窓野枠 短編傑作集 6

窓野枠

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無医村

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 内科医・佐藤健二32歳は北海道の外れにある離島医療の実情を視察するため東京を発った。最北端の地ものしり村の医療課長から赴任を要請をされている。もしかすると、ここで人生を賭けるかも知れない島である。飛行機で2時間、稚内港に到着、高速フェリーに乗ること合計5時間ほどでものしり島に到着した。最果てと言っても、交通機関が発達したから遠いとは感じられない。
 船から降り立った桟橋に、迎えに見えた役場の医療課長田所が待ちかまえていた。「歓迎離島に医療従事者を」という30センチ四方のプラカードを掲げていた。
「お迎え、ご足労様です。佐藤です」
 プラカードを持ちながら遠くを見ていた田所は、驚いてから白い歯を見せ笑った。既に50歳は過ぎているであろう顔は日焼けして実に健康そうであった。そして桟橋に立つ島民の誰もが健康そうな白い歯を見せ屈託なく笑っている。
「いやああ、はるばる東京からようこそおいでくださりました。ささ、こちらへ。まずは宿でおくつろぎくださいませ」
 直ぐそばに小型ヘリコプターが止めてあった。田所は座席のドアを開け目配せした。
「さ、こちらへどうぞ」
「自家用ですか?」
「はい、今では集落ごとに所有しております」
 ヘリに乗ること5分、島の北部に当たるりんご岩という集落に連れて行かれた。途中、眼下に民家は1軒もなかった。固まって集落を構成することで、行政負担を軽減しようと進めているという。
「すみませんねえ、お疲れでしょう。到着しました」
 かなり遠くから見えていた50階建ての近代的なビルである。佐藤は見上げた。
「この島1番の高層建築です。ほかはだいたい40階くらいまでです。まあ、どうぞどうぞ」
 受付には誰も座ってはいない。
「今日、ホテル部門のお泊まりは佐藤さん、お一人でして」
「観光客はいないのですか?」
「昨日まで満室でしたけど、みなさん、朝、立たれました」
「そんなに差が激しいのですか?」
「観光は波が激しいです。特に交通が発達しまして。いつでも来れますので。問題は人が集まれば急病人がでます。しかし、今年から導入したヘリポート計画で急病人はヘリで運べばいいという意見が主流になりました。1、2階は行政部門、最上階は観光部門、つまりホテルになっています。それ以外は島民の住居です」
 田所はそう言いながら歩いている。総窓ガラスの近代ビル。沈もうとしている夕日が鮮明に見える。
「さあ、着きました。ごゆるりしてって下さい」
 田所は佐藤の鞄を部屋のテーブルの上に置く。
「身支度の用品は洗面所に揃えて置きましたが、不足するものがございましたら内線電話で仰って下さい。では、6時頃、迎えに参ります。美味しいお店にご案内しますから、では、」
 その夕、田所は黒の電気自動車で向かった。田所が運転席で行き先を告げると、車は音も立てず静かに発進した。田所の行きつけの居酒屋よしこに着いた。居酒屋、料理屋が集まった集落という。ウニ丼、ウニ鍋、ウニ刺し、ウニのおひたし、この地ならではの郷土料理が出された。近代化の波は押し寄せても自然は守られていた。むしろ、今は何もかも自然らしく造られていると言うべきか。そこの女将が色白美人であった。年は40代というところだろうか。
「まあ、東京からお越しですか。それはそれは遠いところはるばる。あたしも、東京におりました」
 聞けば総合商社でオーエルをやっていた。振られた男を忘れるため、最果ての地にやってきたのだ、という。女将曰く、地球に最果てなどと言うところはなくなってしまった、と嘆く。去年、土日で北極圏地球最果てツアーに行って来たと言う。
 翌朝、佐藤は田所に連れられ、島の診療所に案内された。着いたとまりぎ港の直ぐそばであった。北はヘリポート派、南は診療所派で意見が二つに分裂してる。診療所には医療器材がない。ヘリポートを造る予算に当てたためである。島のあちこちにヘリポートがある。
「まあ、島民は見ての通り健康そのものです。私も50年余生きて参りましたが病気はしたことありません。島民は病気をしません。予防技術が進んだお陰です。無医村でも問題なかったのです。観光を進めるうち、病気になる観光客が一人去年ありまして、そこで医療問題が浮上したわけです。問題は観光客ですね。うちの村みたいに高度医療の村に住んでいると病気、急病などまったくございません。問題は家庭での事故ですね。交通事故も安全機構が高度になりこの10年交通事故死傷者はゼロでございます。ただ、職場や家庭での小さな事故が防げません。痴話喧嘩、暴力沙汰もなくなりません」
「しかし、医者がいても医療器材がなければ治療できないでしょ」
「この島で治療してもらおうとは思っておりません。病気を見極めて本島のどの病院に連れていくか、を見極めるだけです。高速ヘリで一っ飛びでございます。簡単になりました」
 なるほど、交通機関が発達してくれば、村に医療施設はいらないかもしれない。十分緊急医療ヘリで対応が可能である。5年後、村のかしこにセンサー付きモニターを設置する。これで急病人の病状を瞬時に把握できる。あとは、緊急的な応急処置のできる医療専従者で事足りるという。
 ますます、これから無医村は増えていくのであろうか。情熱に燃えていた佐藤は、ここでのんびりスローな生活をするのも悪くはないと思った。こらからますます近代化が情熱的な熱い時代を過去のものにしていくのだろうか。佐藤は眼下に見える集落の灯りを見て思うのだった。
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