Re:crossWORLD 異界探訪ユミルギガース

LA note (ら のおと)

文字の大きさ
46 / 48
3章 シュレーディンガーの猫編

43. falsehood in APRIL (4月は僕の嘘) 前編

しおりを挟む
1

 2056年4月 ミドガルド 日本にて
 
 三原蔵人みはらくろうど

 ※
 私が巨人世界ヨトゥンヘイムで過ごしたのはたったの3日間だった。
 それはこちらの世界=元の世界での30年に相当した。

 あの日、私の運転するバスに乗った応徳学園おうとくがくえんの生徒たちは30年間行方不明者として…更に幼稚園バスの園児たちは40年間行方不明のまま、いたずらに時間が経過し、毎年その時期になると決まってニュースに取り上げられていた。

 最初の行方不明事件(吹田山手幼稚園児失踪事件)が発生したのが2014年9月13日。

 それから42年が経過したとされるこの年、行方不明の園児の父親が亡くなったという報道があった。
 園児の名は「三国みくに心愛ここあ」というらしい。
 父親は彼女の失踪事件当時、40代だったという。
 40年とは…人が老い、肉体が衰える…それほどまでに長い歳月だということか。

 前の日まで当たり前の日常を過ごしていた我が子と突然別れる事となった親御さんの心情を察すると何ともやりきれない気分だった。

 自分はまだ戻れた分だけ幸せだった。

 生きているうちに成長したに会う事ができたのだから。

 こちらの世界に戻ってから半年以上が過ぎようとする中、私はの身に起こった事を世間に公表出来ずにいた。

 おそらく私は多くの研究機関やマスコミ、世間などから何故1人で戻ったのか?という事を問い詰められるだろう。

 私はもう暫く、家族との再会を楽しみたかった。

 勿論、巨人世界ヨトゥンヘイムに残して来た皆への申し訳無いという思いはあったのだが…私のわがままを家族も受け入れてくれていたのでそのままでいた。
 自分の保身を優先したズルい大人だ。

 そんな中、私は「魔法的愛玩具マジカルラブトイズ」の効果によって手に入れた若い肉体を活かそうと夜の街へと向かう。

 私の通う店の一つで、私が好意を持った13人のうちの1人に「月」という変わった源氏名を持つ女性がいた。

 どことなく大人びた雰囲気、おとなしめの喋り口調…そしてハスキーな声の持ち主の彼女に私はとても惹かれた。

 ずっと誰かに似ていると感じながら、隣に座る彼女の横顔に目をやる。

 実際の年齢よりも少しばかり大人っぽくみえるのはその声と落ち着きはらった雰囲気からくるものだろうか?

 年は21だと彼女は言った。

 彼女曰く「月」という名前には母の従姉妹の名前が由来しているという。

「その従姉妹は何て名前?」私の質問にゆっくりとした口調で
「ヒント!…月の女神と同じ名前よ!」彼女はそう答えた。

 月の女神のといえばローマ神話でいうルナかディアナだ…ギリシャ神話でいうところのアルテミス…と私は咄嗟に女神たちの名前を思い浮かべた。

「じゃあルナ?かな?」ディアナもしくはダイアナやアルテミスって言うのはあまりにもキラキラネームすぎるとふんでルナと答えた私に彼女は

「正解よ!」と答えた。

 やはり…私にも「瑠那ルナ」という姪っ子がいるんだ!と危なく口から出そうになるのを抑えた。

 魔法的愛玩具マジカルラブトイズの効果で20代前半の姿をしている私に姪っ子…おかしな話では無いが余計な詮索をされない様にその言葉は飲み込んだ。

「月」

 私は昔から月にはある種の憧れを持っていた。

 若い頃に考えた物語の主人公の名も「月」に由来していたし、「月」=世界、とした物語も考え出した。

 世界の名を冠した主人公の少年は、偶然出会った女神に恋をし、やがて恋した女神の裏切りによって不幸のどん底へとおいやられる…といった内容の「月を売った女神」というファンタジーの物語や、この世の全ての事象が巨大な生体コンピューターによって管理された仮想現実の世界で暮らす人々を描いた物語も舞台は多次元世界の存在する「月」だった。

 元々彼らは肉体を持ってはいたが、仮想空間での生活にのめり込み、やがて現実と仮想との区別がつかなくなった彼らは肉体を放棄する。
 
 人類は自らが働くのをやめてしまい、全てはAIが世界を管理する。
「脳」とそれを維持するためだけの装置がその世界でいう人間の姿となった。

「月」の住人は仮想現実空間での生活こそが現実と思い込む様になって長い長い年月が過ぎていく。

 人間…と呼べる様な姿をしていない彼ら、彼女らを管理する巨大な生体コンピューターのオリジナルである女性がある時ふと自我を取り戻し、端末から抜け出した。

 彼女は人間だった頃の記憶と身体を頼りに多次元世界を渡り歩く。

 最初にたどり着いた世界で彼女は1人の少年と出会う。

 少年は彼女が人間だった頃に産んだ自分の子だった。

 実際は自分の子では無く彼女は本当の親から子供を連れ去った魔女としてその世界の王から執拗に追われる羽目になる。

 別の世界へのゲートをくぐり逃げまどう彼女はやがて世界の秘密を目の当たりにして多次元世界の目的を理解する。
 やがて新天地地球へと伸びた軌道エレベーターを使って地球の大地へと降りたつといった「HERsTOry」ハーストリーと言うタイトルのゲームシナリオを考えた。

 歴史という意味のhistoryとはhis story、これに対してher story 女性の物語、女性が創る月の歴史の物語。
 造語だ。

 月の裏には宇宙人の基地があるとか、月は表はいつも地球の方を向いていて裏側は見えないはずがある時ふと表と裏が逆になるだとか…

 この様に「月」は私にとって魅力的な存在だしいつかは行ってみたいとも思っている。

 そんな事もあって妹が娘に、すなわち姪に「瑠那ルナ」と名付けた時、少し嫉妬した。

 2つ歳下の妹は23歳の時に結婚をして25歳の時に「瑠那」を産んだ。

 私はというと瑠那が生まれた年に飲み屋で知り合った水商売の女性と結婚をする。

 そして数年後に生まれた娘に瑠那と対になる様な名をつけた。
 瑠璃色の一文字と杏のアンを組み合わせて「璃杏リアン」と名付けた。

 その時冗談まじりに「璃杏が「馬場」さんや「小畑」さんと結婚しない事を密かに願った。

「リアン」とはフランス語で「絆」という意味と「何もない」という意味がある。

 lienは「絆」 rienは「何もない」という意味だそうで、 LかRのどちらかで始まるスペルの違いで大きく意味合いの違う単語になるようだ。発音も実は違う様だが…

 結婚から5年で離婚した私からすれば後者のスペルだった様だ。ある朝仕事から帰ると部屋には数日前に買った14インチのテレビ以外「何もなかった」のだから。

 元妻は「璃杏」とありとあらゆる家具と共に家から出ていった。
「璃」という字は「離」という字にも似てなくは無いと後々考える様になった。



「月」という源氏名の彼女と会話をしているとふとそんな事を思い出してしまう。

 そんな「月」がある時、私との会話の中でこう言った。
「私の苗字って小畑おばたって言うんだけど」
「月」はそう切り出した。
「おかしいのよ!ママの名前がフルネームだと「オバタリアン」なんだって!意味わかる?」彼女はそういうと珍しくケラケラと笑っていた。
 普段はそんな風に笑う子では無かったにもかかわらず。
「若い頃は嫌だったみたいだけどすっかり大阪のおばちゃんになってて正にオバタリアンなんだって!」
「!!!!!」
 20代の子たちには「」というものが何なのかさっぱり理解出来ないだろうが……

「リアン?」そうそういない名前のはずだ。
 私の呟きに

「そう!変わってるの!瑠璃色の「り」に杏(あんず)の「アン」!」


「月」が誰かに似ていると感じていたのはそういう訳だったのか…

 私の見た目は20代前半で目の前の彼女とは同い年くらいだが中身は齢(よわい)50を迎えたオッサンで…結局彼女に自分が祖父だとは告げれなかった。

 どの面下げて…という気がしたからだ。
 
 それから一つ質問をした。

「君のおばあちゃんは元気なのかい?」

 答えは「いいえ」だった。

 私より3歳年上の彼女は私がこの世界に帰る1年前にこの世を去ったとの事だった。

 うつむきながらそう答えた「月」という名の横顔はどこか元妻の面影を残していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

処理中です...