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2001年・秋⑤
第79話「雨に濡れて」
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月曜日。貴重な休日にも関わらず、二日間の心身の疲労によりどっぷりと眠り込んでしまい、正午を過ぎてから目が覚めた。
布団から身体を起こすと、昨日派手に打ち付けた背中に鈍い痛みが走る。
両親ともに留守のため、全身鏡で確認してみると、予想通り痣ができていた。背部中央左寄りの場所にできたピンポン玉三つ分ぐらいの大きさのそれは、起きて早々私の食欲を削いだ。背中以外にも臀部やら首やら腕やらに残存する簸却困難な痣や傷を視界に取り込み、いつものように嘆息する。
身支度を整えて冷蔵庫を物色すると、母が前日に買ってきたと思われるおにぎり――三角型の、シーチキンとおかかのおにぎり――を発見した。
今度は期限切れではなかったので、それらとポカリスエットを冷蔵庫から取り出し、筆記用具と一緒に小型のトートバッグに入れる。今すぐに食べるほどの気力はなく、しかしここで時間を置いたとしても食欲は湧いてきそうになかったので、さっさとおもてに出ることにした。
おもてに出ると、昨日とは打って変わって曇り空が立ち込めていた。暗鬱たる色をした空はいかにも雨を放ちそうな相貌を呈しながらも、焦らすように退蔵したままとどまっている。
早く雨に降られたいと思った。ピアノ線や米粒の彼らを肌に受け、同化してしまいたいと思った。その冷たい感触で慰撫してほしいと思った。
マンションの駐輪場から自転車を取り出し、トートバッグを前方のカゴに入れて走らせる。適当に漕いでみるが、しかしどこへ行くべきかわからなかった。行きたいところなどなかった。月曜日なので、早めに公文に行ってだらだらと国語の文章題などを解いていれば気も紛れるかもしれない。私は、でもその前に雨を見たかった。
三十分ほど意味もなくあちこちを走り、公文から徒歩五分ほどの場所にある公園に入る。自転車を停め、ペンキの剥げた古びたベンチに腰かける。トートバッグからややぬるくなったポカリスエットを取り出し、音を立てて一気に半分ほど飲んだ。
思考は無駄でしかないと感じた。彼らが、なぜ首藤のような男を好いているかということや、なぜ共謀して一人の人間を嵌めるような愚かな行為に及んだのかということや、あるいは、なぜ私のやることなすことは悉く首藤を刺激するのかということについてあれこれと考えてみたところで、なんの意味もなさないことはもう十分すぎるほどわかっていた。
そもそも、自分は生きるということそれ自体に不向きな人間なのかもしれないとさえ感じた。
依然として食欲は戻らないが、おにぎりを取り出して義務的に食べ始める。
二個目に口をつけたところで、ついに彼らが降りてきた。
ぱらぱらと小気味よい音を立てて降るそれは、今日は刃物のように鋭い。痛むはずなどないのに、一本一本が身体のあちこちに突き刺さるようだ。
慰めてなどくれなかった。共鳴していると感じていたのは私だけで、ただの独りよがりだったのかもしれない。私という人間の集団への不適合の甚だしさを難詰されているような気さえした。
誰もいない公園でおにぎりを食べながら、雨に紛れて両眼から涙を落とした。
布団から身体を起こすと、昨日派手に打ち付けた背中に鈍い痛みが走る。
両親ともに留守のため、全身鏡で確認してみると、予想通り痣ができていた。背部中央左寄りの場所にできたピンポン玉三つ分ぐらいの大きさのそれは、起きて早々私の食欲を削いだ。背中以外にも臀部やら首やら腕やらに残存する簸却困難な痣や傷を視界に取り込み、いつものように嘆息する。
身支度を整えて冷蔵庫を物色すると、母が前日に買ってきたと思われるおにぎり――三角型の、シーチキンとおかかのおにぎり――を発見した。
今度は期限切れではなかったので、それらとポカリスエットを冷蔵庫から取り出し、筆記用具と一緒に小型のトートバッグに入れる。今すぐに食べるほどの気力はなく、しかしここで時間を置いたとしても食欲は湧いてきそうになかったので、さっさとおもてに出ることにした。
おもてに出ると、昨日とは打って変わって曇り空が立ち込めていた。暗鬱たる色をした空はいかにも雨を放ちそうな相貌を呈しながらも、焦らすように退蔵したままとどまっている。
早く雨に降られたいと思った。ピアノ線や米粒の彼らを肌に受け、同化してしまいたいと思った。その冷たい感触で慰撫してほしいと思った。
マンションの駐輪場から自転車を取り出し、トートバッグを前方のカゴに入れて走らせる。適当に漕いでみるが、しかしどこへ行くべきかわからなかった。行きたいところなどなかった。月曜日なので、早めに公文に行ってだらだらと国語の文章題などを解いていれば気も紛れるかもしれない。私は、でもその前に雨を見たかった。
三十分ほど意味もなくあちこちを走り、公文から徒歩五分ほどの場所にある公園に入る。自転車を停め、ペンキの剥げた古びたベンチに腰かける。トートバッグからややぬるくなったポカリスエットを取り出し、音を立てて一気に半分ほど飲んだ。
思考は無駄でしかないと感じた。彼らが、なぜ首藤のような男を好いているかということや、なぜ共謀して一人の人間を嵌めるような愚かな行為に及んだのかということや、あるいは、なぜ私のやることなすことは悉く首藤を刺激するのかということについてあれこれと考えてみたところで、なんの意味もなさないことはもう十分すぎるほどわかっていた。
そもそも、自分は生きるということそれ自体に不向きな人間なのかもしれないとさえ感じた。
依然として食欲は戻らないが、おにぎりを取り出して義務的に食べ始める。
二個目に口をつけたところで、ついに彼らが降りてきた。
ぱらぱらと小気味よい音を立てて降るそれは、今日は刃物のように鋭い。痛むはずなどないのに、一本一本が身体のあちこちに突き刺さるようだ。
慰めてなどくれなかった。共鳴していると感じていたのは私だけで、ただの独りよがりだったのかもしれない。私という人間の集団への不適合の甚だしさを難詰されているような気さえした。
誰もいない公園でおにぎりを食べながら、雨に紛れて両眼から涙を落とした。
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