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第四章 百物語編
42話目 よすがの指環(三)
しおりを挟む「今週だけで三つ目だぞ」
そう言って事務机に向かう見藤が手に取ったのは、煙谷から情報のあった呪詛が込められた指輪だ。
直接触れてしまわないように、ハンカチ越しに指輪を取っている。隣には霧子の姿があり、彼の肩越しにその指輪を眺めている。
見藤の目に映るのは、どうにも不格好な呪《のろ》いの痕跡。しかし、やはりと言うべきか。この指輪は不幸を手繰り寄せるようで、これまで回収したどの指輪よりも一段と呪詛が色濃い。
現に、溜めこんだ不幸の中に見藤を取り込もうと黒い靄《もや》が徐々にその影を大きくしている様子が、彼の目には視えている。
しかし、当の本人はそれをものともせず、じっと観察している。隣で様子を見守っている霧子は気が気でないようだ。
「これ、気持ち悪いわね」
未だ観察を続ける見藤に痺れを切らしたのか、そう言うや否や霧子がひょい、と見藤から件の指輪を取り上げる。突然のことで見藤は成す術なく、霧子の手を視線で追うだけだ。すると、彼女はぐっと手を握った。
パキ……、と割れる音が部屋に短く響いた。そうして、霧子が指を広げ手の平が露《あらわ》になると、その音の通り指輪は真っ二つに割れていた。
霧子は割れた指輪を見藤が手に持つハンカチの上へと返す。すると、指輪はなんら変哲もない鉄の塊に戻っていた。
「嫌ね、人の不幸を指輪に縋《すが》るなんて。それに――」
霧子はそこまで言うと、ちらりと見藤を見やりその先の言葉を噤《つぐ》んだ。
霧子の目に映ったもの。それは人を不幸に誘おうとする呪詛が体現したような光景であった。
見藤を取り込もうとしていた黒い粘着質な靄《もや》は執拗にその姿を消そうとせず、へばりつくように事務机の上に留まっていた。それも時間が経つにつれ、床へとその場所を移す。依然、うごうごと床にへばりつくその靄《もや》に、霧子は痺れを切らし――。
「はぁ、人の呪詛如きが私のものに手を出そうとするのね。呆れちゃう」
カツン、と鋭い音を響かせ、ブーツのヒールでその靄《もや》を踏み潰したのだった。
踏みつぶされた靄は次第にその姿を消していったのだが――、その粘着質なものを踏んだ感覚がしばらくの間、ブーツの裏に残っていたようだ。霧子は眉を寄せている。
「……道端のガムを踏んづけた気分よ」
「そんな事しなくても」
「だって、こんな呪詛があんたに触れるのは嫌なの! あれは……気持ち悪いわ」
思わずして不快な気分にさせられた霧子は、むすっとした表情を浮かべて口をへの字に歪めている。そんな霧子を見上げる見藤は、少し申し訳なさそうに眉を下げたのであった。
大方、悠長に呪詛を観察していたことが霧子に先の行動を取らせてしまったのだ。見藤は少し気まずそうにぽりぽりと頬を掻いた。
「どうするかな……、回収はこの特徴的な残滓を辿れば容易だが……」
「回収しても、この指輪が出回り続けたら鼬ごっこよね」
そう、霧子の言う通りだ。今回の件、回収作業だけでは何も解決しない。それに購入者一人ひとり、事情を説明する訳にもいかない。皆が皆、話が通じる訳ではないだろう。
何か取って付けたような理由付けをして、その指輪の注意喚起を促す情報を流布するよう斑鳩に依頼するのが適切だろうか。それとも、その販売元を突き止めてその行為を糾弾し、止めさせるのか――。
だが、それにはさらなる調査が必要だ。そうなると、その間にも呪詛が込められた指輪は広まってしまう。
どうしたものか、と思案する見藤が首を捻っていると、霧子は身を屈めた。そして、背後からそっと彼の側頭部へ頬を擦り寄せる。まるで猫のように愛情を示す仕草は思考の渦の中にいた見藤をはっと、現実に引き戻す。
そんな霧子から唐突に寄せられた控えめな愛情表現。見藤は少しばかり耳を赤く染めて、気恥ずかしさから悪態をつく。
「全く……」
「考えすぎもよくないわよ? こういう時は助手の力も借りないと」
「そうは言うが……」
久保と東雲が療養期間を終えた後。学業に支障がでない程度にと言った手前、彼らの負担を増やすことは見藤の意に反する。
言いよどむ見藤を余所に、霧子は時折ブーツの裏底を気にしながら歩いてゆき、ソファーに腰かけた。見藤は彼女がソファーに座ったことを見届けると、給湯スペースへと向かう。
そして、戸棚から金色の缶といつものティーポットを取り出す。霧子へのせめてもの労いでこれから紅茶を淹れるようだ。
すると、ガチャリと事務所の扉が開かれた。「こんにちは」と元気の良い挨拶をしながら入って来たのは久保だ。どうやら講義終わりのようで、その背には大きなリュックが背負われている。久保は事務所内に入ると、マフラーを外した。
そして、背を向けている見藤に視線をやり、その次にソファーでくつろぐ霧子を見やる。どうやら今日はそこまで忙しくないようだと、どこか安心した表情を浮かべている。どうにも見藤のワーカーホリック振りを心配していたらしい。
「いらっしゃい、久保くん」
「お邪魔します。霧子さんもこんにちは」
「えぇ、いらっしゃい」
丁度、紅茶を淹れ終えた見藤がローテーブルへティーポットとティーカップを乗せたお盆を運んで来る。霧子は短く礼を伝え、付箋の貼られた旅行雑誌を手に取った。
見藤はお盆を机に置くと、こちらに歩いて来る久保に視線をやる。そして、ついでと言わんばかりに尋ねた。
「久保くんはコーヒーでいいか?」
「え、すみません。でも頂きます」
「はは、構わないよ」
素直な久保の反応は好ましいようで、見藤は少しだけ目尻を下げて再び給湯スペースへと戻って行った。
彼の背を見送ると、霧子は久保に向かいのソファーへ座るよう勧める。いつも久保と東雲、大体二人で事務所を訪ねて来ることが多いのだが今日は久保だけだ。そのことに少しだけ疑問を抱いた霧子は、旅行雑誌から視線を上げて久保に尋ねる。
「そう言えば、東雲ちゃんは?」
「あぁ、今日は友達と予定があるみたいですよ。なんでもフェスに行く下準備……とか」
「そうなの……」
「どうかしたんですか?」
今度は久保からの質問に霧子は少し「どうしようかしら」と首を捻る。どこまで久保にに話してもよいものかと考えていたようだ。見藤の背に視線を送ると、その視線に気付いたようで、見藤はこくりと頷いた。
承諾を得た霧子は久保に視線を戻し、ここ数日の出来事を彼に知らせる。
「巷でよくない物が憑いた指輪が出回っているのよ。東雲ちゃん、可愛い物が好きだからひょっとして、と思って――」
「あぁ!!」
霧子の言葉に大声を上げたのは久保だ。丁度、コーヒーを淹れ終えた見藤が両手にマグカップを手にこちらへ戻ってくる時だった。突然のことでびくりと肩が跳ね、少しだけコーヒーが零れてしまった。
「なんだ、突然」
「そうです、これ……!」
床にできた茶色い染みに眉を顰《ひそ》めながら、見藤は久保に零れていない方のコーヒーを差し出す。久保は礼を言いつつマグカップを受け取り、テーブルへ置いた。
そして、何やらごそごそとポケットの中を探し始める。すると、しばらくして出てきたのは何かを握り締めた久保の手。その手を怪訝そうに見つめる二人。
久保の手の平が開かれると、そこにあったのは見覚えのある指輪。
「いやぁ……。女性が突然、道端にこの指輪を投げ捨てたので、痴話喧嘩でもしたのかと ――。落としましたよって、拾ったはいいものの……。慌てたようにその場からいなくなってしまって。気まずかったんですかね」
「また君は……。とんでもない場面に遭遇するな」
そのままにすることも、落とし物として警察に届けるのも違うような気がして……、と困ったように話す久保。
それは運がよいのか悪いのか。そんな状況に遭遇したときの久保の様子を思い浮かべて、見藤と霧子は困ったように笑ったのだった。
「それだよ、久保くん」
「はい?」
「霧子さんが君に話した、よくないモノが憑いた指輪」
「――!?」
久保は驚きのあまり指輪を放り投げてしまった。
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