禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第二章 怪異変異編

番外編 小野小道具店(二)

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 いつの時代のまじない師も、それを扱うことができれば人手として頭数に入れられる。例えそれが、身の危険を伴っていたとしてもだ。それを金に異様なまでの執着を見せる見藤家が、この少年を利用しないはずはない事など容易に想像できるというものだ。

 少年の一挙手一投足が、育ってきたであろう境遇を物語っているかのようだとキヨは思う。
 少年は毅然とした態度で大人と話すものの、住まう村の土地神が堕ちるといった不幸の体験からなのか、ふとした瞬間に見せるどこか怯えた表情。しかし、それとは真逆のこの行動力。
 一体、彼の過去に何があったのか。しかし、それを尋ねるのは彼の傷を抉ることになると想像に容易い。

 キヨは溜め息をつくと、少年を見据えてこう言った。

「はぁ、暫くうちにいるといいよ」
「……」
「それと、ちゃんと子どもらしく学びに行きなさい」

 キヨの言葉に少年は目を見開く。彼からすれば、思ってもみない言葉だったのだろう。それから今度は眉を寄せ、少しばかり警戒の色を滲ませたのであった。

 キヨは思考する。あの手紙のように、まじないを扱う少年が書く文字はとてつもなく綺麗だ。そして、その所作はある程度の教養を身に着けていることが伺える。しかし、それまでだ。
 秘匿された村。そんな特殊な環境下で育ったのであれば、ある程度の境遇も想像できるというもの。彼は恐らく、初めて村を出たのだ。そして、この現代の街並みやシステムに四苦八苦しながら、ようやくここまで辿り着いたのだろう。

 キヨはこの少年が普通の社会を知ることがまず重要だと考えたのであった。

「荷物は?」
「……これだけ。でも、俺はっ」
「…………」

――何も対価を払えない。そう小声で呟いた少年に、キヨは更なる眩暈と頭痛を覚えるのであった。
 子どもは子どもらしくいればいい、そう考えるキヨにとってこの少年はあまりにも痛々しい。

「そんなもの、今は気にしなくていいよ。子どもは学校へ行き、学び、人を知る。うちで働く前に、まずはそこからだ」
「………………人は嫌いだ」
「あぁ、そうだろうねぇ。でも、人の社会は人によって作られる。そんな中で処世術を身に着けるのも大事なんだよ。まぁ、対価に関して言えば、お前さんの気が済まないって言うのなら……そうだね、一人前になった折にめいいっぱい働いてもらおうかねぇ」
「……は、い」

 キヨの言葉を聞いて、気まずそうに俯きながらそう返事をした少年を見つめるキヨは、どこか安心したような表情を浮かべていた。元より、秘匿されていた村の出だ。戸籍なんぞどうにでも弄れる、と笑みを浮かべながら話すキヨに対し、曲者の片鱗を垣間見た少年は思わず身震いしたのであった。

 それは少年が初めて受ける、人からの善意だったのだろう。しかしそれはただの施しではなく、しっかりと少年を対等な人間とする、公正な取引だった。


 この取引のちに、十数年後。忙殺される中年がこの時の取引を公正だと思うのかどうかは、また別の話だ。



 そうしたやり取りが、店内で行われている頃。村を出て最初に関わった人間がキヨのような大人でよかったと、店の屋根にある鍾馗しょうきんに睨みつけられながら外で待つ霧子は思ったのであった。
 ほっと、胸を撫で下ろし、これからの少年の行く末を案じた。



 そうして少年、見藤は文字通り成人するまでの間、キヨの養子としてその身を置くこととなる。
 キヨの話によれば、何もまじないを生業としているのは見藤家だけではないらしい。他にも、政界や新興宗教、現代企業、そして警察や検察と言った司法の傘を借りて、その力を振るう名家がある。そして、その家々が得意とするまじないにも特徴があるのだと。

 それから少年はキヨの言いつけ通り、学び舎へ通うことになった。学校という狭い世界ではあったものの人間関係における「普通の社会」の縮図、というものを少しだけ経験した。その折、悪友とも呼べる友人を得たのだが、その話はまたの機会に。
 もちろん、その後はまじないの腕を買われた見藤は店の手伝いもとい修行として、大いにしごかれた期間があったのだが、それはそれで比較的楽しい経験だったようだ。

 人は人の中でしか生きられない、その言葉を胸に抱えながら生き方を模索しているのだった。
 そして、その傍らにはいつも彼を見守る怪異の存在があった。
 

* * *

 そうして現在。大恩があるためキヨには頭が上がらない見藤は今日も電話口でキヨに振り回されている。

『あぁ、そうそう。そろそろ梨が美味しい季節だねぇ』
「はぁ、……そうだな」
『いつ頃届くかねぇ?』
「…………、…………明後日には送るよ」
『あぁ、ありがとう。それとね、一つ調査して欲しい事が――』
(この婆さん、年々図々しくなってないか……?)

 受話器を片手に眉間を押さえる見藤を見つめる霧子。

(まるで、やんちゃな祖母と振り回される孫ね。)

 彼女はそう思い、密かに微笑むのだった。



おまけ

「にしても、あんなに綺麗な顔をした少年だったのに……、今じゃ図体の大きい筋肉達磨……悲しい」
「……なんの話をしてるんだ、霧子さん」
「こっちの話よ……」

「おほほほ」

 キヨさんの育成計画のおかげで立派に育ちました。
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