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3 5月の風
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5月、電車から見える新緑が眩しい。生命の息吹っていうやつかな。
最近はあまり前世の夢を見ない。だから、目覚めもよく朝から元気だ。
「なあ啓太、連休の遠征試合はどうだった?勝てた?」
「う~ん、半々?って感じかな。俺はベンチがメインだったし、お前が応援に来ないから、やる気スイッチが入んなくって。……でも、何でかお付き合いを申し込まれた」
啓太はちょっと照れたように、女から告白されたことを自慢した。いや、女なのは当然のことだった。
「ええっ!やったじゃん。モテ期到来?いやいや、啓太は中学の時からモテてた。で、何処の高校の娘?」
俺はニヤニヤしながら啓太の脇腹辺りを、うりうりと肘でつつく。
「お前は俺に彼女ができるのが、そんなに嬉しいのか?」
「そりゃそうだよ。俺の親友はモテモテのイケメンだって自慢できるし。……でも、いつも長続きしないよな。何でだ?」
「俺はサッカーが忙しいから、全然構ってやらないし、正直面倒臭いんだ。やれラインの返事が直ぐ来ないだの、電話をしてくれないだの……ハア、今回は、付き合わずにお断りした。それに、県外の学校のコだったし」
啓太はこれ見よがしな溜め息を吐き、俺の顔を見て嫌そうに眉を寄せる。なんて贅沢な奴なんだ!と思いながらも、ふと、啓太にラブラブな彼女ができたらと想像してみる。
「なあ、俺が邪魔になったら言って。啓太の彼女に嫌われたらへこむから」
「なんだそれ。そんな日は、高校卒業するまで来ねーよ。バーカ」
啓太は俺の額を人差し指で押しながら、バーカと言ってそっぽ向いた。
「俺、今日は部活休みだから、早く帰るわ。ごめん」
啓太が電車を降りる直前、俺は帰りのことを思い出して慌てて伝える。
「ふらふら寄り道すんじゃねーぞ!」
いつものように過保護な啓太は、少し不機嫌そうに手を振って電車を降りていった。
放課後、久し振りに1つ手前の駅まで歩いて、本屋で特売のCDでも見ようと、鼻唄を歌いながら階段を上がっていく。
あれから1ヶ月、あの時の赤いギターケースのヤツとは会っていない。
きっと、電車から見たのは別人だったんだろう。だって、朝の電車で1度も赤いギターケースを見掛けていない。
入店してから10分、兄貴がイイって言ってたイギリスのバンドのアルバムが、セールになっているのを発見した。
30年以上も前の曲ばっかだけど、兄貴にちらっと聞かせてもらった時、ドラムの音がとっても良かったのを覚えている。
ふと気付くと、同じバンドの違う曲のアルバムを見ている男が隣に立っていた。
相手も同じバンドのアルバムを、俺が手にしていることに気付いたようで、偶然か必然か、同時にお互いの顔を見てしまった。
「あっ!」と声を出したのは俺の方だった。
まさかの赤いギターケース……だけど、先月と同じ学生とは限らない。と、思う。
でも、山見高校の制服で、背格好も同じだ。そして、困ったことが起きた。
……どうした俺?なんでまた涙が零れてくるんだよ!
「気分でも悪いのか?あっ、こっちのCDの方が良かったとか?」
泣いている俺に驚いたのか、隣に立つ男が心配そうに声を掛けてきた。
知らない男のはずなのに、なんでか懐かしい声を聞いたような気がして、また涙が零れる。
「い、いや大丈夫。お、思い出し涙だから」
俺はそう言いながら、慌てて手で涙を拭こうとして、持っていたCDを自分の顔にぶつけてしまった。
……最悪だ・・・恥ずかし過ぎるだろう俺!
「思い出し笑いは聞いたことあるけど……涙は……ホント大丈夫か?」
優しい声で、その男は俺の顔を覗き込んでくる。
あら?粗削りだけどイケメンだ。なんてことを一瞬思いながら、俺はその男の方をきちんと向いて、「ホント大丈夫です」となんとか答えた。
「バンド……バンドやってるの?」
「あっ、ああやってる。去年から。まだ下手だよ」
「そうなんだ。何人?」
「4人。俺以外は2年だ」
ぶっきら棒な受け答えをしながらも、何となく会話が成立してる。ような……
「このバンド好きなの?」
人見知りな俺が、半泣きしながら話し続けている。自分でもビックリだよ。
「まあな。練習曲にちょうどいいんだ。お前も好きなの?」
ドキッと心臓が突然はねた。好きって言葉で、胸が苦しくなる。
「うん、ドラムの音が好きなんだ」
そこまで答えて限界が来た。
俺は激しくなる鼓動にめまいを感じながら、「じゃあ」と言ってCDを掴んでレジへと急いだ。そして振るえる手でお金を支払って店を出ると、その場にへたり込みそうになったが、気力で駅まで歩いた。
どうやって家に帰ったのか覚えていない。
でも、帰って直ぐに買ったアルバムを聴いた。4曲くらい聴いたところで落ち着いてきて、店でのことを思い出し、恥ずかしさのあまりベッドの上で身悶えた。
「名前、訊かなかった……バカじゃん俺」
キッチンで1人呟きながら、冷蔵庫から取り出したりんご酢ジュースを飲む。
ちょっと頭が冷えたところで、体調が少し変なのかもしれないと不安になった。
動悸にめまい……母さんの更年期障害と同じじゃん!
「違うし!俺はまだ若い!」と、1人でボケ・ツッコミをしながら、何故かふと、赤いギターケースのヤツの声が、前世のエイブの声に似ていると思った。
……まさかな、でも、なんで涙が出るんだろう?
その日の夜の夢の中で、ラルカンドはひたすら弓の練習をしていた。
ただそれだけの夢だった。
前世の夢を見たのに、珍しく寝起きの俺は泣いてなかった。
よしよし、イイ感じだ。
5月下旬、久し振りに啓太の部活が休みだったので、一緒に自転車で海に行った。
家からのんびりと走って30分、河口にかかる大きな橋まで来ると、その先はもう海だ。橋の途中で休憩して水分補給する。なんて風が気持ちいいんだろう。
すっかり初夏だと思わせる日射しが暑いが、潮の香りに誘われて、俺達は再び元気よくペダルをこぐ。
サイクリングコースにもなっている道を、砂浜の海岸目指してもうひと頑張りだ。
到着した海水浴場には、新しくトイレやシャワールームの施設が出来ていた。
「なあ春樹、あれから夢はどうだ?最近お前、前世の話をしなくなったよな」
駐車場から砂浜に下りるコンクリートの広い階段に腰掛けると直ぐに、啓太が海を見ながら俺に聴いてきた。
「うん、あまり見なくなった……かな。先週だったか先々週だったか、CDを買いに行って、そこで山見高の1年と出会って泣いてから、よく分かんないけど、悲しい前世の夢は見なくなった」
「ちょっと待て!山見の1年? 俺、そんな話、初めて聞くんだけど? どういうことだ春樹。何があった!ちゃんと話せ!」
急に怒りだした啓太が、怖い顔をして俺の両肩を掴んみ、瞳をじっと睨んでくる。
なんでそんなに怒るんだよ。余計な心配を掛けたくなかったから言わなかったんじゃないか!って、心の中で叫んだけど、そんなことを本当に言ったら、きっともっと怒る。間違いない……
結局心配される羽目になったが、俺はぽつぽつと最初に本屋で会った時のことから、正直に啓太に話していく。
「じゃあ、最初に店で会った時も泣いて、電車の中で泣いたのも、赤いギターケースのヤツを見たからなんだな?」
「う、うん。俺だってどうして涙が出るのか分からない。ただあの声は、どこか懐かしい気がした。そんで、胸が苦しくなった」
俺は無意識の内にフーッと深く息を吐き、言わなくてもいいことまで言ってしまった。
最近はあまり前世の夢を見ない。だから、目覚めもよく朝から元気だ。
「なあ啓太、連休の遠征試合はどうだった?勝てた?」
「う~ん、半々?って感じかな。俺はベンチがメインだったし、お前が応援に来ないから、やる気スイッチが入んなくって。……でも、何でかお付き合いを申し込まれた」
啓太はちょっと照れたように、女から告白されたことを自慢した。いや、女なのは当然のことだった。
「ええっ!やったじゃん。モテ期到来?いやいや、啓太は中学の時からモテてた。で、何処の高校の娘?」
俺はニヤニヤしながら啓太の脇腹辺りを、うりうりと肘でつつく。
「お前は俺に彼女ができるのが、そんなに嬉しいのか?」
「そりゃそうだよ。俺の親友はモテモテのイケメンだって自慢できるし。……でも、いつも長続きしないよな。何でだ?」
「俺はサッカーが忙しいから、全然構ってやらないし、正直面倒臭いんだ。やれラインの返事が直ぐ来ないだの、電話をしてくれないだの……ハア、今回は、付き合わずにお断りした。それに、県外の学校のコだったし」
啓太はこれ見よがしな溜め息を吐き、俺の顔を見て嫌そうに眉を寄せる。なんて贅沢な奴なんだ!と思いながらも、ふと、啓太にラブラブな彼女ができたらと想像してみる。
「なあ、俺が邪魔になったら言って。啓太の彼女に嫌われたらへこむから」
「なんだそれ。そんな日は、高校卒業するまで来ねーよ。バーカ」
啓太は俺の額を人差し指で押しながら、バーカと言ってそっぽ向いた。
「俺、今日は部活休みだから、早く帰るわ。ごめん」
啓太が電車を降りる直前、俺は帰りのことを思い出して慌てて伝える。
「ふらふら寄り道すんじゃねーぞ!」
いつものように過保護な啓太は、少し不機嫌そうに手を振って電車を降りていった。
放課後、久し振りに1つ手前の駅まで歩いて、本屋で特売のCDでも見ようと、鼻唄を歌いながら階段を上がっていく。
あれから1ヶ月、あの時の赤いギターケースのヤツとは会っていない。
きっと、電車から見たのは別人だったんだろう。だって、朝の電車で1度も赤いギターケースを見掛けていない。
入店してから10分、兄貴がイイって言ってたイギリスのバンドのアルバムが、セールになっているのを発見した。
30年以上も前の曲ばっかだけど、兄貴にちらっと聞かせてもらった時、ドラムの音がとっても良かったのを覚えている。
ふと気付くと、同じバンドの違う曲のアルバムを見ている男が隣に立っていた。
相手も同じバンドのアルバムを、俺が手にしていることに気付いたようで、偶然か必然か、同時にお互いの顔を見てしまった。
「あっ!」と声を出したのは俺の方だった。
まさかの赤いギターケース……だけど、先月と同じ学生とは限らない。と、思う。
でも、山見高校の制服で、背格好も同じだ。そして、困ったことが起きた。
……どうした俺?なんでまた涙が零れてくるんだよ!
「気分でも悪いのか?あっ、こっちのCDの方が良かったとか?」
泣いている俺に驚いたのか、隣に立つ男が心配そうに声を掛けてきた。
知らない男のはずなのに、なんでか懐かしい声を聞いたような気がして、また涙が零れる。
「い、いや大丈夫。お、思い出し涙だから」
俺はそう言いながら、慌てて手で涙を拭こうとして、持っていたCDを自分の顔にぶつけてしまった。
……最悪だ・・・恥ずかし過ぎるだろう俺!
「思い出し笑いは聞いたことあるけど……涙は……ホント大丈夫か?」
優しい声で、その男は俺の顔を覗き込んでくる。
あら?粗削りだけどイケメンだ。なんてことを一瞬思いながら、俺はその男の方をきちんと向いて、「ホント大丈夫です」となんとか答えた。
「バンド……バンドやってるの?」
「あっ、ああやってる。去年から。まだ下手だよ」
「そうなんだ。何人?」
「4人。俺以外は2年だ」
ぶっきら棒な受け答えをしながらも、何となく会話が成立してる。ような……
「このバンド好きなの?」
人見知りな俺が、半泣きしながら話し続けている。自分でもビックリだよ。
「まあな。練習曲にちょうどいいんだ。お前も好きなの?」
ドキッと心臓が突然はねた。好きって言葉で、胸が苦しくなる。
「うん、ドラムの音が好きなんだ」
そこまで答えて限界が来た。
俺は激しくなる鼓動にめまいを感じながら、「じゃあ」と言ってCDを掴んでレジへと急いだ。そして振るえる手でお金を支払って店を出ると、その場にへたり込みそうになったが、気力で駅まで歩いた。
どうやって家に帰ったのか覚えていない。
でも、帰って直ぐに買ったアルバムを聴いた。4曲くらい聴いたところで落ち着いてきて、店でのことを思い出し、恥ずかしさのあまりベッドの上で身悶えた。
「名前、訊かなかった……バカじゃん俺」
キッチンで1人呟きながら、冷蔵庫から取り出したりんご酢ジュースを飲む。
ちょっと頭が冷えたところで、体調が少し変なのかもしれないと不安になった。
動悸にめまい……母さんの更年期障害と同じじゃん!
「違うし!俺はまだ若い!」と、1人でボケ・ツッコミをしながら、何故かふと、赤いギターケースのヤツの声が、前世のエイブの声に似ていると思った。
……まさかな、でも、なんで涙が出るんだろう?
その日の夜の夢の中で、ラルカンドはひたすら弓の練習をしていた。
ただそれだけの夢だった。
前世の夢を見たのに、珍しく寝起きの俺は泣いてなかった。
よしよし、イイ感じだ。
5月下旬、久し振りに啓太の部活が休みだったので、一緒に自転車で海に行った。
家からのんびりと走って30分、河口にかかる大きな橋まで来ると、その先はもう海だ。橋の途中で休憩して水分補給する。なんて風が気持ちいいんだろう。
すっかり初夏だと思わせる日射しが暑いが、潮の香りに誘われて、俺達は再び元気よくペダルをこぐ。
サイクリングコースにもなっている道を、砂浜の海岸目指してもうひと頑張りだ。
到着した海水浴場には、新しくトイレやシャワールームの施設が出来ていた。
「なあ春樹、あれから夢はどうだ?最近お前、前世の話をしなくなったよな」
駐車場から砂浜に下りるコンクリートの広い階段に腰掛けると直ぐに、啓太が海を見ながら俺に聴いてきた。
「うん、あまり見なくなった……かな。先週だったか先々週だったか、CDを買いに行って、そこで山見高の1年と出会って泣いてから、よく分かんないけど、悲しい前世の夢は見なくなった」
「ちょっと待て!山見の1年? 俺、そんな話、初めて聞くんだけど? どういうことだ春樹。何があった!ちゃんと話せ!」
急に怒りだした啓太が、怖い顔をして俺の両肩を掴んみ、瞳をじっと睨んでくる。
なんでそんなに怒るんだよ。余計な心配を掛けたくなかったから言わなかったんじゃないか!って、心の中で叫んだけど、そんなことを本当に言ったら、きっともっと怒る。間違いない……
結局心配される羽目になったが、俺はぽつぽつと最初に本屋で会った時のことから、正直に啓太に話していく。
「じゃあ、最初に店で会った時も泣いて、電車の中で泣いたのも、赤いギターケースのヤツを見たからなんだな?」
「う、うん。俺だってどうして涙が出るのか分からない。ただあの声は、どこか懐かしい気がした。そんで、胸が苦しくなった」
俺は無意識の内にフーッと深く息を吐き、言わなくてもいいことまで言ってしまった。
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