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第三章 夢の深淵編
30話目 夢の深淵(二)
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そうこうしているうちに時刻は昼下がり。あの後、霧子は一旦、社に戻り着替えてきたようだ。今は深い緑色のブラウスにパンツスタイルだ。あの小さな神棚の中にある彼女の領域とは一体どのような空間になっているのか不思議なものだ。
それはさておき、見藤の事務所へ送られてきたキヨからの情報資料。それに目を通す見藤の表情はいつになく険しい。ばさり、と少々乱暴に机へ資料を投げ捨てた。
その行動を目にした霧子は見藤に声を掛ける。
「どうしたのよ」
「……、相性が悪すぎてな。辟易としている所だ」
「……そう」
「恐らく奴は夢を媒体にその中を移動する。実体がない分、こちらから手を出せない」
どうしたものか、と腕を組み考え込む見藤。
そんな彼を見つめる霧子は心配そうに眉を下げている。自身は怪異であるものの、見藤が悩んでいる事象を解決してやる知識も力も持ち合わせていない。それが少し歯がゆく思えたのだろう。
すると、猫宮がふらっと事務所に帰ってきた。僅かな空気の揺らぎに篝火の揺らめきが同調する。
猫宮は事務所内をきょろきょろと見回した。だが、いつも賑やかな雰囲気とは打って変わり、静けさが目立つ。そして、静かに机に向かっている見藤を不思議そうに見やった。
「なんだ、今日は誰も来ていないのかァ?」
「あぁ、こちらが少しばかり取り込み中でな」
「ふむ」
猫宮が納得したように頷くのと同時だった。事務所の外から何やら慌ただしい足音が聞こえてきた。
足音は廊下を走っていることが分かる。その音はこちらへ徐々に近付いている。流石の見藤も訝しげに眉を顰めた。
「なんだァ?」
猫宮が事務所の扉を振り返り、首を傾げると――――。
「おっさん!!! いるかぁ!?」
「おい! そこの馬鹿を捕まえろ!」
扉を勢いよく開けたのは、人の姿をした白沢。その後に続くのは――、彼を捕まえようと後を追ってきたのだろう。苛ついた様子を隠しもせず、咥え煙草をした煙谷だった。
珍客に見藤は「また面倒事を持ってきた」と言わんばかりに、顔をしかめて大きく溜め息をついた。
猫宮は驚きのあまり火車の姿をとり、白沢を威嚇している。そして、霧子は白沢の姿を見るや否や。姿を霧に変えて瞬時に見藤の元へと寄り添い、白沢を睨みつけている。
そんな彼女に見藤は大丈夫だ、と言うように手で合図をした。
白沢は見藤の姿を視界に捉えたようで、駆け寄ろうと足を踏み出す。だが、奇しくも追いついた煙谷に襟首を掴まれ拘束されてしまった。ぐえっと、蛙を踏みつぶしたかのような声が事務所に響く。
「どうした?」
見藤が静かに尋ねた。すると、白沢は煙谷の拘束を振りほどき、勢いそのままに机の前まで走り寄る。珍しく、酷く焦っているようだ。
事務机に前のめりになりながら、白沢は口を開いた。
「久保は!? どないしとる!?」
「どうした、落ち着け。久保くんは少しここを休んでる」
「…………、あかん」
「何が――」
見藤がそう尋ねるのと、白沢の表情が曇るのは同時だった。
「悪夢に感染しとる」
白沢の言葉に一瞬、見藤は理解が追い付かず。何の話だと、言いかけたのだが――。それよりも早く、白沢が口を開いた。
「はよう、あいつの所へ様子を見に行ってやってくれ。夢に呑まれて戻って来れんようになる」
「……視たのか」
「うっ、不可抗力や。ここ最近は不穏な空気やったし、心配やったんや!」
見藤は問い詰めるような視線を送る。白沢は気まずそうにしながらも否定はしない。
白沢の九つの目は千里眼だ。ありとあらゆる物を見通す。それを用い、久保の様子を垣間見たのだろう。人の世を見通すとは、あまり善しとされる行為ではない。
しかし、地獄にいながらも久保の身を案じ、追手となる煙谷の追跡を受けながら、ここまでやって来たのは称賛に値する。
それにしても、夢に感染とはまるで疾病のような物言いをする白沢。見藤は疑問を抱きつつも、言われた通り久保の元へ向かう準備をする。
隣に立つ霧子に出掛ける旨を伝え、最低限の所持品を乱雑にポケットに突っ込んで立ち上がった。
「猫宮、お前は東雲さんの所へ向かってくれ。一応、彼女の安全確認を頼む」
「はぁ、仕方ねぇなァ」
猫宮はそう言うや否や、篝火を残して姿を消してしまった。
東雲と直接的な連絡手段を持たない見藤はこうするしかない。夢に感染する、その言葉通りであれば東雲にもその害が及んでいる可能性も捨てきれない、と判断したのだ。
今回の事象、二人に持たせている身代わり木札では防げない。身代わり木札は直接的な他害にのみ効力を持つ。
しかし、夢とは自分自身が見るもので、夢を媒体にされればその効果は発揮できない。見藤が言う、相性の悪さ。それはこのような所に影響していた。
見藤は久保の下宿先の場所までは把握していなかった。あくまでも、一般的に見れば雇い主と助手の関係性などこの程度だろう。不幸中の幸いか、ここには千里眼を持つ白沢がいる。彼に案内させれば事足りる。
見藤は白沢を睨み付け、同行を促す。そして、彼の監視者でもある煙谷にも視線を送った。
「おい、お前には同行してもらう。煙谷、こいつは借りていくぞ」
「はぁ……分かったよ。全く、上司に怒られる僕の事も考えて欲しいものだね」
「それは知らん」
「あー、やだやだ。早く行きなよ。手綱はしっかり握っておけよ」
いつもの調子で見藤をあしらう煙谷に、少なからず感謝する見藤だった。
それはさておき、見藤の事務所へ送られてきたキヨからの情報資料。それに目を通す見藤の表情はいつになく険しい。ばさり、と少々乱暴に机へ資料を投げ捨てた。
その行動を目にした霧子は見藤に声を掛ける。
「どうしたのよ」
「……、相性が悪すぎてな。辟易としている所だ」
「……そう」
「恐らく奴は夢を媒体にその中を移動する。実体がない分、こちらから手を出せない」
どうしたものか、と腕を組み考え込む見藤。
そんな彼を見つめる霧子は心配そうに眉を下げている。自身は怪異であるものの、見藤が悩んでいる事象を解決してやる知識も力も持ち合わせていない。それが少し歯がゆく思えたのだろう。
すると、猫宮がふらっと事務所に帰ってきた。僅かな空気の揺らぎに篝火の揺らめきが同調する。
猫宮は事務所内をきょろきょろと見回した。だが、いつも賑やかな雰囲気とは打って変わり、静けさが目立つ。そして、静かに机に向かっている見藤を不思議そうに見やった。
「なんだ、今日は誰も来ていないのかァ?」
「あぁ、こちらが少しばかり取り込み中でな」
「ふむ」
猫宮が納得したように頷くのと同時だった。事務所の外から何やら慌ただしい足音が聞こえてきた。
足音は廊下を走っていることが分かる。その音はこちらへ徐々に近付いている。流石の見藤も訝しげに眉を顰めた。
「なんだァ?」
猫宮が事務所の扉を振り返り、首を傾げると――――。
「おっさん!!! いるかぁ!?」
「おい! そこの馬鹿を捕まえろ!」
扉を勢いよく開けたのは、人の姿をした白沢。その後に続くのは――、彼を捕まえようと後を追ってきたのだろう。苛ついた様子を隠しもせず、咥え煙草をした煙谷だった。
珍客に見藤は「また面倒事を持ってきた」と言わんばかりに、顔をしかめて大きく溜め息をついた。
猫宮は驚きのあまり火車の姿をとり、白沢を威嚇している。そして、霧子は白沢の姿を見るや否や。姿を霧に変えて瞬時に見藤の元へと寄り添い、白沢を睨みつけている。
そんな彼女に見藤は大丈夫だ、と言うように手で合図をした。
白沢は見藤の姿を視界に捉えたようで、駆け寄ろうと足を踏み出す。だが、奇しくも追いついた煙谷に襟首を掴まれ拘束されてしまった。ぐえっと、蛙を踏みつぶしたかのような声が事務所に響く。
「どうした?」
見藤が静かに尋ねた。すると、白沢は煙谷の拘束を振りほどき、勢いそのままに机の前まで走り寄る。珍しく、酷く焦っているようだ。
事務机に前のめりになりながら、白沢は口を開いた。
「久保は!? どないしとる!?」
「どうした、落ち着け。久保くんは少しここを休んでる」
「…………、あかん」
「何が――」
見藤がそう尋ねるのと、白沢の表情が曇るのは同時だった。
「悪夢に感染しとる」
白沢の言葉に一瞬、見藤は理解が追い付かず。何の話だと、言いかけたのだが――。それよりも早く、白沢が口を開いた。
「はよう、あいつの所へ様子を見に行ってやってくれ。夢に呑まれて戻って来れんようになる」
「……視たのか」
「うっ、不可抗力や。ここ最近は不穏な空気やったし、心配やったんや!」
見藤は問い詰めるような視線を送る。白沢は気まずそうにしながらも否定はしない。
白沢の九つの目は千里眼だ。ありとあらゆる物を見通す。それを用い、久保の様子を垣間見たのだろう。人の世を見通すとは、あまり善しとされる行為ではない。
しかし、地獄にいながらも久保の身を案じ、追手となる煙谷の追跡を受けながら、ここまでやって来たのは称賛に値する。
それにしても、夢に感染とはまるで疾病のような物言いをする白沢。見藤は疑問を抱きつつも、言われた通り久保の元へ向かう準備をする。
隣に立つ霧子に出掛ける旨を伝え、最低限の所持品を乱雑にポケットに突っ込んで立ち上がった。
「猫宮、お前は東雲さんの所へ向かってくれ。一応、彼女の安全確認を頼む」
「はぁ、仕方ねぇなァ」
猫宮はそう言うや否や、篝火を残して姿を消してしまった。
東雲と直接的な連絡手段を持たない見藤はこうするしかない。夢に感染する、その言葉通りであれば東雲にもその害が及んでいる可能性も捨てきれない、と判断したのだ。
今回の事象、二人に持たせている身代わり木札では防げない。身代わり木札は直接的な他害にのみ効力を持つ。
しかし、夢とは自分自身が見るもので、夢を媒体にされればその効果は発揮できない。見藤が言う、相性の悪さ。それはこのような所に影響していた。
見藤は久保の下宿先の場所までは把握していなかった。あくまでも、一般的に見れば雇い主と助手の関係性などこの程度だろう。不幸中の幸いか、ここには千里眼を持つ白沢がいる。彼に案内させれば事足りる。
見藤は白沢を睨み付け、同行を促す。そして、彼の監視者でもある煙谷にも視線を送った。
「おい、お前には同行してもらう。煙谷、こいつは借りていくぞ」
「はぁ……分かったよ。全く、上司に怒られる僕の事も考えて欲しいものだね」
「それは知らん」
「あー、やだやだ。早く行きなよ。手綱はしっかり握っておけよ」
いつもの調子で見藤をあしらう煙谷に、少なからず感謝する見藤だった。
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