公爵令嬢を溺愛する護衛騎士は、禁忌の箱を開けて最強の魔力を手に入れる

アスライム

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69話 月夜の出来事

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 秋も半ばの季節となり、気付けば祖国を出て半年以上が過ぎていた。

 夕食と湯浴みを終えた夜、ティリアは静かに息を吐く。最近ではライルとの今後について、考える時間が大分増えた。

 ライルは魔導超越者として研鑽を積み、その力は大陸から全ての瘴気を消滅させるレベルにまで達している。

 このままのペースでいけば、当初予定していたよりも随分早く、世界中から瘴気が消滅するだろう。

(英雄……なのよね)

 ライルは大陸覇者闘技で優勝し、ワイバーンの大群を屠り、伝説のギガンテスを打ち倒した。それらの功績が認められ、来週末には子爵へと叙爵される。

 それに比べてしまうのは酷だが、ティリアは目立った功績を残せていない。更にはライルと身分違いになってしまう事に、一抹の不安や焦りを感じてしまっていた。

「考えても仕方ないわ。私は、私に出来る事をやるしかないんだから」

 自らの心を奮い立たせるのは、もう何度目になるだろうか。こういった苦悩や葛藤はあるが、何気ない日常が続く平穏な毎日でもある。

(贅沢な悩みね)

 そう思いながら、窓の外に見える月を眺める。ティリアは平民に落された元公爵令嬢だ。本来であれば祖国に留まり、幸福とは言えない一生を送るはずだった。

 だがそうならなかったのは、ライルに連れられて隣国に来たからだ。慣れない生活で多少苦労はしたが、最善の選択だったと考えている。

(今の私は幸せなのだから、これ以上を求めてはいけないわ)

 日々感謝してして生きるティリアは、現状に満足している。控えめな性格はその佇まいにも現れており、月光に照らされて静かに立つ姿は、幻想的で大層美しい。

 静かにドアを開けて部屋に入ったライルは、白銀の髪の少女に思わず見入ってしまう。

「な、なんと綺麗な月でしょうか」
「ライル?」

 棒読みに近い声がして振り返ると、そこには強張った顔をしたライルが直立不動で立っていた。

「そうね。本当に綺麗だわ」
「あの……ティリア様」
「何かしら?」

 ライルは覚悟を決めた顔でティリアへ告げる。

「俺は景色の話をしているつもりはありません」
「そうなの?」
「はい」

 返事の後に、ゴクリと息を呑んでから言葉を続ける。

「ティリア様は『月の令嬢』をご存じですか?」
「月の令嬢? ごめんなさい。私は知らないわ」

「そうですか。では是非とも知っておいてください」
「どのような御方なの?」

「おそらくは最も清廉で最も素晴らしき御令嬢です」
「そう……なのね」

 称賛するライルの言葉を聞いて、ティリアの胸はチクリと痛んだ。

「祖国でのティリア様は、どのような名で呼ばれていたか御存じですか?」
「え? 『フローレンス公爵令嬢』よね?」

 祖国ではフローレンスの家名で呼ばれる事がほとんどだった。ティリアと呼ぶ者もいるにはいるが、ライルを除けば悪意ある者ばかりだ。

 ティリアは家族や婚約者から疎まれ、侍女達からは軽んじられていた。親しい友人を作ろうにも、貴族令嬢達は異母妹のミリーナに掌握されていた為、ティリアは遠巻きにされるばかりだった。

 逆に、不埒な事を考えてティリアに迫ろうとする貴族令息達はいくらでもいたが、それらは王家の影とライルの奮闘により、近寄る事さえ出来ていない。

「確かにティリア様は、面と向かっては『フローレンス公爵令嬢様』と呼ばれる事がほとんどでしたね」
「ええ」

「しかし祖国の社交界や市井では、そうではありませんでした。ティリア様は『フローレンス公爵令嬢』ではなく『月の令嬢』と呼ばれておりましたから」

「え?」
「まるで夜空に輝く月のように、聡明で美しい白銀の姫だと」

 ライルの顔は赤く、力の入った身体は小刻みに震えている。

「ですので先程の俺は、夜空の月について感想を述べたのではありません。『月の御令嬢が美しい』と申し上げたのです」

 ライルの眼差しは真剣だ。

「ラ、ライル? もしかして冗談だったりする?」
「俺の言葉に嘘偽りはありません」

 それを聞いたティリアは慌てふためいた。

(綺麗なのは月じゃなくて月の令嬢で、月の令嬢は私!?)

 急展開を見せるライルの発言に、ティリアの思考が追いつかない。

「お綺麗です。ティリア様」
「……」

 言葉の意味を理解したティリアは、頬が赤くなり熱を帯びる。

 逃げ出したいのに逃げたくない。そんな不思議な気持ちのまま、2人は無言で見つめ合っていた。

 そのまま短くない時間が経ってバサバサと鳥の羽音が聞こえると、ハッとしたライルは慌てたように話す。

「よ、夜更かしは身体によくありません!」
「そ、そうね」

 ティリアはさっと目を逸らし、

「そうだわ! ライルは子爵様になるのだから、お祝いをしないとね」

 恥ずかしさを誤魔化すように言った。

「何がいいかしら? 何か欲しい物はない?」
「少々無理を言ってもよろしいでしょうか?」
「ええ」

 ティリアは刺繍や料理をお願いされるかもしれないと考えていたが、ライルの要望は全く違うものだった。

「俺のパートナーとして、叙爵式に出席していただけないでしょうか?」
「ライルのパートナー?」
「はい」
「私でいいの?」
「ティリア様がいいのです。どうかお願いいたします」

 ライルは頭を下げて必死に訴える。

「分かったわ。ライルの晴れ舞台だものね」
「ありがとうございます!」

 ライルは喜色満面で礼を述べるが、何かしらの問題に気付いたティリアの顔色は曇っていく。

「ドレスがないわ。依頼して明日から作ってもらうにしても、叙爵式に間に合うかしら」

 既製品のドレスを着ていく訳にはいかないからだ。叙爵される英雄のパートナーとして出席するからには、それ相応の装いが求められる。

「それなら心配無用です。ティリア様のドレスは、ヴェイナーさんの伝手で製作中ですので」
「え?」

 まるで予め定まっていたかのような用意周到さに、ティリアは小首を傾げる。

「間に合うの?」
「大丈夫です」

 それもそのはず。これはギルドメンバーの総意により、少し前から計画されていたからだ。

 叙爵式はあくまでも「パートナー同伴可」であり、パートナーの同伴を強制されている訳ではない。

 しかしライルが単身で叙爵式に出席した場合、将来性のある見目麗しき英雄に娘をあてがおうと、王族や貴族が大挙して押し寄せるだろう。

 叙爵を祝う本来の趣旨から外れてしまい、令嬢達の戦場となるのは火を見るよりも明らかだ。

 ギルドマスターのヴェイナーにその旨を相談し、有効な対策としてティリアの同伴が計画された。

 ちなみに、ライルがティリアに言い出せず同伴要請に失敗した場合は、ヴェイナーがパートナーを務める事になっていた。その時はヴェイナー含めてギルドメンバー全員から、ライルが総叩きに遭っていたであろう事は容易に想像出来る。

「ではティリア様。俺の……こ、婚約者として出席をお願いします」
「婚約者!?」

 素っ頓狂な声だった。

「俺は御令嬢方と特別な関係になるつもりはありませんし、なりたいとも思いません。ですので申し訳ありませんが、仮の婚約者として振る舞っていただけないでしょうか?」

 ティリアは夢見心地のままコクリと頷く。

「仮とはいえティリア様の婚約者となるのですから、その栄誉に恥じぬよう努めさせていただきます」

(仮の婚約者!? ライルが私の婚約者!?)

 その後、精魂尽き果てた2人は、しばらくしてフラフラになりながら、それぞれの寝室に向かう。だが当然のように、その日は碌に眠れなかった。

 翌朝はギクシャクして会話にならず、妙な雰囲気のままギルドへと向かった。
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