、果てしなく扇情的だ。肌も、こんなに近くで見ているのに、毛穴なんてないんじゃないかってくらいに、綺麗。ゆるくカールしているピンクアッシュの髪も、無造作なようでいて、きっと途方もない手入れをしているのだろう。美しい。思わず手で絡め取りたくなる。そして微笑みの中、密かに光る純白。歯並びもいい。そのくせ八重歯なのがあこぎだ。
ずるい。こんなん萌える。かわいい。
そんな美女の甘い吐息を間近で浴びて、俺は、ぼーっとしてしまう。
「え、ああ、うーん」
「だって私はかわいい。まず間違いなく、この大学で一・二を争う位にはかわいい。そんな美少女に、あなたは無償で構ってもらえる。これの何が嫌なの? なに? あなたのそのまたぐらについた突起は飾りなの?」
彼女はうっとりと俺の目を見つめ、時折こちらの体の部位をつーっと撫でながら、蕩蕩と語る。
なんだか吸い込まれるような、それでいて逆にこちらの内部が犯されていくかのような、不思議な感覚。でもどこか、気持ちが良い。
きっと麻薬ってこんな感じなんだろうって思うくらい。
「……」
たしかに、こんなかわいい女の子と無銭で話せるというのに、さっきからなんで俺は文句ばかり言っているんだ?
そんな問さえ浮かんできた。
だが、次の言葉でこの催眠は解けた。
「あ、そっか。使ったことないんだから実質飾りみたいなもんか。ごめんなさいね、わかりきった事実に言及して。傷付いたんなら謝るわ」
「か、飾りちゃうわ! 毎日使っとるわ!」
主に、自家発電のために! 毎日! この無限に再生可能なエネルギーに慄け!!
「キモい。次セクハラしたら殺すから」
「いや、元はといえばそっちからじゃないですか!」
「セクハラを訴えていいのはかわいい女だけよ!」
「フェミニストに殺されますよ!?」
「と、冗談はさておき」
「あんたの冗談わかりずらいんだよ! というか、冗談にかこつけてただ悪口言ってるだけでしょ!」
「そうね、基本的に冗談というのは教養がないと楽しめないものだから。仕方がないわ。諦めず、精進なさい」
あ、そう、ですか。
……がんばる、ぞい(白目)。
「で、話を戻すけど。あなたの求める非日常を、私というこの偉大なる美でもって与える。その見返りとして、あなたは私に愛という普遍的なものを与え、私は逆にそれによってなんてことのない日常を得る。どう? ウィンウィンでしょ?」
そう言いながら、彼女は部室に備え付けのホワイトボードに、王冠を被った卑猥な女と這い蹲る豚の絵を描き、ハートマークと矢印で結んだ。
ちなみに俺は、その内容より何より、あまりの絵の下手さに引いた。(でもなんでこの人ちょっと自信ありげな顔してるんだろう……? て、やめろよ、その絶妙に子供っぽいアンバランスな表情。ちょっとだけかわいいとか思っちまうじゃねえか……)
「ええ……、じゃあなんですか、あなたはぼくの彼女にでもなってくれるんですか?」
我ながら、陰キャにしてはなかなかに大胆な発言をしてしまった。
これも全部、この胸のトキメキのせいだ。
「はあ?」
が、ちょっとときめかけていたちょろい心は、そう言って向けられた軽蔑の目で死んだ。
「なぜそこで俺を未開集落の風習を見るような顔で見る?!」
「え、だって私があなたの彼女とか……ありえないし、キモイし。なんなの、その突飛かつ気色の悪い思考? 普段から『出会って三秒で合体』みたいなビデオばっかり見てるからそうなるのね。気持ち悪い……」
「や、み、見てねーし!」
へ、偏見止めろォ! つーかビデオはそんなに見ねえし……、主にゲームだし……。
「黙って。いま私はあなたが本当に『出会って三秒で合体』シリーズを見ているか見ていないかの真偽なんて一欠片も興味がないの。心の底からどうでもいいの。むしろそんなもの知りたくないの。悪寒さえ覚えるくらいに。だからね、ここで私が言いたいのは端にあなたがそういうのを見ていそうな人間だと私から認識されている、その確固たる事実だけなの。おわかりかしら?」
「あ、はい」
「だからね、あなたはそんな社会的に終わった場所に位置する自分に対して目をかけ、あろうことか優しく話しかけてさえくれている自分とは違って遥か高みに座する天上人――即ち私――にもっと感謝すべきなの。わかる?」
「あ、はい。ありがとうございま……って違うでしょうが!」
饒舌な語り口(とその妖艶な目つき)に危うく騙されるところだった……。
雨宮リリ……、恐ろしい女……!
「はあ……。なんなの、あなた? なかなか懐柔されないわね……」
彼女はやれやれというように、両手を上げた。
「逆にあんたはなんで懐柔されると思ってんだ……」
「じゃあいいわ。全く、疑心暗鬼になりすぎて性欲にすら素直になれないから、あなたはいつまでたってもそんなどうしようもない社会不適合者なのよ」
「これまでの人生で、こんな罵詈雑言を浴びせかけれる謂れのある悪事を、俺が一体、いつどこでなしたというのだろうか……」
「むしろ何も成してないから言われてるんでしょう?」
あんまりだ……。これでもし俺が美少女だったら、むしろそれは希少価値となるのに。
故に俺は、その、男女共同参画社会に蔓延る闇について、思いの丈を叫ぶ。
「処女と同様の価値を、童貞にもください!!!」
すると、
「あなたと私に同じ価値があると思ってるの? 冗談じゃないわ」
彼女は、ちゃんちゃらおかしいってな感じで、鼻で笑った。
しかし……。
「え……?」
それはつまり……?
「な、なによ」
怪訝そうにする俺を訝しんだのか、やや怯え混じりの棘が飛んでくる。
「えっ、え?」
俺はその堕天的ひらめきを、どう紡いでいったらよいものかと、コミュ障特有の吃音を発揮してしまう。
そんな俺を忌々しげに見つめるリリ先輩(でもそんな表情もそそる……)。
「なに?」
「もしかして、処……女……?」
「あっ……」
瞬間、信じられないことが起きた。
あの、人を人とも思わぬ発言を繰り返し、まるでこちらを穢多非人かの様に扱っていた鬼畜外道悪女であるところの羅刹、雨宮リリが、不意に押し黙り、そして……、
赤面したのだった。
そのすべすべで肌触りの良さそうな白い頬を、そこにかかるピンクアッシュよりも、赤く染めて。真っ赤に。
しばらくの気まずい沈黙があった。
ぶっちゃけ俺は、今明かされた衝撃の真実に驚きよりも興奮が優ってしまうようなスケベ野郎であることには間違いないのだが、その衝動のままに叫びだす程に無神経な人間ではない。悪く言えばチキン。
だから俺は、「リリ先輩、そのナリで処女とか滅茶苦茶興奮するんですけど!!!」などとはとてもじゃないが言えず、かといって、他に宛てる言葉があるわけでもなし。よってただ、押し黙るしかなく。
目前で恥じらいの表情を浮かべる上級生を、じっと、見つめて――。
するとそこには、さっきまで威風堂々とこちらを見下していた高慢な女の姿はなく、不安げに目を逸らしてあくせくと動かす、一人の不確かな、余裕のない、少女がいた。
両手をぎゅっとグーの形にして、衣服の裾を握り締めて。
その手は心なしか、震えているように見えた。
そんな彼女を、俺は眺めている。
なぜか、動悸が早まってきていた。どきどきする。あつい。
永遠に感じる時間。不意に思い出される昔の記憶。高校の時、試合直前に怪我をして、それでもグルグルにテーピングを巻き、無理やり試合に出ようとしたあの時の事。
どうして、そんな嫌な記憶を思い出すのだろうか。
わからない。
でも、今目の前にいる、この痛ましい女性を、かわいいと思った。
心から。
そして、ついさっきまでの、虚勢も。
と、
「ふふっ……」
小さな笑みが聞こえ、
ガタッ!
更にはそんな音と共に、リリ先輩が立ち上がった。
「……」
しかも、あろうことか俺と彼女に挟まれて配置されている、この長机の上に。
相変わらず無言なのが不気味だ。加えて、目を伏せているせいでより恐ろしい。
未だ頬は赤い。
しかし、どこか先程までとは雰囲気が違う。まるで、手負いの虎。
感じる、圧倒的、プレッシャー……!
一体、何をする気なんだ……(戦慄)。
考えるだけでも、昨日の悪夢を思い出して身体が強ばる。
震えながらも、なんとか口を開いた。
「ど、どうしたんですか、いきなり……。そんなとこに立つなんてお行儀が」
言葉は、投げやりな何かに遮られた。
「めいでんぱーんち!」
キックだった。
ホットパンツの下で盛大にその魅力を発散している、すらっとした太腿。そこから伸びるお綺麗な膝小僧。その頬擦りしたくなるように形の整った膝が、目と鼻の先に迫り……。
「ごっ……!」
処女の逆鱗によってもたらされた膝蹴りが、禁忌に触れし童貞の意識を、いとも容易く刈り取った。
「倉本……くん?」
俺は、そんな声で目を覚ました。すーっとよく通る声が、寝起きの頭に残響する。
目を開けば、教室。
どうやら講義中に眠ってしまったらしい。
そして、途端に覚える目元のズキリとした感触は、昨日あの女にやられた傷。とはいえ、悔しいが実はあの後、二人で軽くボードゲームなんかをして遊んだ。楽しかった。すこぶる楽しかった。帰り際、奴に「なんだかんだ言って楽しんでるじゃない」と軽口を叩かれたのに、何も言い返せなかったくらいだ。なんなら、次が楽しみだなとか血迷ったこと考えてしまったくらいだ。うん。で、でも勘違いしないでよね! 別にあの女の可愛さにやられたとか、そういう下心なんかじゃあ決してないんだからね! 単純に普段一人遊びしかしてなかったから二人でやるボドゲが異様に楽しく感じられてまたやりたいと思ってしまっただけなんだからね! 勘違いしないでよね! ぼっちの弱みを抉られただけなんだから! あいつのことなんか全然好きじゃないんだからね!
……いや、なんなん? 我ながら、俺の脳内残念過ぎひん? 不意にツンデレるな。
が、現在、そんなことはどうでもいい。
このよくわからん現状を再確認だ。
「倉本くん、だよね?」
さて、なぜか、隣の席ではどことなく見覚えはあるがよう知らん女が、そんなことを俺に向けて尋ねている。しかも、講義終わりで閑散としている教室内で。ナニコレ?
「え、ああ、はい」
もちろん、「どっかで見たことあるような……?」レベルの女に突然学内で話しかけられて、咄嗟に流暢な反応が出来る程、俺は社会適合者ではない。
しかも、眼鏡美人と来た。まあ、マスクで下半分をごまかしこそしているが。
俺は、心の警戒レベルをオレンジにまで引き上げる。
「えーと、何か用ですか?」
同学年なのどうかもわからんし、一応敬語。というか、同学年だったとしても親しくなるつもりはさらさらないし、更に言うと同級生との距離感がもうこの穢れた身にはよくわからないので、敬語一択。
すると、謎の女はにこやかに
「もー同学年なのになんで敬語ぉーーー??? ウケるーwww」
「……。」
あ?
ウケねえよ、うんこ髪女。なにわろてんねん。……冷え切った心が、そう口走る。
や、やだ、俺ったら、もう少しマイルドに言わなきゃ!
あー無理――!!! この茶髪クソ女学生、俺の一番苦手なタイプーーーwww。その作り笑い、吐き気――――wwwwww。
と、うんざりした気持ちが顔に出ていたのだろうか、彼女は目の前で両手を合わせると、こんなことを口走った。
「あー、ごめんね。あたし、猪俣結霞(いのまたゆいか)。ちょっとゼミのことで相談したくて。倉本くんも、有坂ゼミ入るんでしょ?」
そして数分後。
俺はなんと今、食堂に座していた。あの、親の仇が如く毛嫌いしていた、憎き食堂に。
なぜか?
なぜそのような己の義に反すような敵地に?
それは……。
「というわけでさ、一緒にごはん食べない? 倉本くんもごはん、まだだよね?」
と、あまりにもナチュラルに、およそ初対面の偏屈な人間に対して取ることは不可能な提案を行い、そしてあろうことか、そのまま承諾も何もないままに相手の手を取り連れて行くという強引な方法、即ち、半ば拉致と行っても過言ではないような犯罪的手際によって、為すすべもなく、この、俺が、同期の猪俣さんに食堂へと連行されてしまったからである!
お、恐ろしい……。
俺はリア充の恐ろしさというのを実感した。
なぜなら、彼女はここに至るまでに、陰キャの俺なら臆して二の足を踏むどころか考えもしないような蛮行を、平然と、且つ、赤子の手を捻るかのような容易さで、やってのけたのである。
例えば、知り合いでもない人間に、いきなり二人きりで話しかける(しかも異性)。知り合いでもない人間を、起こす!(しかも異性)。 知り合いでもない人間の、手を、取る!(しかも異せ(ry。知り合いでもない人間を、食事に、誘う!(しかも異(ry。知り合いでもない人間に話しかけ、それでいて、会話を、途切れ、させない!(しかも(ry……!
もはや、種としての出来栄えの問題ではない。違う。種族が、分類が、違う。
さて、そんな別種、猪俣さんは、俺と机を挟んで、学食のうどんを食べている。
とりとめのない会話なんかをしながら。
ちなみに俺は、ラーメン(本当は学食のラーメンになんて金を出したくなかったが、俺だけ何も食べないというわけにもいかなかった……)。
「倉本くんはさー、バイトとか、してるの?」
「日雇いのを、たまに……」
「へー、日雇い? 学生でも日雇いとかあるんだー。あたしー、バイトとかしたことってなくてさー、興味あるんだよねー」
「だったら……すればいいんじゃないですか?」
同学年なのにと言われてしまった手前、どことなく使いづらい敬語。だが、ここで諦めるようなら、俺は陰キャではない。そのポリシーがために、たとえぎこちなくとも、俺は敬語という己のパーソナルスペースを守るための防護兵器を、放棄する気はなかった。
「それがさー、ちょっとねー、こう見えてあたし、忙しくって」
彼女はそう言って、茶に染まりしポニテを撫でた。
こう見えてってなんだろう? 自分の容姿が優れていることの自慢か?
なんて、卑屈になってても仕方ないし、真面目に考えてみる。
彼女、結構小柄だけど、実は体育会系でバリバリやってるとかなのだろうか? 見た目からしたら、チアリーダーとかバンドとかやってそうな、いかにもな感じだけど。快活。
「そうなんですかー。忙しいってのに、わざわざ俺なんかとお昼一緒してくれてありがとうございますー」
考えてもようわからんかったので、結局ナチュラルに卑屈な回答をしてしまった、
「あははは、こちらこそーーwww」
え、なんで笑ってるんだろう。というか、どことなく性格悪そうな笑い方するな、この人。なんか心が冷えてるというか。あと、見た目はそんなでもないんだけど、どことなく、ギャルっぽい。特に、目の端。
そう思って注意して見てみると、目元だけは、笑っていないように見える。
え……?
心臓を掴まれるような、底冷えがした。
そして、口元だけの笑みが、ぐいっと、こちらを食ってかかるように、錯覚して。
その、刹那。
「気付いてないの?」
体中が、凍り付いた。
唐突な彼女のその言葉には、それだけの、圧がこもっていた。声が、重い。
「ど、どういう……?」
困惑する俺を睨めつける、彼女。
ヘビににらまれたカエル状態の、俺。
そして、
「ううん、なんでもない。マスク外したからわかったのかなと思ったんだけど……、ま、それならそれで別にいいや。後でにしよ?」
彼女がそう言って微笑むと、俺は、まるで本命企業の面接を終えて部屋を出て、ほっと一息つく就活生のように、緊張の糸をほどいた。
それくらいのプレッシャーを、さっきまでの彼女は放っていたのである。
一体なんだってんだ……?
浮かぶ疑問。
が、その答えは、なんとなくわかった。
「いやーでもさー、あたしも友達いなかったから、助かったよー。あたし、実はなかなかにぼっちでさー、ゼミとかヤバイって思っててー。もうみんなグループみたいなのー、1、2年の時に作ってたぽかったからさー。やー、だから倉本くんと友達になれてよかったよかった!」
俺とゼミが同じ、ということは、同じ学科、即ち彼女も哲学科生ということだ。で、哲学科には変人が多い(自己紹介)。だから、彼女もこれだけ社交性があるにも関わらず、これまで友人が一人もいなかったということは、その例に漏れぬ人物であった、ということだろう。
あと、なんか見覚えがあったのはきっと同じ学科だったからだ。合点した。
「あ、うん、こちらこそ。よろしく」
「よろしくよろしくー!」
ところで、この人、さっき変なこと言ったね?
『倉本くんと友達になれてよかった』……?
ん……? 俺達はいつ友達になったんだ……?
え、なにこれは? 世にも奇妙な物語か何か? 出会って数分で友達? 友達ってそんな簡単な契約なのか? 魔法少女になるよりも簡単だな! だって友達ってあれでしょ、命を投げ打ってでもお互いのことを助け合うような、そう、例えばメロスとセリヌンティウスのような硬い信頼と絆で結ばれた何物よりも尊い、言わば家族が如き関係だよね? それこそ、兄弟の盃を交わすのと同じくらいには重い、さ。それがなんだ、この女? 一緒に食事を共にしたくらいで……、ん? 一緒に食事を共にした? つまり同じ釜の飯を食った……? そう、同じ釜の飯を食った、つまり……家族? 家族は友達……? ということは、俺と猪俣さんは友達……?
友達ってなんだ……?(哲学)
そんな下らない思考の迷路で遊ぶ間もなく、彼女が話しかけてくる。
「そういえば、次の時間授業ある?」
「ドイツ語の補修が……」
「え、倉本くんも!? びっくり! いっしょだー」
「猪俣さんも補修あるんですか?」
「そ、ちょっと出席日数たりなくてねー」
「あー、なるほど」
絶望的に見た目通りの人間だな……。
「教室どこー? もしかしたら、一緒だったりするかもよ?」
まさか、そんな、ゼミが同じだけならまだしも、補修のクラスまで一緒なんて偶然、あるわけ……。
「おおー、外堀の202! いっしょじゃん!」
まじかよ……。
「じゃ、このあとのドイツ語も、よろしくね!」
にこっと笑いかける彼女の笑顔は、どうも作り物染みていた。でも、それはぎこちないというわけではなくて、ただ、心がこもっていない感じがするというだけで、いたって、美しい。精巧だ。充分過ぎるくらい、絵にはなる。
ただ、彼女の笑顔は、どこか悲しいなと思った。
そこに、警戒してしまう。
まして、つい最近、女性関係でひどい目にあったばかりだ。唐突にこんな陰キャに近付いてくるような意味のわからん女には、警戒しなければ。きっとろくな女じゃないだろう。やべえやつに決まってる。なにか恐ろしい目論見があるはずだ。それを、見極めねば。
というわけで、俺は、そんな妙にこちらの心へしこりを残す、ワケアリっぽいけど見た目は普通のウェイ系の美女と、なぜか『友達』となってしまったのだった。
一週間後。
この間、猪俣さんに声をかけられた講義のあった教室にて。
ちょっと早く着いてしまって暇だなーというわけで、席についてふとスマホを開くと。
俺のラインには、二つの通知が来ていた。
脅迫と、謝罪。
片方は、言うまでもなく、雨宮リリによるもの。
サークルという名の強制お遊戯会への参加指令。
そしてもう一方は、猪俣結霞から。
昨日のゼミ欠席の謝罪と、その回の講義で行われた内容を、今日の語学の授業のあとで教えて欲しいというものだった。
なるほどね、まあそんなことだろうとは思ったよ。
つまり、彼女は、俺を、己が単位を取るためだけの、『友達』として近付いて来た、というわけだ。彼女は俺を、単位取得の為の道具として行使するつもりらしい。
あらかた、その綺麗な顔面で頼み込めば、俺みたいなキモオタっぽい男くらい簡単に言うことを聞かせられるだろうと、下劣な頭で下卑た笑みでも浮かべながら考えたのだろうが、甘いね。この俺の答えは、もちろんノーだ。
そんな、人間を手段として利用し、己が利益の為だけに使い潰そうとするような打算的糞女に、俺が屈すると思ったかよ、資本主義に媚びり腐った娼婦が!
その悪徳工場主の見下げた豚面にギトギト醜く光る脂の様に不道徳な計算式を、このキモオタが徹頭徹尾ぶち壊してやる! 本当の現実ってもんを見せてやるよ! この暗く淀みきった深淵の魂による最下流階級的怒りの鉄槌でもってなあ! 喰らえビッチ! 貴様に絶望という言葉を教えてやる!
そういった汚い気持ちで、俺は彼女にラインを送った。
『今日はサークルがあるんで、ちょっと。申し訳ない』
情けない!
なんて情けないの、俺!
俺の心はこんなにも醜く汚いのに、このありのままを、文字化できない!
指が当たり障りのない言葉しか選んでくれない!
しかも、「そのふざけた哀願を荼毘に付してやる!」ぐらいの気持ちで臨んでいるというのに、むしろ謝罪しちゃったよ! ああもう、なんなんだよ、俺! おおん!
と、終わりのない自己批判に時間を費やしていると、返事が来た。
『そっかー、じゃあ仕方ないねー。てか倉本くんサークル入ってたんだ!(びっくり!みたいな顔をした絵文字。俺は心が汚いので煽られているように曲解してしまい、ヒリつく)』
『まあ、一応』
『えー、なんてサークル?(首を傾げる黄色い丸坊主の絵文字。これまた煽っているようにしか見えず、ヒリつく)』
にしても、なんか結構返信してくるな、この人。
や、ナニモン???
だって、こいつ、俺のことなんて微塵も興味がないんじゃないの? なぜこんなどうでもいいことに時間を費やす? お前からすれば俺は体のいい単位取得補助装置だろう? 故にお前は単位にこそ興味はあれ、そのアシストをする機械でしかない俺の構造や仕組みに興味を持つはずなどないだろうに。なのになぜ、それを尋ねる? そこに時間を浪費する手間を取れるのであれば、むしろその無駄を省き、お前自らが単身単位の為努力したほうが効率はいいはずだ。何故そのように非効率的な行いをする? なんなんだお前は!? 資本の枠組みの中で生物的且つ無秩序に流動するな!
そう頭を悩ませながらも、彼女とのラインのやりとりは続いた。
すると、挙句の果ては、飼い犬の写真が送られ、かわいいでしょ? とか、まるで文脈とは関係のない意味不明な自慢さえされた。
あ?
はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?
なんなん??? 確かに犬はかわいいが? ついでに言うと、お前の顔もそれなりにかわいいが? とはいえ俺は猫派だが??? や、知らんが?? あ? なんなんだ? ああ?! わけがわからん! 勘弁してくれ!
例えばね、俺がイケメンだとか、金持ちだってんなら百歩譲ってわかる。
でも、違う。取り立てて優れた何かはない。
それどころか非社交的でコミュ症でキモオタ、それもエロゲーマーの声豚だ。
魅力がない! 皆無!!!!
なのに、なぜ近付いてくる?! 猪俣! お前は、なんだ! もはや、怖い!
単位の為の連絡だけしてくるならわかる。逆に目的が明確な分、安心。
でも、それ以外のは、怖い! 止めて! わけがわからないから! お願い!!!
しかし、願いは届かないらしく、倉本くんのサークル見てみたい、とか言われた。
おいおいおい、冗談だろ?
と思い、その旨をオブラートでラミネート加工して穏便に伝えたところ、
『ダメかな? 今日逃したらしばらくいけないだろうから、いってみたいんだけど……』
という結構ガチっぽい返信が来てしまった。
まじかよ……。
なんなんだよこれ、苦難かよ。
どうやら、本当の本当に本気らしいので、我等がリリ先輩に念のため連絡をいれると。
『ねごとはねていえ』
簡素かつ強烈な下知がくだされた。
そんなわけで、女帝の認可を頂いた俺は、大手を振って、
『ごめん。サークルの会長が今日はだめだって』
という、まだ普通なら新入生をバリバリ受け入れているはずの時期にもかかわらず、それとは真逆を地で行く決断を下したリリ様の天晴れなご英断を伝える。ちなみにこれは、自分の所属しているサークルはまともではありませんよと喧伝しているようなものである。
けれど、猪俣さんは、あなたの所属しているサークルってまともじゃないんですね、などと言うことはなく、『そっか、無理言ってごめんね』と、淑女的返答を返してくれた。
また、これに加え、俺の好きな『アイドル娘』というゲームのキャラクターが、かわいいポーズをとっているスタンプまで添えて。
ふむ。
猪俣さんも『アイ娘』とかやるのか……と、ちょっと驚いてしまう。あれって純度百パーセントのキモヲタ向けゲームだと思ってたんだけど。それとは完全に真逆に位置していそうな至って陽存在であるところの彼女が、あれを知っているというのは意外性がすごい。
くそっ、俺の中でちょっとだけ彼女に対する好感度が上がっちゃたじゃないかっ!(ちょろ過ぎるオタク)
でも、これでなんとなくわかったぞ。彼女が俺に近付いた理由。
もしかして、オタク仲間が欲しかったのでは?
それでいかにもキモオタっぽくて与しやすそうな俺を狙ったと。
なるほどなるほど。
まあ、動機としては、単位九割、それが一割ってこだろうが。
やー、しかしこれで一安心だ。
彼女の企みがようやく白日の下に晒されたのだから。人間ってのは基本的に打算で動いているからな、表だけみて付き合うと痛い目を見る。だからその裏側をある程度把握して、目の前の相手が常に嘘をついているのではと、それこそデカルトのように全てを疑いながら生きていかないと、必ず裏切られるんだ。世界中がカントの理想のような、嘘のない世界だったらいいのに、と何度思い、あほくさと吐き捨てたことだろう。世界ってのは嘘がないと回らないんだ。
特に思うのは、容姿の綺麗な奴は、必ず俺に嘘をつく。
優れた奴等ってのは、正直に生きていると、否が応にも周りの愚物どもを傷付ける。だから彼らはきっと、憐れみゆえの優しさと、同調による自己保存のために、嘘を吐く。その憐憫と同化こそが、最も俺達劣等を傷つけるのだと知らずになあ!!
だから俺は、一人で生きる! 低みで孤高に! 傷つかない為に、期待を持たない!
と、いつも通りの帰結を高らかに宣誓した瞬間、
「倉本くん、おはよ」
「へあっ……?」
肩を唐突に叩かれて、反射的に、その柔らかいひそひそとした声のする方を振り返ると。俺の真後ろにで、猪俣結霞が手を振っていた。相変わらずの茶髪・ポニテ・メガネ・マスク。てか、近いんだが?
それで、女性のウィスパーボイスというのを生で聞いたのは初めてだったのけれど(ゲームやラジオでなら無限にある)、あまりの良さに、警戒心がゼロになってしまった、
「となり、いい?」
まるで嫌悪感を抱かせることなく、自然にそう言って俺の横の席を指差す彼女は、やはりかわいらしい顔立ちをしている。少し性格が悪そうな狐顔である上に茶髪ではあるが、微笑むとやや子供っぽく見え、好感触。(ちなみにあのリリ先輩は性格が悪いが、顔自体はそういう感じではなく、冷たくてエロそうな、クーデレビッチ顔だ)
そして、承諾すると、なんの躊躇いもなく俺の真横の席に座ってしまうところに驚く。これが俺なら、コミュ症特有の広漠たるウルトラパーソナル(B・C)フィールドを展開してしまい、一つ座席を挟んだもう一人分遠い位置に座り、その空いたスペースへ荷物を置いてごまかしてしまうところだ。
なんて出来る女だ……猪俣結霞!
女慣れしていない男の真横に平然と接地して着席→当然キョドりだす雄に対しにこやかに微笑みかけつつ、自分から親しげに会話を振り牽制→これによって、主導権を完全に掌握、対象よりも優位に立つ。
この間、わずか数秒……! なんて手管! 確実に百戦によって錬磨された実力……!
これ、友達いないっての嘘なんじゃねえか?
しかし、かくいう俺も、確かに彼女が誰かと話しているところというのは、見たことがない。同じ学科の同期の、名前こそしらんが、顔くらいはわかるのだ。その誰とも、彼女は言葉通りグループになっていないし、話しかけられたりもしていなかった。
謎だ……。
一人頭を悩ませ続ける俺。
すると、
「あー、この人、彼女―?」
そんなわけのわからないことを、猪俣さんが俺のスマホを指差しなが……、
あああああああっ!!!!
そこには、なぜか待受にしないと(社会的に)殺すぞと言いながら送信されたリリ先輩の自撮り画像が映し出されていた。(ちなみに、かわいい)。
「ち、ちがっ……」
必死で言い逃れの言葉を探す。
あ、あれ? でもこれってどう弁解すればいいんだ……?
「え、もしかしてマジなやつ?」
「や、なんというか、その……」
脅迫されてるとか言い始めたら、完全にやべえやつだしなあ……。
どうすりゃいい! クソっ! 雨宮リリ! なんとことをしてくれた!
これならまだ二次嫁の待ち受け見られた方がマシだった。なんか知らんけど猪俣さん隠れオタっぽいし。
しかし、彼女は、止めの刃を突きつける。
「へー、でも彼女―、めっちゃかわいいねー」
おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!
ちーがーうーだーろう!! ちがうだろう!!!!!!!!!!
この、美女おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
あんなの俺の彼女じゃないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!
彼女というか悪女おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
むしろ俺の彼女というか嫁はぬいぬい(推しの名前)いいいいいいいいいいい!!!
「あはは……」
俺は内面の慟哭などおくびにも出さず、乾いて笑う。
中はボーボー、外はカラカラ、なーんだ? 状態。
絶望。
授業開始をを告げる、チャイムが鳴った。
それから約四時間後。
学科の授業を仲良く受け、昼食を仲良く食べ、語学の補修を仲良く受けた、後。
俺は猪俣さんと別れ、エディ研の部室へとやってきていた。
「おつかれー」
入室すると、そんな、ほんわかした、およそ悪魔から発せられたとは思えない声が出迎えてくれるが、勿論、その声の主は、悪魔。リリ先輩である。
って……、はあ!?
「なんつー格好してんですか、先輩……」
彼女はなんと、バニーガールの扮装をしていた(ここで敢えてコスプレという単語を用いないのは、個人的にコスプレという単語はなにがしか原作の存在するキャラクターに扮した装束に身を包んだ場合のみを指していて欲しいという個人的願望を強く表明したいからであり(厄介なオタク)、単なる職業的衣服や制服、及び水着等を纏ったくらいでコスプレものですと言い張り売り付けるアダルト業界に物申したいからである。業界の人、見てますかー。レイヤーものとなりきりものと職業系コスのタグを分けて下さーい。お願いしまーす。ちなみに、僕はキャラになりきったりしないでコスプレしてる一人間としてのレイヤーとハメハメするタイプのが好きでーす。あー美人レイヤーとオフパコしたい!(限界オタク))。
「あなたの情欲を掻き立てるような格好だけれど?」
さて、俺は爆弾発言に対し動じることなく、心の醜さを隠し、常識人を演じる。
「ええ……。痴女か、あんたは……」
我ながら白々し過ぎる……コメント……。
内心では、「えっ、なにその足を覆う網タイツ……、って太腿ォ!!! 鼠径部ゥゥゥ!!! 鎖骨ッ!!! あーーー、ムネッ! ェッッッッ!!!!!!」ってなっていたのだが。端的に言ってありえん掻き立てられてしまっていたのだが。
Q もう、俺ったら! どうして正直にH過ぎるって伝えないの!?
A それをしてしまったら、社会不適合者どころか性犯罪者になってしまうからです。
脳内も、あまりの事態にわけのわからん質疑応答を始め出すくらいに、混乱。パニック。
が、リリ先輩は、変わらずその犯罪的に崇高な顔面で、その美を砕けさせずに、それとは察しづらい冗談を口にする(あるいはマジで本気なのかもしれない。それくらい、真顔)。
「失礼ね。私が仮に痴女だったら今頃あなたの相手なんてしてないでAVにでも出てるわよ」
「差別的発言のレベルがひどい……!」
あなたは今すぐ全国の痴女の方とAV女優の方に謝って……。
「はあ……。あなたがここ一週間大人しく私の言うことを聴き、忠実な奴隷を演じていたからこそ、ご褒美としてこんな出血大サービスをしてあげてるっていうのに。なに、そのうっすい反応? 全く、勃起の一つでもしたらどうなの! それとも、なに、やっぱり不能なの?」
「相変わらず最低ですね……」
そう言っておきながら、立ち上がって腕組みをし、こちらをゴミのような目で見つめてくださるバニーガール宮リリ先輩に凄まじく興奮する、俺。控えめに言って、最低だった。
「あなたのレベルに合わせてあげてるの。ほら、感謝は?」
体をやや仰け反らせ、顎を少し上げ、こちらを見下し、まるで飼い犬(性的な意味で)にお手を求めるような声を上げるリリ先輩。うーん、エロ過ぎ! 官能!!
つーかめっちゃ様になってるし、これを撮ってツイッターにあげたら、四桁いいねくらい簡単に稼げそうなよさみがある。(この人マジで本職なのでは?)。
そしてそうした感想をひた隠し、塩対応をする、俺(アイドルさんって大変なんだなあ……(意味不明))。
「はいはい、今日もありがとうございます」
「よしよーし、よくできました」
言葉通り、よしよしされてしまった。どうしてこの人の手は、こんなにも心地よいのだろうか。それと、罵詈雑言ばかり吐くくせに、こういうことして甘やかしてくるのは、なんなんだろう。ずるい! こんなんストックホルム症候群になるわ。
「ねえ、一生を私に捧げる覚悟を決めているところ悪いのだけど、」
いや、そんな恐ろし過ぎる覚悟は決めてないですけど。大学在学中は仲良くさせてもらいたいなって思い始めた程度ですけど?(……あれ?)
「後ろの女は誰かしら?」
「は? なんですか急に? 怪談でもはじめる気ですか?」
「それよ、それ」
彼女が指さす通り、後ろを振り返ってみると、
「ん……? あっ…………。」
そこには、ショートの茶髪にメガネ+マスク姿の小柄な女、猪俣結霞が立っていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
思わず、ゲームセンターで台パンをするサルの如き奇声を上げてしまう。
「あははー、きちゃったー」
それは、男が一度は言われてみたいセリフナンバー4くらいのナパーム弾だが、まさかその炎がガチで俺のリアルを焼き尽くすことになるなんて、誰が思っただろうか。
「な、な、な……」
「倉本くん、彼女とすごいプレイ? してるん、だねー」
傍から見たらそうなるのか……。
俺は、年上の彼女にサークルという大義名分を傘にして自身の性癖を強要することで、未だ授業中の学生が無数精進の火を燃やしているこの申請なる学び舎においてふしだらな露出も甚だしい売女が如き格好をさせるという背徳に舌舐りをし、挙句、罵られて被虐の涎を垂らす、見下げた畜生のド変態であると思われてしまったのか……!
今後の学生生活、おわりゅ……。
しかも、
「彼女?」
リリ先輩は非常に不機嫌そうな声音でそう言って、俺達を射殺すように睨みつけた。
たすけてえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!
「まああたしー、仕事柄、人間観察が趣味みたいになっちゃっててさー、尾行とかもー、得意なんだよねー。だからー、そういうわけw」
取り敢えず、なぜ、彼女がここに居るのかという根源的な問をぶつけてきたところ、こんなふざけた答えが返って来た。なにわろてんねん。
「あなた、誰?」
そしてリリ先輩は、そんな、取り付く島もない、といった調子の質問というか尋問を、猪俣さんへむける。バニーガール姿なのがシュールだ。
「哲学科三年のー、猪俣結霞でーすww」
「ふっ、哲学科……ww」
草には草をぶつけんだよとばかりに、リリ先輩は初対面の相手にも物怖じすることなく早速嘲笑し、小馬鹿にする。ほんとすげえなこの人。
「まあ、そういう反応ですよね。そこまで露骨なのは初めてですけど」
少しムッとしたように言う猪俣さん。同好の科としてその気持ちはよくわかる。
でも、哲学について学んでる奴及び学ぼうとする奴は大抵ろくでもないし、この資本主義社会で生きようとするにはこの学問は無用の長物である上に学べば学ぶほど精神を病むとかいう最低のシンナーであることは紛れもない事実なんだ。他学科と比べて偏差値も低めだし、変人多いし。実際、偉大な先人であるとされている、社会契約論で有名なジャンジャック・ルソーくんなんて露出狂のマゾとかいう救いようのないド変態だからな。子供を孤児院に捨てた畜生でもあるし。
というわけで、こんな学問を勉強するよりも経済や法律でも学んでたほうがよっぽど為になるという真理は論ずるまでもなく確定的に明らか。
「そりゃそうでしょう。だいたい哲学だの鉄道だの、てつってつくのが好きな連中は総じて気持ち悪いのよ」
相変わらず偏見がひどい。
「だって、ツクルのこと平然とストーキングなんかしてしまうくらい性根が根暗で陰湿なメンヘラ女が三年生にまで昇級出来ている様な学科なんでしょう? お里が知れるわww」
このメンヘラ女、信じられないくらいの特大ブーメラン投げよるな。
すると、
「倉本の彼女、やべえな……」
ぼそっと、そんな胸を抉る様なドス黒い声がした――ような気がした。
え、猪俣さん、マジ……?
そう思い、振り返ると。
「あ?」
荒々しくマスクを剥ぎ取った彼女に、凄まじい剣幕でメンチを切られた。
元々性悪そうだった狐顔が更に歪められ、完全に悪役の顔へ……。
見てはいけないものを見てしまった気がする。
「はー、ざけんなよなー。ったく、聞いてねーし、なんでこんなしょーもねーキモオタにアンタみたいな顔だけなら一級品の女がなびいてるワケ? なに、アンタ金目のもんでも貢がせてんの?」
えええええええええええええ……! 豹変しすぎだろ……。
その一応はかわいい顔が台無しだ。いや、一部の人からは逆に人気かもしれないが……。
「だったら、なに? それがあなたになにか関係ある?」
「困るの! こいつはアタシが利用しようとしてたんだから……。アンタみたいなクソ女になら、この意味、わかるでしょ?」
「ええ!? どういうことぉ?! ふぇえ、わたし、ぜんぜんわかんないよぉ……」
急に目を潤ませ清純そうな顔をする役者ぶりを見せておいて、そんなことをどの口が言うのだろうか。ていうか、こんな馬鹿みたいなことリアルでしてもちゃんとかわいくなっちゃってるリリ先輩、神に愛されすぎでは? 神はもっと仕事しろ。人の上に人、創んな!
「カマトトぶってんじゃねえぞ、ビッチ!」
長机をバンっと叩きながら声を荒げる猪俣さん。怖い……。
だが――激しく同意!
「勘違いしないで欲しいのだけど、別に私はツクルの彼女ではないわ」
「うっわ、かわいそ」
ええ!? なんか勝手に哀れまれたんですけど!?
「けれど、その感想は間違いね。むしろツクルは幸せなの」
「はあ?」
「なぜなら、ツクルは私の奴隷だから」
この人、なんてこと言ってくれる!? 俺のただでさえ真っ黒な大学生活を、これ以上インフェルノにしないでくれませんか?!
「ひゅー、なるほど、オタサーの姫は言う事が違うねーw」
「別にここはオタサーではないのだけど。私、オタクじゃないし」
それに、姫というか女帝って感じだ。
「その格好でナニいってんの?ww」
彼女のその笑いは、カーストの頂点にいるチャラけたJKのそれのような冷ややかさがあり、不可触民(ぼっち)に過ぎぬこの身には、ひどく痛む。心がささくれ立つ。
しかし、これまで、カーストなどという愚民共の慣習とはかけ離れた、遥か高みに位置してきたのであろう、リリ先輩。枠組みの外部よりそれを俯瞰してきた孤高の女傑たる彼女には、そんなもの、なんの障害にもならないのだ。
だから彼女は、目前の女を最高に苛立たせる言葉と表情を吟味して、それを最低な声音とポーズによって表出させる。
「バニーガールの格好がオタク固有の文化だと認識しているあなたの方が、私なんかより、よっぽどオタクなんじゃないかしら? こんにちは、キモオタちゃん。ごめんさいね、私、あにめ? とかいうの、よくわからないの」
すると、
「だまれ、貧乳!」
「チビに言われたくないわね」
低俗な罵り合いが勃発したので、見ていられず。
俺はおずおずと、口を開く。
「あのー、もう少し、仲良くしません?」
けれど、
「うっせーキモオタ!」「あなたは黙ってて!」
意外と息の合った返答が帰ってきた。泣いてもいいかな。なんなん、この女ども。実は波長が合うの? 関係性の百合なの?
全てがどうでも良くなった俺は、ポケットからスマホを取り出し、ソシャゲの周回を開始した。なんてったって今は、ゲーム内の、イベント期間中なのだ。
そんなこんなで、しばらく俺は、泥沼の様相を呈した二人の女傑の口論を聞き、心臓を悪くしながらスタミナを溶かしていた。
しかし、その内容は、あまりに教育に悪く、また、差別用語や卑語が多用されていた為に、誠に残念ながら、その詳細をここで語ることは出来ない。まあとにかく、本当にひどいものだったとだけ言っておこう。
だが、しかして、彼女等は数十分にも渡る斯様におぞましき罵り合いの末、息も絶え絶えに和解したのだった。
「はあ、はあ……。久々に同性と本音で会話したわ……」
「アタシも……」
「それでわかったのだけど、あなた、場末の娼館街で産まれ育ったとしか思えないような最低の性悪女の割に、中々に見込みがあるじゃない。気に入ったわ」
「アンタこそ、実力もないくせに囲いの声だけはでかくて自分がすごいって勘違いしちゃってるバカ女みたいにムカつく顔してるけど、根は素直じゃん。結構好きかも」
罵倒の応酬の具体性がすごい。
しかし、二人はなぜか、満足気に握手を交わした。
お互いに反発し合う、気に食わない、でも、凡百の他人とは違い張り合ってくる彼女を、どこか認めてしまう。そんな感じだろうか。……え、なにそれ、萌える。
――って、やめやめ。あっぶねえ。いつもの癖で。
いやー、今のはアカンわ。ナマモノに勝手に属性付して消費するのは危険すぎる。
「あ、そういえば、名前は?」
あんた、名前も知らん相手によくそんな悪口の機関銃を向け続けられたな……。
「心理学科四年、雨宮リリ」
心理学科だったのかよ、この人。納得しかねえ。
そしてそんな内心を、雲一つない青空のように包み隠さず、猪俣さんが気持ちよく代弁してくれる。
「うっわ、メンヘラ御用達学科じゃんw 似合いすぎーーーww マジウケるwww」
すると、リリ先輩はにっこりと微笑んで、
「知ってる? 同じメンヘラ量産学科でもね、あなたのとこの方が股が緩いって有名なのよ?」
早速どぎつい下ネタをかました。
まあ確かにそうですね。でもそうだとすると、その学科に入って3年目にもなるくせに未だ童貞の俺はなんなんですかね? いっそそろそろもう、良い加減オスとしての魅力のなさに絶望して自害したほうがよろしいか?
「でも先輩のとこの方が、アタマ弱いw」
「賢い女は股を開くってことかしら?」
「あっはは、それ! ウケる! めっちゃ格言っぽいじゃん!!」
あれ、なに、この人たち暴言の投げ合いこそしてるけど、え、もしかしてこれドッジボールじゃなくてキャッチャボール? ん、なんかいつの間にか仲良くなっていらっしゃる?
なんだか怖くなってきた俺は、会話に混ざることにした。
「あのー、リリ先輩ってキャリアデザイン学科じゃなかったんですか?」
「あなた、私のこと馬鹿にしてるわけ?」
だが、裸の付き合いさえを終え、出会って一週間とは思えない程に濃密な時を一緒に過ごしてきた俺に向けられたリリ先輩の瞳は、冷たかった。
「いや、あの白衣にヘルメット……」
俺は、このキチガイサークルに入る前のことを思い出して、恐る恐る、そう告げた。
すると彼女は、ふっと笑ってこともなげに。
「ああ、あれね。あれは、あんな大勢の前で奇行晒しながら、自分の本当の所属を言いたくなかっただけよ。特に深い理由はないわ。なんとなくあんなことを最もしていそうな学科は何かと、考察してみたら、真っ先にその学科の名前が浮かんできた、というわけ」
いや、あんた、キャリアデザイン学科をなんだと思ってるんだ……。や、俺も何してるのか知らないし、しょーじき、下に見てはいるけれど。
「わかるわー。キャリデザってなに? なにそれ、そんなんで大学卒業出来るとか冗談っしょ? んなもん義務教育中に終わらせとけっての。マジ意味わかんねーだろって感じw」
猪俣さんも大概ひどいな……。
「あなた、やっぱりいいわね。ドブネズミみたい」
綺麗な顔してパンクロッカーみたいな形容で草。
まあ、あんたらのは写真にもおもクソ映りまくる美しさですけどね。
さて。
「というか、収集はついた感じですか? 俺、今日ボドゲするつもりで来たから早くやりたいんですけど……」
「ええ、そうね。じゃあ早速、新入部員も交えて3人でやりましょうか」
ッシ! リリ先輩のそのひとことに、テンションが上がる。今日こそは勝ってやる!(現在十二連敗中)
てなわけで、お楽しみのボードゲームの時間だオラァン? といこうと思いきや、ぴしゃりと飛んでくる冷水。
「ハア? なんで、アタシがこんなわけのわからないサークルに入らなきゃなんないワケ?」
まあ、ごもっともですね。むしろ入りたいとか言われたら正気を疑うまである。
「じゃああなたは何の為にここに来たのよ?」
こちらも、ごもっともですね。……って、あれ? リリ先輩がまともなこと言ってる!?
「いやー、このキモオタ、一・二年の頃はいっつもどんよりした顔してたくせに、つい最近になって急に顔色よくなってさー。なんかムカつくじゃん?」
なんじゃそりゃ!? この女、どこまで性格悪いねん!? 傲慢の化身か何か?
「つい最近……? あら、そんなに私と会えたのが嬉しかったのね、ツクル」
「なわけないでしょ!」
いたっずらっぽく笑うリリ先輩に対し、否定。全力の否定。
でもさ、どうしてあんた、そんな本当に嬉しそうに笑うかなあ……。勘弁してくれ。
などと、またあの美貌にやられかけていると、思わぬ方面からその内を暴かれる。
「何その反応? 図星じゃん。キモw」
その冷たい声ほんと傷つくんで止めて……。
「図星じゃねーし!! てかそんな理由で猪俣さんは他人をストーカーしたんですか?」
そして顔のいい女の人と言い争って勝てる自身がぼくにはないので、とりあえず話を逸らす。
と、突然。
彼女は、聞き覚えのある、所謂アニメ声で、こう告げた。
「えー、何言ってるのー? 友達がー、危なそうなことしてたらー、助けてあげるのがー、友達でしょ?」
空気の濃度が、ひどく薄くなったような、そんな、錯覚がした。
「……!」
俺は絶句する。
あまりのことに、震えが止まらない。
というか、え、なにこれ? 夢?
けれど、頭の中では鮮明に、全ての線と点が繋がって、一つの解が、浮かび上がった。
「ノーリアクションやめろ。自分でもキツイとおもってんだから」
「自覚はあるのね」
呆然とする俺をよそに、続く会話。
「当たり前じゃん。誰が好き好んでこんな声だすかっての」
俺は夢遊病のような心地で、下唇を舐めて。
「ええと、もしかして……」
「あァ?」
こわっ……。声、低っ。
やっぱちが……、いや、でも……。
「な、なんでもないです」
「ハア? だったら言うなし」
「す、すみません」
相も変わらずコミュ症っぷりを発揮する俺に、彼女は。とうとう。
「ん……? あ! もしかして、アンタ、やっと気が付いたって感じ?」
「なんのことかしら」
急に両手を叩いて少し子供っぽく笑った猪俣さんに、リリ先輩は訝しげな目を向ける。
やがて、何が起こるでもなく。
「いやさ、アタシが、こいつの大好きな声優、猪俣悠花(はるか)だってこと」
彼女はそう言って、メガネを取った。
確かにその顔は、以前アイ娘のライブイベントで見たそれに酷似していた。
ずっと彼女に感じていた妙な既視感は、これだったんだ。
というか、ごめんなさい。今まで黙ってはいましたが、うん、正直言うと名前も似てるし薄々そうなのかなとは思ってました。でもでも、まさかそんなオタクの妄想みたいなことあるわけないと、無意識下で否定していたのです。だってさ、同級生が声優とか、それが現実である可能性より自分が声豚こじらせ過ぎた末路に耄碌してそう妄想している確率の方が高いでしょ? ね? てか、地声とキャラ声違い過ぎなんじゃ。彼女のラジオは聞いたことがなかったから、知らんかったわ……。
にしても、女性声優の完全なるプライベートと、このクソ声豚の人生が交差するなんて。
信じられない。
女神のように偶像視していた存在、その俺にとっての主神とは言わぬまでも、末端にはしっかりと位置していた彼女が。
しかし、この告白は、目の前のリアルは、もはや疑いようもない、真。
Oh、dear……。
これが漫画だったら、見開き一ページ使ってんだろなってくらいの衝撃的告白。確かに俺も驚いた。腰が抜けるどころか床板が抜けてブラジルまで突き抜けるくらい驚いた。
が、
「いや申し訳ないですけどぼくの大好きな声優は沼井縫さんと佐天くるみさんなんで」
すまんな、それだけは譲れないんや。ワイの推しはぬいぬいとくるみんなんや……。この二人に懸ける情熱だけがこのうんこ未満の今の自分が唯一誇ることのできるなにかなんや……。これを捻じ曲げてしまったら、俺はもう何の為に生きているのかわからなくなる。
なのに。
「その急な早口、止めた方がいいわよ」
「アニメ声に生まれただけの偏屈女とかわいいだけのブスじゃねえか」
二人の異性から向けられる、凄まじい尊厳への攻撃。というか、猪俣さんの方は業界人からのリアルな評価感がやばくてつらい。泣きたい。
「ぬいぬいとくるみんは文句なしに最高ですけど? 僻みとか止めてください」
やけくそになった俺は、もうあっちも隠してねーんだしこっちもいいだろと、キモオタみ全開で反論。
「ひがんでねーし! つーか先輩である沼井はともかく、佐天よりは私のほうが人気だから! フォロワー数も、出演作も、抑えられるハコも、私のが上!」
キラキラした幻想の汚い内情を暴くなーーーーーーーーーーーー!!!!
たしかに全部事実だけども。猪俣さんと違ってくるみんは全然アニメ出てないけれども。
でも、出演者がマジでそんなことちゃんと気にしてるとか、なんか、しんどい……。
だってこれ言うなら、キティさんがミッキーさんより人気ないのを気にしてるみたいなことを本人から直接告げられたようなもんだからね? わかるか? 俺にとっての声優界は夢の国と同義やぞ???(イキリ)
「まあ、それはそうですけど。でも、ぼくはあなたより佐天さんの方が好きなんで。すいません」
「……じゃあ、いつもアレンティア眺めてにやにやしてんのはなんなんだよ!」
彼女はそう言うと、俺を壁に追いやりながら詰め寄ってきた。こちらの顔面の真横に、ドンと手を叩きつけて。
追い詰められた俺は、壁を背に座り込む。
「なぜ、それを……?」
なんなんだこの、信じられないような、状況。
ステージと客席、その絶対的な隔たりの向こうにあったはずのあの御尊顔が、いまや、触れ合うほどの距離に……!
緊張しておかしくなりそうな俺の頭上、彼女の荒い息。
迫るのは、ギラギラとした、細長い、狐のような瞳。
「倉本さ、いっつも根暗なくせに時々スマホ見ながらキモい顔でニヤニヤしてるから、浮いてんの。気付いてないワケ? しかもさ、一年の頃からずっとアレンティア使ってんでしょ? それと、アレンティアのガチャ更新がある日とかはなんか妙にソワソワしてて、ほんとキモかったから。恥ずかしいったらありゃしない」
あー、なるほど。俺ってソシャゲへの喜怒哀楽、そんな表に出してたのね……。
中々に、キモい。
でも、その上でそのキモオタクが笑顔を向けている対象がなんなのか気になってその画面を盗み見ていた猪俣さんも大概なのでは?
などと心の中だけで反論していると、
「あれんてぃあ?」
不機嫌そうにそう疑問を口にする、リリ先輩。
すると猪俣さんは意外にも、律儀に答える。
「あたしがアイ娘って作品で演じてるキャラ」
「貧乳、巨乳?」
「なんでいきなりんなこと聞くんだよ……。子供だから胸とかねーし」
「へえ……、ロリ……。あなたに似合いそうね」
ロリという単語を口にした時だけ、こちらを見下すような視線を向けてくるリリ先輩。はいそうですよごめんなさいね、ぼくは重度のロリコンですよ。ええ。
「まあ、オーディションでその影響が全くなかったと言ったら嘘にはなるだろうけどさ、あたしは役者である以前に、声優。演じるキャラクターに体格は関係ない」
確かに、小柄な彼女はライブ込、つまり舞台を見越したコンテンツであるアイ娘のオーディションに有利であったのかもしれない。なぜなら、アレンティアはロリ枠だから。
「あら、意外と真面目なのね」
「そりゃそうでしょ。道楽でやってるわけじゃねーんだっての」
「よかった……。アレンティアの中の人はちゃんとアレンティアに真剣だったやんや……。よかった、よかった……」
「クソみたいなソシャゲだろうが、中身のないハーレムラノベだろうが、あたしは全部、真剣にやってる。プロなんだから、当然でしょ」
うう、なんて有り難き御言葉……! 感動。体を満たし巡る、感動……!!!
この言葉を全国のオタクに届けてあげたい。みんな喜んであなたのファンになるから。
「やべえ、俺、悠花様のファンになりそう」
おっと、あまりの感動に思わず血迷ってしまった。
「そのあだ名やめろ! 虫唾が走る! というか、アンタは元々、あたしのファンでしょうが!」
……???
何言ってんだ、このアマ?
「はあ? まあ確かに演技力すごいなあと思ったことはありますけど、別にあなたのことは好きではないですよ?」
「なんでよ! アレンティアが好きならその声をやっている私も好きでしょうが!!!」
出、出―――!!! キャラと声優同一視、奴――――――wwwww
「ええ……、リアルとフィクションを混同されても……。ぼくがすきなのはあくまでアレンティアというキャラクターであって、その中の人ではないんですが」
「なにそれ! マジむかつくんですケド! キモオタのくせに!」
彼女は言葉通り、本当に苛立っているらしく、がしがしと地団駄を踏んだ。
しかし逆に問いたい。アレンティアのような幼女キャラにブヒっている、俺みたいなどうしようもないキモオタクに面と向かってファンですと言われて、果たしてあなたは嬉しいのかと。きっとそれはそれで、不快なのでは?
「そうね。キモオタのくせに生意気だわ」
「お、さっすが先輩。話がわかるじゃん!」
って、なんか二人、意気投合してるし。なんなん?
と思っていたら、
「ええ。だって、ツクルが好きなのは、そもそも触ることすら出来無いデータに過ぎぬアレンティアなんかじゃないものね。そして、ましてや、この声優なんていうイカれた性産業に従事している承認欲求に塗れた売女なんて、論外」
相変わらずの、雨宮リリ特有の毒舌ストレート。
「ハア?」
女性声優がやっちゃいけないレベルで眉間に皺を寄せる猪俣さん。でも、その気持ちはわかる。リリ先輩の傍若無人っぷりはダンチ。
「だって、彼が好きなのは、私。この、世界で最も美しい女、雨宮リリにほかならないのだから」
「イカれてんの、このヒト?」
たぶんキモオタを蔑んだりする時よりも著しくげっそりとした表情で、彼女は言った。
「おそらく」
当然の如く俺は頷く。
すると悪魔は、胎動を始める。
「へー、ツクルぅ、そんなこと言っちゃうんだー。ふーん。そっかー」
「仕方ないじゃないですか。むしろ、リリ先輩のことをまともな人間だなんてのたまう人間がいたら、それこそイカレてますよ」
「ふーん。まあ、あなたがそう思うならいいけれど。でも、私、そのイカレてるっていう私よりもっとイカれてる人間を……先週この部室で見た気がするのよね」
……!
「あっ……」
脳裏に浮かぶのは、全裸で縛り上げられ、恥部を晒している変質者の姿。
即ち――ぼくだ!!!(絶望)
「え、なにそれ? このサークル、変人の寄合所かなにかなの?」
「ええと確かカメラロールのこの辺にその時の写真がー」
いつもより高い声で俺を弄びながら携帯をいじるリリ先輩に向かって、俺はジャンピング土下座をかます。
もうこの一週間で、土下座にも慣れてきた。
出来るだけ体に負担が少なくなるよう、且つスピーディーに、リリ先輩の眼前の長机へと緊急五体投地。
「ごめんなさい! すみませんでした! ぼくが嘘吐きでした! ぼくは雨宮リリ先輩のことが大好きです!」
「よしよし、よくわかってるわね。えらいわ」
そんな俺の頭を撫でるリリ先輩。黒い手袋が、Hだ。
そして、アダルトビデオ売り場に来たフェミニストみたいな顔でその様を見る猪俣さん。
「……ねえ、なにコレ? プレイ?」
「ええ」
「違う!」
一人の男の尊厳を懸けた咆哮。
にも関わらず、彼女はドン引きの姿勢を崩さなかった。
「いや、アンタ、頭撫でられてる時メチャクソ気持ち悪い顔でにやけてたけど……」
まじか……。
いや、確かに気持ちいいなあ、とは思っていたけど。アレ? 俺、もう堕ちてる? いやでも、待って欲しい。それはあくまで肉体的快楽。精神までは堕ちていない! 俺はただ、自分の性器がでかでかと映し出された写真の流出を防ぐためだけにこうして身を挺しているんだ!!
自分で言ってて、わけわからなくなってきた……。
と、そんなどうしようもない俺を、まるで猪俣さんから庇うかの様にリリ先輩が抱きしめ、叫んだ。(そ、そんなアダルトな格好で密着されたら、男の子的に、困るんですけど!)
「ツクルを責めないで! 私がかわいすぎるのがいけないの! ツクルはなにも悪くないの! 悪いのは全部、この私がかわいすぎるせいなのー!!」
うわあ……。
まあ、大体あってるのが悲惨。
「キッツ……。そんなの、アタシ、ハーレムアニメでも言ったことないんですケド。つーか顔とあってねえし。なんで無表情なんだよ。しかもアンタはかわいいっていうより美人なタイプだろ!」
リリ先輩はああ見えて死ぬ程ボケ倒してくるからな……、猪俣さんのツッコミが的確で助かる。
「でも、ツクルの心にはキュンキュンキュキュンとときめいたはずよ。そうよね?」
ほらね?
「え……、いやァ……」
「そうよね?」
顔こそニッコリとしているが、目がイエス以外許さんと雄弁に語っている。
よって、俺は、今日何度目かわからんくなってきたやけくそを発動。
「はい、ときめきました! リリ先輩マジラブ5千兆%!!!」
一人の成人済み男性の痴態をを見て、満足気に頷くリリ先輩。
すると彼女は俺と、その美しすぎる目を合わせ、全肯定メンヘラと化す。
「えらいわ、ツクル。そう、私の前ではもっと自分に正直に生きていいの。私だけがそれを認めてあげられるんだから。ツクル、だいすきよ」
やばいカルト団体に騙されているかのようだが、こうされているとひどく気分がいい。俺の人生なんてもうゴミクズも同然だのだから、彼女に従っていった方がいいのではないか、という境地にさえ、至ってしまう程には。
もう、すべてがどうでもよくなりそうだ。
そんな俺を、猪俣さんが現実へ引き戻す。
「うわあ……。いやでも、あんたたち付き合ってるわけでもないんでしょ? 一体どういう関係なワケ?」
「だからさっきも言ったじゃない。主人と、奴隷」
「……マジ?」
猪俣さんの問うたもっともな問に対する爆弾回答と、それに対する、戦慄混じりの侮蔑。
おおん。
人間が水分を排出することの可能な全ての穴という穴から思い切り水分を放出し、そのままどこかに穴を掘って水没死したい気分。意味がわからないが、取り敢えず、しにたい。
よってもはやキモオタは自分の言葉で喋ることは出来ず、震え声で語録を口にする他なかった。
「……み、みんなには、ナイショだよ……?」
「キモ」
今ここに、一人のキモオタが息絶えた。
閑話休題。
「それじゃ、アタシ、仕事あるしもう帰るわ。これからもよろしくね、センパイ?」
しばらくすると、彼女はリリ先輩にそう言い残し帰っていった。
いーやマジ何しに来たんだ……(憤怒)。
「それとアンタ、もし今日のこと誰かに言いふらしたり、SNSに拡散したりしたら殺すから。まー、どっちにしろ、アンタみたいなカスの言うことなんて誰も信じたりしないだろうけど」
という、脅迫と、
「ティアねー、くらもとのこと、だいすきらおー? だからー、またねー!」
という、福音(ゲーム内のキャラと全く同じ声)を添えて。
「なに? 今の媚びたキンキンご」
「おあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
突然猪俣さんが発した二次元ボイスにげっそりしているリリ先輩をよそに、あまりの興奮で奇声を上げる俺(発情期のゴリラ)。
生で推しキャラの声が自分の名前入りで聞けた喜びに、歓喜の獣と化してしまったのだ。
「ちょっと、いきなりなんなの!?」
当然ながら、困惑と蔑視の三:七ブレンドくらいの目で俺を見るリリ先輩。
でもそんなの関係ねえ。
「ティアあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ちなみにティアというのは、アリスティアの一人称兼、愛称である。
「うるさい!」
「ごはあっ!」
俺は、リリ先輩の情け容赦皆無なグーパンチによって、正気に戻った。
そして、
「正座」
「へ……?」
「いいから、正座」
「あ、はい」
彼女の有無を言わさぬ言葉に従い、姿勢を正す。
「あなた、自分のしたことがどれだけ私を傷つけたか、わかる?」
「……? や、ちょっと言っている意味がよく」
「そう。やっぱりあなたにはまだ、教育が必要なようね」
そうして、俺はこってり絞られた。残念ながら、意味深ではなく、文字通りの意味で。
後日。猪俣さんに呼び出された俺は、二人きりになりたいと言われ、サークル部屋で面を突き合わせることとなった。相変わらず、顔がいい。当たり前だが、声も。
ちなみに、お馴染みのマスクとメガネは部屋に入るなり鬱陶しそうな仕草と共に取り外された。
「単純な話をしましょ?」
彼女は着席するなりそう言ってにっこりと笑った。が、やはり彼女のその端正な笑顔はどこか作り物めいていて、末恐ろしい。あの裏の顔を知ってしまった後だからこそ、なおさら。
更に俺は、その形相と、女性声優が自身のプライベートを晒しキモオタに接近するという不条理かつファンタジックなリスクを冒してまで彼女は俺に何をさせる気なのだろうという恐怖に身を縮こませていた。どんな過酷で残忍な要求をされるのだろうと。
女性声優とは、声豚にとってそれだけ大きな存在なのだ。ある豚にとって彼女等は神であり、女神であり、唯一神であり、創造神であり、大天使であり、悪魔であり、雲の上の人ながら畜生共のため地上へと降り立つ慈悲深き聖母である。
推しと呼ばれるような、各々の豚が一番に敬愛しているような声優は、各々それくらいの心持ちで崇拝されている、と思う。少なくともぼきはそう。くるみんは天使。
前にも言った気がするが、声優は宗教なのだ。
例えば、彼女等のおはようツイートは声豚にとって教会の鐘と等しく朝の時間を知らせる下知であるし、彼女等のラジオは有り難き神父様の説法となんら遜色なく豚の心を清らに漂白する。
また、イベント会場で声優がカラスは白いと言えば、彼等にとってカラスは白いのだ。このように、声優は全能のゼウスが如き圧倒的法であり、その言葉の強制力の前に家畜達は抗うことができない。いや、自ずから従うことを望むのだ。
だが、彼女等女性声優とて、神ではない(そりゃそうだ)。
彼女等はただ、こうあれというオタクの気持ちの悪い願望によって無理矢理に理想的偶像に変えられているだけである。そして、その歪んだ彼等のエゴに応えなければ、このイカれた業界でやっていくことは不可能だから、彼女等若き女性声優は、不断の努力で、そのありもしない理想の女性声優の像を、豚共に提供しているのだ。
清楚で、彼氏はおらず、黒髪。ウェイでもパリピでもなく、学生時代はあまり友達がおらず陰キャだったと、オタクを喜ばせるためのぼっち営業をし、はたまた、同期や先輩の女性声優と仲睦まじくすることによる百合営業も欠かさない。余計な憶測などが立たぬよう、SNSなどのメディアに載せる写真は基本的に同性との写真。そして、本来ならば声の仕事に必要ではないはずの容姿・服装にまでモデル級の気を遣い、優れていなければならない。加えて性格なんかは勿論、聖人級であることを求められる。口頭であれ、ブログやツイッターなんかであっても、本心なんかとてもじゃないが言えるわけがない。しかも、完全オフ時の対応にだって気を抜けないはずだ。また、キャラや作品、それにファンさえも愛している素振りを見せないといけないし、何本出ているかもわからないというのに、出演したソシャゲへのやりこみなんかも一々望まれるだろう。
最近の声優は、それだけアイドル化している。
完璧であり、かつオタクにとって親しみやすい存在(そんなやついるわけねーだろ)であることを望まれている(キモオタの幻想の業は深い)。
端的に言えば、“かわいくてオタクに優しい女”とかいう、非実在性存在であることを。
だというに、猪俣結霞――いや、悠花と言うべきなのだろうか――は、俺の前で自身が偶像ではなく人間であるということを暴露してしまった。
ベールを脱ぎ、信徒の前で聖書を破り捨て、祭壇画に唾を吐いた。
それがどれだけ自身の地位を脅かす可能性を秘めた蛮行か、きっと俺なんかよりも遥かに深いところでわかっているであろうに。
であるからこそ、そこまでして彼女が俺に何を求めるのか、俺は怖いんだ。
気が気じゃない。
そして、別に俺は猪俣悠花という声優が取り立てて好きというわけではないのだが、彼女の演じているアリスティアは大好きだし、そもそも声優という職業が好きなので、改めてそれを再認識したところ、そんな彼女が目の前に、しかもはがしもなく二人きりというこのわけわかめな状況に、緊張してきた。
気が気じゃない。
あと、この同級生、最近の女性声優の例に漏れず、美人だ。
気が気じゃない。
俺は緊張と恐れと、対人恐怖症と美人恐怖症のごっちゃ煮を同時に味わって、もう、吐きそうだし、汗はダラダラだし、目線は落ち着かないし、お腹も痛いし……、誰か助けて。
と、コミュ症特有の異様なまでの構えを、彼女に対し持っていたのだけど。
「アタシは仕事が忙しくて留年の危機、だから単位が欲しい。そしてアンタは、キモオタ。だから声優が大好きでアリスティアの声が聞きたい。つまり、ギブアンドテイク。アンタはアタシの単位の為サポートする。その代わりにアタシはアンタに声優としてイイ思いをさせてやる。ね、オタクどもの大好きな、等価交換」
それはそんなに深刻な話ではなかった。
大学生にありがちな、ただの単位の無心。
しかも、俺のアドがチカラで有頂天。
「どう、なんか文句ある?」
そう言って彼女は狐のような目を更に細めてこっちを睨んだ。
「文句という程のものは……」
その条件なら別に文句とか全然ないんだけど、彼女の顔の怖さと美しさにちょっとキョドってしまう。
「あ、ちなみに、先輩とはお互いに不可侵ってことで話つけてあるから」
なんだその日本とソ連みたいなの……。ていうかそれだとどっちか裏切られるし……。リリ先輩と猪俣さん……どっちも裏切りそうだな……。うーんこの。
「で、返事は? ま、イエス以外の舐めた口効きやがったら消すケド」
猪俣さんは首を傾げながら、凡そ女性声優が立ててはいけない指を立てながらそう尋ねた。
なので、俺は少し気になっていたことを最後に聞いておくことにした。
「あのー一つ聞きたいんですけど、このこと、事務所の方とかはご存知なんですか?」
「んなもんご存知なわけねーし! こんなことしてるとバレたらアタシが消されるっつーか干されるっての」
ええ……。
「なら、止めた方が……」
「バカか、オメーは? こんなリスクのある道選んどいて今更引けねーだろうが! ここで引いたら、オマエがいつこのアタシの本性を世間に公表するかって、ただただヒヤヒヤしながら大学生活を過ごさなきゃならないだろーが! きちんと甘い汁吸わせとかねーとアタシが安心できないんだっつーの!」
「そんなことしないですって」
というか、だったらこんなことしないで、真面目に単位の勉強をして欲しい。
「たかがオタクの口約束なんか誰が信じるかっての! ワンクールごとに目の色変えちまう豚どもの言葉をさあ!」
ああ、確かに、声優さん目線だとあんなにも手のひらがプロペラ状になってくるくるしてるオタクどもの言葉なんか、どう考えても信頼できないだろうな。
アニメのクールが変わるごとに嫁を変え、好きな声優が結婚したならこれまでの態度を一変させてしこたま痰を吐くような外道どものことなど。
だが!
「いや、ぼくはずっとアリスティア担当ですよ!」
そう、彼女が先日証言した事からもわかるように、俺はずっとアリスティア担当なのである!
その旨を高らかに宣言した俺に対して、一瞬、きょとんとしたような反応で固まってしまう猪俣さん。
するとややあって、彼女は例の本性が嘘のようににっこりと微笑んで、こう言った。
「え、あーそう? たしかに。あー、たしかにそーだわ。ありがとね」
その嬉しそうな表情は、これまでに何度か見た、彼女のつくりものめいたそれとは違う、きっと心からの、自然なそれで――。
俺は、彼女が初めて見せたそんな棘のない素のかわいらしさにドキリとして、さりげなく椅子を少しだけ後ろに下げて、彼女から距離を取った。
その上で、動揺を悟られないように、努めて平静を装って、本心ではあるけれど、あくまでありきたりな賛辞を贈る。
「いえいえ。こちらこそ。素敵なお芝居をありがとうございます」
「うん、どういたしまして。……って違うだろうが! お渡し会じゃねんだそ!」
だが、さっきまでの優しさはなんだったのか、猪俣さんは急にバンッと机を叩くと、そんな感じでノリツッコミめいて毒づいた。
こわい。
基本的にオタクはギャルとかそういうチャラチャラしてたりイケてる感じの人に高圧的に迫られると、たじたじなのだ。本能的恐怖を覚えるのだ。階層的弱者故に。
だが、なんと、それよりも、今! オタク特有の知識欲がそれを超えたッッ!
「え、猪俣さんってお渡し会とかやってるんですか?!」
そう声優には二種類の声優がいる!
お渡し会をやる声優と、お渡し会をやらない声優だッッ!(ちなみに、お渡し会とは、基本的にCDや円盤や書籍のリリースイベントとして行われれる販促イベントのことを指す。ブロマイドなどを声優さんから手渡ししてもらえるという内容の催しだが、大事なのはそこではなく、至近距離でその際に声優さんと一言二言お話ができることにある。握手をしない握手会みたいなものと言ったほうがいいのかもしれない)
そして俺的に彼女は、このような本性を知る前からどことなくそういうのを嫌っていそうな人――というか、そうだったら顔と役の相乗効果で興奮の極み――だなあと思っていたので(キモオタ特有の願望の押し付け)、思わず尋ねてしまった。
それに対し彼女は、
「いや、滅多にやらないけど。そもそもやりたくないし。アタシはアイドル役を演じることはあっても、アイドルじゃねーし。役者なんだっつーの」
こちらの内心など知る由もなく、忌々しそうにそう言ってのけた。
なので、
ッシャ! 俺は心の中で大きくガッツポーズ。
アリスティアという純真無垢で穢れなんて一切知らぬロリをありえんかわいく演じている女性が、その実こういうふうに真っ黒い感情を持っているっていう乖離に最っ高に興奮してしまう。(こういう風にナマモノに属性付けて解釈し興奮してしまうのが、僕の悪い癖)
が、もちのろんに、そんなことは彼女に言えるわけがないので、当たり障りのないことを言っておく。胸の高鳴りをひた隠して。
「そういうの嫌がりそうなタイプなんだろなあと思ってましたけど、マジでそうなんですね」
「当たり前でしょ。なんであんなキモオタ連中に演技の外で愛想振りまかなきゃならないワケ? マジ意味分かんねーだろって感じ。ま、逆にアンタはバリバリ行ってそうだけど?」
「ええ、お恥ずかしながら」
当たり前だよなァ?
「キモ。その年で金払って女に会いに行くってどーなの? マジ終わってんな。佐天の客はマジそんなんばっかだから嫌いなんだよ。あの顔だけ女」
前半部分には激しく同意。ああそうさ、俺は産廃人間さ。
だが、俺のことは悪く言ってもいいが、くるみんを悪く言うのは許さん!(イキリ)(くるみんは俺が守る!)
ちなみに、佐天というのは、俺の推し声優である佐天くるみ、通称くるみんのことである。かわいい。
彼女はアーティストデビューもしていて、ユニットを組んだりもしているのだが、容姿がかわい過ぎるのも相まって、声優というよりは、もはやアイドルって感じになってしまっている。所謂、典型的アイドル声優だ。代表的な役も、アイ娘と同じようなアイドルゲームの役だし。だから、顔だけと叩かれがち。
しかーし!
「確かに佐天さんの顔は、マジそれだけで勝負できてしまうレベルにいいですけど、ぼくはあの人の声も演技も歌も人柄も好きですよ」
彼女にはちゃんと実力がある! まあ、ダンスが上手すぎるのは、もう完全にアイドルなのだけども……。
あと、声優さんにいうのもなんだが、声がいい!!!!
というわけで、くるみん愛を語りまくり猪俣さんを篭絡してやろうとしたのだけど、
「はいはい、オタクの盲信―w」
という一言に、完全敗北を喫した。
うん、オタクの早口長文なんかに、なんの価値もないっすよね。
なのでぼきは潔く諦めて、
「まあいいですけど。というか顔の良さで言うなら猪俣さんだって相当では?」
こんなような、割とずっと思ってたことを言ってしまった。
しかし、それを聞いた彼女は、途端、眉を顰め目玉を上ずらせ冷え切った声で。
「ふざけたこと言ってっとシメルよ? だったらこんな仕事してないで女優になってたし」
それは、冗談や嘘の一切ない、空気を凍てつかせる程の、本気の怒りだった。
怒りの炎がメラメラと燃えていないことが、逆に彼女が心の底から憤っているということを指し示しているかのようで。
そこからは、様々なことが察せられた。
けれど、そこは、半端物のダメ人間である俺なんかが踏み込んでいい領域ではないのは明らかで。
だって、それは、本気で悩み、苦しんで葛藤しながらも、身を削り続けたものだけが舐めた苦汁だ。
それを、その辛酸を、与えられた甘美だけを味わって自堕落でいた俺なんかが、どうしてわかったような顔で慰められる?
無理だろ。俺はそんなに厚顔じゃない。
彼女はきっと……。
そんな仮想が無数、頭に像を結んでは消えていく。けれど、それはだから言えなくて。
そんなわけで、俺は、ただ、一声優のファンとして、口を開いた。
「そうですか。じゃあ猪俣さんは美人じゃなくていいです」
彼女が自分の容姿に自信がないというのなら、それでいい。なにせ彼女がしているのは声のお仕事なのだから。
「ハア? 喧嘩うってんの?」
「だって、そしたら、猪俣さんのアリスティアが聞けなくなっちゃってただろうから」
だから俺は、単純に、そのお芝居を評価しよう。大好きなアリスティアの声を。
そんなファンの想いは、声優、猪俣悠花に届いたのだろうか。
わからない。
わからないが、彼女はそっけなく、
「………………あっそ、よかったね」
と、一言、どこか不機嫌そうに顔を逸らしてそう言ったのだった。
「……」
さて、俺は言ったあとで、「あれ? なんか俺、結構大胆なこと言っちゃった?」なんて思い始め、なんとなく気恥ずかしくなり、何を言えばいいのかわからなくなってしまったのだけど。
対する猪俣さんも、なぜかむすっとして喋りかけてこないので、この部屋が珍しく静寂に染まる。
続く、気まずい沈黙。
だが、そんな俺の心うちを知ってか知らずか、猪俣さんは、テーブルの上の俺の手の甲を小突くと(ファッ!? 女性声優と手が触れ合っただと!?)、口火を切った。
「つーかアンタさ、さりげなく話ずらしてんじゃねーし。うやむやになるとこだったわー」
「え、そんなつもりはなかったんですが……」
てか、なんのこと?
「知るか! で、どーなの? アタシの単位取得のため死ねるワケ?」
あ、そのことか。
いや、でも。
「え、死ぬのはちょっと」
「そ。じゃ、イマここで殺すわ」
そう言うと彼女はなぜか立ち上がった。
なぜか鞄から、スタンガンを取り出して……!
ハァ!? スタンガン!?
「なっ……!」
そして、ゆっくりと、一歩ずつ、あの作り物ののような笑顔を浮かべながらこちらへ近づいてくる。
どういうことだ!? なんなんだ!? 最近の女大生はカッターだのスタンガンだのの凶器を当たり前の様に持ち歩いてるってのか!?
そう思いダラダラと冷や汗を流しつつ椅子ごと後ずさりしている間にも、彼女は等間隔に近付いてくる。
この部屋は狭い。数秒も経たないうちに、俺は端まで追いやられてしまうだろう。
なんなんだ!? なんなんだよう!?
どこの声豚が、同級生の声優が急に密室で二人きりになったかと思ったらスタンガンを手に歩み寄ってくるなんて展開を想定できるよ?! なあ?! 急にテロリストが学校を占拠するよりありえんだろ常考!?? 無理だろ?! こりゃ夢か??? 俺ァもう完全にパニックで頭がおかしくなりそうだ!!!
やがて、残酷にもその時は来た。
「バイバーイ」
発声の優れた耳障りの良い声が、数十万の人々を熱狂させることの出来る声が、ただ一人の大学生を怯えさせるためだけに、発声された。
しかして、サークル部屋の隅っこで椅子から転げ落ちてびくびくと子鹿のようになっている情けない成人男性へ、猪俣結霞はそんな言葉と共に、バチバチと音を立てる凶器を近づけて……。
「ごめんさい! すみません! ぼくが愚かでした! ぼくは貴方の単位のため死にます!」
今ここに、新たな主従が誕生したのである。
と、彼女に、あるいはご主人様に、唐突に手をとられた。
「おっけー。契約成立―。うーらぎったら、そーとぼりの池に、うーめる! 指切った」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
アリスティアの声優と指きりィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!
キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!
さて、なぜここまで、高まっているかというと、彼女が今、なんともまああくどいことに、指切りの声をアリスティアの声でやりやがってくださったからである。
そんなん興奮じゃないですか!(あと、単純に異性の指と触れ合ってしまったドキドキをこのアレでごまかしてる)
だが、俺はそのような心の動揺など、おくびにもださず、「別にー全然興奮とかしてないですけどー?」といったふうを装う。
「指切りとか、意外とかわいいとこあるんですね、猪俣さん」
「うっさい! 別にこんなのフツーでしょーが! てかその敬語、いーかげん止めろや!」
「いや、その、同年代の女子との距離感わかんなくて」
「キモ……。まあ、ぶっちゃけアタシも、同年代の異性との正しい距離感なんてわかんないけどね」
あっ……。なんか声優界の闇を見てしまった気分。
きっと学生の友達は仕事が忙しくて作りずらく、仕事仲間は事務所とか人気とかの色んないざこざだの客への配慮だので難しいのだろう。
しかし、その様な事実をたずねたところで、彼女は不快になるだけだ。
だからここはそうした意を汲んで、ギャグ方向に話を持っていこう。
「あー。でも……、だからこんなに横暴なんですか?」
「ちげーし。それは単にアタシがアンタを同等の存在とみなしてないだけだし」
「ひどい!」
どうして俺はこんな人の為にに気遣いなんてしたんだろう。アホくさ。
「アンタは先輩の奴隷であると同時にー、アタシの下僕って感じ?」
しかも追撃まで来たし。
それになんだその多重債務者みたいな状況。どうすれば自己破産出来るの?
「ええ……」
そして、そんなふうに困惑する俺をよそに、彼女は軽く咳払いをして。
「だから……、ん、ごほん!」
どういうわけか、こちらの頭に手を添えて、子供のように笑い、放った。
「ティアの下僕としてー、がんばってね、つくる!」
うおあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
なんだそれ! やばいって! ありえん興奮の奔流!!!
でも、
「ティアは下僕とか言わない!!!」
そこだけは譲れなかった。
二次創作ならまだしも、ご本人がそんなことを言っちゃうのはまずい。
「ホンッッットにキモいな、アンタ。まあ、アタシもそれには同意するけど」
しかし、彼女は女性声優。
幾千幾万のオタク共を熱狂させてきた存在。
故に、その声が耳元で反響すれば。
「でも、ティアがそういうこと言うのってさ、……滅茶苦茶興奮しない?」
「する!!!!」
即落ち二コマ。
鉄の誓いは粉微塵と化した。
後はもう、ずぶすぶよ。
「だからね、もっとティアのそういうセリフが聞きたければ、どうすればいいか、かしこーい創くんならァ、わかるでしょ?」
「代返! プリント・ノートのコピー!」
俺は彼女の質問に対し、水を得た魚のように、加えて、まるで重力を自在に操る高貴なる女性騎士の如き速度で、そう三唱した。
「はー、ちょろい商売だわー」
そんな俺を一瞥して。
猪俣さんはそう吐き捨てる。
そりゃあもう、一服なんか始めちゃいそうな勢いで。
けれどね。
ああそうさ、クソオタクはどうしたって声優さんには抗えない……。
ぶたはかなしくこころでないた。
さてさて。
桜の季節が完全に終わり、木々が青々とした葉を付けるようになった頃。
青臭い俺も、ようやく同年齢の異性との距離感を測れるようになった……というか、敬語を使わず口を動かすよう、むりくり彼女から矯正されきった頃。
俺は、ずっと気になっていたパンドラの匣を、ようやく開いた。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど、猪俣さんの髪色って、やっぱり次のライブに向けてなの?」
「次のライブ?」
絶対にそうであってほしいというキモオタク特有の願望の押しつけを込めて放った俺の言葉に対し、「何言ってんだこの雑魚?」みたいな目を向けてそう答えたのは、もちろん猪俣結霞その人である。
そんな彼女に対し、彼女の担当しているキャラと同色であるその短めな茶髪を指差して、俺は一応の説明をする。
「いや、アイ娘のライブ近いし、アリスティアに髪色合わせてくれたのかなって思って」
すると
「ああ、そのこと。まあ、半分は正解って感じ?」
彼女はめんどくさそうに、要領を得ない解答をよこした。
思わず怪訝に声を上げてしまう。
「え、半分?」
「あー半分っていうのはさー、アタシ別にキャラに合わせるとかー、いかにも客の機嫌取ろうとしてますーって感じでー、絶対したくなかったわけ。ほら、ライブとかでさ、よくいるじゃん?『今日はー大好きな○○ちゃんとお揃いにしたくってー、髪染めてきちゃいましたー(?>?<?)』、みたいな輩。アタシさ、あういう類の同業者見てると、反吐が出る」
おそらく某若手女性声優、M野さんのことを言っているんだろうなあ、と俺にもわかるような声真似(かなり上手い)をして、ぶっちゃけトークをする猪俣さん。
もはや俺も、この頃になると彼女のこうした溜まりに溜まった愚痴の吐け口となることに慣れっことなりつつあったが、大体の罵倒の対象が俺でもそこそこ好いていたりする人気声優さんなので反応がしずらい。
けれども、とりあえず同意しておく(そうしないといろいろ怖いからね……)。
さりげなく話をそらしつつ。
「あー、ですよねー。でもだとしたらなんで?」
「うーん、まあなんていうの、そういうのとは別にー、アタシも、髪とか染めてみたかったわけよ。年頃だしさ」
「そういうもんなのかー」
自分は、推しの色に染めてみたいなーとライブ前に冗談半分で思うくらいにしか髪を染めたいという欲望を感じたことがないのでよくわからないが、若い女性にとってその手の欲望というのは相当なものであるらしい。
確かに、大学はうんこで溢れ返っているし、健全な若者とはかくあるのかもしれない。
「そりゃそーでしょ。アンタみたいなキモオタと違って、こちとら身だしなみに気ィ使いまくりだっちゅーの」
ですよねー。
そう言われてしまっては、未だにマッマとイモウットの選んでくれた服で通学しているファッション力クソ雑魚うんちっちの俺は、ぐうの音も出ない。
うーん、でも。かつてどこかで見た彼女の宣材写真かなにかは……。
「前の黒髪とか、すごいかわいかったと思うけど……」
「でたw キモオタ特有の黒髪信仰。そういうあんたらみたいなめんどいのがいるから、アタシは髪一つ染めるどころか、切んのにも一々事務所の許可いんだぞ? しね?」
彼女の元々ややキツめな狐目が、ドス黒い怨嗟の色に染まる(髪色とは真逆に、暗く)。
なんというか、マジで殺されそうだ……。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。さっきのはお世辞とかじゃなく、割と本心だったのだけど。
「相当の鬱憤が溜まっていることは理解しました。毎度毎度オタクが厄介でごめんなさい」
「はー、全くだし。いっそオタクをばっさばっさ殺しまくる作品とかに出たいくらいだわ」
なにそれ、声優無双? そんなゲームあったら声豚は喜んで買うけど?
なーんて、そんなことはどうでもよくて。
ようやく本題……の前の前座。
「で、ごめん、ハナシ逸れた。まー、アンタみたいにグチれる相手ってなかなかいないからさー。つい話し込んじゃう感じ? だってーアンタ相手ならもーほとんどうんこと話してるようなもんだしー、気とかつかわなくていいじゃん? マジほんといいストレス発散なるわー。てかアタシらの業界のストレスとかマジ意味わかんないからね? ぶっちゃけ自殺するのがいないの不思議なくらい」
まったくもってその通りでございますね! 声優さんには頭が上がりません!
僕たちオタクが気持ち悪くてごめんなさい!!!
そして、真実を、聞かせてくれ!!!
「なるほどー。わかりみしかない。……で、半分って?」
「あー、そうだったそうだった。そんでー、そのクソマネと話し合って、そんなに染めたいなら丁度いい時期があるからそれまで我慢しろってことになったわけ」
………………。
「話が見えてきた気がする……」
嫌な予感と共に、怖いもの見たさのようなアレで、俺は猪俣さんに続きを促す。
さすれば彼女は、いとおかし、痛快の極みといったような趣で――
「そ。アイ娘のライブの時期に染めちゃえば、本来なら非処女の証明みたいな扱いまでうける茶髪が、アタシのキャラ愛の賜物へと昇華するってワケ。どう、傑作っしょ?」
などとのたまうと、「最高っに、皮肉よねー。うちのマネ、マッジでゆがんでるわー」と、最高っに笑えないセリフを吐きながら、腹を抱えていた。
「しりたくなかった……」
声優が穏便に髪を染める為の口実として自分の担当キャラを利用していたなんて……。
至極当然、絶望に暮れる俺。
そんな俺を見て、さすがに同情したのか、
「あー、ごめんねー。アンタ、アリスティアの大ファンだもんねー」
彼女はそう言って俺の肩を叩いた。
オタクを金のなるカトンボかショウジョウバエぐらいにしか思っていない猪俣さんでも、一寸の虫にも五分の魂という諺は知っていたらしい。
だが、いいんだ。
アンタはそれでいいんだ。
だって、無数の役を演じる声優にその役の一つ一つを大事にしてもらいたいと願うなんて、ただの消費者のエゴでしかないんだから。なにせ俺達愚民は忘れがちだが、あくまで彼女等の仕事は演じることであってファンサービスなんてその埒外だもの。なのにそこまで求めてしまったら、それは精神論的な社訓を社員に強要するブラック企業のサイコな社長となんら変わらない。それは、ダメだろ。
声優だって人間なんだ。
そうあって欲しいと願っていい対象ではないし、キャラでもない。だからそうあろうとし続ければ、彼女等はきっと壊れてしまう。
だから猪俣悠花、アンタは今のままでいい。
同級生の猪俣結霞として、俺の夢をぶち壊してくれ。
そんなめんどくさいオタクの独白を、短くまとめて、捻り出す。
「うん……。でもいいんだ、中の人とキャラは別物だから」
すると、
「安心して、アタシもティアは大好きだもん。ただ、アタシが髪を茶色くしたのは別に客のご機嫌取りがしたかったからじゃない、ってだけ」
そう言って珍しく優しく微笑んだ彼女。
ティアを好きと言ってくれた。それだけで、もう万々歳だ。
だが――
「だってさ、大学生にもなって黒髪とか処女かよって感じじゃない? そりゃ染めたくもなるっしょ?」
「……………………は?」
コイツイマナンツッタ……?
呆然とする俺へ、最後の面制圧。
「アタシなんてもう三年なのに黒髪とかー、マジ耐えらんなかったし。ホント、せーせーしたわー」
彼女からすれば、幻滅させてしまったことへの引け目もあっての、ほんの軽いジョークとしての発言だった(のだろう)。
だが、俺は……弾けた。
「おまええええええええええええええええええええええええええ!!!! いくらなんでもそれは、おまえ、おまええええええええええええええええええええええええ!!!!」
俺は、自分でもよくわからないままに、奇声を上げながらジタバタした。
大学三年にもなって未だ彼女いない歴=年齢の処女厨こじらせた童貞には、今の発言はしんどすぎたのだ。えも言われぬ暗い感情が、さくらんぼのように脆い心を締め付けた。
同年代の容姿端麗な異性から、その年代に共通の、ある一般的な認識を、突きつけられる。きっと己が無意識に目を逸らしていた、残酷なそれを。一応は憧れの職業である人物から。
なんだかんだ言ってもまだ、大切に持っていた、異性への幻想。
その、徹底的、圧倒的、根本的、絶対的――破壊。
それは、まるで、死刑の宣告。今まで君が生きていた世界は仮想のものだったのだよと告げられたかのような、地盤の沈下。
人間とは、見たくない現実を見せつけられたとき、最も悲しみ嘆き、怒り狂うものだ。フランスの偉大なる哲学者もそう言ってる。だから俺は悪くない。
「ああああっあっ……、ああ、あああああああ、あああ…………」
そして俺は、目の前に座る彼女がいたって冷静にカバンをゴソゴソと漁り始め、その直後からその手元で鳴り出したバチバチという音を子守唄に、目を閉じる。
そう、いつだって俺達に夢を見せてくれるのは彼女達声優なのだ。
だから、消費者は安心して惰眠を貪ればいい。
眠りから覚める必要なんてないんだ。
わざわざ自分から苦難の道を歩くこともないだろう。
なにせ、彼女達はいつも、俺達のかわりに現実を見てくれている。
やがて。
ビリっと言う音がして、俺の意識は途絶えた。
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