半笑いの情熱

sandalwood

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2001年・秋②

第60話「つまらない素質」

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 本番まで半月を切る頃には、授業時間だけでなく放課後にも練習を行うようになった。月曜日から金曜日までのうち三日ないしは四日、だいたい一時間ほど練習していたらしい。
 時間外なので強制参加ではなかったものの、クラスのほとんどの生徒は残っていた。なぜに一時いっときの発表会のために、皆してそこまで時間と労力を費やすのかと疑問で仕方なかったが、おそらくはそれも首藤というくだらない人間の持つ悪しき影響力のためであると容易に想像できた。
 
 単に、彼の低次元な冗談や諧謔かいぎゃくのかけらもないトークや見せかけだけの人柄を好いているのか、あるいは私のように歯向かった態度をとって周囲から浮くことを恐怖している臆病者か、もしくは普段のお勉強で目立った成果を挙げられず、集団における達成感のようなものを感じることで満足しようとしているのか、いずれにしても担任がもう少しましな人間であれば回避できたかもしれない類の悪影響だろう。

 私は、当然ながら居残り練習には一度も参加しなかった。
 帰りの会を終え、首藤が「じゃあ、少し休憩して十五分後に始めるぞ!」などと言い残して教室を出た後――大方、タバコでも吸いに行っているのだろう――で、さっさと荷物をまとめて離脱する。その頃には私のそうした行動も周囲の予想の範疇で、誰も驚きもせず、何か口にするでもなく、(教室内で練習を行う場合は)それぞれ淡々と、机と椅子を教室の後方にまとめて練習スペースを作る作業にかかっていた。

 どうせ、後で首藤からあれこれと責め立てられ、ついでに蹴りの一つ二つでも入れられるのだろうと思っていたが、意外なことに首藤は黙していた。居残り練習に出なかった日の翌日もそのまた翌日も、何も言われることはなかった。
 普段なら私のこうした逸脱行動を見逃すはずはないので不気味に思えたが、あれこれ考えても仕方がないので、自分のやるべきことに集中した。

 月曜日と木曜日は公文、水曜日と金曜日はそろばん教室に通って勉強することが、小学校に入学して以降習慣化していた。そろばん教室は十八時開始と遅く、学校が終わってから間があくので、それまでの半端な時間に市の図書館に足を運んで自習することが多かった。なお、公文は時間が決まっておらず、自分の好きな時間に行き、好きな時間に帰ることができるシステムであった。居残り練習などするより、国語の文章題や算数の図形問題でも解いていたほうが――楽しいかどうかは別にして――よほど有意義だ。

 しかしながら、局面は本番前日に動き出す。
 帰りの会の際、首藤が明日と明後日の学芸会当日に関する注意事項――集合時間や昼食(土日なので給食はなく、代わりに弁当が支給される)についてなど――の説明を終えた後のことだった。

「おっ、そういえば池原ぁ。お前、放課後練習に一度も出てなかったよなぁ」
 思い出したように、首藤が鼻を鳴らしてにやつきながら言った。

「あ、はい。塾などが忙しくて、そんな暇ないんですよ」
 あ、はい。で終わりにしておけばいいものを、余計なことを言い足しているなと自分でも思う。しかし本音なので、言わないほうが後でむず痒くなるだろうと感じた。

「お前、勉強ができるからって調子乗んなよ」
 メロス役(前半)の高杉が、最前中央の自席から振り返り非難する。
「別に……」
 高杉に届くかどうかギリギリくらいの声量で、独り言のように言った。

「塾とかあっても、夕方からでしょ。他にも習い事ある人いるけど、みんな一時間ぐらい残って練習してるよ」
 予想どおり上村が加わり、居残り練習の正当性を主張する。この男は本当に、こういう風に立場の強い者――高杉は持ち前の運動神経の良さと社交性により、クラスの中でリーダー的な立ち位置にいた――に追随することにかけては天才的な素質を有している。
 実につまらない能力だとは思うが、こういうつまらない奴が数多く存在するために、いつまでたっても日本は能率の悪い仕事ばかりしていて定時でさっさと上がるスキルを習得できないのだろうなと、今となっては思うことがある。

「まあいい。お前のことだから、時間外だし強制参加じゃないとか言いたいんだろ? 確かにそうだな」
 珍しく物分かりのよい首藤の笑みには、どことなく胡散うさん臭さが漂っている。

「その代わり、本番はしっかりやることだな」

 緩めていた口元を引き締め、いつもの敵意のあるまなざしをよこしてきた。
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