禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら

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第四章 百物語編

35話目 創案されし御伽噺(二)

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* * *

 待ち合わせ場所に佇んでいたのは、しばらく連絡を遠慮願いたいと言った斑鳩だった。斑鳩は向かって来る見藤を目に知ると、にやりと口角を上げて見せた。

「よぉ、待ったぞ」
「嘘をつくな、時間より早いくらいだ」
「はっはっは」

 顔を突き合わるや否や、そんな軽口を叩く斑鳩を諫《いさ》める見藤であった。

 今回の依頼はこうして斑鳩との共同調査だ。今日は事件が起きた場所の現地調査を目的としている。
 二人が待ち合わせをしていたのは都内にある大学病院だ。エントランスホールにはグランドピアノが鎮座し、全自動でその音色を奏でている。
 こんなものが病院に必要かという表情を浮かべる見藤を尻目に、斑鳩は足を進めていく。そして、総合受付へと向かうと、その上着から何やら取り出して受付係へと見せる。

 すると、受付係は一瞬驚いた表情を浮かべ、「こちらへどうぞ」と二人をどこかへ案内するようだ。
 斑鳩の警部と言う肩書はこういう時に大いに役に立つ。見藤はいざ目の当たりにする悪友の持つ権力と言う傘に関心していた。


 病院というのは不特定多数の人が多く集まる。そうなればやはりというべきか、閉塞された場所というのは従事者や入院患者の間で「噂」というのは一種の娯楽となるのだ。勿論、それは病院だけではない。
 学校という場も同じであろう。そして、これらの場所は安易な「約束事」で溢れているのだ。守るつもりもない、安易な口約束。

 それは、今回の調査対象の怪異たちにとっては存在意義とも言える事を起こすに十分だ。事実、被害者が出たのはこの二つの場所だ。
 斑鳩は見藤の先を歩きながら、事件の詳細を見藤に伝える。

「当直していた、お局看護師が目と口を縫い付けられた状態で詰所にて発見。そのお局はいかにも噂好きで従事者、入院患者関係なくその噂話を流布、家庭環境の詮索……か。それ、やってて面白いのか?趣味が悪い、いかにも怪異が好みそうな人間だ」
「……俺に聞くな」

 斑鳩から振り向きざまに尋ねられても、見藤には関係のない世界だ。不確定な噂話を流布することも、人の詮索をすることも、どうでもいいというのが見藤の本音だ。

 斑鳩と見藤が案内されたのは現場となった詰所。既にそこは日常を取り戻しており、慌ただしく看護師たちが行き来している。
 しかし、ここで起こった事件を周知しているのか。皆、心なしか顔色が悪くその表情は曇っている。極めつけは斑鳩と見藤の姿を目にして、その事件性を察したのか手の空いている看護師達はひそひそと話始める始末。

(……その行為が、ヌイメの餌となるんだろうが)

 辟易とした表情で見藤がその光景に溜め息をついていると、斑鳩に肘で小突かれる。そして「現場を視ろ」と小声で急かされた。

 見藤はもう一度わざとらしく溜め息をつくと、詰所を視る。しかし、見藤の眼に映るのは怪異の痕跡とは程遠い、ごく僅かな残滓。それはヌイメ、縫い目という名にふさわしく糸を形どったものだった。
 それはとてつもなく細く、風になびくように細切れになりながらも浮遊している。見藤でなければ見落としていただろう。

 見藤は斑鳩にその目で視たことを耳打ちする。すると、斑鳩は眉を寄せて自らもその残滓を視ようとするが、それは叶わないようで首を横に振った。

「俺には視えないな。お前、相変わらず目がいいな」
「……、はぁ」

 斑鳩は感心した様子で見藤の肩を叩く。彼は斑鳩家という呪いを扱う家に名を連ねるものの、単純に怪異を視ること叶ってもあくまでも怪異の認知の操作を得意とするため、こうした細やかな残滓まではその目に捉えることはできないようだ。
 だからこそ、キヨはこの二人に共同調査として割り振ったのだろう。こういう時に、見藤はキヨの手腕には敵わないと思い知らされるのだ。

 そうして二人は現場責任者からある程度の話を聞き取り、小一時間ほど滞在していただろうか。目的を終え、そろそろ大学病院を後にするようだ。



 彼らは次の目的地へと向かうためにバスを待っていた。バスの停留場は閑散としており、見藤と斑鳩だけだ。しかし、彼らの足元には蠢《うごめ》く認知の残滓がいるのだが、最早そのような光景は見慣れたとでも言うように目もくれず二人は会話を進める。

 見藤は停留場に設置されたベンチに座り、斑鳩は上屋の柱に寄りかかって缶コーヒーを振っている。斑鳩は手に持っていた缶コーヒーを開けると一口飲み、口を開く。

「まぁ、ヌイメは噂話が好きな人間を嗅ぎつけるんだろうな。無差別的に人を襲ってるような感じじゃない」
「創作された都市伝説でも、そういう話なんだろ?」
「大方な。だが、それも時間とともに少しずつ変化している」

 見藤の言葉に斑鳩はそう返し、コートのポケットからスマートフォンを取り出すと何やら操作をしている。画面に表示されているのはヌイメとされる怪異の姿形と、その認知による行動パターンが分析された情報だった。
 斑鳩はそれを見藤に見せるが、見藤は眉をひそめるだけだった。

「おいおい、この年で老眼か?早すぎるだろう」
「余計なお世話だ。問題ない、見えてる」
「…………」

 斑鳩からスマートフォンを受け取る見藤だが、その眉は依然寄せられたままだ。見藤の言動に斑鳩は突然の不安感に襲われるが、なぜ不安感を覚えたのか理由が分からず困惑した表情を浮かべた。これはただの勘というやつなのか。

 見藤はしばらくその画面を凝視していたかと思えば、唐突に短く息を吐くと斑鳩へスマートフォンを差し出した。彼は首を傾げながらもそれを受け取ると、もう一口缶コーヒーをあおった。そしてそれを眺めていた見藤から不意に投げかけられる問い。

「糸は縫い付ける時にどうする?」
「針に通すな」
「そうだ。恐らくあの糸の残滓を辿れば……本体に行き着くだろう」

 なるほど、そういう物なのかと、その残滓を視る事ができない斑鳩は無理矢理に納得しておくことにする。
 そんな斑鳩を見上げる見藤は「こいつ、分かっていないな」という目をするがその次にはおもしろい事を思いついたような、悪戯な表情を浮かべたのであった。

「斑鳩、お前らの認知操作で縫い付けた後は針山に還るようにしてしまえ。そうして、針山と共にヌイメは封印されてしまいました、という話の終わり方でこの件は解決だ」
「はっはっは、それは傑作だな!これでヌイメの出現場所の特定と捕縛の見通しは立ったな」
「あぁ、封印は俺がやる」
「任せたぞ」

 見藤が思いついたのは、創作された話の結末を書き換えるのもまた、創作された話というものだ。しかし、認知の操作拡散には少しばかり時間がかかる。

 見藤が考えた筋書きのヌイメの認知が定着するまで、新たな被害者が出ないよう祈るばかりだ。

 斑鳩は大きく缶コーヒーをあおり、残りを飲み干す。すると、タイミングよく目的のバスが停留場に停車した。斑鳩は慌てて空き缶をゴミ箱へと捨てに走る。

 その姿を見送りながら、見藤は次の目的地に向かうため、先にバスに乗り込むのであった。


―――――――
お盆がやってきましたので、更新再開です!
よろしくお願いします。


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