24 / 96
第1章 英雄の娘、冒険に出る
023 一夜が明けた
しおりを挟む
気が付けば、朝だった。しかし鳥の声は聞こえず、代わりにパタパタと雨が降る音が響いている。僅かに湿気った空気を胸に取り込むと、彼女はなんだか物悲しい気分になってきた。
「……スーザンさん」
呟くと、それに呼応するかのようにお腹が間抜けな音を立てた。
「………………最低だ」
親しい人が亡くなったというのに、自分はなんて呑気なのだろう。
そんな自己嫌悪に苛まれていると、ノックする音が響く。コンコンという、温かくて優しい音だ。
「……どうぞ」
入ってきたのはシェーンだった。
白い肌はいつも以上に白く、緑の瞳は儚げに潤んでいる。その様子から満足に睡眠を取れていないことがわかった。そんな彼女は憔悴した印象を助長するかのように、緩慢な動作で歩み寄る。
「調子はどうかしら?」
「うん……まあ…………」
答え倦ねていると、母は察してくれた。
「そう……でも、ご飯を食べないと、気が滅入ってしまうわよ?」
母は気を遣ってくれていた。
その事実にリーベはいい加減、元気を出さないとという気になった……いや、心情なんて関係なくて、昨日は単に疲れていただけなのかもしれない。だがいずれにせよ、今彼女がするべきことは、昨日の非礼を詫び、いつもの生活に戻ることだけだった。
「お母さん……昨日はその、ごめんなさい……」
「リーベ……謝らないで」
シェーンはそっと娘を抱きしめた。娘はその温もりに身を委ねていると涙腺が緩み、涙が溢れてくる。
「……ごめんなさい……お母さんの気持ちも考えないで…………!」
「良いのよ……辛かったんでしょう」
その言葉と共にトントンと優しく背中を叩かれると、リーベが抑えていた感情が急速に膨れ上がっていく。
スーザンは良き隣人だった。快活で裏表がなく、接していて非常に清々しい気持ちになれる人だった。商売の面でも、刃物関連のことでよく世話になっていた。エーアステがここまで繁盛しているのも、彼女の力添えがあったからに他ならない。
そう。エーアステ一家にとって、スーザンは良き隣人であり、友であり、相棒でもあったのだ。
そんな彼女はもういない。一生会えないのだ。
「う……うわああああん!」
しばらくして落ち着くと、リーベは身に着けたままだったエプロンをベッドに脱ぎ捨て、母と共にホールに下りた。
多数の席で椅子が上がっている中、ただ1つだけ、椅子が下りていた。その変わりに食事が用意されていたのだが、何故か2人分しかない。
「あれ? お父さんは?」
座りながら問い掛けると、シェーンは苦々しい顔をした。
「……ギルドに行ったわよ」
「ギルド? こんな朝から?」
「今日は臨時休業だから起こさなかったけど、もうお昼過ぎよ」
「え?」
壁に掛けられた時計を見やると、短針が右側へ傾きつつあった。
「…………」
情けない事実にリーベは自分がイヤになった。もしここに母がいなければ、自分の頭をポカポカ殴っていたことだろう。
「それってやっぱり……」
気を取り直して問い掛ける。
「ええ……短い間に2度も魔物が来たでしょ? だから騎士団と共同で、今の態勢を見直すから知恵を借りたいって」
シェーンは妻としては夫にギルドと関わって欲しくなかったのだが、それがみんなのためになるならと、我慢していた。リーベはそれと自分を比較して、昨日の自分がどれだけ身勝手だったか思い知った。だがいつまでもクヨクヨはしていられず、気を改めた。
「それより、冷めないうちにいただきましょ?」
「……うん。そうだね――いただきます」
2人だけの昼食は物寂しく、ひっそりと静まり返った食堂には食器の打つかる音と、雨が街路を叩く音だけが虚しく響いていた。
食事が終わるとシェーンは『今日はゆっくりしてて良いわよ』と言った。しかしリーベは何かをしていないとまた落ち込んでしまいそうで、彼女は母と共に家事を行うことにした。
幸い時間はたっぷりとある。だから普段できないところまで徹底的に掃除してやろうと思ったた。
掃除をやるときは上からやるのが鉄則であり、2階以上を任されたリーベは屋根裏部屋から取りかかることにした。
以前は魔物の素材が散乱していた屋根裏部屋だが、今や綺麗に片付いている――もっとも、エルガーが捨てがたい品はいくつか残っているが。
彼は片付けはしたが掃除はしていなくて、あちこちにホコリが積もっている。
これはやりがいがありそうだとリーベは袖を捲った。
「んしょっと」
移動できるものは部屋から出すと桶に水を張った。はたきでホコリを落としてから、固く絞ったモップで拭き上げていく。
「…………」
掃除とは黙々とこなすものであり、それに従って掃除を進めていたわけだが……やはりというべきか、1人である事を実感すると途端に悲しくなってくる。
「……スーザンさん…………」
「……スーザンさん」
呟くと、それに呼応するかのようにお腹が間抜けな音を立てた。
「………………最低だ」
親しい人が亡くなったというのに、自分はなんて呑気なのだろう。
そんな自己嫌悪に苛まれていると、ノックする音が響く。コンコンという、温かくて優しい音だ。
「……どうぞ」
入ってきたのはシェーンだった。
白い肌はいつも以上に白く、緑の瞳は儚げに潤んでいる。その様子から満足に睡眠を取れていないことがわかった。そんな彼女は憔悴した印象を助長するかのように、緩慢な動作で歩み寄る。
「調子はどうかしら?」
「うん……まあ…………」
答え倦ねていると、母は察してくれた。
「そう……でも、ご飯を食べないと、気が滅入ってしまうわよ?」
母は気を遣ってくれていた。
その事実にリーベはいい加減、元気を出さないとという気になった……いや、心情なんて関係なくて、昨日は単に疲れていただけなのかもしれない。だがいずれにせよ、今彼女がするべきことは、昨日の非礼を詫び、いつもの生活に戻ることだけだった。
「お母さん……昨日はその、ごめんなさい……」
「リーベ……謝らないで」
シェーンはそっと娘を抱きしめた。娘はその温もりに身を委ねていると涙腺が緩み、涙が溢れてくる。
「……ごめんなさい……お母さんの気持ちも考えないで…………!」
「良いのよ……辛かったんでしょう」
その言葉と共にトントンと優しく背中を叩かれると、リーベが抑えていた感情が急速に膨れ上がっていく。
スーザンは良き隣人だった。快活で裏表がなく、接していて非常に清々しい気持ちになれる人だった。商売の面でも、刃物関連のことでよく世話になっていた。エーアステがここまで繁盛しているのも、彼女の力添えがあったからに他ならない。
そう。エーアステ一家にとって、スーザンは良き隣人であり、友であり、相棒でもあったのだ。
そんな彼女はもういない。一生会えないのだ。
「う……うわああああん!」
しばらくして落ち着くと、リーベは身に着けたままだったエプロンをベッドに脱ぎ捨て、母と共にホールに下りた。
多数の席で椅子が上がっている中、ただ1つだけ、椅子が下りていた。その変わりに食事が用意されていたのだが、何故か2人分しかない。
「あれ? お父さんは?」
座りながら問い掛けると、シェーンは苦々しい顔をした。
「……ギルドに行ったわよ」
「ギルド? こんな朝から?」
「今日は臨時休業だから起こさなかったけど、もうお昼過ぎよ」
「え?」
壁に掛けられた時計を見やると、短針が右側へ傾きつつあった。
「…………」
情けない事実にリーベは自分がイヤになった。もしここに母がいなければ、自分の頭をポカポカ殴っていたことだろう。
「それってやっぱり……」
気を取り直して問い掛ける。
「ええ……短い間に2度も魔物が来たでしょ? だから騎士団と共同で、今の態勢を見直すから知恵を借りたいって」
シェーンは妻としては夫にギルドと関わって欲しくなかったのだが、それがみんなのためになるならと、我慢していた。リーベはそれと自分を比較して、昨日の自分がどれだけ身勝手だったか思い知った。だがいつまでもクヨクヨはしていられず、気を改めた。
「それより、冷めないうちにいただきましょ?」
「……うん。そうだね――いただきます」
2人だけの昼食は物寂しく、ひっそりと静まり返った食堂には食器の打つかる音と、雨が街路を叩く音だけが虚しく響いていた。
食事が終わるとシェーンは『今日はゆっくりしてて良いわよ』と言った。しかしリーベは何かをしていないとまた落ち込んでしまいそうで、彼女は母と共に家事を行うことにした。
幸い時間はたっぷりとある。だから普段できないところまで徹底的に掃除してやろうと思ったた。
掃除をやるときは上からやるのが鉄則であり、2階以上を任されたリーベは屋根裏部屋から取りかかることにした。
以前は魔物の素材が散乱していた屋根裏部屋だが、今や綺麗に片付いている――もっとも、エルガーが捨てがたい品はいくつか残っているが。
彼は片付けはしたが掃除はしていなくて、あちこちにホコリが積もっている。
これはやりがいがありそうだとリーベは袖を捲った。
「んしょっと」
移動できるものは部屋から出すと桶に水を張った。はたきでホコリを落としてから、固く絞ったモップで拭き上げていく。
「…………」
掃除とは黙々とこなすものであり、それに従って掃除を進めていたわけだが……やはりというべきか、1人である事を実感すると途端に悲しくなってくる。
「……スーザンさん…………」
0
あなたにおすすめの小説
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる