150 / 193
第四章 百物語編
38話目 事件後の細波
しおりを挟むそうして、斑鳩家が所有する屋敷。翌朝、見藤は客間で目を覚ました。疲労からか、少し重たい頭を手で押さえて起き上がる。
来客用として貸し出された寝間着に視線を落とし、ふと壁に掛けられたスーツを見やる。それはいつの間にかクリーニングに出されたようで普段よりも小綺麗になっている。見藤は申し訳なさそうに眉を下げたのであった。
昨晩はと言うと、酒をたらふく飲んだ斑鳩は文字通りの酔っ払いと成り果て畳の間で大の字になり眠ってしまった。その場の流れで見藤が彼の世話を焼くことになり、文句を言いつつも介抱したのだった。
それを目撃した使用人達は当主の養子という立場である、斑鳩の恩人とも言える見藤に対し平謝りしていた。
見藤としても恩人などと大層なつもりは毛頭ないため、友人へのただのお節介であったと断りを入れておいた。それが見藤の知らぬ所で斑鳩家での彼の株を上げたことなど本人は知る由もない。
◇
斑鳩家による認知操作まではその目に見ること叶わないのだが、実働調査としてまだまだやらねばならないことは山積みだ。それを考えると、見藤は思わず溜め息をつく。重たい体で立ち上がった。顔を洗い、髭を剃り、早々に身支度を終えたのであった。
そうして客間に出された朝食を食べ終えると、お膳を下げに来てくれた使用人に軽く礼を伝える。すると、反対にこれでもかと言うほど頭を下げられた。見藤が慌てて止めるが、彼は止めることはしなかった。
「坊っちゃんを、……ありがとうございました」
「あ、いえ……、そんな……」
畳についた三つ指は少しだけ震えて鼻声交じりにそう言われてしまえば、その礼を受け取らなければならない。斑鳩家は使用人ともいい関係であるようで斑鳩は相当慕われているようだ、とどこか納得したように見藤の目元がふっと緩んだ。
――のも、束の間。
見藤はユビキリマワリの報告書を斑鳩から押し付けられ、さらにはヌイメの認知の及び方の調査まで割り振られる羽目になった。
ちなみに肝心の斑鳩本人は、見藤が起き出すよりも早朝に警部としての仕事のためにこの屋敷を発ったと聞かされた。
要は文句を言う先がなければ、後は見藤がどうにかしてくれるだろうという斑鳩の甘い算段だ。言わずもがな、見藤の眉間に深く皺が刻まれることになった。
◇
見藤は客間から場所を移し、そこは屋敷内の一室。日本家屋の風流な内装と打って変わり、その部屋はえらく近代的な造りをしている。
既に数人がモニターに目を光らせており、情報収集にあたっていた。
斑鳩によって放り投げられた仕事に不服そうな態度を隠そうともせず、後方の椅子に仏頂面で座る見藤には、ちらちらと申し訳なさそうな視線が送られる。
どうやら斑鳩は若年層の育成に力を入れている様子で、この部屋で情報収集にあたっている者達は見藤よりもいくらか年若く見受けられた。
昔、斑鳩と見藤の間に交わされた約束。呪い師の家系に生まれた二人――、その家に蔓延る身分差別や一方的な尊厳の搾取、そう言った自分たちが味わった悔恨を次世代へ遺すべきではない。
本来であれば呪いは人や怪異の救いのために在る、それを人が人を呪う術として貶められる。その因習を払拭し、本来在るべきものへと戻す。そんな、険しい道のりを敷いた約束をしたものだ。
それはこうした次世代の育成といった形でも少しずつ成されていくのだろう。そして、斑鳩はその家の主軸とも呼べる斑鳩家当主の養子となる。それは次期当主としての立場が確立されたようなものだ。
見藤はあの頃の思いを、ほんの少しだけその胸に再び宿すことになったようだ。険しい表情をしながらも、ユビキリマワリの認知消失の確認作業、ヌイメの情報収集を事細やかに指示していた。
さらに言えば、見藤は機器類に疎いため、そのような事は不可能であると言ってしまえば楽であるような指示をいくつも飛ばすのだ。
その指導の厳しさは、たった数時間で斑鳩家の若い衆の中では知らぬ者がいなくなる程だったようだ。
指導の甲斐あってか、夕刻までかかると思われた作業は昼過ぎには終わっていたのだが――。
見藤による怒涛の指導により、その部屋に転がるのは死屍累々となった者達であった。中にはその達成感から得も言われぬ笑みを浮かべる者がいたのだが、それはそっとしておこう。
そうして、残るはヌイメの封印のみとなった。それはまた斑鳩からの連絡を待つとして、今日は事務所へ帰らねばと見藤は早々に屋敷を発つ。玄関先まで見送りに来てくれた使用人に軽く挨拶をして、出立した。
すると、斑鳩家の屋敷を後にする際、見藤はふと思い出したことがあった。
(そう言えば結界の綻び……結び直してないな。まぁ……いいか、後で斑鳩が直すだろ)
報告書やヌイメの認知操作の指示、それら全てを押し付けた斑鳩へのせめてもの仕返しだ。
見藤が屋敷を発ってからしばらく――。庭から悲痛な叫び声が響いた。あまりの声に使用人達は手を止め、そちらを見やるほどだ。
「はぁあん!? この結界をいらった(触った)のは誰や!? こん、……こんな、やくたいやで(手のつけようがない)……」
見藤が作った結界の綻び。それは見藤のように腕の立つ呪い師でないと結び直すことは不可能で、これでは一から再び結界を貼り直すしかない。
庭で項垂れる老齢な庭師の姿があったことを、見藤は知る由もなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる