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47 ホワイトクリスマス(1)

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「寒い!雪が降りそうだぞ」
「そうなのか一俊、ホワイトクリスマスもいいな。創作意欲が湧くだろう春樹」
「そうですね。そう言えばクリスマス系は作ってないな。お帰り、みんな」

寒い寒いと手を摩りながらスタジオに入ってきた一俊先輩の話を聞いて、そう言えば、クリスマスソングを作っていないことに気付いた。明日の午前中に作ろうかな……なんて思っていると、伯が氷のような冷たい手を俺の頬に当てた。

「冷た!伯、手袋しろよ!」
「持ってない。クリスマスプレゼントでちょうだい」
「あれ、伯は貰ってないのか?俺は春樹に手袋とマフラーを貰ったぞ」
「ええっ!悠希先輩は貰ったんだ・・・スンッ」
「は~っ、何気にお前は鬱陶しいな伯」

久し振りに会った俺に伯がさり気無く甘えると、悠希先輩がちょっかい掛ける。そして落ち込む伯に啓太が溜息をつく。
 よくあるいつもの光景に、蒼空先輩が呆れながら「腹減ったぁ」と言ったので、全員でご馳走が待つ客間へと移動する。
 全員が座ったところで、初参加の原条を悠希先輩が紹介し、原条が自己紹介をする。
 伯たちも自己紹介をするが、まだリゼットルだとは明かさない。でも、伯と祥也先輩がギターケースを持参していたから、勘のいい原条には分かっているだろう。

「メリークリスマスは午前零時にするとして、一先ずお疲れ様。今年は激動の一年だったけど、3年生は全員無事に大学に合格したし、実りの多い年だったと思う。来年も更なる進化を遂げられるよう祈願し、乾杯!」

「「「 乾杯! 」」」

悠希先輩の乾杯の音頭に続いて、俺たちも乾杯!と言いながら、高級ジュースの入ったグラスを合わせていく。
 啓太が蒼空先輩に向かってご馳走になりますと言いながら、一番大きなチキンに手を伸ばすと、一俊先輩がさっさと横取りして口に入れる。
 そこからは仁義なき戦いが繰り広げられる。8人分のオードブルの盛り合わせだが、注文した時に4人分を2つと注文したら、2種類のオードブルが来た。当然のことながら、自分の好きな物を食べるため、遠慮なんかしていられない食べ盛りの高校生である。
「アーッ、それは俺が狙っていたのに!」とか言いながら、元気にバトルしながらも量だけはあったので、15分もするとお腹が落ち着いてきて、大学の話題に移行する。

「全員がバラバラの学校になったけど、同じマンションに一緒に住むのか?」
「いや、二間に4人はきついし、伯は祖父母の家から通い、俺は部活の関係で大学の近くに住む。だから別のマンションにした。昨日契約してきたんだ悠希」

 祥也先輩が行く大学の学部は埼玉にキャンパスが在るけど、都内から凄く近いから、活動するのには問題ないらしい。事務所のマンションには、一俊先輩と蒼空先輩が住むようだ。伯も高校を卒業したら一人暮らしをする予定だと言っている。


 ドラマが始まるまで時間があったので、悠希先輩がデジ部の今年度作成した映画の短編を、特別サービスで上映することになった。
 主演していた原条は恥ずかしそうにしていたが、コミカルな内容に全員で爆笑しメチャクチャ受けた。



 午後7時、創英テレビのクリスマスドラマが始まり、お決まりの恋愛ストーリーとはちょっと違う、強引に行動できない男性主人公(大学生)の、心の中の葛藤やヘタレ度合いが可笑しくて、「わかるわー」と一俊先輩が同意したり、「女が強すぎなんだよな」と祥也先輩が溜息をつき、なかなかキスできない2人にイライラした蒼空先輩が「そこで行けよ!」とキレる。
 主人公がやる気スイッチを入れると、【今夜こそ君と】がバックに流れる。いい感じにドラマを盛り上げているように思う。

 結局ドラマは、すれ違いながらもクリスマスイブに想いを遂げる……寸前でドラマは終わる。流れで想像すると2人は結ばれたはずだが、部屋の照明が消されたところで画面が変わり、【メリークリスマス】という文字が、キラキラ光るクリスマスツリーをバックに浮かび上がり、エンディングの音楽が流れ始める。
 驚いたことにエンディングロールに、【今夜こそ君と】のPVが流れた。【アルブート】の4人がキレッキレのダンスをしながら歌い、出演者や製作、その他の名前等は画面の下部を右から左に流れていった。
 もちろん、主題歌の名前と作詞作曲者の名前とアルブートの名前も流れていった。

「これは俺じゃ歌えんな」(蒼空先輩)
「アイドルユニットじゃないと無理だな」(一俊先輩)
「こんな歌、恥ずかしくて無理、あの衣装も無理」(伯)
「そもそも踊れないし。でも、これは売れるぞ。ノリがいいし」(祥也先輩)
「もう伯でも悠希先輩でもいい。早く春樹をなんとかしろ!」(啓太)
「ちょっと待て啓太、別に俺の気持ちっていう訳じゃないだろう!一般的な希望的観測だし!何を言い出すんだよ全く!」

俺が作った曲だと知っている啓太が、恥ずかしいやつ!とか言いながら、伯と悠希先輩に文句?を言う。

「伯がいいなら遠慮はしないが?」
「ダメに決まってるでしょう悠希先輩!啓太、相変らず俺の扱いが酷い!」

伯が赤い顔でプリプリ怒りながら、悠希先輩と啓太を睨む。
 その横で、さっぱり訳が分からない原条がオロオロしているのが可笑しい。




 時刻は午後9時、ここからはクリスマスライブの開始である。
 妙に緊張している原条を連れてスタジオに移動し、買ったばかりの椅子を並べる。
 今夜はリゼットルが先にライブを行う。防音はばっちりだけど、気分的にバンドの演奏が先の方がいいだろうと一俊先輩が言うので、リゼットルの4人は先に準備を始めていく。
 音合わせが終わったところで、悠希先輩が前に出て司会を行う。

「こんばんは、第二回歌うクリスマス会へようこそ。
 今夜はビッグなゲストを2組お呼びしました。もしもチケットを販売したらプレミアもついて3万円は下らないところですが、出演者のご好意により無料となっております。きっと、忘れられない聖夜の思い出になることでしょう。
 なを、ライブ中は席を立ったり、歌の途中でのお喋りはご遠慮ください」

悠希先輩は、ドラムとキーボードの間に置かれた雛壇の上で挨拶し、ゆっくりと頭を下げ、静かに自分の席へと移動していく。
 入れ替わりでリゼットルの4人がスタンバイを始める。

「こんばんは、キーボード担当の蒼空です。今年は想像もしていなかったデビューをし、アニソンの主題歌を歌うチャンスに恵まれました。全てはここに居る仲間のお陰です。
 昨年のクリスマス会は、ただ聴くだけでしたが、今年は演奏することができます。ようやくプロとして慣れてきた我等リゼットルです。
 1曲目は、感謝の気持ちを込めてデビュー曲の【絡んだ糸】を歌います」

蒼空先輩がキーボードの前に座り、ちょっと真面目な顔で挨拶する。
 俺は客席からパチパチと拍手を送り、悠希先輩は照明をリモコンで蒼空先輩に当てている。当然のことながら、本日のライブも録画している。
 左隣に座っている原条は、どうやら予想通りの展開だったようだが、それでも目を見開き、少し遅れて拍手をしている。

 昨年の演奏レベルを知っている俺は、格段に巧くなった演奏に思わず笑みがこぼれる。
 伯は毎日のようにこのスタジオで練習してたし、他のメンバーも部活のない日は練習に集まっていた。ゴールデンウイーク以降はプロからの厳しい指導も受けていたので、プロの演奏として恥ずかしくないレベルになっている。
 俺も原条も啓太も悠希先輩も、割れんばかりの拍手をする。

「暖かい拍手をありがとう。それでは、最強メンバーの紹介をする。ボーカルでキーボードの蒼空」

リーダーである一俊先輩の紹介を受けて、蒼空先輩がキーボードを弾きながら、即興でサンタが街にやってくるのサビを英語で歌う。

「ギターの祥也!」
一歩前に出てきた祥也先輩は、赤鼻のトナカイを高速で弾いていく。凄い!

「ベースの伯!」
伯は少し恥ずかしそうだが、ジングルベルを楽しそうに弾く。

「最後は、リーダーでドラムの一俊!」
蒼空先輩が一俊先輩を紹介し、一俊先輩は【絡んだ糸】のイントロ部分を力強く叩いていく。

 俺たちもノリノリでピーピーと言いながら、拍手で盛り上げていく。

「え~っ、それでは2曲目を聴いてください。来年発売するアルバムに入る予定の曲で、応援ソングとして作った曲、【頑張る君へ】」

 この曲は、3月の俺の誕生会の時に一俊先輩が発表した曲で、一回聴いただけでいい曲だと思っていたので、アルバムに入ると知って嬉しい。シングルでもいけそうな曲だけど、コンサートなどでリゼットルのテーマソングのように使う予定らしい。

 3曲目はデビュー曲の【絡んだ糸】に収録されている【青い彼方】だった。
 4曲目は、俺が新しくリゼットルのために作った【夜明けの星】という曲で、好きな人と初めて過ごした夜、結局何もできないまま夜明けがきて、白んでくる夜空に残る星を見上げて、ようやく好きだと告白し、やっとキスをする……という歌詞を、バラードほど重くもなく、ロックほどの激しさもなく、リフレインする部分が多い覚えやすい曲調で仕上げていた。

「どうもありがとう。現在仕上がっている曲は歌った4曲くらいですが、これからアルバム収録に向けて頑張りたいと思います。これからも、リゼットルの応援をよろしくお願いします」

一俊先輩が締めの挨拶をしたので、観客席の俺たちは立ち上がって拍手を送る。悠希先輩がアンコールを掛け始めるが、蒼空先輩がまだ無理だと断ったので、一旦15分間の休憩時間とする。
 休憩時間中に、一俊先輩からアルバム発売日の予定と、1月末にアニメイベントのステージに出演が決まったと教えてもらった。他にもアニソン界の有名アーチストが数人参加するらしい。
 いよいよシークレット活動を止め、顔を出して活動を始めるのだ。


 給仕係の啓太は、全員に紙パックのグレープフルーツジュースを配っていく。
 最後にぼ~っとしている原条の頬に、冷えた紙パックを当てて正気に戻す。

「やっぱり生の演奏は凄いね!俺、感動した。サインとか貰ってもいいかな?」
「いいんじゃない。原条はもう仲間だし、これからも集りがある時は呼ぶし」
「えっ!そうなの? 俺ってそういうポジション入りなの啓太?」
「そうだよ。でも、俺たちの関係や春樹に関わることは、絶対に秘密厳守だ!」
「春樹に関わること?」
「ああ、直ぐにその意味が分かるよ。フフフ……そろそろ始まるぞ」

啓太は原条の隣りに座り、雛壇の上に椅子を置き、準備を始めている俺に視線を向けて、ジュースを飲みながら原条に告げた。

 悠希先輩が照明の位置を確認し、俺は調弦を始める。 
 今夜は少しだけヘタレを返上し、強めライトは左右にあて、柔らかい調光にしたライトを体の真上に近い位置からあてる。全身がハッキリと画像に映るだろう。

「次は春樹? 悠希部長が言ってたビッグなゲストって、後から来るのか?」
「いや、でも、リゼットルよりも有名で、ビッグなアーチストであることは間違いないな」

啓太はご機嫌な顔をして、ニヤニヤ嬉しそうに原条に説明する。
 今まで一人だけ楽器の出来なかった啓太は、仲間ができて嬉しかったし、原条の驚く顔が間もなく見れることが楽しみで仕方なかった。


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 お読みいただき、ありがとうございます。
 3話目の5月の風の文中に、2話目の話がだぶって掲載されていました。
 恥ずかしい・・・現在は訂正済みです。読み苦しくてすみませんでした。 
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