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2 記憶の混濁
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「なあ啓太、やっと夢の相手の名前が分かった」
「えっ?まだ続きを見てたのか?」
「うん、相手の名前はエイブ、金髪に金色の瞳。そして、俺の名前がラルカンドで、群青色の髪に青い瞳だった。そんで……たぶん恋人同士だ」
今日もいつもの時間の、いつもの3両目に乗って、立ったままドアに体を預けながら啓太と話す。
ビックリしたように啓太のアンバーの瞳が俺を覗き込むので、俺は恥ずかしくなって下を向く。
普通は黒く見える啓太の瞳は、朝日を浴びてアンバーに見えて綺麗だった。
「やっぱりそれは、手術の影響なのかな?」
「ううん……きっと前世の記憶だと思う。そう考えたら怖くない。だって、同じ登場人物がいつも出てくる夢って、絶対におかしいよ。これが前世の記憶なら、思い出してるってことだから……」
俺は顔を上げて啓太のアンバーの瞳をじっと見ながら、自分の出した結論みたいなものを伝える。
「そうか、でも春樹、男を好きな話は、俺の前だけにしとけ!電車で話す時は、小さな声か俺の耳元で話せ。分かったな?」
「あっ!わ、分かった・・・」
俺はそう答えると、近くに居た他校の女子と目が合って、恥ずかしくてまた下を向いた。
まるでオカンのような兄ちゃんのような過保護な啓太に、今日も呆れられながら電車に揺られる。
入学式から1週間後、1年生は体育館に集められ、先輩方から部活紹介を受けた。
母さんも兄貴も、部活に入っとけと煩い。
兄貴は自宅から通える国立大学の3年生で、高校時代は長身を活かして山見高校のバスケ部だった。
姉貴は隣の市の高校に通う3年生で、合唱部(ピアノの演奏)と文芸部を掛け持ちしている。文芸部では腐った女友達と、怪し気な小説を書いている。
その趣味のせいで、俺が夢の話をするとキラキラした瞳でグイグイくるから、最近は夢の話をしていない。
ぼんやりとステージの上を見ていると、デジタル映画部(通称デジ部)の先輩が、昨年制作した短編作品の上映を始めた。
コミカルな映像が流れ、体育館内は笑いに包まれた。意外と面白そうだ。
入部するかどうかは分からないが、見学に行ってみようかな……と考えていると、クラスメートの原条が一緒に放課後見学しようと誘ってくれた。
「原条、中学の時は何部だったんだ?」
「俺は軟式テニス部。この学校硬式しかないからさ、正直迷ってる。受験を考えると、強い部活だと塾通いが大変だし、俺んち開業医だから親が煩いんだ。姉ちゃんが今年から医学部に入ったから、俺としては無理に医者になりたくはないんだけど……部活には入りたいと思ってる」
俺達は体育館の運動部の見学を終えて、校舎内の部活を見学するため渡り廊下を移動しながら、お互いの中学の時の話をした。
「俺はサッカー部。3年でやっとレギュラーになったくらいで、体調を考えると激しい運動はパスだな」
そう言いながら、俺は後頭部に残る手術痕を見せる。
ちょっと驚いた顔をした原条は、目をパチパチさせ大丈夫なのかと聴いてきた。
「良性だったから問題なし!でも、ヘディングは無理だ。時々めまいがするから」
俺はヘディングの真似をしながら、心配ないと笑って言った。
「ようこそデジタル映画部へ!男子が少ないから大歓迎だよ!ささ、座って座って。ちょうどこれから去年の作品の上映をするとこなんだ。俺は部長の中川悠希。よろしく」
部長の中川先輩は、貴公子と呼ぶのが相応しい感じで、なんだか上品さが漂っている。
逃げられそうにもないので、俺達は去年の作品を最後まで見た。なんというか、映像のトリック?みたいなものが随所に見られ、技術力の高さに驚いた。
「中川部長は金持ちの道楽を越えた、映像バカだから。近付き過ぎるとバカが移るわよ。気を付けてね」
「それはどういう意味でしょうか伊藤副部長?」
「あら、私、言葉を間違えたかしら?」
伊藤副部長が他の部員に視線を向けると、全員が「間違いではありません!」と即答した。中川部長は映像バカで間違いないようだ……
ちなみに、伊藤副部長は3年で女子。気が強そうだが結構美人である。中川部長はまだ2年で、金持ちと揶揄されているのは、この学校の創設者の一族で、理事長の息子だったからだ。
「なんか高校生!って感じだったな」
「うん原条。俺もそう思った。なんか部長も副部長も大人っぽかった」
結構デジ部を気に入った俺達は、その日の内に入部することを決めた。
そしてその夜、夢に新しい人物が登場した。
「ラルカンド、エイブは伯爵家の人間だ。公爵家の子息である君とでは釣り合わないだろう。俺を見ろ!俺もお前も家督は継げないから自由だ。でもエイブは長男だから絶対に結婚する。しかも婚約者だって既にいる。俺は第3王子だが、母親が亡くなっているから、城から出たって構わない」
王子はラルカンドの両肩に手を掛けて、とても真剣な表情で自分を見ろと迫る。
「ガレイル王子、身分とか……そんなことは関係ないんです。僕は……エイブが好きなんです。エイブがいれば……」
エイブがいれば、それだけでいいんです!と言い掛けて、ガレイル王子に強く抱きしめられ、言葉が続けられなかった。
ラルカンドは王子の抱擁から逃れようと懸命に抵抗するが、体格差と力の差で、キスを避けるだけで精一杯だった。
バタバタと走る音が聞こえてきて、誰かがドアを開けよとするが、中から鍵が掛けられていて開けることはできない。
「ラルカンド、ここに居るのか?大丈夫か?」
声の主はエイブだった。ドンドンとドアを叩きながら、ラルカンドの名前を呼ぶ。
ラルカンドはチラリと王子の目を見て、顔をドアに向け「ここに居るよエイブ」と声を上げた。
すると、ガレイル王子は泣きそうな顔をして、ラルカンドを放した。
ラルカンドは急いで解錠してドアを開け、愛しい男の心配そうな顔を見て安堵した。
「どういうことですかガレイル王子!ラルカンドは何度も断ったはずです!」
怒りで我を忘れたように、エイブは王子に詰め寄ろうとする。それをラルカンドは必死に止めて「何でもない、何もなかった」と言って部屋から出ていこうとする。
相手は王子である。例え伯爵家の長男であっても、暴力を振るうことなど許されない。そんなことをしたら、間違いなく学校を辞めさせられてしまう。
睨み合う2人の視線を無理矢理引き離して、ラルカンドはエイブの手を引いて廊下を急ぐ。
今朝の目覚めは最悪だった。
俺はそのシーンを、映画を観ているかのように客観的に見ていたが、もう片方では、自分の中にラルカンドの感情が入ってきて、絶望と切なさと怒りの感情が、ぐちゃぐちゃになって混乱した。
きっと強く握り締めてしまったのだろう……右の手のひらには爪が食い込んで赤く跡になっていた。
……やばい。どうしよう・・・俺の前世は三角関係で、俺は2人の男から……
「ダメだ!これ以上考えるな俺!今日から部活も始まる。よし、啓太に活を入れてもらおう」
俺は今日も両頬を叩いて、ベッドから下りる。
いつもの電車のいつものドアに寄り掛かり、俺は特大の溜め息をついてしまった。
「なんだ、また同じ夢を見たのか?」
「……啓太、新しく王子が出てきた。いや、忘れてくれ。……俺、デジタル映画部に今日から入部する。だから、帰りの電車も同じになるかも」
心配そうな顔で俺を見ている啓太に、俺は懸命に笑顔を作って部活や帰りの話をする。
「今日は野球部が遅番だから、帰りの電車は18時41分だ。合わせられそうか?」
「うん、たぶん大丈夫。帰りは部活の話で盛り上がろうぜ!」
俺は明るそうな声で約束する。
でも啓太は、俺の空元気なんてお見通しで、頭をくしゃくしゃと撫でた。
「えっ?まだ続きを見てたのか?」
「うん、相手の名前はエイブ、金髪に金色の瞳。そして、俺の名前がラルカンドで、群青色の髪に青い瞳だった。そんで……たぶん恋人同士だ」
今日もいつもの時間の、いつもの3両目に乗って、立ったままドアに体を預けながら啓太と話す。
ビックリしたように啓太のアンバーの瞳が俺を覗き込むので、俺は恥ずかしくなって下を向く。
普通は黒く見える啓太の瞳は、朝日を浴びてアンバーに見えて綺麗だった。
「やっぱりそれは、手術の影響なのかな?」
「ううん……きっと前世の記憶だと思う。そう考えたら怖くない。だって、同じ登場人物がいつも出てくる夢って、絶対におかしいよ。これが前世の記憶なら、思い出してるってことだから……」
俺は顔を上げて啓太のアンバーの瞳をじっと見ながら、自分の出した結論みたいなものを伝える。
「そうか、でも春樹、男を好きな話は、俺の前だけにしとけ!電車で話す時は、小さな声か俺の耳元で話せ。分かったな?」
「あっ!わ、分かった・・・」
俺はそう答えると、近くに居た他校の女子と目が合って、恥ずかしくてまた下を向いた。
まるでオカンのような兄ちゃんのような過保護な啓太に、今日も呆れられながら電車に揺られる。
入学式から1週間後、1年生は体育館に集められ、先輩方から部活紹介を受けた。
母さんも兄貴も、部活に入っとけと煩い。
兄貴は自宅から通える国立大学の3年生で、高校時代は長身を活かして山見高校のバスケ部だった。
姉貴は隣の市の高校に通う3年生で、合唱部(ピアノの演奏)と文芸部を掛け持ちしている。文芸部では腐った女友達と、怪し気な小説を書いている。
その趣味のせいで、俺が夢の話をするとキラキラした瞳でグイグイくるから、最近は夢の話をしていない。
ぼんやりとステージの上を見ていると、デジタル映画部(通称デジ部)の先輩が、昨年制作した短編作品の上映を始めた。
コミカルな映像が流れ、体育館内は笑いに包まれた。意外と面白そうだ。
入部するかどうかは分からないが、見学に行ってみようかな……と考えていると、クラスメートの原条が一緒に放課後見学しようと誘ってくれた。
「原条、中学の時は何部だったんだ?」
「俺は軟式テニス部。この学校硬式しかないからさ、正直迷ってる。受験を考えると、強い部活だと塾通いが大変だし、俺んち開業医だから親が煩いんだ。姉ちゃんが今年から医学部に入ったから、俺としては無理に医者になりたくはないんだけど……部活には入りたいと思ってる」
俺達は体育館の運動部の見学を終えて、校舎内の部活を見学するため渡り廊下を移動しながら、お互いの中学の時の話をした。
「俺はサッカー部。3年でやっとレギュラーになったくらいで、体調を考えると激しい運動はパスだな」
そう言いながら、俺は後頭部に残る手術痕を見せる。
ちょっと驚いた顔をした原条は、目をパチパチさせ大丈夫なのかと聴いてきた。
「良性だったから問題なし!でも、ヘディングは無理だ。時々めまいがするから」
俺はヘディングの真似をしながら、心配ないと笑って言った。
「ようこそデジタル映画部へ!男子が少ないから大歓迎だよ!ささ、座って座って。ちょうどこれから去年の作品の上映をするとこなんだ。俺は部長の中川悠希。よろしく」
部長の中川先輩は、貴公子と呼ぶのが相応しい感じで、なんだか上品さが漂っている。
逃げられそうにもないので、俺達は去年の作品を最後まで見た。なんというか、映像のトリック?みたいなものが随所に見られ、技術力の高さに驚いた。
「中川部長は金持ちの道楽を越えた、映像バカだから。近付き過ぎるとバカが移るわよ。気を付けてね」
「それはどういう意味でしょうか伊藤副部長?」
「あら、私、言葉を間違えたかしら?」
伊藤副部長が他の部員に視線を向けると、全員が「間違いではありません!」と即答した。中川部長は映像バカで間違いないようだ……
ちなみに、伊藤副部長は3年で女子。気が強そうだが結構美人である。中川部長はまだ2年で、金持ちと揶揄されているのは、この学校の創設者の一族で、理事長の息子だったからだ。
「なんか高校生!って感じだったな」
「うん原条。俺もそう思った。なんか部長も副部長も大人っぽかった」
結構デジ部を気に入った俺達は、その日の内に入部することを決めた。
そしてその夜、夢に新しい人物が登場した。
「ラルカンド、エイブは伯爵家の人間だ。公爵家の子息である君とでは釣り合わないだろう。俺を見ろ!俺もお前も家督は継げないから自由だ。でもエイブは長男だから絶対に結婚する。しかも婚約者だって既にいる。俺は第3王子だが、母親が亡くなっているから、城から出たって構わない」
王子はラルカンドの両肩に手を掛けて、とても真剣な表情で自分を見ろと迫る。
「ガレイル王子、身分とか……そんなことは関係ないんです。僕は……エイブが好きなんです。エイブがいれば……」
エイブがいれば、それだけでいいんです!と言い掛けて、ガレイル王子に強く抱きしめられ、言葉が続けられなかった。
ラルカンドは王子の抱擁から逃れようと懸命に抵抗するが、体格差と力の差で、キスを避けるだけで精一杯だった。
バタバタと走る音が聞こえてきて、誰かがドアを開けよとするが、中から鍵が掛けられていて開けることはできない。
「ラルカンド、ここに居るのか?大丈夫か?」
声の主はエイブだった。ドンドンとドアを叩きながら、ラルカンドの名前を呼ぶ。
ラルカンドはチラリと王子の目を見て、顔をドアに向け「ここに居るよエイブ」と声を上げた。
すると、ガレイル王子は泣きそうな顔をして、ラルカンドを放した。
ラルカンドは急いで解錠してドアを開け、愛しい男の心配そうな顔を見て安堵した。
「どういうことですかガレイル王子!ラルカンドは何度も断ったはずです!」
怒りで我を忘れたように、エイブは王子に詰め寄ろうとする。それをラルカンドは必死に止めて「何でもない、何もなかった」と言って部屋から出ていこうとする。
相手は王子である。例え伯爵家の長男であっても、暴力を振るうことなど許されない。そんなことをしたら、間違いなく学校を辞めさせられてしまう。
睨み合う2人の視線を無理矢理引き離して、ラルカンドはエイブの手を引いて廊下を急ぐ。
今朝の目覚めは最悪だった。
俺はそのシーンを、映画を観ているかのように客観的に見ていたが、もう片方では、自分の中にラルカンドの感情が入ってきて、絶望と切なさと怒りの感情が、ぐちゃぐちゃになって混乱した。
きっと強く握り締めてしまったのだろう……右の手のひらには爪が食い込んで赤く跡になっていた。
……やばい。どうしよう・・・俺の前世は三角関係で、俺は2人の男から……
「ダメだ!これ以上考えるな俺!今日から部活も始まる。よし、啓太に活を入れてもらおう」
俺は今日も両頬を叩いて、ベッドから下りる。
いつもの電車のいつものドアに寄り掛かり、俺は特大の溜め息をついてしまった。
「なんだ、また同じ夢を見たのか?」
「……啓太、新しく王子が出てきた。いや、忘れてくれ。……俺、デジタル映画部に今日から入部する。だから、帰りの電車も同じになるかも」
心配そうな顔で俺を見ている啓太に、俺は懸命に笑顔を作って部活や帰りの話をする。
「今日は野球部が遅番だから、帰りの電車は18時41分だ。合わせられそうか?」
「うん、たぶん大丈夫。帰りは部活の話で盛り上がろうぜ!」
俺は明るそうな声で約束する。
でも啓太は、俺の空元気なんてお見通しで、頭をくしゃくしゃと撫でた。
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