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第1章 英雄の娘、冒険に出る
051 初めての冒険
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体を揺さぶられ、夢の世界から転落してきたリーベは眠い目を擦りながら身を起こす。
するとそこには父がいた。彫りの深い顔はランプの明かりを受けて色濃く影を落としていて、その物々しさに彼女は驚かされた。
「ひゃっ⁉ ……もお、びっくりさせないでよ」
ホッと胸を撫で下ろしていると、エルガーの張り詰めた声が降ってくる。
「そろそろ起きねえと、飯食う時間がなくなるぞ?」
「あ……うん。わかったよ」
「んじゃ、着替えたら下に来い」
そう言い残すと彼は部屋を出て行った。1人取り残された彼女はランプを点け、ダンクを壁の方に向けると冒険用の服に着替えた。
「…………ダンク」
リーベは親友を抱えるとギュッと抱きしめ、大きな頭の匂いを嗅いだ。
(もしかしたら、もう二度と会えないのかもしれない……)
そんな恐ろしい想像を振り払うように、彼女は勢いよく顔を離した。
「お留守番、お願いね?」
くりくりの瞳を見据えて言いつけると、狭い額にキスをした。
時刻は4時半過ぎ。
普段ならホールには誰もおらず、しゃべり声などしないだろう。あったとしても、エルガーがつまみ食いしようとして妻に怒られてるときくらいだ。
だからこの時間に家族全員がホールに集まり、言葉を交わしているのはエーアステ一家にとって、大変異例なことなのだ。
「体調は大丈夫?」
シェーンが心配を隠すことなく娘に問い掛ける。
「たっぷり寝たからね、元気満点だよ」
リーベは自らの言葉を証明するべく、母が特別に用意してくれたトマト煮を掻き込んで見せる。しかし母の眉は垂れたままで、その口から出る言葉もやはり、か細いものだった。
「なら、良いんだけど……」
「まったく、シェーンは心配症だな」
エルガーの言葉はいつも以上に陽気なトーンをしているがしかし、その気遣いは妻の繊細な心を一層不安なものにしてしまうのだった。
「…………母親ですもの」
ぼそりと呟いただけの言葉が、いやに大きく響いた。それは沈黙を呼び込み、リーベの――一家の胸を重く圧していく。
「お母さん……」
リーベにはもちろん子供はおらず、故に両親の心労は想像することしかできない。だが自分の娘が冒険者となり、これから魔物と戦いに行くとなっては、心穏やかでいられるわけがないとは自覚していた。
(でも……それでも、わたしは冒険者なんだ)
例えどんなに心配されようとも、それを振り切って魔物に挑まなければならない。それは心配する側も、される側も、どちらにとっても辛い事なのだ。
だからせめて、その心配が少しでも和らいでくれればいいのだが……そう思って言葉を足す。
「おじさんたちが一緒なんだから、大丈夫だよ」
気休めの言葉に対し、母は窶れた笑みを浮かべた。
「……そうね」
一瞬の沈黙を経て、父が言う。
「ほら、さっさと食わねえとアイツらが来ちまうぞ?」
「あ、いけない!」
リーベは慌てて食事を再開した。
「ふう……ごちそうさまでした」
トマト煮を平らげた時、時刻は五時を回ろうとしていた。仲間たちは5時に迎えに来ると言っていたから、そろそろ到着するだろう。そんな緊張からリーベがそわそわしていると、皿を回収しながら父エルガーが問うてくる。
「忘れ物はねえか?」
「あ、うん。大丈夫だよ。手伝うよ」
腰を浮かせるも「お前は休んでろ」と言われてしまった。父が厨房へ向う一方、ホールに残された母子の間には気まずい沈黙が流れた。
このままではシェーンの不安が大きくなるのは明らかで、だからリーベは努めて穏やかに、なんてことない話題を振った。
「わたしが抜けてからお店はどう? ちゃんと回ってる?」
「ええ。お父さんが頑張ってくれてるお陰よ」
「そうなんだ」
(1人で給仕をするのは中々に大変なのに、さすがお父さん)
何をやらせても優秀な父を誇らしく思う一方で、もう食堂には自分の居場所がないように思えてしまい、悲しくなった。すると母が娘の手を取り、子守歌のような優しい声で言う。
「リーベ。街のみんなのために冒険者になろうと思ったあなたは立派よ。でも、だからって無理をする事はないわ。頑張って頑張って、それでもダメだってなった時は、ここに戻っておいで。ここはあなたのお家なんだから」
その言葉は母としての優しさと個人的な願望が混合したものだった。
それを人は本音という。
シェーンの心からの言葉を聞けて、リーベの胸は温かい気持ちでいっぱいになった。
「……ありがと。どうしてもの時はそうするね――」
ゴンゴン!
不意に響いたノッカーの音に、リーベもシェーンもビクリと跳ね上がった。
振り返るも、窓は鎧戸が閉められていて、外にいる人物が誰か知ることはできない。だがこの時間に彼らが訪れることをわたしたちは知っていた。
リーベはチラリと母を見ると、苦しそうに唇を噛み締めていた。
しかし次の瞬間、意を決したように立ち上がると、娘に「準備をしなさい」と言い残し、自らはドアへと向った。
「はーい」
呼び掛けながらドアを開放すると同時に、ホールには低音が響き渡る。
「よう、シェーン。リーベはいるか?」
「ええ――リーベ、ヴァールさんたちが迎えにいらしたわよ」
シェーンが娘に振り向くと同時にヴァールが顔を覗かせた。
「あ、ちょっと待って!」
慌てて荷物を抱えるとヴァールの方へ駆け寄る。
表には彼以外にフェアとフロイデの姿があり、彼らは揃って旅装だった。それは彼女も同じであり、故に『これからみんなで一緒に冒険に出るんだ』と強く実感できた。
「お、おはよう、ございます……!」
「はは! なに固くなってんだよ!」
ヴァールが笑う声にカーッと顔が熱くなる。
「お、来たか」
皿洗いを終え、厨房から戻ってきたエルガーは弟子たちに挨拶すると改まって言う。
「リーベを頼んだぞ」
「ああ。擦り傷1つ許さねえから安心しな」
ヴァールは頼もしげに言うと弟子を見て、母の方へ顎をしゃくった。
それを受けてリーベがシェーンを見やると、彼女目には不安の色だけが浮かんでいた。この場にヴァールたちがいなければ果てし無い不安感に涙していたことだろう。
これほど繊細な心を持つ母に心労を負わせてしまうことに罪悪感が募るが、それでもリーベは行かなければならない。テルドルの希望になるために。
「……お母さん、お父さん。行ってきます…………!」
精一杯の笑顔を繕って言うと、両親は不安を笑顔の陰に潜めて返答する。
「いってらっしゃい!」
するとそこには父がいた。彫りの深い顔はランプの明かりを受けて色濃く影を落としていて、その物々しさに彼女は驚かされた。
「ひゃっ⁉ ……もお、びっくりさせないでよ」
ホッと胸を撫で下ろしていると、エルガーの張り詰めた声が降ってくる。
「そろそろ起きねえと、飯食う時間がなくなるぞ?」
「あ……うん。わかったよ」
「んじゃ、着替えたら下に来い」
そう言い残すと彼は部屋を出て行った。1人取り残された彼女はランプを点け、ダンクを壁の方に向けると冒険用の服に着替えた。
「…………ダンク」
リーベは親友を抱えるとギュッと抱きしめ、大きな頭の匂いを嗅いだ。
(もしかしたら、もう二度と会えないのかもしれない……)
そんな恐ろしい想像を振り払うように、彼女は勢いよく顔を離した。
「お留守番、お願いね?」
くりくりの瞳を見据えて言いつけると、狭い額にキスをした。
時刻は4時半過ぎ。
普段ならホールには誰もおらず、しゃべり声などしないだろう。あったとしても、エルガーがつまみ食いしようとして妻に怒られてるときくらいだ。
だからこの時間に家族全員がホールに集まり、言葉を交わしているのはエーアステ一家にとって、大変異例なことなのだ。
「体調は大丈夫?」
シェーンが心配を隠すことなく娘に問い掛ける。
「たっぷり寝たからね、元気満点だよ」
リーベは自らの言葉を証明するべく、母が特別に用意してくれたトマト煮を掻き込んで見せる。しかし母の眉は垂れたままで、その口から出る言葉もやはり、か細いものだった。
「なら、良いんだけど……」
「まったく、シェーンは心配症だな」
エルガーの言葉はいつも以上に陽気なトーンをしているがしかし、その気遣いは妻の繊細な心を一層不安なものにしてしまうのだった。
「…………母親ですもの」
ぼそりと呟いただけの言葉が、いやに大きく響いた。それは沈黙を呼び込み、リーベの――一家の胸を重く圧していく。
「お母さん……」
リーベにはもちろん子供はおらず、故に両親の心労は想像することしかできない。だが自分の娘が冒険者となり、これから魔物と戦いに行くとなっては、心穏やかでいられるわけがないとは自覚していた。
(でも……それでも、わたしは冒険者なんだ)
例えどんなに心配されようとも、それを振り切って魔物に挑まなければならない。それは心配する側も、される側も、どちらにとっても辛い事なのだ。
だからせめて、その心配が少しでも和らいでくれればいいのだが……そう思って言葉を足す。
「おじさんたちが一緒なんだから、大丈夫だよ」
気休めの言葉に対し、母は窶れた笑みを浮かべた。
「……そうね」
一瞬の沈黙を経て、父が言う。
「ほら、さっさと食わねえとアイツらが来ちまうぞ?」
「あ、いけない!」
リーベは慌てて食事を再開した。
「ふう……ごちそうさまでした」
トマト煮を平らげた時、時刻は五時を回ろうとしていた。仲間たちは5時に迎えに来ると言っていたから、そろそろ到着するだろう。そんな緊張からリーベがそわそわしていると、皿を回収しながら父エルガーが問うてくる。
「忘れ物はねえか?」
「あ、うん。大丈夫だよ。手伝うよ」
腰を浮かせるも「お前は休んでろ」と言われてしまった。父が厨房へ向う一方、ホールに残された母子の間には気まずい沈黙が流れた。
このままではシェーンの不安が大きくなるのは明らかで、だからリーベは努めて穏やかに、なんてことない話題を振った。
「わたしが抜けてからお店はどう? ちゃんと回ってる?」
「ええ。お父さんが頑張ってくれてるお陰よ」
「そうなんだ」
(1人で給仕をするのは中々に大変なのに、さすがお父さん)
何をやらせても優秀な父を誇らしく思う一方で、もう食堂には自分の居場所がないように思えてしまい、悲しくなった。すると母が娘の手を取り、子守歌のような優しい声で言う。
「リーベ。街のみんなのために冒険者になろうと思ったあなたは立派よ。でも、だからって無理をする事はないわ。頑張って頑張って、それでもダメだってなった時は、ここに戻っておいで。ここはあなたのお家なんだから」
その言葉は母としての優しさと個人的な願望が混合したものだった。
それを人は本音という。
シェーンの心からの言葉を聞けて、リーベの胸は温かい気持ちでいっぱいになった。
「……ありがと。どうしてもの時はそうするね――」
ゴンゴン!
不意に響いたノッカーの音に、リーベもシェーンもビクリと跳ね上がった。
振り返るも、窓は鎧戸が閉められていて、外にいる人物が誰か知ることはできない。だがこの時間に彼らが訪れることをわたしたちは知っていた。
リーベはチラリと母を見ると、苦しそうに唇を噛み締めていた。
しかし次の瞬間、意を決したように立ち上がると、娘に「準備をしなさい」と言い残し、自らはドアへと向った。
「はーい」
呼び掛けながらドアを開放すると同時に、ホールには低音が響き渡る。
「よう、シェーン。リーベはいるか?」
「ええ――リーベ、ヴァールさんたちが迎えにいらしたわよ」
シェーンが娘に振り向くと同時にヴァールが顔を覗かせた。
「あ、ちょっと待って!」
慌てて荷物を抱えるとヴァールの方へ駆け寄る。
表には彼以外にフェアとフロイデの姿があり、彼らは揃って旅装だった。それは彼女も同じであり、故に『これからみんなで一緒に冒険に出るんだ』と強く実感できた。
「お、おはよう、ございます……!」
「はは! なに固くなってんだよ!」
ヴァールが笑う声にカーッと顔が熱くなる。
「お、来たか」
皿洗いを終え、厨房から戻ってきたエルガーは弟子たちに挨拶すると改まって言う。
「リーベを頼んだぞ」
「ああ。擦り傷1つ許さねえから安心しな」
ヴァールは頼もしげに言うと弟子を見て、母の方へ顎をしゃくった。
それを受けてリーベがシェーンを見やると、彼女目には不安の色だけが浮かんでいた。この場にヴァールたちがいなければ果てし無い不安感に涙していたことだろう。
これほど繊細な心を持つ母に心労を負わせてしまうことに罪悪感が募るが、それでもリーベは行かなければならない。テルドルの希望になるために。
「……お母さん、お父さん。行ってきます…………!」
精一杯の笑顔を繕って言うと、両親は不安を笑顔の陰に潜めて返答する。
「いってらっしゃい!」
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