窓野枠 短編傑作集 2

窓野枠

文字の大きさ
2 / 20
1

奇縁

しおりを挟む
 6月、サラリーマン遠藤祐一は差し込む朝日を額に受けた。
「まぶしいなあ」
 蒲団をかぶるが、すっかり目が覚めてしまった。仕方なく蒲団から這い出て、窓を開けた。欄干に何か引っかかっていた。
「風船だ。おや、」
 祐一は柵に絡みついた風船をはずすと、こよりが付いていた。開いてみた。

 あたしは将来看護婦さんになるのが夢です。丸山小学校52期卒業生 竹内里美

 卒業式に飛ばした風船のようだった。学校の住所も書かれていた。
(俺もこんなの卒業式に飛ばしたなあ。でも、どんなこと書いたっけかな)
 祐一は小学生のとき、野球が好きだった。たぶん野球選手になりたいとでも書いたに違いないと思った。しかし、何ヶ月しても、誰のところにも風船メッセージを受け取った人から返事が届いたという話は聞かなかった。
「ふーん、この子は看護婦さんか。いいねえ」
 そう言うと、祐一はメッセージをまるめ、ゴミ箱に向かって投げつけた。メッセージはゴミ箱のヘリにぶつかり、床に転がった。
(こうやって、俺のも捨てられたのかな)
 祐一はゴミを拾おうとしたとき、電話が鳴り出した。受話器を取る。
「祐一かい? 父さんが倒れたんだよ」
 母からの電話で、祐一は部屋を飛び出し、都内のN病院に駆けつけた。父のベッドの傍らに母が立っていた。母は今にも泣き出しそうになるのを必死にこらえているようだった。
「父さん、目を覚ましてくれないんだよ」
「大丈夫さ、すぐ、元気になるよ、母さん」
 医師と看護婦が装置をセットしていた。父親の鼻や腕にチューブやコードが取り付けられていた。医師がここ2、3日が山であることを告げ、病室を出ていった。
「竹内です。遠藤さんの容態はこの装置でわかりますが、何かありましたら、ナースコールのボタンを押してください」
 竹内看護婦がナースコールのボタンを指し示した。色白のまだ若い美しい顔立ちの看護婦だった。祐一の父は昏睡状態のまま1ヶ月が過ぎたとき、突然、目を覚ました。母から電話で祐一が駆けつけたとき、病室で母と楽しそうに話す父を見て祐一は驚いた。
「父さん、すっかり元気になったんだね。よかった、本当によかった」
「祐一、大きくなったな…… 。お父さん、さっきまで20年前の時代に行っていたんだ。お前の小学校の卒業式も見てきたよ。これで父さん安心して…… 」
 だんだんと声が小さくなり、うつぶせに倒れた父は、そのまま息を引き取った。
  ★
 祐一は父の葬儀が終わり、病院へ挨拶に行った。よく見てくれた竹内看護婦は夜勤明けで朝早く帰った、と言うことだった。
「あの、竹内さん、なんていうお名前なのでしょう? 」
「あら、遠藤さん、竹内さんに気でもあるのかしら。タケウチサトミさんて言うのよ」
からかう婦長に深々とお辞儀をして、また参ります、と言い残し病院を出た。

 祐一は家に戻り、散らかった家を見回した。床に落ちていた紙くずを拾い上げ、丁寧に広げた。祐一は机からはがきとペンを出した。

里美ちゃん、りっぱな看護婦さんになってください。

そう書いてから、あの竹内さんと同じ名前なんだ、と思いながら、書かれた小学校宛にはがきを書いて投函した。

 2週間後、祐一の家に手紙が来た。竹内里美と書かれた差出人を見て、祐一はにっこり微笑んだ。お礼の手紙に違いない、と思い、封を切った。便箋を広げると、小学生とは思えない達筆な文字で書かれていた。内容を見て祐一は驚いた。ぜひ風船のメッセージを見たいと里美からの申し出であった。
 祐一はさっそくN病院へ電話をした。
翌日、N病院の応接室で里美と再会した。里美に世話になった父へのお礼を述べると、すぐに例のメッセージを見せた。
「これはきっと、私が卒業式のとき出したものに間違いありません。この白いウサギの絵って、このとき飼っていたのです」
 メッセージの脇になるほど小さくウサギの絵が書かれていた。
「変ですね。もう、20年前のことでしょう」
「変ではありませんわ。昨日、私も見つけました」
 里美は手提げバックから紙を出し、テーブルに置いた。祐一が紙切れを覗き込む。
 
ぼくは大きくなったらスーパーマンになるのが夢です。一也小学校60期卒業生 遠藤祐一

「そのメッセージはあなたのではありませんか」
「確かに僕が書いたようですが、スーパーマンだったとは。まいったなあ」
 祐一は頭をかいた。里美はくすくす笑っていた。
「里美さん、よろしければ僕とお付き合いしていただけませんか」
 里美は顔を赤くしてから首を縦に振った。

この年、タイムスリップしていた風船が全国各地で出現したが、二人の出会いはまさに奇縁だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...