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お前はどうしてそうなんだ。

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 これは想定外だ。

「う、ぶ、っ……」

 つるりとしたスキンヘッドの癖に。
 フジモリは鈍色の眉毛を歪め、眇められた目元で同色の睫毛を震わせる。
 アンドロイドに排気は必要だが呼吸ほど必要じゃない。
 だから俺のを口一杯に頬張ったって、それこそディープスロートをしようが、人と違ってなんの支障もないはずなのに。
 ソファに座った俺の足の間で。
 床にその大きな体躯を丸めるようにして座ったフジモリが、俺の亀頭を舐めしゃぶる様子は、まるで上手く息を吸うタイミングが分からないというように苦しげに見える。
 手でたどたどしく竿を撫でさすりながら、チラリと視線が俺の顔に向けられたかと思えば、ぐっと眉間に皺が寄った。

「ん……ふ、はっ……」

 フジモリが大きく口を開けて、俺のペニスを喉の奥まで迎え入れようとする。
 くぐもった声が漏れるのは押し込まれた空気を排気するための動きで声帯が振動しているのだろう。
 もしくは人間の動きをトレースしているゆえの半強制的な音だ。

 分かっている。
 コイツのすべては、プログラムで決められている。

「っく……」

「ぅぐ、は、マサノブ」

 舌が裏筋をネットリと包み、亀頭の先が喉奥の凸凹で擦れて。
 思わずぐっと迫り上がった快感に思わずフジモリのまるい頭を掴めば、律儀に動きを止めてコチラを窺うさまに腹が立つ。
 いつもはムッツリとへの字に曲がった男の口から、俺のペニスがずるりと糸を引いて出てくる。
 どこからどう見ても俺の好みとは180度違う、無骨で厳ついオッサンだ。
 口元をベタベタに汚し、困ったように俺を見上げるその顔は滑稽だと。
 下手すれば気色が悪い以外の感想などフジモリを初めて起動した頃ならば間違いなく思っただろうに。

「良かったんだよ、それぐらい分かれポンコツ」

 おそらく俺の行動が制止か否か、判断がつかなかった故の動きに答えを与えれば。フジモリはおずおずといった調子でまた俺のペニスをその口内へ迎え入れてゆく。
 その光景に、馬鹿みたいに興奮する。
 自分でさえ呆れるほど、フジモリにズボンの上から撫でられた時から一向に萎える気配がないのだ。
 いい加減、良いのか悪いのか学習しろよ、と思う。
 それを口に出せば、きっと他人には気難しく見える顔で「初めての行動には数種類のパターンの登録を行わなければマサノブの意向は私には対処が難しく……」と、嫌みを含んだ長ったらしい言い訳をするのだろう。

 分かっている。
 これは自業自得だ。

『ひとまず、口での処理を試してみるか?』などと、此方の葛藤など理解せず。
 旧式とは言え表情機能をOFFにしているのではと疑いたくなる様な真顔で述べたフジモリに、ささやかな意向返しを考えたのがいけなかったのか。
 このまま良いように『処理』されるのは癪に障ると、セクサロイド機能の起動を制限して、四苦八苦する様を鼻で笑い、余裕をぶっていたのは最初だけだった。
 間違いなく、施そうとする手管は下手くそと呼べるレベルなのだ。
 口でくわえる前にまずは刺激を与えて勃起させるべきかと、時間をかけて検討した割に、触る力は弱すぎたり強すぎたり。
 もどかしい刺激。今までの経験の中でダントツに下手くそだった。
 それなのに、腰に熱がわだかまっていった。
 すべては、此方を熱心に見つめるフジモリのあの目のせいだ。
 見逃してしまいそうなわずかな動きで、薄墨色の瞳がゆれる。
 俺の言動に対応しようと、フル回転で演算を駆使した結果、目の裏側の部品の振動が伝わって起きるものらしい。
 フジモリも整備担当のハギヤマもそろって、制御が出来ないというその動きは、なんだかいつも俺の胸をざわつかせる。
 感情表現機能がお粗末な旧式のくせに、フジモリの動きは一つ一つ、妙に必死に見えるのだ。
 今もまた。

「っ……!!」

「ぅぶっ!? っは……、……喉、は……良かった、か……?」

 ペニスを根元まで。口の奥、喉まで押し込こませて。
 先っぽが吸われる様な感覚と、きゅうっと全体で竿を締め付けられ、思わずビクついて腰を揺らす。すると今度はフジモリが驚いた様に僅かに目を見開き身を引いて、目の前で相変わらずの元気な俺のモノと俺の顔を交互に見てそんな事を聞いてくる。
 知っている。
 コイツには煽るつもりも、揶揄するつもりも微塵もないのだ。
 本当にコイツは、情緒というものをわかっちゃいない。
 純粋に単純に。
 俺への応対データのために尋ねているだけだ。
 聞かれると素直に頷きたくなくなる人の機微など、コイツには確率かなにか、無機質な数字に置き換えられるのだろう。
 先ほどは教えてやった答えを、今度は無言のまま。
 うっすらと開いたままの口に、未だ解放されていない熱の塊をもう一度入れろとばかりに押しつけて返してやれば。
 フジモリの動きがギシリと、動きを止める。
 瞳がふるりと揺れる。
 じわりと、なだらかな額に水滴が浮くのは、汗じゃない。
 激しい演算で発生した熱を冷まそうと、旧式の非効率な冷却システムが作動した為だ。
 それなのにまるで上気したような表情に見える俺の頭は相当イカレているのだろう。
 フジモリが恐る恐るといった動作で唇を開く。
 もったりと肉厚の舌が伸ばされ、裏筋をなぞるように舐め、亀頭の先を舌の腹で包んで吸ってみせる。
 チラリと俺の顔を見る視線は、これで正解だろうかと、瞳孔を模した絞りが忙しなく動いて探っていた。 
 とろくさく判断した結果の行動がそれか。
 オッサンの上目づかいの需要など、どこにあると判別したのだと、内心で悪態をつきながら。
 たったそれだけで、また射精欲が湧き上がる自分自身に腹が立つ。
 ぐうっと下腹に力を込めてやり過ごした事に気がつかれたのか。
 フジモリの目がほんの少し細まった。
 喜怒哀楽の表現が下手くその癖に、こういった時にその顔をするのは、それが俺に対して効果的だと計算したのだろうか。
 これだからアンドロイドは、と舌打ちを打って。
 俺の苛立ちをどう解析したのか、再び動きを止めかけたフジモリに、これくらいですぐに揺れるコイツは本当にポンコツだなと、思いつつ頬を撫で、そのまま喉まで手を這わせた。

「フジモリ」

 名前を呼べば、フジモリは従順に口を開いて、今度は先ほどよりもスムーズにペニスを喉の奥まで導いてゆく。
 目をつぶっていれば、まだ『刺激を与えられれば男ならどんな相手だって』なんて言い訳を言えるのに。
 しかし全くもって不本意な事に、俺は馬鹿みたいにフジモリから視線を外せず。

 なけなしのプライドで、セクサロイド機能を切った相手にどこまで耐えられるかなんて、くだらないことを思った。



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