前世ラスボスの陰陽師は正体を隠したい ~元大妖怪、陰陽寮に仕官する~

蘆屋炭治郎

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1章 旅立ち

6話 安倍叡明

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 烏天狗襲撃の知らせが屋敷に届いたとき――

「……」

 安倍叡明は寝所にいた。

 祝宴は続いていたものの、叡明は元々そういった場を好ましく思っていない。特に今日の宴の参加者は格別に品がない。付き合ってはいられなかった。

 なので客室として用意された西の対屋たいのやにそそくさと引っこんだというわけだ。

 だが横になって寝入ってはいたものの、叡明の動きはあまりに迅速だった。

 戦場では一瞬の隙が命取りになる。
 眠りについているときでさえも、それは例外ではない。いつ戦が起きても即座に動けるように訓練するのは、戦場に身を置くものとして当然だった。

 叡明が対屋を出ると、同時に東満が姿を現した。

「お前は西を。俺は東を見る」
「はぁい、承知しました~」

 命じると、東満は音もなく姿を消した。

 満ちゆく上弦の月に目を細め、叡明もすぐさま屋敷をあとにした。




「……」

 家屋に跳びのって屋根上を駆けながら、叡明は向かうべき場所を考える。

 闇雲に敵をさがして狩るのは悪手になりえる。
 こうした状況で被害を抑えるには常に最善手を考えねばならないのだ。

 力があるものは――特に。

 でなければ大切なものを失うことになる。
 先の大戦で叡明はそのことを身をもって知った。

 屋根から屋根へと跳び移り、まるで疾風のような速さで町を駆けていると、人と交戦する烏天狗の群れを発見する。

(あれが……主力)

 数が多い上、一際大きな霊圧を感じる。あの中に群れを率いる首領がいるはず。それを仕留めれば、群れは統率を失って瓦解するだろう。

 近づくと、烏天狗の総数は十体強。

 くわえて一際大きな天狗――大天狗の姿があった。五等級の中級のモノノ怪であり、通常は陰陽師が十人がかりで倒すような強大な存在だ。あれが群れの首領で間違いなかろう。

 対する陰陽師はたったの三人。
 実力は並。大天狗一体に遊ばれていて、まるで相手になっていない。背後には逃げ遅れた町民たちの姿もあり、下手に手を出せない状況。

(ならば……)

 上手く――手を出せばいい。

 叡明は跳躍し、敵のど真ん中に着地する。
 あまりに速く、あまりに静かに現れたため、烏天狗たちは反応できない。

 敵陣に飛びこみながらも叡明の心は静かだった。


火陽道かようどう、二十九節――《灼蒼しゃくそう》」


 複数の印を恐るべき神速で結び、手をかざす。

 ぐるり、と叡明を中心に巨大な霊力線が描かれる。そして叡明が手をくいと天に返した瞬間、地面から蒼い炎が噴きあがった。

 烏天狗たちは蒼い炎に包まれ、なんと一瞬のうちに焼失してしまった。

 攻撃も防御もする時間を与えられず、何をされたのか認識する間もなく、焚火にくべられた枯葉のように一瞬でこの世から消えてしまったのだ。

「……」

 大天狗でさえも、その炎からは逃れられない。

 霊力で抵抗を試みた様子だが、それは烏天狗よりもほんの数瞬寿命を伸ばすだけの結果に終わる。結局は烏天狗と同じように焼失してしまった。

 十体以上はいた天狗の群れ。
 だが残ったのはわずかな灰だけだった。

『う、うわああああ死にたくない!』
『待て、熱くないぞ?』
『そうか、この炎はまさか……』

 陰陽師たちが炎を浴びて慌てふためくものの、すぐに炎の正体に気づいたようだ。

 この《灼蒼しゃくそう》が灼くのは、悪しき存在のみ。
 人には効果が及ばないのだ。

『た……助けて!』

 悲鳴が聞こえ、叡明は視線をめぐらせる。
 烏天狗が女を抱え、飛んでいるのが見えた。

 叡明は印を結ぶことすらなく、霊弾を放つ。
 霊弾は烏天狗の後頭部に直撃し、烏天狗はそれだけで意識を失い、真っ逆さまに落下した。

 叡明は地を蹴り、烏天狗が解放した女を地上でしっかりと受けとめる。

『あ……ありがとうございます』

 女は魅入られたように叡明の顔を見つめ、ほんのりと頬を染めた。

 その直後だった。
 離れた場所から、ズンッ! という轟音と共に桁外れの霊圧を感じた。

(この霊圧は……いや)

 叡明は眉をひそめ、現場へと急行した。





 現場につくと、そこには陰陽師が集っていた。

 どうやら戦闘は一段落しているようだ。
 だが広小路の一箇所に集まり、陰陽師たちは妙にざわめいている。

「何事だ?」
「あ、叡明さま……ご無事でなによりです~」

 口元の返り血をぺろりと舐めとり、東満は楽しげに笑みを浮かべる。

「まあまあ、これを見てくださいよ~」

 うながされ、叡明は皆の視線の先を見る。

 そこには驚くべき光景が広がっていた。

 地面が――えぐれているのだ。
 少し、ではない。一帯が椀の形にごっそりとえぐりとられている。

「これは……“裂”の痕跡か」
「ですねぇ。見ただけでゾクゾクしますよね~」

 東満は自身の体をかき抱き、恍惚とした表情でぶるりと体を震わせる。

 霊力が高いものなら、このように“裂”を使うことで周囲の地面がえぐれることはままある。

 しかし歴戦の陰陽師であっても少々へこませる程度のもので、これほどの悲惨な状況になることは基本ない。こんなことができるとすれば、それこそ自分や一握りの上等陰陽師ぐらいだろう。

 あるいは――

「上級のモノノ怪か?」
「いえ。遠目に見たものによると、どうやら人間のようですよ~」

 人間、だと? と常に無表情な叡明の顔にわずかに驚愕がにじむ。

「……どういうことだ?」
「強大な獣のモノノ怪が出現してぇ、それを陰陽師がひとりで迎え撃っていたそうですよ~。これはその陰陽師の“裂”の痕跡だとかなんとか」
「その陰陽師とモノノ怪の行方は?」

 さあ、と東満は首を振る。

「それが目撃者は“裂”に恐れをなしてたまらず逃げだしたらしく、どうなったかはまったくわからないそうです。大事なとこで無能ですよねぇ」
「他に……情報は?」
「我々が来たときには両者共に影も形もありませんでしたねぇ。それで今ここでも少しばかり聞き込みしてみたのですが、モノノ怪についても陰陽師についても誰ひとり心当たりないらしいんですよぉ。もうお手上げって感じです~」
「ふむ……」

 この場に屍がない以上、両者共に生きていると考えるのが自然だろう。

 もちろんモノノ怪のことも気にはなる。
 だが叡明はそれ以上に、その陰陽師のことが気にかかっていた。

(先ほどの霊圧は……)

 これほどのことが為せる陰陽師というのは、優秀なものの多い京でも数えるほどだ。この辺境ではなおさらだろう。いったい何者なのか。

(……いや、ありえん)

 考えていたときだった。

 あ~! と思いだしたように声をあげる東満。

「ただ……周囲を捜索してみたところ、その陰陽師の手がかりがひとつだけ残されてまして~」
「?」

 言いながら東満が取りだしたのは――童が履くような、小さなだった。

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