禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第三章 夢の深淵編

28話目 帰路

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『馬鹿野郎!!!そんな危険な目に遭ってたんなら、さっさと連絡を寄こせ!!』
「…………、」
『ったく、見藤よぉ……』

 キーーーーン……、と電話越しに聞こえる音割れの不協和音にも慣れてしまいそうだ、と見藤は遠い目をする。斑鳩からの電話は見藤の身を案じたが故の罵倒から始まった。

 霧子による神隠しに遭った見藤。猫宮が見藤と霧子、二人の元へ到着するまでの間、彼らは離れていた時間を埋めるようにゆっくりと話をすることができた。
 その頃には、お互いのわだかまりは解消されたようだ。霧子も少し申し訳なさそうに、沙織のことを気にするようになっていた。

 そうして猫宮と合流し、財布を手に神社を後にしたはいいものの。見ず知らずの土地で、帰路につこうとすれば道に迷うのは必然か。

 神社は山間に建てられていたため、道なりに山を下ったのはよかった。そこから、見藤自らの足で車道を歩き、人が住む町まで下るしかなかったのだ。しかし、人が住む町が存在するとはいえ、そこはなにぶん田舎だった。

 下るまで相当な時間を費やしていた為、時刻的に人の往来は期待できず。駅までの場所を聞こうにも、それを尋ねられる人間の姿がなかったのだ。
 そうして、なんとか駅まで辿り着いた見藤だったが、夕方にはなんとその日の電車はすでにその勤めを終えていた。

 この寒空の時期に駅で夜を明かすしかない、そんな絶望の表情を見せた見藤に吉報か。斑鳩からの電話だった。霧子との時間、そして久保と東雲との電話で、彼の存在をすっかり忘れていたのだ。
 画面を見れば、神隠しに遭っている最中。斑鳩は何度も連絡を取ろうとしてくれていたようで、後から不在着信の通知が何件もあったのだと知った。
 そうして、電話を取り斑鳩に事情を説明したのだが、冒頭に戻る。

『大体よぉ、俺が忠告しようとした矢先に神隠しに見舞われるなんざ、ついてないな』
「あぁ、」
『怪異は認知に左右される。まさか、ここまでとは。…………お前が生きててよかったよ』
「……あぁ」

 斑鳩はそう言うと深い溜め息をついたのだろう、電話越しでも伝わる安堵の雰囲気。
 しかし、「生きててよかった」彼のその言葉の先にあるものを読み取ってしまった見藤は複雑な表情を浮かべる。

 斑鳩は親友を殺めた怪異を許しはしないだろう、あの男の正義感と見藤を親友と呼ぶほどの間柄だ。一歩間違えば最悪の結果になっていた、とも言いたいのだろう。しかし、皆まで言うほど無神経な男でもない。

 斑鳩も、見藤にある怪異が取り憑いていることは昔から知っていた。しかし、それがどんな怪異でどのような認知を持つ怪異なのか知らなかったのだ。そして、見藤もわざわざ教えるようなことはしなかった。

 そして、広まってしまったあの動画だ。斑鳩はその動画を見たとき、見藤に取り憑いている怪異の姿を目にした。それは何なのか調べ上げた後にあの時、彼の身を案じ電話を寄こしてきたのだ。
 奇しくも、それは間に合わなかったのだが。

 そんな斑鳩は何か調べているようで、タップ音が電話越しに聞こえて来る。見藤が不思議に思っていると、これほどまでにない助け船が出された。

『近くに駐在所があるはずだ。そこの奴を寄こすから少し待ってろ。大きな駅まで案内させる』
「……悪いな」
『いや、いい。寄り道してないで、さっさと帰ってこい』

 職権乱用もいい所だが、断る理由もない。見藤は有難く、その好意を受け取ることにした。
 電話越しに聞こえた斑鳩の言葉に「嘘だろ……」と衝撃を受けている猫宮の表情は、霧子を笑わせるには十分だったようだ。見藤はそんな猫宮を安心させるように、頭を撫でながら電話を続ける。
 すると、斑鳩の声音が変わり得意げに言った。

『で、俺に頼むことがあるだろう?』

 その言葉を聞いた見藤は、ニヤリと笑う斑鳩の表情が脳裏に浮かんだ。こちらも同じことを考えていたのだ、寧ろ都合がよいと見藤は珍しく口角を上げる。

「あぁ、それも規模が大きいからな。夢の件、今回の依頼料はそれでチャラにしてやる」
『ははっ、偉そうに。まぁ、任せておけ』
「頼んだぞ」

 見藤はそう答えると電話を終える。二人はどこまでも悪友であるようだ。

 突発的に世間に広がってしまった、霧子の怪異の認知。それを収めるには斑鳩の力が必要不可欠だった。
 認知の操作を得意とする斑鳩家、その力を持ってすればこの移り行く情報の中、霧子の認知を分散させるような、それにとって代わるものなどいくらでも作り出せるというものだ。

 一度、爆発的に高まった認知を元に戻す事は容易ではないが徐々にその話題が下火になれば、時間はかかるだろうが可能だろう。

 そして、その別の話題 ―― 例えばそれが怪異であったとしても斑鳩家の認知の操作により、その怪異が力をつける前にまた別の怪異の話題へ世間の目を逸らして行けば、一定の所で認知の力は止まる。
 そうして世間の集団認知と怪異の力とのバランスを取っていたのだが ――――、今回の一件はそれほどまでに異例だったのだ。
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