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第一章 劈頭編
6話目 出張、京都旅(七)
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この件を祖父に報告すると見藤が話した際、東雲は断固反対した。
東雲は祖父には心配をかけたくない、何より参拝客達も同列の存在として見てしまいそうになる、それは避けたい、と話した。見藤は大いに悩んだ末、東雲の意思を尊重したのだった。
「はぁ……、ここの神さまの眷属には悪いことをした」
見藤はそう言うと少しだけ足を進め、しゃがみ込んだ。そこは、あの人影によって喰い散らかされた白蛇の怪異の残骸が散らばった場所だった。
白蛇の残骸――。頭がないもの、尾だけになったもの。久保と東雲からすれば、あまり視たくない光景だ。その残骸はどういう訳か実体を保ったまま。それにしても、喰い散らかされた残骸は普通の蛇のようであり、目にして気分がよいものではない。
それをあろうことか、見藤は素手で掻き集め始めた。そして、まるで弔うように境内の端に埋めてやったのだ。
(……この人。少し、おかしい)
それは久保が抱いた、強烈な違和感。――見藤は怪異に心を砕く。自らは人であるにも関わらず。
そして、これまで見藤と過ごした短い時間の中で、彼はどこか人との関りが希薄だと久保は感じていた。だが一方で、一度でも自らと関わりを持てば手を差し伸べる。どこか矛盾した行動を見せる。
久保の中で、見藤の行動原理を理解する答えはいくら考えても導き出せない。それはまだ自分と見藤の関わりが希薄だからであろうか。
(知りたい、もっと)
この世にも奇妙な世界のこと。そして、見藤のこと ――。久保が自らの心に抱いた所願を噛みしめていると、不意に東雲の呻き声が聞こえて来た。
「う、ぇ……」
「わーーーー!? 東雲さん!!!」
「ずみまぜん……」
恐怖と嫌悪感に耐え切れず、胃液を戻してしまった東雲。そんな彼女を介抱したのは言わずもがな、大変申し訳なさそうな顔をした見藤であった。
* * *
翌朝。祖父は朝早くから神社の仕事で家を発っていた。簡単に朝食を用意してくれており、大変ありがたい。
三人は軽く朝の挨拶を交わすと、疲労感からか無言で食卓についた。
「久保くんと、東雲さんは参拝に行ってくれ」
すると、薄っすら目の下に隈を浮かべた見藤はそう言った。
昨日の今日で、少し髪の毛がぼさぼさになっている見藤。普段は見られない見藤の寝起き姿をしばらく眺めていた東雲は、はっとして話を真面目に聞き始めた。彼女は相変わらずのようだ。
「俺は神に祈るなんて柄じゃないが、君たちは違う。ああいう存在との縁は早めに切っておくべきだ」
久保としても、見藤の言うことは大いに頷けた。
そうして神社を参拝することとなり身支度を進める三人にはテレビに映る、谷合の河川敷で発見された変死体のニュースなど耳に入っていなかった。
◇
朝食を頂いた後は神社へと赴き、久保と東雲は拝殿へと向かった。途中まで同行していた見藤は、二人を見送ると参道の反対方向へ歩き始める。鳥居の近くまで来ると、ふと視線を感じて鳥居を見上げた。
白い大蛇の怪異だ。白い大蛇が神額に巻き付くように居座っている。昨日、喰われてしまった小さな白蛇の主神となるような存在だろう。
すると、その大蛇は頭を下げた。それはお辞儀をしているようにも見える。見藤はつられてお辞儀を返した。
(何なんだ……、特にお辞儀をされることはしていないが……)
世の中やはり不思議な出来事もあるものだ、と思い留めておく。
その大蛇は久保と東雲が参拝を終えて見藤の元へやってくるまで、そこに居座っていた。彼らと合流し、見藤が再び鳥居を見上げると、そこに大蛇の姿はない。いつの間にか姿を消したようだ。
「それじゃあ、俺たちは帰るか」
「そうですね……、流石に京都観光!なんて気分じゃないですよ」
久保は東雲と、また大学でねと挨拶を交わし、別れたのであった。
* * *
久保は出発時とは違った面持ちで帰路に着いていた。見藤の呪いは悪いものではない、その考えは変わらないのだが――。
人が人の死を望み、人を呪うことがある、それは明確な人の悪意だ。今回、それを目の当たりにしたのだ。偶発的に遭遇する人を襲う怪異と、その本質は違う。
寧ろ見藤のように呪いを得意とする者に、相手を不幸にするような呪いを施すような依頼をしてくる輩とているかもしれない。その考えに至った久保は、人の醜悪さに気分が悪くなった。
「見藤さんはどうしてこの仕事を?」
座席に深く腰掛ける見藤に、久保は気が付くとそんな質問をしていた。
見藤は少し考えた後――。
「この生き方しか知らん、からな……」
そう答えた。
彼の答えがどんな意味を含んでいるのか久保には理解できなかった。しかし、唯一想像できること。恐らく、見藤はこの奇妙な世界に身を置く選択肢以外、持ち合わせていなかったのだ。――人でありながら、怪異に心を砕く。稀有な存在。
(このままじゃ、いけない気がする……)
久保の中に、そんな想いが浮かんだ。
新幹線が到着するまで、ただ沈黙が続いていた。
ようやく事務所の最寄り駅までたどり着く頃には、再び昨日の疲労が見え隠れしていた。事務所の扉を開け、二人は慣れ親しんだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。それだけでも、帰ってきたという安心感が心を満たす。
「お、ようやく帰ったか。遅かったな。って、うわ、何だ! 突然!?」
猫宮の出迎えである。あの小さな白蛇の最後を目撃していた見藤は堪らず、猫宮を抱きかかえると撫でまわした。ものの数回撫でただけで、短い毛並みがぼさぼさになっていた。
しかし、猫宮も所詮、猫である。口では文句をいいつつも喉をゴロゴロ鳴らしていた。久保はその光景を神妙な面持ちで眺めていた。
「そうだ、お前ら。土産はどこだ?」
「…………」
「あ、」
――しまった。すっかり忘れていた、と久保と見藤の額に冷や汗が浮かんだ。
お土産がないことを知り、怒り狂った猫宮。そんな猫宮に見藤は強烈な猫パンチを食らい、久保は思い切り脛を噛まれた。
疲れ切った体に容赦のない仕打ちは、さしずめ流石怪異というところだろうか。痛みに耐えかねた久保の悲痛な叫びが木霊していた。
東雲は祖父には心配をかけたくない、何より参拝客達も同列の存在として見てしまいそうになる、それは避けたい、と話した。見藤は大いに悩んだ末、東雲の意思を尊重したのだった。
「はぁ……、ここの神さまの眷属には悪いことをした」
見藤はそう言うと少しだけ足を進め、しゃがみ込んだ。そこは、あの人影によって喰い散らかされた白蛇の怪異の残骸が散らばった場所だった。
白蛇の残骸――。頭がないもの、尾だけになったもの。久保と東雲からすれば、あまり視たくない光景だ。その残骸はどういう訳か実体を保ったまま。それにしても、喰い散らかされた残骸は普通の蛇のようであり、目にして気分がよいものではない。
それをあろうことか、見藤は素手で掻き集め始めた。そして、まるで弔うように境内の端に埋めてやったのだ。
(……この人。少し、おかしい)
それは久保が抱いた、強烈な違和感。――見藤は怪異に心を砕く。自らは人であるにも関わらず。
そして、これまで見藤と過ごした短い時間の中で、彼はどこか人との関りが希薄だと久保は感じていた。だが一方で、一度でも自らと関わりを持てば手を差し伸べる。どこか矛盾した行動を見せる。
久保の中で、見藤の行動原理を理解する答えはいくら考えても導き出せない。それはまだ自分と見藤の関わりが希薄だからであろうか。
(知りたい、もっと)
この世にも奇妙な世界のこと。そして、見藤のこと ――。久保が自らの心に抱いた所願を噛みしめていると、不意に東雲の呻き声が聞こえて来た。
「う、ぇ……」
「わーーーー!? 東雲さん!!!」
「ずみまぜん……」
恐怖と嫌悪感に耐え切れず、胃液を戻してしまった東雲。そんな彼女を介抱したのは言わずもがな、大変申し訳なさそうな顔をした見藤であった。
* * *
翌朝。祖父は朝早くから神社の仕事で家を発っていた。簡単に朝食を用意してくれており、大変ありがたい。
三人は軽く朝の挨拶を交わすと、疲労感からか無言で食卓についた。
「久保くんと、東雲さんは参拝に行ってくれ」
すると、薄っすら目の下に隈を浮かべた見藤はそう言った。
昨日の今日で、少し髪の毛がぼさぼさになっている見藤。普段は見られない見藤の寝起き姿をしばらく眺めていた東雲は、はっとして話を真面目に聞き始めた。彼女は相変わらずのようだ。
「俺は神に祈るなんて柄じゃないが、君たちは違う。ああいう存在との縁は早めに切っておくべきだ」
久保としても、見藤の言うことは大いに頷けた。
そうして神社を参拝することとなり身支度を進める三人にはテレビに映る、谷合の河川敷で発見された変死体のニュースなど耳に入っていなかった。
◇
朝食を頂いた後は神社へと赴き、久保と東雲は拝殿へと向かった。途中まで同行していた見藤は、二人を見送ると参道の反対方向へ歩き始める。鳥居の近くまで来ると、ふと視線を感じて鳥居を見上げた。
白い大蛇の怪異だ。白い大蛇が神額に巻き付くように居座っている。昨日、喰われてしまった小さな白蛇の主神となるような存在だろう。
すると、その大蛇は頭を下げた。それはお辞儀をしているようにも見える。見藤はつられてお辞儀を返した。
(何なんだ……、特にお辞儀をされることはしていないが……)
世の中やはり不思議な出来事もあるものだ、と思い留めておく。
その大蛇は久保と東雲が参拝を終えて見藤の元へやってくるまで、そこに居座っていた。彼らと合流し、見藤が再び鳥居を見上げると、そこに大蛇の姿はない。いつの間にか姿を消したようだ。
「それじゃあ、俺たちは帰るか」
「そうですね……、流石に京都観光!なんて気分じゃないですよ」
久保は東雲と、また大学でねと挨拶を交わし、別れたのであった。
* * *
久保は出発時とは違った面持ちで帰路に着いていた。見藤の呪いは悪いものではない、その考えは変わらないのだが――。
人が人の死を望み、人を呪うことがある、それは明確な人の悪意だ。今回、それを目の当たりにしたのだ。偶発的に遭遇する人を襲う怪異と、その本質は違う。
寧ろ見藤のように呪いを得意とする者に、相手を不幸にするような呪いを施すような依頼をしてくる輩とているかもしれない。その考えに至った久保は、人の醜悪さに気分が悪くなった。
「見藤さんはどうしてこの仕事を?」
座席に深く腰掛ける見藤に、久保は気が付くとそんな質問をしていた。
見藤は少し考えた後――。
「この生き方しか知らん、からな……」
そう答えた。
彼の答えがどんな意味を含んでいるのか久保には理解できなかった。しかし、唯一想像できること。恐らく、見藤はこの奇妙な世界に身を置く選択肢以外、持ち合わせていなかったのだ。――人でありながら、怪異に心を砕く。稀有な存在。
(このままじゃ、いけない気がする……)
久保の中に、そんな想いが浮かんだ。
新幹線が到着するまで、ただ沈黙が続いていた。
ようやく事務所の最寄り駅までたどり着く頃には、再び昨日の疲労が見え隠れしていた。事務所の扉を開け、二人は慣れ親しんだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。それだけでも、帰ってきたという安心感が心を満たす。
「お、ようやく帰ったか。遅かったな。って、うわ、何だ! 突然!?」
猫宮の出迎えである。あの小さな白蛇の最後を目撃していた見藤は堪らず、猫宮を抱きかかえると撫でまわした。ものの数回撫でただけで、短い毛並みがぼさぼさになっていた。
しかし、猫宮も所詮、猫である。口では文句をいいつつも喉をゴロゴロ鳴らしていた。久保はその光景を神妙な面持ちで眺めていた。
「そうだ、お前ら。土産はどこだ?」
「…………」
「あ、」
――しまった。すっかり忘れていた、と久保と見藤の額に冷や汗が浮かんだ。
お土産がないことを知り、怒り狂った猫宮。そんな猫宮に見藤は強烈な猫パンチを食らい、久保は思い切り脛を噛まれた。
疲れ切った体に容赦のない仕打ちは、さしずめ流石怪異というところだろうか。痛みに耐えかねた久保の悲痛な叫びが木霊していた。
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