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第二章 怪異変異編
13話目 過去編 幽愁暗根
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※過去編はシリアス、R15。苦手な方はご注意下さい。
――――
木々が生い茂る森の中を走りながら、無我夢中で前進する。頬が葉で切れ、木の根に足が取られ、転げそうになったとしても足を止めてはならない――。少年は己の胸の内にそう言い聞かせ、不意に振り返る。後を追いかけている足音と影が増えている。
「くっそ、今日も無理か……!」
所詮、子どもの足ではそう遠くへ逃げられない。そうこうしているうちに、突然、腕を引かれ体の自由を奪われる。
少年はその相手を睨みつけるが、心底嫌そうに睨み返された。少年の腕を掴み上げ、片手に縄を持つのは中年の男だった。その後ろから、何人もの人影が茂みから姿を現す。すると、腕を掴む男は突然に怒鳴り声を上げた。
「今月で何度目だ! こっちも迷惑してるんだ、村から出ようなんてするな。無駄だ」
「うるせぇ、この糞野郎が」
「おい、その目を向けるな! 気味が悪い……」
そう言い放つ男の忌々しそうな視線の先にある少年の眼は、深い紫色をしていた。少年が顔を逸らすと丁度、日の光が反射し、藤の花のような淡い色に変えた。なんとも不思議な眼だった。
男が早く歩けと言わんばかりに少年の背中を小突く。その不快感と苛立ちから、少年はせめてもの抵抗で舌打ちをする。少年は無理やり軽トラックに押し込まれ、頭をぶつけた。恨めしそうに男を睨みつけると、頭を拳で叩かれる。
(まぁ、今日は想定内の時間だな。もう少し道筋を考えないと、この村からあいつを連れて出られない)
その少年は鈍い痛みに耐えながら、頭の中では強かに次の脱走計画を練る。――そうして、少年の脱走劇は幕を閉じ、再び村に連れ戻される。
◇
村に入ると浮遊する認知の残滓。あちら、こちらに怪異の姿がある。人に似た姿をした者、異形の姿をした者、その姿形は様々だ。すれ違う村人も平然と言葉を交わしている。――ここの村人達は怪異を視ることに長けている。
この村では、奇々怪々なことに人間と怪異が共に暮らしていた。ただ、少年にとって共に暮らすと言う言葉は語弊がある。少年はその光景を愁いを帯びた表情で眺めていた。
村の中心部には大きな屋敷がある。敷地の中にはいくつもの蔵が建っており、この辺鄙な村の中で随一の権力を誇っていることが建物からして分かる。
一行が立派な石垣に構えられた門をくぐると、上等な着物を着た初老の女が待ち構えていた。この屋敷の女主人だ。少年の姿を目にした女主人の表情は厳しく、口元を歪ませている。
だが、少年を連れて来た男に話し掛ける時には、その形相はなりを潜め柔和に声を掛けたのだった。
「手間をかけて申し訳ないね」
「いやぁ、見藤さん。こいつの躾をしっかり、お願いしますよ」
「私もこの子には困っているのよ、反抗期かしらねぇ。まぁ所詮、分家の子どもだから育ちが知れているのよ。ごめんなさいね」
少年はそんな会話をしている大人達を辟易として見やる。すると不意に女主人と視線が合い、突然に怒鳴られた。その少年は眉を寄せ、反抗的な態度を取るのが精一杯だった。
◇
そうして、少年は屋敷に連れ戻された後。女中に無理やり風呂へ入れられた。一人にしてくれと言ったとしても、その脱走癖故なのか到底聞き入れられない。
少年は身を清めた後、上等な着物に着替えよう言いつけられた。そして、とある部屋に呼びつけられる。
少年は女中に連れられ、呼ばれた部屋に赴く。女中が膝をつき、襖を開けた。
そこは昼間だというのに薄暗く、蝋燭の炎が怪しげに揺らめいている。そして廊下と比べて空気が冷たく、煙たい。
煙たいのは部屋に香が焚かれているためか、と思い至り少年は疎ましそうに眉を寄せる。そして、その匂いに思わずむせ込み、顔を顰めた。煙が肺に纏わりつき、呼吸を浅くする。
畳には部分的に敷物が敷かれ、和紙、筆、酒、動物の死骸、不思議な道具が並んでいる。それらの脇に正座をして座る、女主人。女中に言われ、少年は畳に膝をつく。
女主人は少年を見やると、冷たい視線と声音で少年を呼びつけた理由を告げる。
「これを呪いの贄に」
「…………」
「やらねば、お前が大事にしているあの化け物はどうなるかね?」
「……はっ」
「それとも今日のように自分だけ逃げるかい?」
「下衆が」
「本当に躾がなってないねぇ。分家の者は」
「……っ」
少年は不意に左頬に熱を感じ、打たれたのだと気付くには少し時間がかかった。奥歯を噛みしめながらも、目の前の怪異に視線を落とす。
女主人から差し出されたのは小さな怪異だ。認知の残滓であれば、空間を漂うだけの苔のような存在なのだが、この怪異は既に自我を持ち、一個体として成立している。それを「贄」と呼ぶのだから、求められていることは想像できるだろう。
自然の摂理を無視した人の介入によって、その存在を消滅させる。それは少年の意思に反していた。だが、大切にしている者を引き合いに出された以上、拒否する術を持たない。胸の内に渦巻く、不快感に眉を寄せることで精一杯だった。
(……この村の連中は異常だ)
少年はこの村が異常であることを理解している。
村の外では呪いなど、とうの昔に廃れていることを知っている。しかし、この村では日常に呪いが溢れている。なんなら、村の外部から依頼を受け、それによって莫大な富を得ていることも知っていた。
もちろん、この村ではその依頼内容が人道に反していようがお構いなしだ。寧ろ、そういった依頼内容であればあるほど報酬は弾む。
(人の欲深さは底知れない……)
少年は震える手を、小さな怪異に伸ばした。心に、懺悔と悔恨を抱えながら――。
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木々が生い茂る森の中を走りながら、無我夢中で前進する。頬が葉で切れ、木の根に足が取られ、転げそうになったとしても足を止めてはならない――。少年は己の胸の内にそう言い聞かせ、不意に振り返る。後を追いかけている足音と影が増えている。
「くっそ、今日も無理か……!」
所詮、子どもの足ではそう遠くへ逃げられない。そうこうしているうちに、突然、腕を引かれ体の自由を奪われる。
少年はその相手を睨みつけるが、心底嫌そうに睨み返された。少年の腕を掴み上げ、片手に縄を持つのは中年の男だった。その後ろから、何人もの人影が茂みから姿を現す。すると、腕を掴む男は突然に怒鳴り声を上げた。
「今月で何度目だ! こっちも迷惑してるんだ、村から出ようなんてするな。無駄だ」
「うるせぇ、この糞野郎が」
「おい、その目を向けるな! 気味が悪い……」
そう言い放つ男の忌々しそうな視線の先にある少年の眼は、深い紫色をしていた。少年が顔を逸らすと丁度、日の光が反射し、藤の花のような淡い色に変えた。なんとも不思議な眼だった。
男が早く歩けと言わんばかりに少年の背中を小突く。その不快感と苛立ちから、少年はせめてもの抵抗で舌打ちをする。少年は無理やり軽トラックに押し込まれ、頭をぶつけた。恨めしそうに男を睨みつけると、頭を拳で叩かれる。
(まぁ、今日は想定内の時間だな。もう少し道筋を考えないと、この村からあいつを連れて出られない)
その少年は鈍い痛みに耐えながら、頭の中では強かに次の脱走計画を練る。――そうして、少年の脱走劇は幕を閉じ、再び村に連れ戻される。
◇
村に入ると浮遊する認知の残滓。あちら、こちらに怪異の姿がある。人に似た姿をした者、異形の姿をした者、その姿形は様々だ。すれ違う村人も平然と言葉を交わしている。――ここの村人達は怪異を視ることに長けている。
この村では、奇々怪々なことに人間と怪異が共に暮らしていた。ただ、少年にとって共に暮らすと言う言葉は語弊がある。少年はその光景を愁いを帯びた表情で眺めていた。
村の中心部には大きな屋敷がある。敷地の中にはいくつもの蔵が建っており、この辺鄙な村の中で随一の権力を誇っていることが建物からして分かる。
一行が立派な石垣に構えられた門をくぐると、上等な着物を着た初老の女が待ち構えていた。この屋敷の女主人だ。少年の姿を目にした女主人の表情は厳しく、口元を歪ませている。
だが、少年を連れて来た男に話し掛ける時には、その形相はなりを潜め柔和に声を掛けたのだった。
「手間をかけて申し訳ないね」
「いやぁ、見藤さん。こいつの躾をしっかり、お願いしますよ」
「私もこの子には困っているのよ、反抗期かしらねぇ。まぁ所詮、分家の子どもだから育ちが知れているのよ。ごめんなさいね」
少年はそんな会話をしている大人達を辟易として見やる。すると不意に女主人と視線が合い、突然に怒鳴られた。その少年は眉を寄せ、反抗的な態度を取るのが精一杯だった。
◇
そうして、少年は屋敷に連れ戻された後。女中に無理やり風呂へ入れられた。一人にしてくれと言ったとしても、その脱走癖故なのか到底聞き入れられない。
少年は身を清めた後、上等な着物に着替えよう言いつけられた。そして、とある部屋に呼びつけられる。
少年は女中に連れられ、呼ばれた部屋に赴く。女中が膝をつき、襖を開けた。
そこは昼間だというのに薄暗く、蝋燭の炎が怪しげに揺らめいている。そして廊下と比べて空気が冷たく、煙たい。
煙たいのは部屋に香が焚かれているためか、と思い至り少年は疎ましそうに眉を寄せる。そして、その匂いに思わずむせ込み、顔を顰めた。煙が肺に纏わりつき、呼吸を浅くする。
畳には部分的に敷物が敷かれ、和紙、筆、酒、動物の死骸、不思議な道具が並んでいる。それらの脇に正座をして座る、女主人。女中に言われ、少年は畳に膝をつく。
女主人は少年を見やると、冷たい視線と声音で少年を呼びつけた理由を告げる。
「これを呪いの贄に」
「…………」
「やらねば、お前が大事にしているあの化け物はどうなるかね?」
「……はっ」
「それとも今日のように自分だけ逃げるかい?」
「下衆が」
「本当に躾がなってないねぇ。分家の者は」
「……っ」
少年は不意に左頬に熱を感じ、打たれたのだと気付くには少し時間がかかった。奥歯を噛みしめながらも、目の前の怪異に視線を落とす。
女主人から差し出されたのは小さな怪異だ。認知の残滓であれば、空間を漂うだけの苔のような存在なのだが、この怪異は既に自我を持ち、一個体として成立している。それを「贄」と呼ぶのだから、求められていることは想像できるだろう。
自然の摂理を無視した人の介入によって、その存在を消滅させる。それは少年の意思に反していた。だが、大切にしている者を引き合いに出された以上、拒否する術を持たない。胸の内に渦巻く、不快感に眉を寄せることで精一杯だった。
(……この村の連中は異常だ)
少年はこの村が異常であることを理解している。
村の外では呪いなど、とうの昔に廃れていることを知っている。しかし、この村では日常に呪いが溢れている。なんなら、村の外部から依頼を受け、それによって莫大な富を得ていることも知っていた。
もちろん、この村ではその依頼内容が人道に反していようがお構いなしだ。寧ろ、そういった依頼内容であればあるほど報酬は弾む。
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