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奇縁
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6月、サラリーマン遠藤祐一は差し込む朝日を額に受けた。
「まぶしいなあ」
蒲団をかぶるが、すっかり目が覚めてしまった。仕方なく蒲団から這い出て、窓を開けた。欄干に何か引っかかっていた。
「風船だ。おや、」
祐一は柵に絡みついた風船をはずすと、こよりが付いていた。開いてみた。
あたしは将来看護婦さんになるのが夢です。丸山小学校52期卒業生 竹内里美
卒業式に飛ばした風船のようだった。学校の住所も書かれていた。
(俺もこんなの卒業式に飛ばしたなあ。でも、どんなこと書いたっけかな)
祐一は小学生のとき、野球が好きだった。たぶん野球選手になりたいとでも書いたに違いないと思った。しかし、何ヶ月しても、誰のところにも風船メッセージを受け取った人から返事が届いたという話は聞かなかった。
「ふーん、この子は看護婦さんか。いいねえ」
そう言うと、祐一はメッセージをまるめ、ゴミ箱に向かって投げつけた。メッセージはゴミ箱のヘリにぶつかり、床に転がった。
(こうやって、俺のも捨てられたのかな)
祐一はゴミを拾おうとしたとき、電話が鳴り出した。受話器を取る。
「祐一かい? 父さんが倒れたんだよ」
母からの電話で、祐一は部屋を飛び出し、都内のN病院に駆けつけた。父のベッドの傍らに母が立っていた。母は今にも泣き出しそうになるのを必死にこらえているようだった。
「父さん、目を覚ましてくれないんだよ」
「大丈夫さ、すぐ、元気になるよ、母さん」
医師と看護婦が装置をセットしていた。父親の鼻や腕にチューブやコードが取り付けられていた。医師がここ2、3日が山であることを告げ、病室を出ていった。
「竹内です。遠藤さんの容態はこの装置でわかりますが、何かありましたら、ナースコールのボタンを押してください」
竹内看護婦がナースコールのボタンを指し示した。色白のまだ若い美しい顔立ちの看護婦だった。祐一の父は昏睡状態のまま1ヶ月が過ぎたとき、突然、目を覚ました。母から電話で祐一が駆けつけたとき、病室で母と楽しそうに話す父を見て祐一は驚いた。
「父さん、すっかり元気になったんだね。よかった、本当によかった」
「祐一、大きくなったな…… 。お父さん、さっきまで20年前の時代に行っていたんだ。お前の小学校の卒業式も見てきたよ。これで父さん安心して…… 」
だんだんと声が小さくなり、うつぶせに倒れた父は、そのまま息を引き取った。
★
祐一は父の葬儀が終わり、病院へ挨拶に行った。よく見てくれた竹内看護婦は夜勤明けで朝早く帰った、と言うことだった。
「あの、竹内さん、なんていうお名前なのでしょう? 」
「あら、遠藤さん、竹内さんに気でもあるのかしら。タケウチサトミさんて言うのよ」
からかう婦長に深々とお辞儀をして、また参ります、と言い残し病院を出た。
祐一は家に戻り、散らかった家を見回した。床に落ちていた紙くずを拾い上げ、丁寧に広げた。祐一は机からはがきとペンを出した。
里美ちゃん、りっぱな看護婦さんになってください。
そう書いてから、あの竹内さんと同じ名前なんだ、と思いながら、書かれた小学校宛にはがきを書いて投函した。
2週間後、祐一の家に手紙が来た。竹内里美と書かれた差出人を見て、祐一はにっこり微笑んだ。お礼の手紙に違いない、と思い、封を切った。便箋を広げると、小学生とは思えない達筆な文字で書かれていた。内容を見て祐一は驚いた。ぜひ風船のメッセージを見たいと里美からの申し出であった。
祐一はさっそくN病院へ電話をした。
翌日、N病院の応接室で里美と再会した。里美に世話になった父へのお礼を述べると、すぐに例のメッセージを見せた。
「これはきっと、私が卒業式のとき出したものに間違いありません。この白いウサギの絵って、このとき飼っていたのです」
メッセージの脇になるほど小さくウサギの絵が書かれていた。
「変ですね。もう、20年前のことでしょう」
「変ではありませんわ。昨日、私も見つけました」
里美は手提げバックから紙を出し、テーブルに置いた。祐一が紙切れを覗き込む。
ぼくは大きくなったらスーパーマンになるのが夢です。一也小学校60期卒業生 遠藤祐一
「そのメッセージはあなたのではありませんか」
「確かに僕が書いたようですが、スーパーマンだったとは。まいったなあ」
祐一は頭をかいた。里美はくすくす笑っていた。
「里美さん、よろしければ僕とお付き合いしていただけませんか」
里美は顔を赤くしてから首を縦に振った。
この年、タイムスリップしていた風船が全国各地で出現したが、二人の出会いはまさに奇縁だった。
「まぶしいなあ」
蒲団をかぶるが、すっかり目が覚めてしまった。仕方なく蒲団から這い出て、窓を開けた。欄干に何か引っかかっていた。
「風船だ。おや、」
祐一は柵に絡みついた風船をはずすと、こよりが付いていた。開いてみた。
あたしは将来看護婦さんになるのが夢です。丸山小学校52期卒業生 竹内里美
卒業式に飛ばした風船のようだった。学校の住所も書かれていた。
(俺もこんなの卒業式に飛ばしたなあ。でも、どんなこと書いたっけかな)
祐一は小学生のとき、野球が好きだった。たぶん野球選手になりたいとでも書いたに違いないと思った。しかし、何ヶ月しても、誰のところにも風船メッセージを受け取った人から返事が届いたという話は聞かなかった。
「ふーん、この子は看護婦さんか。いいねえ」
そう言うと、祐一はメッセージをまるめ、ゴミ箱に向かって投げつけた。メッセージはゴミ箱のヘリにぶつかり、床に転がった。
(こうやって、俺のも捨てられたのかな)
祐一はゴミを拾おうとしたとき、電話が鳴り出した。受話器を取る。
「祐一かい? 父さんが倒れたんだよ」
母からの電話で、祐一は部屋を飛び出し、都内のN病院に駆けつけた。父のベッドの傍らに母が立っていた。母は今にも泣き出しそうになるのを必死にこらえているようだった。
「父さん、目を覚ましてくれないんだよ」
「大丈夫さ、すぐ、元気になるよ、母さん」
医師と看護婦が装置をセットしていた。父親の鼻や腕にチューブやコードが取り付けられていた。医師がここ2、3日が山であることを告げ、病室を出ていった。
「竹内です。遠藤さんの容態はこの装置でわかりますが、何かありましたら、ナースコールのボタンを押してください」
竹内看護婦がナースコールのボタンを指し示した。色白のまだ若い美しい顔立ちの看護婦だった。祐一の父は昏睡状態のまま1ヶ月が過ぎたとき、突然、目を覚ました。母から電話で祐一が駆けつけたとき、病室で母と楽しそうに話す父を見て祐一は驚いた。
「父さん、すっかり元気になったんだね。よかった、本当によかった」
「祐一、大きくなったな…… 。お父さん、さっきまで20年前の時代に行っていたんだ。お前の小学校の卒業式も見てきたよ。これで父さん安心して…… 」
だんだんと声が小さくなり、うつぶせに倒れた父は、そのまま息を引き取った。
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祐一は父の葬儀が終わり、病院へ挨拶に行った。よく見てくれた竹内看護婦は夜勤明けで朝早く帰った、と言うことだった。
「あの、竹内さん、なんていうお名前なのでしょう? 」
「あら、遠藤さん、竹内さんに気でもあるのかしら。タケウチサトミさんて言うのよ」
からかう婦長に深々とお辞儀をして、また参ります、と言い残し病院を出た。
祐一は家に戻り、散らかった家を見回した。床に落ちていた紙くずを拾い上げ、丁寧に広げた。祐一は机からはがきとペンを出した。
里美ちゃん、りっぱな看護婦さんになってください。
そう書いてから、あの竹内さんと同じ名前なんだ、と思いながら、書かれた小学校宛にはがきを書いて投函した。
2週間後、祐一の家に手紙が来た。竹内里美と書かれた差出人を見て、祐一はにっこり微笑んだ。お礼の手紙に違いない、と思い、封を切った。便箋を広げると、小学生とは思えない達筆な文字で書かれていた。内容を見て祐一は驚いた。ぜひ風船のメッセージを見たいと里美からの申し出であった。
祐一はさっそくN病院へ電話をした。
翌日、N病院の応接室で里美と再会した。里美に世話になった父へのお礼を述べると、すぐに例のメッセージを見せた。
「これはきっと、私が卒業式のとき出したものに間違いありません。この白いウサギの絵って、このとき飼っていたのです」
メッセージの脇になるほど小さくウサギの絵が書かれていた。
「変ですね。もう、20年前のことでしょう」
「変ではありませんわ。昨日、私も見つけました」
里美は手提げバックから紙を出し、テーブルに置いた。祐一が紙切れを覗き込む。
ぼくは大きくなったらスーパーマンになるのが夢です。一也小学校60期卒業生 遠藤祐一
「そのメッセージはあなたのではありませんか」
「確かに僕が書いたようですが、スーパーマンだったとは。まいったなあ」
祐一は頭をかいた。里美はくすくす笑っていた。
「里美さん、よろしければ僕とお付き合いしていただけませんか」
里美は顔を赤くしてから首を縦に振った。
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