公爵令嬢を溺愛する護衛騎士は、禁忌の箱を開けて最強の魔力を手に入れる

アスライム

文字の大きさ
68 / 77

68話 グローツ子爵家の異変(3)(ざまぁ回)

しおりを挟む
 グローツ子爵家の一室。二人の男が向かい合っている。

「旦那様。本日をもちまして、私共使用人一同はお暇をいただきます」
「ああ」

(あれから何もかもが狂った)

 ライルの父であり当主でもあるアガン・グローツは、無感情に老執事を見ている。老執事は邸で働く者達の代表として恭しく礼をした。

 グローツ子爵家が没落する運命を辿ってしまったのは、家名に泥を塗ったライルを殺そうとしたからだ。

 その暴挙により、グローツ子爵家は一切の加護を失った。そして現在、家名に泥を塗るどころか、家名そのものが消滅する寸前となってしまっている。

 碌に鍛錬をしない平凡な男でも王国一の剣士となれる。それ程までに、加護の力は凄まじいものだった。

 しかしそれは、あくまでもライルを守らせる為に用意された力でしかない。守るどころかライルの害悪にしかならないのであれば、加護の力が消滅したのも当然と言える。

「栄華を誇ったグローツ子爵家も終わりか……」
「残念ですが、現状を鑑みるにそのようでございますな」

 加護の力が失われてから、事態を打開しようとアガンは奮闘した。しかし以前とは違って、全てが上手くいかなかった。

 王家の命でアガン自らが魔物の討伐に向かえば、弱体化した剣技が一切通用せず命からがら逃げ帰った。

 結局は辺境の兵士達だけでどうにか魔物を討伐したが、アガンは周囲から白い目で見られる有様だ。

 先日は馴染みの商人から怪しい投資話を持ち掛けられ、激しく目減りしていた資産をどうにか増やそうと、アガンはその話に乗った。

 そして目減りしていた蓄財は、そのほとんどが泡となって消えてしまった。騙されたと知ったのは、商人の店舗内がもぬけの殻だったと報告を受けた先週末だ。

 加護の力さえ失わなければ、辺境に現れた魔物など軽く屠っただろう。以前のような武力があれば、商人はグローツ子爵家からの苛烈な報復を恐れ、金を騙し取ろうとはしなかっただろう。

「旦那様。今までお世話になりました」
「ああ」

 先代当主が存命だった頃からグローツ子爵家に仕えてきた老執事は、一礼して退室していった。

 踵を返したその足取りには迷いがない。「お前には仕える価値も未練もない」と言われているかのようだった。

「くくっ。使用人すら躊躇なく出て行く程に没落してしまったか」

 アガンは笑った。何一つ残らなかった自分の人生が、無意味なものに思えてしまったからだ。

(それも当然かもな)

 出て行ったのは使用人だけではない。アガンの妻でありライルの母親でもある子爵夫人も、その一人だった。

 子爵夫人は、若い男について家を出たのだ。だが金を使い切ってしまえば、じきに男から捨てられて戻ってくるだろう。

 既に40歳を超えて女の盛りは過ぎている。嫁いできた当時は大層な美しさを誇っていたが、今となっては遠い過去の話でしかない。

 嫡男のザイルは、近衛騎士団をクビになってからは酒浸りの毎日。3男4男は、普段の素行の悪さや捨てた女達からの報復で散々な目に遭い、家から出られない状況に陥っている。

 他家に婿入りしていたアガンの兄弟達は、離縁されてグローツ子爵家で穀潰しとなっていた。

(終わりだな)

 今のグローツ子爵家は、掃き溜めにしか思えなかった。

「アガン兄貴!」

 執務室の扉を開けて勢いよく部屋に入って来たのは、婿入先から突き返された弟だ。

「なんだ?」
「使用人共が出て行ってるぞ!」
「そうだな。グローツ子爵家は俺の代で終わりだ。この邸もじきに住めなくなる」

 弟はゴクリと息を呑んでから、言葉を絞り出すように話す。

「い、いつまで住めるんだ?」
「今月末までだ。来月早々には人手に渡る」

 借金は返せない額にまで膨らんでおり、差し押さえられた邸には既に買い手がついている。

「生活のアテはあるのか?」
「……」

 何も答えられずに言葉に詰まった。これからの生きる術など何もなく、頼れそうな伝手もないからだ。

 誇っていた武力を無くし、領地経営の才覚も無い。日常生活すらままならず、売れる物は全て売って金に換えた。今後は爵位を返上して、平民として暮らしていくしかないだろう。

「良い手があるぜ?」
「何を笑っている?」

 薄気味悪い態度の弟を見て、アガンの顔が険しくなる。

「ライルのところに行けばいいんだよ」
「……」

 それはアガンも考えた事だ。殺し掛けて廃籍させたとは言え、実の息子である事実は変わらない。ゆえに「受け入れてくれるのではないか?」という都合の良い考えが、アガンの頭の片隅にはあった。

「執事のジジイから聞いたぜ。ライルの奴、随分と羽振りが良いらしいじゃねぇか。兄貴が情に訴えれば、受け入れてくれんじゃねぇの?」

 伝説的な活躍により、ライルは隣国で子爵へと叙爵される。それはライルの祖国であるこの国にまで伝わってくる程だった。

「家門は『グローツ子爵家』にするらしいじゃねぇか。こっちが本家なんだから、乗っ取ってもいいよな?」

 弟へと答える代わりに、アガンは冷たい笑みを浮かべた。ライルが父親に逆らった事など一度もない。怒鳴り付ければ、どうにでも操れると思えてしまう。

(良い案だ)

「しかし旅費はどうする? 歩いて行けるような距離でもなければ、全員で行けるような金も用意できんぞ」

 人徳のないアガン達に金を貸してくれるような人間などいない。考えを巡らせるが埒が明かなかった。

 数時間後に家族を集めて話し合ってもみたが、打開策は思いつかない。そうして何をするでもなく数日が経った頃、

「父上。街の酒場で知り合った男が、旅費を出してれるそうです」
「何っ! それは本当かザイル?」

「はい。馬車も用意するとの事でした」
「うむ。素晴らしい!」

(さすがは誇り高きグローツ子爵家の嫡男だ!)

 そして安堵したアガンは邸の権利を譲渡し、爵位返納も済ませた。その翌週、目の前に現れた8人乗りの馬車数台を見て、一同は顔を見合わせた。

 長い旅を快適に過ごせるような馬車ではなかったからだ。かなりボロボロで、どう贔屓目に見ても安物の物品運搬が関の山と言った感じだった。

 すると、体格の良い男達が馬車から次々と出てきて、一同を縄で拘束していく。

「な、何をするんだっ!?」
「止めろっ!?」

 抗議しつつ暴れるが、グローツ子爵家の男達は無力だった。あっという間に地面へと転がされる。

「ようザイル」

 リーダー格で褐色の肌をした男が、先頭の小綺麗な馬車からゆっくりと降りてくる。それを見たザイルは、憎々し気に口を開いた。

「ジャン! どういうつもりだ!」
「どういうつもりとは?」
「約束が違うじゃないか!」
「ん? 約束通りだが?」

 二人の意見が食い違う。

「俺達を隣国に連れて行く約束だったはずだ!」
「何を勘違いしている? 俺はお前の話を聞いて『相応しい場所に連れて行ってやる』と言っただけだ。思い出してみろ」

 ザイルは思案するが、リーダー格の男の言う通りだった。

「お前達は、これから鉱山送りになる」
『鉱山っ!?』

 全員が驚愕している。鉱山送りは最も過酷であり死亡率も高く、奴隷や犯罪者が送られる場所だからだ。

「当然だろう? あれだけ何十日も好き勝手に飲み食いして、店の客達に奢り続けて、賭けにも負け続けて、鉱山送り以外でどうやって借金を返すつもりだ?」

 そう言って胸元から莫大な借金の証文を取り出した。

「借金? あれはお前の好意だったんじゃないのか?」
「はっはっは。そんな訳あるか。お前には殺意しか感じねーよ」

 リーダー格の男は男爵家の出身だった。グローツ子爵家の横暴が目に余ると進言しただけで潰されてしまった、しがない一男爵家だ。

「お前は俺の顏すら覚えていなかったけど、俺はお前の顔を忘れた事はねーよ。おい、連れて行け」
『はっ!』

「ま、待て! 借金はライルが払う!」
「ライル? お前の弟の英雄ライルの事か?」
「そうだ!」
「ふーん。俺も何度か話した事がある。ライルは人格者だからなぁ」

 リーダー格の男は思案した後に呟くように言った。

「あいつは必ず金を払うぞ! 俺の息子だからな!」

 父親のアガンは、ザイルの意見を後押しした。

「ははっ。じゃあ英雄様の将来の憂いを排除しておこうか。連れて行け」
『はっ!』

「止めろ!」
「鉱山なんて行きたくねーんだよ!」
「ふざけるな!」

 怒鳴るだけで抵抗らしい抵抗もできず、次々と馬車に乗せられていった。それから男達は、一生を鉱山で過ごす事となる。天寿を全うした者はいなかった。

 来る日も来る日もツルハシを持って岩を砕く。「どうして俺が?」と怨嗟の念を呟きながら「お前のせいだ!」と憎み合う。

 疲れ切った目をしながら、今日も男達の鉱山労働は続く。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...