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第四章 さよならフォアクロワ――欠
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身を包み込むような寒気と、戸惑うもう一つの人格の存在に、俺は勝利を確信した。
体から、すっと力が抜けていく、それは、カルマを解除したから。けれど、それだけだろうか。腹部からだらだらと流れ出ていく赤色が、まるで……。
自分という存在が、その液体と共にこの体の中から消えていくような感覚。けれど、なぜだろう、それは果てしない痛みのはずなのに、どこか気持ちがいい。
なにかが、つうーっと、引き抜かれていく。
なあ、俺は――私は――君はお前は自分はぼくは俺様はあなたは……誰だ?
「かはっ……!」
口からまた、どろっとしたものを吐き出す。ねえ、いかないでよ。
俺を構成していたものが、どんどんとこの体を離れていく。
それは、確かに、少し前まで僕だったもので。
それがなくなるということは、自分をなくしていくということ。
だったら、今のわたしは、もう、さっきまでの私じゃあないの。
なあ、教えてくれよ。
俺は――私は――君はお前は自分はぼくは俺様はあなたは……誰だ?
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。そうやって叫んで出て行く声さえ、自分の中にあった何かが溶け出て行っているようで怖くなって、また叫ぶ。ああ、循環だ。悪の。そうしてぼくは、消えていくんですね。いやだ。いやだ。いやだいやだいやだ嫌だ嫌だいやだ嫌だ嫌!
そんな時、そっと、やわらかなものが触れた。
「大丈夫だ。エド。お前はエド。アタシの大好きな、バカエドだ」
それは懐かしい、声。俺の俺としての最初の記憶。
ああ、そうだ、君の名は……。
「アン……ナ?」
「ああ、アンナだ。お前が一番大好きな女だ」
彼女の美しいミルキークォーツが、闇を引き裂いてくれる。原色に染まりそうなこの俺を、また白く、元の姿に漂白してくれる。
冷たくて優しい。
ああ、君こそは!
「アンナ!」
「ああ」
彼女の赤い瞳が、俺を見つめている。その真っ白な肌が、俺に寄り添ってくれる。
「アンナ、アンナ! アンナアンナアンナアンナアンナ!!!」
「ああ、そうだ。そしてお前はエド。思い出したか?」
氷の様な彼女の声が、業によって滾っていた血流を抑え、沸騰して揮発しそうな俺を、この体に留まらせる。痛みを、苦しみを、殺してくれる。
「エド。ああ、そうか、俺の名前はエド。お前が、そう呼んでくれた」
「泣きたいなら、泣いたほうがいい」
彼女は俺の手をとって、そう言った。ひんやりとした心地良さの中に、彼女を感じる。
けれど、
「だめだ、涙を、流したら。俺が、エドが消えていってしまう。だって、その涙は、俺だったものなんだ。それが、それを流すってことは」
俺の中から、俺が消えていくってことだろう?
そんな慟哭。
それは、言葉と化す前に、彼女の愛に抱かれて消えた。
目の前が、白一色に染まった。あるのは、柔らかな冷感と、後ろ手に回された、これまでに幾度となく味わった、彼女の、彼女だけの、忘れもしない、強く柔和な二つの感触。
「いいんだ。泣け。アタシの前でだけは、泣いてくれ。お前はお前だ。消えたりなんかしない。アタシが、繋ぎ止めてやるから。繋ぎ止めて、あげるから」
したしたと、頬が潤んだ。顔の中心が、熱くなっていく。でも、どこか、心地いい、
「エドがいたからアタシがいる。アタシがいたからエドがいる。だから、アタシたちはどこにも消えていかない。アタシが、お前を愛する限り。永遠に……。な?」
朦朧とする頭には、意味のあるなにものかは入ってこなかった。
しかし、それでも、彼女が精一杯にくれた温もりが、この俺をしかと愛撫してくれている。その愛情だけは、感じられたから。
俺は、なにか、ただ心に思い浮かんだそれだけを、形にした。
「アンナ……愛してる」
「アタシもだよ。バカエド」
彼女は笑ってくれただろうか。
薄れ行く視界の中で、ただそれだけを思っていた。
体から、すっと力が抜けていく、それは、カルマを解除したから。けれど、それだけだろうか。腹部からだらだらと流れ出ていく赤色が、まるで……。
自分という存在が、その液体と共にこの体の中から消えていくような感覚。けれど、なぜだろう、それは果てしない痛みのはずなのに、どこか気持ちがいい。
なにかが、つうーっと、引き抜かれていく。
なあ、俺は――私は――君はお前は自分はぼくは俺様はあなたは……誰だ?
「かはっ……!」
口からまた、どろっとしたものを吐き出す。ねえ、いかないでよ。
俺を構成していたものが、どんどんとこの体を離れていく。
それは、確かに、少し前まで僕だったもので。
それがなくなるということは、自分をなくしていくということ。
だったら、今のわたしは、もう、さっきまでの私じゃあないの。
なあ、教えてくれよ。
俺は――私は――君はお前は自分はぼくは俺様はあなたは……誰だ?
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。そうやって叫んで出て行く声さえ、自分の中にあった何かが溶け出て行っているようで怖くなって、また叫ぶ。ああ、循環だ。悪の。そうしてぼくは、消えていくんですね。いやだ。いやだ。いやだいやだいやだ嫌だ嫌だいやだ嫌だ嫌!
そんな時、そっと、やわらかなものが触れた。
「大丈夫だ。エド。お前はエド。アタシの大好きな、バカエドだ」
それは懐かしい、声。俺の俺としての最初の記憶。
ああ、そうだ、君の名は……。
「アン……ナ?」
「ああ、アンナだ。お前が一番大好きな女だ」
彼女の美しいミルキークォーツが、闇を引き裂いてくれる。原色に染まりそうなこの俺を、また白く、元の姿に漂白してくれる。
冷たくて優しい。
ああ、君こそは!
「アンナ!」
「ああ」
彼女の赤い瞳が、俺を見つめている。その真っ白な肌が、俺に寄り添ってくれる。
「アンナ、アンナ! アンナアンナアンナアンナアンナ!!!」
「ああ、そうだ。そしてお前はエド。思い出したか?」
氷の様な彼女の声が、業によって滾っていた血流を抑え、沸騰して揮発しそうな俺を、この体に留まらせる。痛みを、苦しみを、殺してくれる。
「エド。ああ、そうか、俺の名前はエド。お前が、そう呼んでくれた」
「泣きたいなら、泣いたほうがいい」
彼女は俺の手をとって、そう言った。ひんやりとした心地良さの中に、彼女を感じる。
けれど、
「だめだ、涙を、流したら。俺が、エドが消えていってしまう。だって、その涙は、俺だったものなんだ。それが、それを流すってことは」
俺の中から、俺が消えていくってことだろう?
そんな慟哭。
それは、言葉と化す前に、彼女の愛に抱かれて消えた。
目の前が、白一色に染まった。あるのは、柔らかな冷感と、後ろ手に回された、これまでに幾度となく味わった、彼女の、彼女だけの、忘れもしない、強く柔和な二つの感触。
「いいんだ。泣け。アタシの前でだけは、泣いてくれ。お前はお前だ。消えたりなんかしない。アタシが、繋ぎ止めてやるから。繋ぎ止めて、あげるから」
したしたと、頬が潤んだ。顔の中心が、熱くなっていく。でも、どこか、心地いい、
「エドがいたからアタシがいる。アタシがいたからエドがいる。だから、アタシたちはどこにも消えていかない。アタシが、お前を愛する限り。永遠に……。な?」
朦朧とする頭には、意味のあるなにものかは入ってこなかった。
しかし、それでも、彼女が精一杯にくれた温もりが、この俺をしかと愛撫してくれている。その愛情だけは、感じられたから。
俺は、なにか、ただ心に思い浮かんだそれだけを、形にした。
「アンナ……愛してる」
「アタシもだよ。バカエド」
彼女は笑ってくれただろうか。
薄れ行く視界の中で、ただそれだけを思っていた。
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