禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第四章 百物語編

38話目 事件後の細波

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 そうして、斑鳩家が所有する屋敷。翌朝、見藤は客間で目を覚ました。疲労からか、少し重たい頭を手で押さえて起き上がる。

 来客用として貸し出された寝間着に視線を落とし、ふと壁に掛けられたスーツを見やる。それはいつの間にかクリーニングに出されたようで普段よりも小綺麗になっている。見藤は申し訳なさそうに眉を下げたのであった。

 昨晩はと言うと、酒をたらふく飲んだ斑鳩は文字通りの酔っ払いと成り果て畳の間で大の字になり眠ってしまった。その場の流れで見藤が彼の世話を焼くことになり、文句を言いつつも介抱したのだった。

 それを目撃した使用人達は当主の養子むすこという立場である、斑鳩の恩人とも言える見藤に対し平謝りしていた。
 見藤としても恩人などと大層なつもりは毛頭ないため、友人へのただのお節介であったと断りを入れておいた。それが見藤の知らぬ所で斑鳩家での彼の株を上げたことなど本人は知る由もない。



 斑鳩家による認知操作まではその目に見ること叶わないのだが、実働調査としてまだまだやらねばならないことは山積みだ。それを考えると、見藤は思わず溜め息をつく。重たい体で立ち上がった。顔を洗い、髭を剃り、早々に身支度を終えたのであった。
 
 そうして客間に出された朝食を食べ終えると、お膳を下げに来てくれた使用人に軽く礼を伝える。すると、反対にこれでもかと言うほど頭を下げられた。見藤が慌てて止めるが、彼は止めることはしなかった。

「坊っちゃんを、……ありがとうございました」
「あ、いえ……、そんな……」

 畳についた三つ指は少しだけ震えて鼻声交じりにそう言われてしまえば、その礼を受け取らなければならない。斑鳩家は使用人ともいい関係であるようで斑鳩は相当慕われているようだ、とどこか納得したように見藤の目元がふっと緩んだ。

 ――のも、束の間。
 見藤はユビキリマワリの報告書を斑鳩から押し付けられ、さらにはヌイメの認知の及び方の調査まで割り振られる羽目になった。

 ちなみに肝心の斑鳩本人は、見藤が起き出すよりも早朝に警部としての仕事のためにこの屋敷を発ったと聞かされた。
 要は文句を言う先がなければ、後は見藤がどうにかしてくれるだろうという斑鳩の甘い算段だ。言わずもがな、見藤の眉間に深く皺が刻まれることになった。



 見藤は客間から場所を移し、そこは屋敷内の一室。日本家屋の風流な内装と打って変わり、その部屋はえらく近代的な造りをしている。
 既に数人がモニターに目を光らせており、情報収集にあたっていた。

 斑鳩によって放り投げられた仕事に不服そうな態度を隠そうともせず、後方の椅子に仏頂面で座る見藤には、ちらちらと申し訳なさそうな視線が送られる。
 どうやら斑鳩は若年層の育成に力を入れている様子で、この部屋で情報収集にあたっている者達は見藤よりもいくらか年若く見受けられた。


 昔、斑鳩と見藤の間に交わされた約束。呪い師の家系に生まれた二人――、その家に蔓延る身分差別や一方的な尊厳の搾取、そう言った自分たちが味わった悔恨を次世代へ遺すべきではない。

 本来であればまじないは人や怪異の救いのために在る、それを人が人をのろう術として貶められる。その因習を払拭し、本来在るべきものへと戻す。そんな、険しい道のりを敷いた約束をしたものだ。

 それはこうした次世代の育成といった形でも少しずつ成されていくのだろう。そして、斑鳩はその家の主軸とも呼べる斑鳩家当主の養子むすことなる。それは次期当主としての立場が確立されたようなものだ。

 見藤はあの頃の思いを、ほんの少しだけその胸に再び宿すことになったようだ。険しい表情をしながらも、ユビキリマワリの認知消失の確認作業、ヌイメの情報収集を事細やかに指示していた。

 さらに言えば、見藤は機器類に疎いため、そのような事は不可能であると言ってしまえば楽であるような指示をいくつも飛ばすのだ。
 その指導の厳しさは、たった数時間で斑鳩家の若い衆の中では知らぬ者がいなくなる程だったようだ。

 指導の甲斐あってか、夕刻までかかると思われた作業は昼過ぎには終わっていたのだが――。

 見藤による怒涛の指導により、その部屋に転がるのは死屍累々となった者達であった。中にはその達成感から得も言われぬ笑みを浮かべる者がいたのだが、それはそっとしておこう。

 そうして、残るはヌイメの封印のみとなった。それはまた斑鳩からの連絡を待つとして、今日は事務所へ帰らねばと見藤は早々に屋敷を発つ。玄関先まで見送りに来てくれた使用人に軽く挨拶をして、出立した。

 すると、斑鳩家の屋敷を後にする際、見藤はふと思い出したことがあった。

(そう言えば結界の綻び……結び直してないな。まぁ……いいか、後で斑鳩が直すだろ)

 報告書やヌイメの認知操作の指示、それら全てを押し付けた斑鳩へのせめてもの仕返しだ。

 見藤が屋敷を発ってからしばらく――。庭から悲痛な叫び声が響いた。あまりの声に使用人達は手を止め、そちらを見やるほどだ。

「はぁあん!? この結界をいらった(触った)のは誰や!? こん、……こんな、やくたいやで(手のつけようがない)……」

 見藤が作った結界の綻び。それは見藤のように腕の立つ呪い師でないと結び直すことは不可能で、これでは一から再び結界を貼り直すしかない。
 庭で項垂れる老齢な庭師の姿があったことを、見藤は知る由もなかった。


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