禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第三章 夢の深淵編

24話目 地獄の沙汰も金次第(六)

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* * *

 そうして、彼岸明けを迎えようとしていた。
 どうやら、煙谷は多忙を極めたらしく、あれからというもの連絡がない。煙谷の事務所へ派遣していた東雲は、彼岸の中日を境にその役目を終えたのか。見藤の事務所へ顔を出すようになっていた。

 一方、猫宮はまだ戻らない。煙谷にこき使われているのだろうか――。見藤は少しばかりの同情を抱くが、彼岸が過ぎれば帰ってくるだろう、とそこまで心配はしていなかった。

 その頃には、東雲は霊との札貼り合戦の賜物なのだろう。一回りも、二回りも精神的に強くなったであろう貫録を伺わせていた。そんな彼女に、煙谷は報酬としてどのような若かりし頃の見藤の話をするのか。今から身震いをする見藤であった。

 見藤が止めてくれと申し出た所で、既に契約は成されている。諦めるしかない、と見藤は静かに項垂れた。
 それも相まって、いわゆる現実逃避だ。見藤と久保は、事務所を抜け出して住宅街に繋がる路地を歩いていた。住宅街の中ではあるが、美味しい食堂があるという事で珍しく二人で昼食を摂りに向かっていたのだ。

 すると、少し先に住宅街の中に佇む、比較的新しい外装をした寺が見える。住宅街に建てられているためか、それほど規模は大きくない。
 久保は不思議に思い、率直な感想を述べる。

「こんな所に、お寺ってあるものなんですね」
「あぁ、あそこの寺は一風変わってるぞ」
「……え、そうなんですか」

 二人はゆっくりとした足取りで、徐々に寺に近付いていく。やはり、目にした外壁は真新しい。
 見藤はその寺に覚えがあったのか、得意げに語る。
 
「なんでも、あの寺の住職。霊は存在しない、という立場を取ってるらしくてな」
「へ、へぇ……」
「あくまでも、寺というのは人の心を導く役割を担っている、という事らしいぞ」

 見藤がそう言い終わる頃だろう。寺の入り口手前に設置されている掲示板。心の教訓が書かれた張り紙が久保の目に留まる。へぇ、と言葉を漏らした久保は興味なさげに視線をすぐさま目前に据えた。

 二人が寺の入り口を通過しようとした時だった――。突然、辺りに響く老人男性の声。

「ですからぁ!!!!」

 心底あきれ返ったような声があまりにも大きい。久保は驚き、肩をびくつかせる。

「うわ、びっくりした」

 丁度、寺の入り口を通過する所だったため、久保は興味本位で少しだけその門を覗いた。

 すると、寺の講堂に繋がる階段付近に、頭を丸めた老人男性ともう一人、中年男性が何やら言い合いをしている。老人男性は黒い法衣、袈裟に身を包んでいるためここの住職だろう。中年男性はしつこく住職に何か頼み込んでいる様子だ。

「うちの寺ではお祓いなど行っておりません! 幽霊などいないのです!」

 再び大きな声が辺りに響く。その内容は見藤が久保に話していた通りのものだった。
 住職に頼み込んでいる男性は大方、寺ならばどこでもお祓いをしていると思い、お祓いを頼んでみたのだろう。そして、門前払いを食らおうとしている。

(少し、可哀そうかも)

 どのような事情があるのか知らないが、久保は中年男性に少しだけ同情する。
 すると、久保の様子を見ていた見藤。久保の後ろから顔を覗かせて、声を荒げる住職を見た。その次には首を傾げ、ぽつりと言葉を溢す。

「なぁ、久保くん。あの坊さん、誰に向かって話してる……?」
「えっ、……見藤さん?」

 久保は思わず、見藤の方を振り返った。しかし、見藤の表情は疑問に満ちており、住職の目前には誰もいない、と言った様子だ。今度は久保の方を見て、首を傾げている。

「ん?」
(見藤さんが視えていないってことは……)

――大方、だろう。あの中年男性はだ。
 久保は思わず身震いする。咄嗟に見藤へ「行きましょう」と声をかけ、再び歩き始める。

 二人が寺の門を通過したとき――、人知れずその場に降り立ったのは憎女の面を着けた女鬼人。
 鬼人は喚ている中年男性の元へ駆け寄ると、その勢いのまま手にしていた錫杖で男の頭を思い切り小突いた。そして、体を小脇に抱え瞬く間に消える。

 そこには、呆気にとられた住職だけが一人、残されていた。
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