公爵令嬢を溺愛する護衛騎士は、禁忌の箱を開けて最強の魔力を手に入れる

アスライム

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71話 最高の幸せ

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「大陸各地で魔物の脅威は減少しておる。それは皆も知っておろう」

 大勢の貴族達がいる中、朗々とした声が大ホールに響く。魔物による人的被害は、半年前の2割未満となっていた。

「ライル。此処へ」
「はっ!」

 国王の呼び掛けに応え、堂々とした足取りで進み出る。そしてライルは片膝を着いて頭を垂れた。

「ザンダーク国の王として、余はライルに子爵位を授けようと思う。しかし――」

 国王は会場を見渡した。列席者達は国王の言葉を聞き逃さないよう、一切の言葉を発さずに事の成り行きを見守っている。

「授ける爵位は子爵位であって子爵位ではない。皆はその意味を考え、そして努々忘れないでほしい」

 子爵位だからと軽く見てぞんざいに扱えば、それなりの制裁をするという国王の意思表示だ。

 本来はもっと高い爵位を授けたかったという事でもあるが、政治的なしがらみもあって、最終的には子爵への叙爵となってしまった。

「陛下」
「よい。何も言うなライル」

 小声で返されたライルは表情にこそ出さないが、内心で戸惑っている。高位貴族と同列であると宣言されたに等しいからだ。

「其方に子爵位を授ける。今後はグローツ子爵を名乗るがよい」
「謹んで頂戴いたします」
『おおおおおおおおおおおおお』

 割れんばかりの大歓声と拍手が会場に広がっていった。好意的に受け止められたと言っていい。しばらくして拍手が小さくなっていくと、ゆったりとした音楽が流れ始める。

(次はダンスか)

 馬車内で侍女から聞かされた予定によると、ファーストダンスを踊るのは王族ではなく主役であるライルだ。「子爵であって子爵ではない」という宣言を後押しする意図が見える。

 そしてライルはティリアの元に歩いて行くと、居住まいを正してゆっくりと手を差し出す。

「俺と踊っていただけますか?」
「ええ。喜んで」

 ティリアは微笑んでライルの手を取った。そのまま中央へと進み、タイミングを合わせてステップを刻み始める。二人は気品溢れる優雅なダンスを披露していった。

 一切の淀みなく流れるようなダンスは、羨望の的となっている。ライル・グローツ子爵令息とティリア・フローレンス公爵令嬢として過ごしていた頃から、ダンスでは良い練習相手だった。互いの動きや息遣いは熟知している。

「貴女と踊れて光栄です」
「ふふっ。私もよ」

 ライルを狙う令嬢やティリアを奪おうとする令息は多数いたが、笑い合って踊る似合いの姿を見た者達は、自身の願いが叶わないと悟る。

 やがて国王夫妻が踊り始め、王太子夫妻、高位貴族と続いていく。問題を起こす者もおらず、概ね予定通りに進んでいった。

 △

 ティリアを伴い、高位の者達から順に挨拶をしていく。ライルは知識もそれなりにあるが、それでも不足している分についてはティリアが補った。

「少し休みませんか」
「そうね」

 そつなく挨拶回りが終わり、休憩がてらに誰もいないバルコニーへと向かう。一息つくと、

「ライル。どうしたの?」

 庭園を見ていたティリアが疑問を口にした。ライルの機嫌が良くないのが、長年の付き合いで分かるからだ。

「ティリアさ……ティリアに向けられる視線にうんざりしました」
「向けられる視線? 普通だったと思うけど」

 ティリアは非常に美しい。そして多少なりとも言葉を交わせば、人柄の良さも博識さも簡単に相手へと伝わってしまう。

 婚約者(という設定のライル)が隣にいるにも関わらず「あわよくば」とティリアを狙う男も多かった。

 自領の金鉱山について話し始める伯爵家嫡男もいれば、自領の収穫高が年々右肩上がりだと熱心に話す公爵令息もいた。

 普通の令嬢であれば、それがアプローチだと容易に気付いただろう。だが自己評価の低いティリアは、自身が求愛されている事に気付かない。

 今この時、それとなくライルから指摘されても尚、ティリアは小首を傾げるばかりだ。

「ライル?」
「すみません。少し愚痴を言ってみただけです」

 ライルは嫉妬する自身に苦笑する。だが同時に、苦笑で済む事に感謝した。ティリアが王太子の婚約者に選ばれた時は、こんな生易しい嫉妬ではなかったからだ。いっそ狂った方が楽なのではないかという程の絶望だった。

(王太子……か)

 叙爵式に引き続き、大ホールでは各国の王侯貴族を招いての夜会も行われる。ライルは各国の代表者達から、大陸の平和に関する感謝と叙爵についての祝辞をもらう予定だ。

 そしてその夜会が間もなく始まろうかという頃、会場の一角がざわついた。どよめきが大きくなり、それが段々と二人に近付いて来る。ライルは顔をしかめ、ティリアは驚愕して息を呑んだ。

「久しぶりだなティリア」

 祖国ローライザの王太子、ティリアの元婚約者でもある金髪碧眼のウィリアムだった。

「何故、殿下がここに?」

 ティリアが至極最もな意見を口にする。

「何故だと? 招待されたから来たまでだ」

 確かに祖国ローライザにも招待状は送られたが、それはあくまでも儀礼的な招待に過ぎない。欠席するのが当然で、本当に来ると思っていた者は皆無だろう。

 なぜなら祖国ローライザの王家は、ライルが貴族籍を剥奪されて家を追い出された時に異を唱えなかったからだ。いわばライルを追放した側となる。

『厚顔無恥も甚だしい』

 それが、ここにいる者達のウィリアムへの共通認識だった。

「殿下。殿下が本日出席される事について、陛下は何と仰られておりましたか? 反対されたのではありませんか?」
「さあな」

 ウィリアムは国王の意向を無視してやって来ていた。それも、たった20人程の護衛を引き連れてだ。国を背負う者としての自覚が欠けていると言っていい。

 そもそも現在の祖国では、ティリア不在の影響が少なからず出始めている。王族が国を離れられるような状況ではない。

 だが、やるべき仕事が増え過ぎて面倒になったウィリアムは、ライルの叙爵を祝う会への出席を口実にして、強引に出国したのだった。

「殿下。ミリーナは何処に?」

 ウィリアムの逃亡癖を知っているティリアは、エスコートされているだろう異母妹にも事情を訊くべきだと考えた。

「ミリーナは、ここにはいない」
「いない?」
「ああ。身重だからな」

 ティリアは絶句した。この場にウィリアムがいるだけでも有り得ないのに、王太子が婚姻前に婚約者を身籠らせるなど非常識過ぎるからだ。

 色々と面倒になって逃げて来たのだと、ティリアは容易に予想出来た。

「僕達が今日ここで再会したのも何かの縁だ」
「はい?」

 ウィリアムはニヤリと笑う。

「側妃にしてやるから戻ってこい。まだ僕の事が好きなんだろう?」

 呆気にとられるティリアに「公務はお前がやれよ?」と小声で付け加える。不条理な提案に、ティリアではなくライルの怒りが爆発寸前だった。その目はウィリアムを睨み付けている。

「何だ? 子爵風情が僕に逆らうのか? 僕が捨てた女を僕がまた拾ってやるだけだ。それに何の問題がある?」

 ライルの手が小刻みに震える。

「ティリアの犬は、犬らしく黙って後ろに控えてろ」
「……」

 ライルがどれだけティリアの幸せを望もうと、これからもこういった横暴な権力者は後を絶たないだろう。

「夜会が終わり次第、国に帰るぞ。いいなティリア?」
「お断りします」

「何故だ? お前は僕を愛しているだろう? 側妃になりたくないのか?」
「殿下。私は側妃の身分など求めてはおりません。そもそも殿下をお慕いした事など、今まで一度もあり――」

 ウィリアムはティリアに触れようと手を伸ばすが、

「触るな!」

 ライルは右手で鋭く払いのけた。

「お前、子爵の分際で何を血迷って――」
「黙れ!」

 ライルは遮るように怒鳴る。

(俺が間違っていた)

 ライルが何もしなければ、ティリアは群がる権力者達に押し負け、いずれは望まぬ婚姻を強制されるのだろう。過去と同じように。

(こんな男にくれてやるくらいなら、ティリア様を攫ってでも逃げればよかったんだ)

 ライルはティリアの婚約が決まった当時を思い出していた。

「どうしても連れ帰ると言うのであれば、俺が相手になってやる」
「ひぃっ」

 殺気を向けられたウィリアムは、悲鳴を上げて腰砕けになる。

(情けない男だ)

 興味の失せたライルは、注目している者達を見渡して宣言した。

「ティリア様を望む者は前へ出よ! 俺が受けて立つ!」

 大ホールに響き渡る声での宣戦布告だ。だが大陸の英雄に挑もうとする無謀な者は一人もいなかった。

「ティリア様」

 ライルは片膝を着いて、愛しい眼差しをティリアに向ける。
 ティリアの胸は高鳴り、その頬が赤く染まった。

「お慕いしております。どうか俺と結婚してください」

 仮の婚約者としての言葉ではなく、本気の求婚だとティリアにも分かった。

(……ライル)

 王太子の婚約者に選ばれた時、ティリアはライルへの恋心を捨てた。忘れて生きようと決心した。だが、捨てたはずの想いが成就しようとしている今、ティリアは迷ったりしない。

「私も貴方が好きです」

 目を潤ませながら微笑んだ。

「よろしくお願いします」
「ティリア様!」

 感極まったライルは、強くティリアを抱き締めた。ティリアは笑いながらも泣いている。

 拍手と歓声が起こり、居たたまれなくったウィリアムが逃げるように大ホールを後にした。

 これは後世まで語り継がれる求婚となり、二人は各国の王族から祝福の言葉を貰った。ライルの叙爵を祝う夜会は幸福に包まれ、誰もがその後の二人の幸せを疑わなかった。

 しかし翌朝にティリアが倒れ、その余命が残り僅かである事が発覚する。
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