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第四章 百物語編
32話目 流布の始まり(三)
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◇
そうして、翌朝。
見藤は簡単に身支度を終えると、朝食の支度をするために台所へと足を運んだ。すると、看板猫である老猫が足元に擦り寄ってきた。
朝の挨拶なのか、ご飯の催促なのか。どちらか分からないが、その猫らしい行動に思わず口元が綻ぶ。
「お前も、久しぶりだったな」
いつだったか、猫宮と出会った頃に拾った子猫だ。その子猫も、もう十分に老猫と呼ばれる歳になってしまった。見藤はしゃがんで、老猫の顔周りを撫でてやる。すると、ごろごろと喉を鳴らすもので、さらに口元は綻んだ。
そこで、背後から掛けられた声があった。
「おや、起きてたのかい。おはようさん」
「あ、おはようございマス」
振り向くと、そこには二階から降りてきたキヨの姿があった。見藤は長袖シャツにスウェットという具合のラフな格好だ。思わず「まずい」と肩に力が入り、妙に敬語になってしまった。キヨは身なりにはうるさいのだ。
キヨは自宅では着物ではなく、洋服を身に纏っている。しかし、やはり淑女の嗜みを忘れてはいない。髪は早朝だというのに綺麗に結わえられ、着ているものも齢に見合ったお洒落なものだ。
見藤は自分の身なりに小言を言われまいか内心冷や冷やしていた。だが、どうやら彼女の機嫌は良いらしく、杞憂に終わったようだ。
そうして、キヨと簡単に朝の挨拶を交わした後。二人で並んで台所に立ち、朝食を作るのであった。
食卓に並ぶのは白米、沢庵、きゅうりを切ったものに麦みそが乗っている。そして、出汁巻玉子、白菜ときのこの味噌汁。最後にほうれん草の白和えだ。どれもキヨの好物で、せっせと見藤が下準備をし、彼女が味付けをした。二人でやれば品数が多くとも、支度が早いというものだ。
キヨが先に席に座るのを見届けたあと、見藤もそれに続く。二人揃っての朝食は本当に久しぶりだった。
「いただきます」
「頂きます」
両手を合わせ、次に箸を持つ。汁椀を片手に持ち、味噌汁を口にすれば懐かしい味に不思議とほっと一息つく。そうして、特に会話もないまま箸は進んでゆく。
すると、何を思ったのか。キヨは壁に掛けられた見藤の使い古したスーツを一瞥すると、呆れたように口を開く。
「あ、そうそう。お前さん、こんな使い古したスーツでなくて上物を一着。用意しておくんだよ」
「……なぜ」
「時に必要になるからねぇ」
「そんな機会はないと思うが――」
「そう言わずに、年寄りのいう事は聞くもんだ」
「……はい」
ぴしゃりと言われてしまえば、見藤はそれに従う他ない。――いくら格好に無頓着とはいえ、キヨの言う事も一理ある。しかし、なぜ突然そのようなことを言い出すのかと、首を傾げる。だが、考えても答えは出なかった。そうだとすれば、今考える必要はないだろうと思考を放棄する。
(向こうに帰ったら仕立てに行くか……)
珍しく、見藤はぼんやりと考えていた。
そうして、一宿一飯の礼としてキヨの小間使いとして少しばかり店の手伝いをした後。見藤は事務所への帰路につこうとしていた。
「それじゃ、また顔を出しに来るよ」
「あぁ、向こうでしっかりおやり」
「……そう言われるとプレッシャーだな」
困ったように笑う見藤を、キヨは微笑みながら送り出す。
――知らぬ間に大きくなったその背中が見えなくなるまで、彼を見送っていた。
「さて、あやつをどうしようかねぇ……。やんちゃ坊主はいくつになっても大変だわ」
溜め息と共に呟かれた彼女の言葉を聞いたのは、店先の付喪神だけだろう。
そうして、翌朝。
見藤は簡単に身支度を終えると、朝食の支度をするために台所へと足を運んだ。すると、看板猫である老猫が足元に擦り寄ってきた。
朝の挨拶なのか、ご飯の催促なのか。どちらか分からないが、その猫らしい行動に思わず口元が綻ぶ。
「お前も、久しぶりだったな」
いつだったか、猫宮と出会った頃に拾った子猫だ。その子猫も、もう十分に老猫と呼ばれる歳になってしまった。見藤はしゃがんで、老猫の顔周りを撫でてやる。すると、ごろごろと喉を鳴らすもので、さらに口元は綻んだ。
そこで、背後から掛けられた声があった。
「おや、起きてたのかい。おはようさん」
「あ、おはようございマス」
振り向くと、そこには二階から降りてきたキヨの姿があった。見藤は長袖シャツにスウェットという具合のラフな格好だ。思わず「まずい」と肩に力が入り、妙に敬語になってしまった。キヨは身なりにはうるさいのだ。
キヨは自宅では着物ではなく、洋服を身に纏っている。しかし、やはり淑女の嗜みを忘れてはいない。髪は早朝だというのに綺麗に結わえられ、着ているものも齢に見合ったお洒落なものだ。
見藤は自分の身なりに小言を言われまいか内心冷や冷やしていた。だが、どうやら彼女の機嫌は良いらしく、杞憂に終わったようだ。
そうして、キヨと簡単に朝の挨拶を交わした後。二人で並んで台所に立ち、朝食を作るのであった。
食卓に並ぶのは白米、沢庵、きゅうりを切ったものに麦みそが乗っている。そして、出汁巻玉子、白菜ときのこの味噌汁。最後にほうれん草の白和えだ。どれもキヨの好物で、せっせと見藤が下準備をし、彼女が味付けをした。二人でやれば品数が多くとも、支度が早いというものだ。
キヨが先に席に座るのを見届けたあと、見藤もそれに続く。二人揃っての朝食は本当に久しぶりだった。
「いただきます」
「頂きます」
両手を合わせ、次に箸を持つ。汁椀を片手に持ち、味噌汁を口にすれば懐かしい味に不思議とほっと一息つく。そうして、特に会話もないまま箸は進んでゆく。
すると、何を思ったのか。キヨは壁に掛けられた見藤の使い古したスーツを一瞥すると、呆れたように口を開く。
「あ、そうそう。お前さん、こんな使い古したスーツでなくて上物を一着。用意しておくんだよ」
「……なぜ」
「時に必要になるからねぇ」
「そんな機会はないと思うが――」
「そう言わずに、年寄りのいう事は聞くもんだ」
「……はい」
ぴしゃりと言われてしまえば、見藤はそれに従う他ない。――いくら格好に無頓着とはいえ、キヨの言う事も一理ある。しかし、なぜ突然そのようなことを言い出すのかと、首を傾げる。だが、考えても答えは出なかった。そうだとすれば、今考える必要はないだろうと思考を放棄する。
(向こうに帰ったら仕立てに行くか……)
珍しく、見藤はぼんやりと考えていた。
そうして、一宿一飯の礼としてキヨの小間使いとして少しばかり店の手伝いをした後。見藤は事務所への帰路につこうとしていた。
「それじゃ、また顔を出しに来るよ」
「あぁ、向こうでしっかりおやり」
「……そう言われるとプレッシャーだな」
困ったように笑う見藤を、キヨは微笑みながら送り出す。
――知らぬ間に大きくなったその背中が見えなくなるまで、彼を見送っていた。
「さて、あやつをどうしようかねぇ……。やんちゃ坊主はいくつになっても大変だわ」
溜め息と共に呟かれた彼女の言葉を聞いたのは、店先の付喪神だけだろう。
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